「不謹慎だね」
「お前が言うな、ナマモノ」
「ぎゅっぷい」
一気に、半分になってしまった、最悪の日から一夜明け。
群雲は、これまで通りに教会にいた。
否、これまで通りではない。
右腕は相変わらず、あるべき部分がなく、袖をぱたぱたと揺らしている。
眼鏡を掛けることすらせず、群雲は黙々と“ある作業”を続けていた。
「わけがわからないよ」
教会の入り口から、表情を変える事無く、紅い瞳を覗かせるのは、キュゥべえだ。
「そりゃ、わからないだろうな」
口の端を持ち上げながら、キュゥべえを見る事無く、群雲は片手での作業を続ける。
本来、右利きである群雲には、左手しか使えない事が億劫でしょうがない。
それすらも割り切り、群雲は作業を続ける。
「そんなことをしても、意味は無いだろう?」
「意味なら、あるさ」
キュゥべえの言葉を切って捨て、群雲は額の汗を拭った。
「あとは、これのスイッチを入れて……」
「どんな意味があるんだい?」
「お前、オレの行動原理は知ってるだろ?」
スイッチを入れ、タイマーが作動したのを確認し、群雲は振りかえる。
「オレはいつだって、自分の為に動く。
だからこれは、オレの自己満足以外の、なにものでもない」
そして、群雲は入り口に向かって歩き出す。
「それで、琢磨は満足するのかい?」
「まあ、一つのけじめにはなるな」
入り口まで辿り着いた時、キュゥべえは群雲の肩に乗る。
「……一つ、聞いていいか?」
「なんだい?」
群雲が振り返り、キュゥべえと共に見るのは。
ダリアの花に囲まれた、佐倉杏子の抜け殻。
あの後。
駅のホームから、杏子の抜け殻を教会に運んだ群雲。
マミの方は解らない。
右手の平の<
元々、マミには遠い親戚しかいない。
まどかとほむらが、マミの抜け殻を警察に言おうものなら、面倒になるのは確実。
しかし、不可抗力とはいえ。
自分達を殺そうとした人を。
自分達のせいで死んでしまった人を。
自分達が、殺した人を。
あのまま放置するとは群雲も考えてはいない。
その点において言えば、抜け殻すら残らなかった美樹さやかはどうなるんだと言う話であり。
群雲は、割り切る事にした。
だからこれは、群雲の言う通り“自己満足”でしかない。
自分の腕の回復を後回しにしてまで。
杏子を教会に運び。
魔法を駆使して、必要な物を集め。
今、全ての準備を終えて、群雲は教会を去る。
「行かないのかい?」
「行くさ」
キュゥべえに催促され、群雲は最後にもう一度、その光景を見つめて。
そのまま、教会を後にした。
「聞きたい事ってなんだい?」
目的地へ向かう途中。
肩に乗るキュゥべえが、群雲に言葉を促す。
「ああ」
そういえば、質問しようとしていたんだと、群雲は思い出し。
「魔女結界の最深部にあの二人がいたのはお前の仕業だろ?」
一息で、言ってのけた。
「……どうして、そう思うんだい?」
その質問に答える為、群雲は一つ息を吐いてから、自らの推論を提示した。
「オレは結界を進む最中に、殺された一般人を見た。
あれだけ安定した魔女結界なら、魔女の口づけによって招かれ、殺されている人がいても、不思議じゃない」
「だが、あの二人……上条恭介と志筑仁美は違う。
二人には、魔女の口づけがなかった」
「なら、二人は以前のオレのように、魔女結界を認識する事の出来る“素質者”であったのか?
それはない」
「鹿目先輩や美樹先輩、魔法少女が身近にいる存在が素質者であったなら、お前が契約を持ち出さないはずが無いからだ」
「そうなると、何故あの二人は“最深部”にいたのか。
考えられるのは一つ。
そうなるように“仕組まれた”からだ」
「
……容疑者が一人しかいない推理ゲーム……続けるか?」
足を止める事無く、群雲は続きを言うべきかを問う。
「……キミには、驚かされてばかりだね」
「肯定と受け取るぜ。
てか、感情の無いお前が、驚くとか出来もしない事を言うな」
「褒めてるんだよ?
キミはとことんまでに、僕らの予想を上回ってくれるからね。
間違いなくキミは、今までで一番“長命”な魔人さ。
加えて、あの状況下において尚“堕ちる”事無く、これだけの状況整理をしてみせる。
なによりも、キミの身に起きた、前例の無い不可解な現しょ」
キュゥべえは、言葉を最後まで言う事が出来なかった。
前方より放たれた“銃弾”が、確実に頭部を貫いていたからだ。
「どうして……!」
変身状態で、銃口を向けるのは暁美ほむら。
「人の肩に乗ってるのを撃ち抜くとか、怖い事は止めて貰えると、精神的に安定した魔人生活が送れるんだが」
「どうしてキュゥべえと一緒に居られるんですかッ!!」
眼鏡の奥にある瞳に、涙を浮かべながら。
ほむらとは思えない、大きな声があたりに響く。
「……聞きたい事があっただけさ」
口の端を持ち上げ、群雲は一言、そう告げる。
内容を話すつもりは無い。
その内容は確実に、先輩達の魂を穢すだろうと、群雲は考えている。
「……鹿目先輩は?」
ほむらが一人なのを確認し、群雲が問いかける。
「……昨日の、駅のホームに」
銃を盾の中に戻しながら、ほむらは言う。
「死者を弔う……か。
巴先輩か美樹先輩か、一般人の二人か。
……鹿目先輩だし、全部か」
足を止める事無く、群雲はそのままほむらの横を通り過ぎる。
「魔女結界で死ねば、死体すら残らない。
残った死体も、魂の砕かれた抜け殻だ。
弔おうにも、そこにはもう“ナニモナイ”んだから。
残された人の“自己満足”でしかない」
「!!?
あなたは……!!!」
振り返り、ほむらが声を荒げた瞬間。
それほど遠くない場所から、爆発音が響いた。
自分の後方からの音に、ほむらは再び振り返る。
その視線の先、黒煙が立ち昇る場所。
ほむらは其処がどこなのか、すぐに理解した。
それは以前、6人で話をした場所。
「………………自己満足さ」
立ち昇る黒煙を確認する事無く。
決して、足を止める事無く。
消え入るような声で、群雲は呟いた。
「それで」
目的地を、まどかがいるだろう駅のホームに変更し。
無言のまま、しばらく進んでいた群雲が、ほむらに声を掛ける。
「真昼間なのに、空が暗いんだが」
「……街の人達は、避難勧告に従って、避難所に集まってます」
「まあ、そうだろうなぁ」
軽くため息をつきながら、群雲は変身する。
最強の魔女襲来まで、後4日。
それは、別の時間軸から来た、暁美ほむらによる情報。
どうやらその情報は。
この時間軸には、適応されないようだった。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
次回予告
その戦いに、特筆すべき事は無い
六十六章 約束