カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~   作:マハニャー

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11 北風と太陽、嵐と光

 御神幸雅が最初に得た権能『天を照らす光』(Of Shining)。

 この権能は、使用時の様子やその形態から、太陽を操る権能だと認識されており、賢人会議のレポートにもそう記載されている。

 しかし、実態は少し異なる。

 正しくは、『太陽』を操るのではなく、太陽が放つ『光』を操るのだ。

 この二つは、似ているようで全く違う。

 太陽系の中心に物理的に存在する天体ではなく、概念的な太陽の光を操る権能。

 

 故に、まつろわぬ神の神性を焼き尽くすなどという芸当も、可能となるのだ。

 今、幸雅が放った光は、ウルスラグナの体を焼くための光ではなく、古代ペルシアの勝利の軍神の根幹となるもの。つまり、彼にまつわる神話を焼き滅ぼす焔だった。

 本質を照らし出す真実の光。この力を使うためには、相手の神のことを深く知らなければならない。

 己の中の知識を言霊として吐き出し、聖句に変えることでこの光を呼び寄せる。

 

 この真実の光を強かに浴びたウルスラグナは、己の神格を構成する神話の大半を焼かれた。

 それによって、今のウルスラグナは権能のほとんどが使えない状態になっている。

 本人の自己申告の通り、使えてもあと一度だけだろう。

 とりあえずウルスラグナへの対処はこれでいい。

 後のことは、後輩と金髪の騎士が、自分たちで言った通りどうにかするだろう。

 なので、幸雅は何も気にせず、残る一柱、神王メルカルトに視線を向けた。

 

「次はあなたか、メルカルト」

「ふん、このわしを待たせるとは、どういう了見か。まったく、これだから神殺しなどというふざけた輩どもは!」

 

 不敵な幸雅に負けないほどに、傲巌不遜な宣言をするメルカルト。さすがは神の王か。

 しかしその言葉に反応したのは、幸雅ではなく隣に立っていたアテナだった。

 

「何を言うか、メルカルト王。神殺しの輩どもには我ら神の規則どころか、人としての最低限の常識すら通用せん。そのようなことまで忘れるほど耄碌されたか?」

 

 …………………………。

 

「……うちの嫁さんが冷たい」

 

 微妙に怒ったような声音で言うアテナだったが、少し神殺しをこき下ろしつつのフォロー。思わず、涙が流れそうになった。

 一応、自分のことをまあまあ真人間だと思っている幸雅からしたら、ちょっとショックだった。

 ……いや、神殺しの魔王のくせに、天敵であるまつろわぬ神を嫁にした幸雅は、確かに人としても神殺しとしても常識がない部類なのだが。

 幸か不幸か、幸雅はそのことに気付いていなかった。

 

 何とか気を取り直し、幸雅はアテナの細い体を抱き上げ稲妻を全身から放ち始める。神速の領域に入るための準備だ。

 それを見たメルカルトもまた、神力を高め、嵐を呼ぶ。

 神王にして天空神であるメルカルトにとって、嵐とはもはや己そのものと言ってもいい。

 あっという間に、15、6メートルもある巨体の周囲を、激しい暴風と迅雷が渦巻く。

 幸雅が腕に抱いたアテナが、その繊手を幸雅の首に絡めてしっかりと抱きつき――直後、幸雅は走り出した。

 僅か一歩目で二人の姿は目視できなくなった。神速で移動しているため、肉眼で捉えることはできないのだ。

 幸雅はその強みを最大限に利用し、右手に握った布都御霊をメルカルトに突き立てようと接近するが、

 

「侮るな、神殺し! ……嵐よ!」

「チッ」

 

 あと少しで届く、というところでメルカルトが全方位に向けて、無差別に嵐を撒き散らしたのだ。

 いくら神速で移動しているとはいえ、神の権能による嵐を突っ切るのは、リスクが大きすぎる。

 残念に思って舌打ちしつつ、幸雅は素直に神速で後退した。

 そこを狙って放たれた雷撃を、こちらも雷撃で弾き、走り出す直前に立っていた場所の近くに着地する。

 

「……アテナ。しっかり掴まっておいてくれ、よっ!」

 

 一瞬の停滞も許さず、再び走り出す。今度はメルカルトの巨体の周囲を、円を描くようにして神速で。

 神王メルカルトは天空神ではあれど、特に神速関連の権能は持っていない。

 故に、今の幸雅の速度を捉えることはできない。なので、再び全方位に嵐を撒き散らそうとする。

 

『させないよ!』

 

 神速による加速状態にあるため、幸雅の声はくぐもって響く。

 呪力を権能に注ぎこみ一瞬だけ超加速、アテナを腕に抱いたまま、嵐を振り切った。

 そしてそのまま、右側から飛び込んだために目の前にあった隆々の右腕に、布都御霊を今度こそ突き立て、放電。

 

「ぐぅおおおオオオオッ!」

 

 雄叫びのような苦悶の声を上げ、右腕に取り付いた幸雅に向けて左手の雷を纏った棍棒・アイムールを振り下ろすメルカルト。

 幸雅はそれを避けもせず、淡々と放電を続ける。

 あわや直撃する――と思われたその瞬間、

 

「闇よ。女王の名において命ず、今こそ集い楯と成れ」

 

 腕の中に居たアテナがさっと右手を掲げ、二人の前方に長方形の闇色の楯が顕現した。

 その楯は見事メルカルトの棍棒を受け止めた。

 

「ふぅぅん、ぬぅぁああアアア!」

 

 しかし、その勢いまで殺すことはできず、やむなく抱き合ったままの二人は振り落とされる。

 

「……すまぬ、旦那さま。今の妾ではあの楯が限界だ」

 

 珍しく沈んだ様子のアテナ。すでに闇の楯は消え失せている。

 恐らく易々と振り落とされたことを気に病んでいるのだろう。だが幸雅としては、それも仕方ないと思う。

 何せ、今のアテナはその神力の半分近くを失っているのだ。そんな状態の彼女が、同格以上の神格の一撃を受け止めようとすれば、そうなるのは必然である。

 幸雅は特に責めることなく、かつて彼女の神力を奪った者として、ただ微笑んで銀髪を掠めるように撫でた。

 

「いいや、気にする必要はないさ。大丈夫」

 

 耳元で囁きながら、幸雅は先程霊剣を突き立てていたメルカルトの右腕を見る。

 ありったけの電流を流してやったはずだが、微妙に効果が薄いように見える。

 実際、雷の権能は機動力が欲しい時には重宝するが、直接的な攻撃力はそこまで高くないのだ。

 かつて戦った建御雷之男神も、雷撃は神速移動と時たま放つ遠距離攻撃ぐらいにしか使ってこなかった。

 これは本人(本神?)が武神としての桁外れの豪力を持っていて、それをメインにしていたというだけなのだが。

 

 それに加えて、メルカルトは嵐を司るため、副次効果である稲妻にも強い耐性を持つ。

 さすがに《鋼》の性質は持っておらず、鋼の英雄特有の不死性は存在しないので、そこが救いと言えば救いである。

 

「……なら、いつも通り、あれをやってみようか」

 

 少し考え、幸雅はポツリと呟いた。

 その呟きを聞いたアテナは、やはりな、と言いたげな納得の表情を浮かべて、幸雅の腕の中からするりと抜け出す。

 

「あれをやるのであろう? なれば、妾がそこに居ても邪魔にしかならぬ」

「そうだね。ありがとう。……ついでに、僕の代わりに彼らの応援に行ってくれないかな。頼む」

「彼ら、とはあの娘と、旦那さまと同郷の男子のことか? ……任せておれ」

 

 そんな会話をしている内にも、メルカルトの方は気合い十分という風に一対の魔法の棍棒を振り上げ、大音声で怒鳴った。

 

「いつまで休んでいるか、神殺し! はよう来い! このわしに刃向かったこと、後悔させてくれるわ!」

「……せっかちだなあ。まあ、また後でね。傷を負ったりしちゃダメだよ?」

「うむ。心配するな。旦那さまの方こそ、敗れることは許さぬぞ? ――ちゅっ」

 

 掠めるような口付けを残して、アテナはウルスラグナ達がいるもう一つの戦場へ向かっていった。

 去り際に向けられた僅かな微笑を反芻し、自分の唇に指を当てて固まっていた幸雅だったが、すぐに視線をメルカルトに移した。

 最後の激励で気合は十分どころか、もはや振りきれている。

 この状態で負けるなどあり得ない。

 右手に顕現させていた布都御霊を消し、全身を覆っていた雷電も消し去る。

 獰猛に笑った幸雅は、指を当てていた唇でそのまま言霊を唱え出した。

 

「我は光にして太陽。尊き光は、戦場(いくさば)に赴く我が許にて進むべき道を遍く照らし給え。汝らは我が鎧にして剣、至高なる輝きの欠片なり!」

 

 言下に、幸雅の周囲に目も眩むような光が散った。

 ような、ではなく実際に目どころか周囲の木々までもを焼いた光は、しかしすぐに収束、幸雅の体の周りに数十個の球体として並んだ。

 その光の球体は、まるで太陽系の惑星のように規則性を持って緩く回転している。

 それだけ見れば幻想的な光景だが、この光球はその一つ一つが太陽と同等の熱量を宿した、太陽の欠片そのものだ。

 

 御神幸雅の第一の権能『天を照らす太陽』(Of Shining)。

 さすがは太陽を神格化した女神から簒奪した権能と言おうか、その応用範囲は恐ろしく広い。

 先程のように相手の神格を焼き滅ぼす光を放つこともできれば、このように太陽の熱を球体として顕現させることもできるし、何なら、太陽から直接熱線を投射することだってできる。

 その中で幸雅が好んで使う形態が、まさにこれ。光輝く光球として顕現させる方法だ。

 

 幸雅が顕現させた数十の光球を見たメルカルトは瞠目した。

 

「……太陽の欠片だと……神殺し! 貴様、稲妻の武神だけでなく、最高位の太陽神まで弑殺していたのか!?」

「言ってなかっただけさ」

 

 素っ気なく答え、もはや斟酌なく光球を十個ほどメルカルトに向けて撃ち出した。

 尾を引いて迫る莫大な熱量の塊に、メルカルトは目を剥きながら獣のような俊敏さで後ろに飛び退った。しかし、その程度でかわせはしない。

 幸雅がさっと右手を振ると、その動きに合わせて光球もまた軌道を変える。

 

「ぐぬううあっ、厄介な!」

 

 毒づきながら、メルカルトは両手の棍棒で迎え撃とうとする。

 風を纏った右の棍棒・ヤグルシと、雷を纏った左の棍棒・アイムール。それでも迎撃は叶わなかった。

 放たれた光球は棍棒と接触する寸前、やにわに膨張し、一瞬にして破裂したのだ。

 凄まじい光と轟音を響かせ、生じた光の爆発は周辺の森ごと一帯を焼き尽くした。巻き上げられた土砂と木々が数メートル先も見えないほどの煙を生む。

 

「ぬうおおおおオオオオオオオオオオオオオオォッッッッ!!」

 

 同時に響き渡る神王メルカルトの絶叫。幸雅は煙が晴れるのを待たず、さらに十数個の光球を送り込んだ。

 煙幕など元からなかったように突き進む光球は、その全てが見事に着弾――したと思われた。

 メルカルトと光球を遮るようにして出現した巨大な竜巻が、まとめて弾き返した。

 あらぬ方向に飛んで行き、空中で爆発する光球たち。

 

『舐ァめるなああああァァァァ!』

 

 出現した嵐から、メルカルトの声が聞こえた。天空神たる権能で、己の体を嵐そのものに変えたのだろう。

 しかも、それによって手放された二本の棍棒が、単体で宙を走り、幸雅へ迫る。

 ヤグルシは旋風に乗るツバメのように軽やかな軌道で。アイムールは天降る稲妻のごとく、直線的な軌道で飛来する。幸雅の先程のスピードに劣らぬ速度――神速でだ。

 幸雅は咄嗟に右手を振るって浮遊していた光球を前方に放ち、自身は一も二もなく雷の権能を行使、神速で後ろに数十メートルも飛び退った。

 その動きに従って、残った光球も再び幸雅の周囲を取り囲み――直後、前方で巨大な爆発が起こった。

 幸雅の放った太陽の欠片がメルカルトの棍棒と衝突し、その猛威を撒き散らしたのだ。

 

 事前にそれを察知して退避していた幸雅はもちろん、己の肉体を暴風と雷霆に変化させたメルカルトももちろん無事だった。

 やがて爆発も収まり、再び向き合った神王と神殺し。

 自分の中で激しく燃え盛る闘争の歓喜に、最も若きカンピオーネは獰猛に微笑んだ。

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