彼女も、僕らにとってイレギュラーだけど。
どういった行動に出るか、予測できないと言う意味では。
琢磨も充分にイレギュラーだよね」
「褒めんなよ」
「わけがわからないよ。
ただでさえ稀な、魔人という存在なのに。
その中でも君は希有な存在なんだ」
「選ばれし勇者ってか?
ガラじゃねぇっての」
自分の部屋で、布団に包まりながら。
美樹さやかは、日中の会話に思いを馳せていた。
「オレの、美樹先輩への印象は」
外した眼鏡を、再び身に付け、群雲は告げる。
「うぜぇ」
「っな!?」
「が、同時に羨ましくもある」
掴み掛かろうとするさやかを左手で制止ながら、群雲は想いを発露する。
「せっかく“自分が”得た力を“自分に”使わないとか、勿体無くてしょうがない。
だから、うぜぇ」
右手中指で、眼鏡を押し上げ、更に告げる。
「でも、オレには絶対に出来ないだろうね。
誰かの為に願い、誰かの為に戦う。
それはきっと“力を持つ者”として、なによりも正しい」
群雲にとって重要なのは。
「後悔した事なんて、腐るほどある。
最たるものは、契約の時に。
“どうしてオレは、家族を生き返らせて欲しいと願わなかったのか”って事だ」
一般的な、常識でも。
「オレにとってはそれが“最大の絶望”だ」
理論的な、最善でもない。
「だが、嘆いた所でどうしようもないのなら」
自分が受け入れ、飲み込む為に。
「割り切るしかないだろう?」
「ちなみに、言わさせて貰うなら」
内緒にしてくれよ?
そう付け加えて、群雲は続ける。
「佐倉先輩は“オレよりも美樹先輩の方が近い”ぜ?
あの人も、オレのように“自分の為”にではなく。
“大切な人の為に、たった一度の奇跡を願った人”だからな」
それは、さやかにとっては眉唾な事実だったであろう。
だが、この状況において、群雲は嘘を付く理由は、さやかには思い当たらない。
「詳しい経緯を知りたいなら、直接聞けばいいさ。
案外答えてくれるかもよ?」
そう言って、群雲は笑った。
―――――造りモノ―――――
それが、美樹さやかの印象だった。
「それでも私は、自分の為には戦わない」
それが、美樹さやかの意思表示。
「あんたの言う通り、あたしの願いは叶ったけど、想いは叶わなかった。
それでも、あたしは願いの内容を後悔していない。
魔女と戦う、この運命を後悔していない」
真剣な眼差しで、さやかは真っ直ぐに群雲に言葉をぶつける。
「それが、美樹先輩の幸せなら。
その生き様を貫けばいい。
オレは、否定も肯定もしない。
だってオレは“美樹さやかではない”んだから」
同じく、群雲も真っ直ぐにさやかに言葉をぶつける。
「あんたは、それで寂しくないの?」
「寂しいよ。
でもオレは、これ以外の生き方を知らない」
「誰かの為に戦ってみようとは、思わないの?」
「それが最終的に、自分の為になるならいいけど。
無償奉仕が出来るほど、オレには余裕なんてない。
そもそも自分すら満足に助けられない奴が。
誰かを助けるなんて出来ないだろ?」
「そんなことない!」
「それは、美樹先輩だから言える事じゃないか。
誰かの為に傷つくなんて、まっぴらごめんだ。
オレは、自分の為になる事でしか動かない」
「あんた、それでも魔法少女なの!?」
「魔人だって。
まあ、契約者と言う意味では同種か。
でも、美樹先輩?
“魔法少女だから、誰かを救わなきゃいけない”ってわけでもないんだぜ?
オレ達の役目は“魔女と戦う”事であり“それが、何の為なのかは当人次第”だろ。
魔法少女である前に、あなたが“美樹さやか”であり。
魔人である前に、オレは“群雲琢磨”なんだから」
「優しい先輩だねぇ」
同時刻、展望台で街を見下ろしながら、群雲もまた、今日の会話に思いを馳せていた。
結局、話はどこまでも平行線。
これまでの生き様を、簡単に変える事など出来ない。
美樹さやかも群雲琢磨も、そこまで器用ではない。
「美樹さやかの事かい?」
群雲の肩に乗ったキュゥべえが、表情を変える事無く問いかける。
「ああ。
優しくて、真っ直ぐで、正義感もあって。
以前の学校で、彼女みたいな子がいたのなら。
オレの生き様も、多少は違ったのかもな」
ただの妄想に過ぎないが。
そう付け加えて、群雲は真剣な声色で問いかける。
「オレに“殺された”のに、気にせずやってくるんだな、お前」
「無意味に潰されるのは、もったいないからやめてほしいけどね」
「そんなもんか」
「そんなもんさ」
感情のない生き物。
それを“生きている”と言えるのかどうか。
群雲には、どうでもいい事だ。
「今日ははずれっぽいな」
「帰るのかい?」
「最強の魔女が来るらしいのに、無駄に魔力消費するほど、オレは自分を嫌ってないぞ?
三つほど、使い魔の結界があったが、ガン無視したし」
群雲琢磨は、そういうやつである。
「僕の役目は戦う事じゃないからね。
琢磨が考えての決断なら、反対する理由はないよ」
キュゥべえもまた、そういうやつである。
そして、キュゥべえを肩に乗せたまま、群雲は展望台を後にした。
「魔法少女と魔女の関係を知ってなお、僕とこれまで通りに接するんだね」
「まあ、普通は距離を置くだろうな。
魔法少女がどういうモノなのか、聞かずに契約した自分達の責任。
ナマモノ的には、そんな所だろう?
確かにその通りだからな、オレ含めて。
でも、少なくともオレは。
契約内容こそ後悔したが、契約自体は後悔なんてしてないからな。
人は、自分からは絶対に逃げられないんだから」
次回予告
歯車は廻る
刻一刻と
絶望に向けて
螺旋は巡る
五十五章 してはいけない理由はない