この儚き幻想の地で為すべき事は。   作:マイマイ

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何故自分が幻想郷に来たのか、八咫烏によって明かされる真実は……ナナシにとって信じられぬものであった。

一方、竹林の中ではてゐがレミリア達の姿形を真似た謎の影達と遭遇し、襲撃されていた……。


4月13日② ~狂気の吸血鬼、君臨~

 刃が奔る。

 銀光を放ちながらこちらを串刺しにしようとするナイフを、てゐは上手く身体を捻って回避する。

 その間にも走る速度は微塵も落とさず、彼女は夜の竹林を駆け抜けていった。

 

 彼女の後ろから追いかけてくるのは、十六夜咲夜、紅美鈴、レミリア・スカーレットの形を模した影のような存在。

 しかし模しているのは姿形だけではない、どういうカラクリかソレらが宿す力は本物に限りなく近い。

 当然、そんな奴等を相手にできるほどの力はてゐには無く、彼女はひたすら逃げの一手を行使する。

 

(とはいえ、このままじゃ追いつかれるな……)

 

 地の利でも地上での機動力でも、てゐはあの影達よりも上だと自負している。

 だがあの中に居るレミリアの影はさすが吸血鬼を模しているだけあるのか、並の天狗以上の速度で此方との距離を少しずつ縮めてきている。

 本当に反則だと内心舌打ちをしつつ、それでもてゐには逃げる事しかできなかった。

 

(というか、アレ等は一体なんなんだ? 偽者なのは判るけど模造品にしては宿す力の大きさが本物と殆ど同じなんて、どんな秘術を用いたんだか)

 

 永い年月を生きたてゐでも、そんな芸当にもそれができる心当たりも思い浮かばない。

 ……そんな事を彼女が考えている中、レミリアの影が動きを見せた。

 

「いいっ!?」

 

 まさしく一瞬、瞬きよりも速い動きでレミリアの影はてゐの前へと現れた。

 全速力で走っているので方向転換も急停止もできない、なのでてゐは速度を緩めぬまま自身に向かって右手の爪を振りかざそうとするレミリアの影を見据え。

 

「どっこいしょーーーーっ!!」

 

 迫る爪の一撃をギリギリの間合いで避けながら。

 一瞬でどこからか取り出した巨大な杵を両手で構え、容赦なくレミリアの影の脇腹へと叩き込んだ……!

 鈍い打撃音が竹林に響き、小柄なレミリアの影の身体は真横に吹き飛ぶ……事はなかった。

 

「マジッすか!?」

 

 容赦のない一撃も、数秒動きを止めるだけでダメージを与える事はできなかった。

 どうやら肉体の頑強さもオリジナルと同じらしい、恨めしい視線を送る暇もなくてゐは杵を投げ捨てつつ影の横を通り抜ける。

 

「無理ゲーにも程があるでしょ、これは!!」

 

 てゐとて長い年月を生きてきた妖怪だ、それなりの力を有してはいる。

 そんな自分の渾身の一撃があの結果に終わり、我慢できずに叫んでしまうのも致し方ないのかもしれない。

 

「あーっクソ、なんで私がこんな目に……」

 

 一体いつになったらこの不毛な鬼ごっこは終わってくれるのか、いい加減うんざりしてきたてゐの前に、第三者が現れる。

 

「…………」

「あ、もこたん!!」

 

 その者を視界に捉え、てゐは安堵の声を上げながらそちらへと駆けていく。

 彼女の視線の先に居るのは、この竹林に住む不老不死の人間――蓬莱人である藤原(ふじわらの)妹紅(もこう)であった。

 よっしゃ、これで勝つる。白髪の長い髪を風で揺らしながらじっとこちらを見据えている妹紅を見て、てゐは勝利を確信するが。

 

「っ、うぎゃ……っ!?」

 

 他ならぬ妹紅による蹴りの一撃が、彼女の身体に突き刺さった。

 突然の事態に反応できなかった彼女はその一撃をまともに受け、近くの竹に叩きつけられ激しく咳き込む。

 

「ぐ……げほっ、ちょ……もしかして、前に鈴仙と一緒に悪戯した事に対する仕返し? 悪いけど、今はそんな状況じゃ……」

「…………」

 

 ゆっくりとてゐに近づいていく妹紅、その瞳には明確な敵意が込められていた。

 ……彼女は後ろから迫る影とは違い本物だ、だからこそこの行動には不可解さしか感じない。

 彼女とて後ろに居る影達の異常さには気づいている筈だというのに、何故こちらを攻撃するのか。

 

「…………すまないな」

「は……?」

 

 ぽつりと、謝罪の言葉を放ちながら、妹紅は炎に包まれた右手をてゐに向ける。

 冗談の類ではない、それを理解したてゐはすぐさまその場で地を蹴った。

 逃げなくては、どういうわけかはちっとも判らないが、今の妹紅は自分にとって敵となっている。

 

「うわあっ!?」

 

 だが、後方に大きく跳んだてゐの身体を、妹紅から放たれた炎が包み込む。

 瞬く間に彼女の小柄な身体が炎に呑まれていき、妹紅は僅かに表情を曇らせながら一気に終わらせようと炎の威力を高めようとして。

 

――その炎が、蒼い炎によって霧散された。

 

「…………」

「う、ぐ……」

 

 全身を焼きながら、地面に向かって落ちていくてゐ。

 

「てゐさん!!」

 

 それを抱きとめたのは、1人の少年であった。

 瞳の奥に迷いと困惑を宿した、黒髪の少年。

 

「妹紅、さん?」

「……やあ、ナナシ」

 

 少年――ナナシも妹紅も、お互いの事はよく知っていた。

 会話を交えた事は決して多くないものの、少なくとも互いに友人と呼べる程の仲だ。

 だからこそナナシは彼女の行動に驚きを隠せず、妹紅は彼の登場に唇を噛んだ。

 

「どうして……なんでてゐさんを」

「…………」

「それに咲夜さん達に似てるそいつらは、一体何なんですか?」

 

 まるで付き従うかのように、3人の影達は妹紅の周囲に佇んでいる。

 ナナシの問いに妹紅は何も言わず、ただ黙って自身の身体を炎に包み込ませる。

 その態度はお前を殺すと明確に告げており、ますますナナシは困惑した。

 

「ナナシ……逃げた方がいいよ」

「てゐさん、大丈夫ですか?」

「あー……大丈夫大丈夫、ちょっと焼けただけだからさ」

 

「……一体何があったんです? 紅魔館での事はレミリアさん達から聞きましたけど、あの影みたいな奴等は……」

「それが私にもわかんないんだよねー、もこたんが敵対してくる理由もだけど。でも今はそんな事を考えてる余裕はないと思うよ?」

「…………」

 

 確かにてゐの言う通りだと、ナナシは彼女達に意識を向ける。

 アレがなんなのかも、何故妹紅がこんな事をしているかもわからないが、このままここに居ては間違いなくやられてしまう。

 てゐの部下達である妖怪兎に彼女が追われている事を知らされ、慌ててここに辿り着いたまではよかったが……不利な状況なのは変わりなかった。

 

「……ナナシ、お前には手を出すつもりはなかったが……安易に首を突っ込んだ自分自身を怨んでくれ」

「妹紅さん、どうしてこんな事を」

「…………すまないな」

 

 妹紅が動く、それと同時に影達も動いた。

 

「くっ……!」

 

 まともに戦って勝てる相手ではない、そもそもナナシに妹紅と戦う気など微塵もなかった。

 なので彼は一先ず逃げようと、彼女から背を向け全速力で飛び去った。

 

「どうすんの!?」

「と、とにかく逃げます!!」

「逃げ続けられる相手じゃないよ、ナナシだったら戦えるだろう!?」

「……それ、は」

 

 判っている、戦わなければ自分もてゐも無事では済まない。

 それはわかっているが、それでも今のナナシには誰かと戦うなんてできなかった。

 

(僕は、自分の意志すら八雲さんに操作されている。もしかしたらこうしててゐさんを助けようと思ったのも、本当の僕の意志じゃないのか……?)

〈ナナシ、今は迷ってる場合じゃねえ。あんな話をしてしまったオレが言える立場じゃねえが、ここは戦って切り抜けるぞ!!〉

(だ、だけど……それは本当に僕がやるべき事なの? そりゃあ咄嗟に飛び出してしまったけど……これだって僕の望んだ事じゃないかもしれないんだろ!?)

 

〈っ、今は余計な事は考えるな。このまま逃げ続ける事なんざできねえってお前でも判るだろうが!!〉

(わかってるよ、だけど……どうすればいいのか僕だってわかんないんだ。何が僕が本当に望んでいる事なのかわからないんだよ!!)

〈……ナナシ〉

 

 迂闊だった、己の浅はかさを八咫烏は心底怨んだ。

 あの事を彼に話すのが速すぎたのだ、もっと時間を掛けてゆっくり説明しなければならなかったのに……。

 

「ぐっ……!」

「えっ?」

 

 背後から妹紅のくぐもった悲鳴と打撃音が聞こえ、ナナシに咄嗟にその場で止まり後ろを振り向いた。

 

「――大丈夫か?」

「レミリアさん!?」

 

 ナナシ達と妹紅達の間を割って入るような形で現れたレミリアは、ナナシの無事に安堵しながら妹紅達を睨みつけた。

 

「出来の悪い人形共だな、わたしはもっと美しいし咲夜や美鈴はもっと感情豊かだぞ? 駄作も駄作だ」

「……邪魔をするな、吸血鬼」

「気安く話しかけるな蓬莱人、貴様……何をしているのか判っているのか?」

 

 空気が震える、レミリアの怒りに呼応するかのように紅い魔力が彼女の身体が溢れ出した。

 

「そんな状態でよく吼える……邪魔をするなら、まずお前から片付けてやる」

「言ったな? 貴様等の相手などこの状態で充分だ」

 

 そう言いながら、レミリアは()()()()()()()()右腕を手刀の形に構える。

 ……今のレミリアには、本来在る筈の左腕が存在していなかった。

 これは紅魔館襲撃の際に負った傷であり、しかし決してあの不気味な少女によるものではなく……その少女と共に紅魔館を去ってしまった実の妹である、フランから受けた傷であった。

 

 何が起きたのかはレミリアもわからない、だがフランは自身の中に存在する“狂気”に呑まれ暴走を始めてしまったのだ。

 当然力ずくでも止めようとしたレミリアであったが、実の妹相手という事もあり本気になれず呆気なく敗れ、フランのレーヴァテインによる一撃で左腕を消し飛ばされたのだ。

 吸血鬼の再生能力ならばいずれ元に戻るものの、同じ吸血鬼から受けたダメージからかその再生は遅い。

 故に今のレミリアの戦闘能力は全開時の半分程度まで落ち込んでおり、それでも彼女はナナシを守る為に永遠亭を飛び出した。

 

「貴様が何を企んでそんな出来損ないを付き従えているかは知らんが、そんな不出来な人形風情をこの世に留まらせるつもりはないぞ!!」

「…………」

「適度に痛めつけてフランの居場所を吐いてもらう、どうやら貴様は紅魔館を襲撃した者と繋がっている可能性があるようだからな」

 

「……お前もか」

「なに……?」

 

 吸血鬼の聴力が妹紅の呟きを拾うが、それの意味を問う前に彼女達が一斉にレミリアへと襲い掛かる。

 ……この状況は、圧倒的に不利だ。

 それを十二分に理解しながらも、レミリアは臆する事なく立ち向かっていった。

 

 ■

 

 駄目だ、あのままじゃ。

 妹紅さんと3人の影を相手にしているレミリアさんを見て、当たり前のように彼女の敗北を予期できたのに、僕はてゐさんを抱きかかえながら戦いを眺める事しかできずにいた。

 加勢しないと、そう思っているのに足が動いてくれない。

 

 ……戦えない、自分自身の事もわからない今、戦う意志が湧いてこない。

 守りたいと思った、自分の全てを懸けて守りたいと願った。

 その全てが嘘だった、八雲さんによって都合の良いように作られた嘘の感情だった。

 その事実が、僕の身体を金縛りのように封じ込める。

 

「ナナシさん!!」

「……美鈴、さん」

 

 永遠亭を飛び出してきたレミリアさんを追いかけてきたのか、至る所に包帯を巻く痛々しい姿の美鈴さんが僕達の前に姿を現した。

 彼女はまず僕達の無事を確認して安堵の表情を浮かべ、その後すぐに四対一という圧倒的なまでに不利な戦いを強いられているレミリアさんの加勢をしようとして。

 

「美鈴、お前はナナシとついでに兎を守っていろ!!」

 

 他ならぬレミリアさんの声で、その足を止めた。

 

「お、お嬢様!?」

「悪いがわたしにはそいつらを守っている余裕はない、だからお前が代わりに守れ!!」

「無茶ですよお嬢様、ただでさえ弱っているのに多勢に無勢じゃないですか!!」

 

 美鈴さんの言葉は正しい、既にレミリアさんは防戦一方になってしまっている。

 でも美鈴さんが加勢してくれればなんとかなるかもしれない、それはレミリアさんだってわかっている筈だ。

 

「ナナシの傍に居ろ、自分自身すら疑っているコイツを独りにするな!!」

「――――」

 

 その言葉で。

 頭の中が、真っ白になった。

 心臓を掴み上げられた言葉で、僕の内側全てを暴いてしまった。

 

「……なん、で」

「ぐっ……!?」

 

 こちらに向かって弾き飛ばされるレミリアさん、それと入れ替わるように美鈴さんが地を蹴った。

 今度は美鈴さんが彼女の代わりに妹紅さんと戦い始め、それを見たレミリアさんはそのまま僕の元へと歩み寄ってくる。

 

「すまん、美鈴。少し……時間を寄越せ」

「…………、ぁ」

 

 茫然と彼女を見る僕に、レミリアさんは一瞬だけ申し訳なさそうに表情を歪めた。

 

「……すまないな。お前にとって今の言葉は傷を抉るような行為だったろうが……つい、口に出てしまった」

「どう、して……」

「わかったのか、か? あくまで予測だったよ、だがお前の瞳の奥に迷いと困惑の色が見えた。それ以上に……自分自身に対する嫌悪の色が、見えてしまったんだ」

 

 ……嫌悪?

 僕は、他ならぬ自分自身に嫌悪しているというのだろうか。

 

「その顔では気づいていなかったようだな。何があったのかは知らんが、今のお前は他ならぬ自分自身を疑い嫌悪している。……少し前の、フランと似ている」

「フラン……?」

「あの子もな、自分の能力と生まれつき備わってしまった“狂気”をずっと疎ましく思っていたんだ。最近ではなりを潜めていたがきっと今でもアイツは自分自身を嫌っている。

 そんなあの子と今のお前の目がとてもよく似ていたのでな。感情的になってしまったんだ」

 

「…………僕、は」

 

 声が、出てこない。

 そんな僕に、レミリアさんは優しく微笑みながら頭を撫でてくれた。

 小さい子をあやすようなその行為に気恥ずかしさを覚えながらも、それ以上の安心感に包まれる。

 

「何があった? 前に見せてくれたような強い意志を今のお前からは感じられん、何か……あったのだろう?」

「…………」

 

 知られたくないと、思った。

 でも同時に、この内側に溜まったモノを吐き出してしまいたいとも思った。

 そんな事をしている場合ではないのはわかっている、今だって美鈴さんはたった1人で戦っているんだ。

 だけど、それでも……今ここで吐き出さなければ、きっと一歩も歩けないとわかってしまった。

 

「……僕は、外の世界の人間なんです」

「ん? 記憶が戻ったのか?」

「いいえ、でも……僕との繋がりを深めた八咫烏が、僕の魂から僕の失われた記憶を見たんです……」

 

 それから僕は、ぽつりぽつりと、少しずつレミリアさん達に話した。

 八雲さんに殺されかけ、この幻想郷に来た事。

 その際に、彼女によって今の自分を造り上げられた事。

 本当に自分が望んでいる事、願っている事、考えている事がわからなくなってしまった事。

 

 びくびくと恐がりながらも、何度もつっかえながらも、僕はレミリアさん達に話した。

 レミリアさんもてゐさんも何も言わず、ただ黙って僕の話を聞いてくれた。

 

「どうすればいいのか、わからなくなってしまったんです。自分が何をしたいのかもわからなくて……自分が決めた答えが、信じられなくなってしまったんです」

 

 それが本当に僕自身が考えたのか、それとも八雲さんが造った僕が考えた事なのか。

 何をすべきかも定まらなくて、迷う事しかできなくなってしまった。

 

「……成る程な。お前の不気味なまでの自己犠牲の精神と寛容さには、そういうカラクリがあったわけか」

「ナナシ……」

「僕は、どうすればいいんでしょうか? どうすべきなのか……答えが、見つからないんです」

 

 八咫烏の言う通り、全部投げ出して外の世界に帰るべきなのか。

 きっとそれが一番楽な道だと思う、だからこそ八咫烏はその選択を強く推したのだ。

 ……だけど、それが正しい事なのかと疑問に思う自分がいる。

 かといってこのまま幻想郷で生きる事が、八雲さんの望むような“ナナシ()”を演じる事が正しいとも思えなかった。

 

「だ、そうだが。師匠のお前はどう思うんだ?」

「えっ……?」

 

 僕の背後に向かって問いかけるレミリアさん、後ろを振り向くとそこには。

 

「……八意先生、鈴仙」

 

 僕に向かって悲痛な表情を浮かべている鈴仙と、ジッと僕を見つめる八意先生の姿があった。

 ……いつの間に居たのだろうか、様子を見るに今の会話は聞かれていたようだ。

 だがちょうどよかった、聡明な八意先生ならきっと答えを教えてくれる筈だ。

 

「八意先生、僕は……どうすればいいんですか? 教えてください」

「…………それは、無理よ」

「えっ」

 

 予想だにしていなかった言葉が返され、愕然とする。

 八意先生は申し訳なさそうに僕を見つめながら、静かに首を横に振った。

 

「それはあなた自身が見つけないといけない答えよ、全てを捨てて外の世界に戻るのも、幻想郷で生きる事を選ぶのも……私にとっては、どちらも正しい答えだと思うわ」

「だけど、僕の考えが本当に僕自身のものなのかわからないんですよ? それなのに、どうやって答えを見つけろって言うんですか!?」

 

 搾り出すように、責めるように八意先生に向かって叫んだ。

 ただの八つ当たりに等しい醜悪な行為、それでも八意先生は僕に対して謝るように顔を伏せるだけだった。

 ……今の僕は、何もない空っぽの人間だ。

 為すべき事もわからず、自分の事も理解できず、喚き散らして殻に閉じこもることしかできない。

 

「僕は、どうしたら……」

「……ナナシさん」

 

 頭を抱えうずくまる僕を、鈴仙が抱きしめるように包み込んでくれた。

 

「大丈夫ですナナシさん、たとえあの妖怪が何かしようとしても私が守ります。何があっても私が傍に居ますから……答えなんか出さなくていいんです」

「……鈴仙」

「今まで通り生きればいいんです、あの永遠亭で……みんな仲良く暮らせばいいんです、それで充分じゃないですか?」

 

 だからもう苦しまないでと、僕以上に僕の事で胸を痛める鈴仙の目が、そう告げていた。

 ……心が、その言葉に頷こうとしている。

 そうだ、何も答えを出さなくてもいいじゃないか、鈴仙の言う通り今までのように永遠亭でのんびり暮らせばそれはどんなに――

 

 

「――みーつけた、お・ね・え・さ・ま」

 

 

 楽しげな声が、戦場に響いた。

 この場には似つかわしくない幼く可愛らしい、けれどどうしようもなく恐ろしい声の主は。

 

「ひひ……ひゃははははっ!!」

 

 その紅い瞳に直視できない闇を抱えて、竹林の空に君臨していた。

 

「……フラン」

「いひ、ひひひひ……」

 

 口元を歪ませ、狂った笑い声を上げるフラン。

 明らかに様子がおかしい、あれがレミリアさん言っていた“狂気”に蝕まれたフランだというのか。

 右手にはレーヴァテインを持ち、彼女の周りには眷属のように巨大な目玉に蝙蝠の羽のようなものを生やした生物が浮かんでいる。

 

「あれは……イビルアイ、魔界の低級悪魔の一種ね」

「というか師匠、あの吸血鬼……精神の波長がメチャクチャになってますよ!!」

 

「チッ……こんな時に現れるとは」

「……あはっ」

 

 フランの姿が消える。

 

「が、っ……!?」

「なっ!?」

 

 そう思った時には、既に彼女はレミリアさんの身体にレーヴァテインの刀身を突き刺していた。

 炎の剣に貫かれ、流れる血を蒸発させながら、レミリアさんはキッとフランを睨む。

 

「よわーい、お姉さまってばこんなに弱かったのー?」

「ぐ、く……」

 

 身体を貫かれたまま、レミリアさんは右足を蹴り上げる。

 それを簡単に回避し、フランは再び空へと戻りケタケタと狂った笑い声を竹林に響かせた。

 

「お嬢様――ぐぅぅっ!!」

「美鈴さん!!」

 

 駄目だ、美鈴さんも限界が近い。

 

「鈴仙、あなたはあっちの加勢を。この吸血鬼は私に任せて」

「わかりました、師匠!!」

「てゐはナナシを守ってあげて、イビルアイ達がそっちに向かうとも限らないから」

「あいあい、そんじゃナナシはここを離れよう」

 

 そう言って、てゐさんは僕の手を掴んでこの場から離れようとする。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいてゐさん!!」

「何? ……戦う事もできない、迷ってるだけのアンタに一体何ができるっていうのさ?」

「っ……」

「でもそれはしょうがないと思うよ? 誰だって今のアンタを責める事なんかできやしないんだから、気にしないで永遠亭に戻ろう?」

 

 ……そうだよ、今の僕にできる事なんて何もない。

 ここに留まっていたって、みんなの迷惑になるだけじゃないか。

 迷う事しかできない、自分を信じる事もできない僕なんかに、何ができるっていうんだ。

 

「イビルアイ達、みんなみんな壊しちゃえ!! そしてフランはー……今度こそ、お姉様を壊す!!」

「っ、くっ……!」

 

 レミリアさんの前に出て、彼女からフランの攻撃を庇う八意先生。

 だが結界を張る隙もなかったのか、文字通り身体を張って八意先生はフランの攻撃を受ける事になってしまった。

 

「うぅ……」

「し、師匠!? あぐっ……!」

 

「鈴仙、八意先生!!」

 

 拙い、あのイビルアイとかいう生物まで攻撃に加わってしまったら、みんな保たない……!

 

「……じゃあね、お姉様」

「くっ!!」

 

 片膝をつくレミリアさんに、レーヴァテインの刀身を大きく振り上げるレミリアさん。

 回避も防御もできず、レミリアさんはただフランを見上げる事しかできない。

 八意先生も受けたダメージが大きいのか、レミリアさんの命を奪おうとするフランを止める事は叶わない。

 

「ぁ……ああ……っ」

 

 見ているだけでいいのか?

 このまま傍観するだけで、目の前で僕を友人だと認めてくれた彼女の命が奪われるのを、黙ってみていることしかできないのか?

 ……それは、違う、筈だ。

 だけど、この考えだって本当の僕の望みだとは限らないし……。

 

〈…………ナナシ〉

(八咫烏?)

〈ここで何もしなければ、お前は外の世界に戻る決心をしてくれると思ったから何も言うつもりはなかった。だがお前の心の中にはレミリア達を救いたいと、この状況をなんとかしたいという想いに溢れている〉

 

(僕の、心に……)

〈それがお前自身の願いなのかあの女の造り出したお前の考えなのかはオレには判らん。だが……素直にその心に従うのが、今のお前にとって正しい選択だとオレは思う〉

(……僕は)

〈すまねえな。お前に外の世界に帰れと言っておきながら身勝手な事ばかり押し付けてしまっている……でもな、お前にはオレの力を正しい事に使ってほしいとも思っているんだ〉

 

 正しい事の為に、力を使う。

 ……そうだ、八咫烏を受け入れた時に僕はそれを願った。

 少なくともその願いは、その想いは……僕自身のものだった筈だ。

 

 

 

 

――ならば今は、その願いだけを信じて迷いを消し去ろう。

 

 それがきっと、今の僕にとって正しい選択の筈なんだから……!

 

 

 

 

 


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