「なんだい?」
「お前、この世界に何体いるんだ?」
「この個体はあくまでも、交渉用端末機だからね。
母星では、今も製造されているよ。
地球に、と言う意味なら一つの街に一つ以上は存在すると思ってもらって構わない」
「てことは、端末機的に言えば、オレと契約したのは“お前”ではないのか」
「僕らには“個”という概念がないからね」
「なるほど。
インキュベーターは、一つ見つけたら三十はいると思えばいいんだな」
「それは、色々と違うんじゃないかな」
SIDE 巴マミ
「ふぅ……」
長い髪をタオルで巻き上げて固定し、私は湯船に浸かる。
ふと、視線を向けると、佐倉さんがゆまちゃんの髪を洗っている。
この日、見滝原の
[念じて、頭にこんにちわ]
[あら、どうしたの?]
[ボケをスルーされると、辛いんだぞぅ」
必死に髪を洗う佐倉さんと、両目をしっかりと閉じて、微動だにしないゆまちゃんを見ていたら、琢磨君からの念話。
[ちと、出かけてくる。
先に寝てていいよ]
[どこにいくの?]
[その辺を適当に。
せっかく、元相棒と再会したんだし、気兼ねなく話したいでしょ?
群雲琢磨はクールに去るぜ。
朝には戻ってるけど]
[クールでもなんでもないわね。
でも、気にしなくてもいいわよ。
今後の事とか、しっかり話し合いたいし]
[それは、先輩達で決めてくれ。
オレがいると、雰囲気悪くなると思うし]
[ゆまちゃんの事ね?]
琢磨君とゆまちゃんの仲は、険悪。正確にはゆまちゃんが一方的に敵視しているのだけど。
[オレは別に、ゆまに嫌われてようと知ったこっちゃないが]
[そういう態度が、火に油を注いでいる気がするわよ?]
見滝原の
でも、ゆまちゃんは違う。
彼女にしてみれば、自分を役立たず呼ばわりした挙句、叩きのめしてきた相手が、見ず知らずの
しかも、今後はその人たちと一緒。
ゆまちゃんにしてみれば、面白くないでしょうね。
[仲良くする気はないの?]
[それは、ゆまに言うべきそうするべき。
でないとオレの寿命がストレスを特に感じず問題無い]
[真面目に]
[実際、ゆま次第だぞ?
無駄に雰囲気悪くして、連携疎かになって大ピンチとか、オレが望むと思う?]
[まあ、そうよね。
琢磨君は、そういう子よね]
[ナチュラルに子供扱いか……子供だけども。
それはともかく、今のままだと正直に言って
佐倉先輩も、やけにゆまを気にかけてる感じだし、今まで通り二人で魔女退治した方が、魔力的な効率はいいような気もする]
中々、辛辣な意見ね。実際にゆまちゃんと戦った琢磨君だからこそ、説得力があるわ。
[そうなると、ゆまが最低でも一人で魔女を狩れる程度にはなってくれないと。
佐倉先輩が連れているのも、それが理由の一つだろうし]
[……佐倉さんは]
[理由の
他の理由もなんとなく予想がつくし、多分そっちの方が比重は重いだろうし。
今、重要なのはそこじゃない]
[ゆまちゃんの実力]
[そゆこと。
正直、優秀な先輩二人に指導を受けられるんだから、相当恵まれてる。
だが、それはあくまでも“先の展望”であって“今”じゃない]
自分の為に生きる琢磨君にとって、最重要なのは今。
もし、将来的に一番強くなる素質を持っていたとしても。今、一番弱いという事実こそが最重要。
[オレとしては、ゆまの修行を重点的に……って、それは先輩達が風呂に入ってる時にする会話じゃなくね?]
[話を振ったのは、琢磨君よね?]
[そだっけ?]
あら? どうだったかしら?
[とにかく。
その辺の話は、今後詰めていけばいい。
明日も学校でしょ?
夜更かしは、お肌の天敵よ?]
[それは、そうだけど……]
[慌てる必要は無いさ。
現状はむしろ、巴先輩と佐倉先輩がギクシャクするほうが笑えない。
だからこそ、今日はO☆H☆A☆N☆A☆S☆H☆Iすればいいのさ]
[なんか、不穏な響きを感じるんだけれど]
[大丈夫。
きっと、それが正解だ]
[だめじゃないの]
いつだって、琢磨君はマイペース。誰と接していても、それは変わらない。
たまに、顔を真っ赤にしたりもするけれど……。
ひょっとして。
[恥ずかしかったりするの?]
[女3男1の時点で、察して欲しかったぜ。
本当に、自分以外の魔人が恋しい今日この頃]
それでも、佐倉さん達をここに連れてきたのね。
それは、本当に自分の為? それとも……。
[じゃあ、そろそろ行くぜ]
[……本音は?]
[3人の湯上がり姿とか、耐えられる気がしません]
そう言う事なのね。
[じゃ、いってきます]
[いってらっしゃい]
「この挨拶にどれだけ癒されたか、琢磨君は知らないんでしょうね」
「何の話だ?」
思わず呟いた言葉が耳に届いたのか、ゆまちゃんの髪を洗い終わった佐倉さんが首を傾げる。
「なんでもないわ。
琢磨君が出かけたってだけよ」
「ゆま、あいつキライ」
琢磨君の名前が出たせいか、ゆまちゃんは不貞腐れた様に呟き、私と佐倉さんは目を合わせ、苦笑する。
「自ら望んで、敵を増やす物好きは少ないわ」
でも、そのままの関係でいいはずがない。
見滝原の
「琢磨君だってそう。
敵を増やしたいなら、私と一緒にいる必要は無いし、貴方達を連れてくる意味も無い」
「でもあいつ!
ゆまの事を役立たずって言ったっ!!」
「落ち着け、ゆま!」
気持ちが高ぶるゆまちゃんを、佐倉さんが必死に宥める。
これは……大変かもしれないわね。
でも。諦める気は無いわ。
「琢磨君は、自分の為に動く子。
ゆまちゃんも、佐倉さんも、私も。
等しく“邪魔者”であるはずなの。
わかるかしら?」
ゆまちゃんの目を見ながら、私は落ち着いてもらえるように、静かな声色になるよう意識して話す。
「でも、あの子は私との共闘を望んだ。
佐倉さんとゆまちゃんを、ここに連れてきた。
その上で“今後の動向を、私達に委ねた”の」
琢磨君の言葉を借りるのなら。過程を仮定すれば、琢磨君の真意が見えてくる。
「琢磨君には“魔女を狩らない”という選択肢は存在しない。
同時に“自分から魔法少女と戦う”という選択肢も存在しない。
だから、私と共闘する道を選んだ。
だから、貴方達をここに連れてきた。
だから、ゆまちゃんと戦った」
「悪い、口を挟む」
佐倉さんが割り込んでくる。
まあ、二人は琢磨君の事をあまり理解してはいないでしょうし、疑問を抱くのは当然。
私だって“よくわからない子”と言う第一印象だったし、今もあまり変わってない。
「ゆまと戦うのに、どんな理由があるんだよ?」
だから、佐倉さんのその疑問は当然だし、私だってその場にいたわけじゃない。
でも、予想するぐらいは出来る。琢磨君と一緒に過ごしてきたからこそ。
「嫌われる為」
「は?」
そして、琢磨君は自身が考えている以上に“優しい子”だと。
「ゆまちゃんはどう思った?
悔しかった?
悲しかった?」
なら、私はそれに応える。
例えるなら、琢磨君が壁で、私は上る為の梯子。
そして、上れるように背中を押すのが佐倉さん。
「琢磨君を倒したいと思った?
琢磨君より強くなりたいと想った?」
後は、ゆまちゃんが自分で乗り越える事。
言われるままでは意味が無い。自分で行かなきゃ意味が無い。
私の言いたい事を理解したのは、佐倉さんの方が先だった。
「まさか……自分を目標にさせる為か!?」
「そうでしょうね。
超えるべき目標が近くにいれば、いつだって挑戦できる。
目標を超える為の助言者として、私と佐倉さんは申し分無い。
“自分の為になるなら、自分が嫌われていても気にしない子”よ、琢磨君は」
さらに言うなら。
「きっと“私と佐倉さんの仲違いの解消”も、視野に入れてそうね。
ゆまちゃんを鍛えるのなら、佐倉さんのように“自分が正面に立つ戦い方”だけでなく“搦め手を含めて支援する私の戦い方”も知っておくべき。
ゆまちゃんの事を大切に想ってる佐倉さんと、仲間を見捨てられない私がいがみ合ってちゃ、それを教える事なんて出来ない。
『だからきっと私達は、手を取り合うはずだ』
私達の心情なんか“知ったこっちゃない”って感じで、あの子はそんな風に割り切って考えてるでしょうね。
魔法により補助されている時の琢磨君の頭の中は、こちらの予想の斜め上を平気で飛び越えてしまうもの」
「……マジで、なんなんだよ、あいつ……」
「よくわからない子よ」
佐倉さんの呟きに、私は苦笑しながら答える。
魔法によって、頭の回転を加速させていたとしても。知能指数が上がる訳じゃない。
考え、結論に至るまでの“時間”を短縮させる。これが琢磨君の魔法。
だからこそ変身前でも使えるようにと、電子タバコなんてものを使ってる。
自分の為に生きる。
それは“自分の為になる事を瞬時に判断”出来て、はじめて成立する生き方。
「そんな、琢磨君だからこそ。
超える意味があるし、超える意義がある。
だから、ゆまちゃん。
私達と一緒に、琢磨君を倒してみる気は無いかしら?」
巴マミ、佐倉杏子、千歳ゆま。
私達3人が、群雲琢磨を目標として研磨する事で、実力は上がるでしょう。
きっと、そう考えてるんじゃないかって。
そうすることで、私達3人を仲良くさせようとしてるんじゃないかって。
そんな風に、私は想うのよ。
だって。
『オレは、ここにいてもいいかい?』
独りは、寂しいものね。
次回予告
他人を、100%理解することは出来ない
自分と言う個体は、世界で一つしかないのだから
相手がどういう人なのか それを予測する事は可能
でも、それが真実であるとは限らないし
真実かどうかを判断できるのは、当の本人しかいない
故に生じる、認識の相違
なら、この魔人は――――――――――
九十章 誤解されてる気がする