カンピオーネ! ~女神と共に在る神殺しの魔王~   作:マハニャー

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24 終わる戦い

「……でも、俺は止まりません。先輩が先輩の正義を貫くと言うのなら、俺も俺の正義を貫きます!」

「やってみなよ、護堂!」

 

 共に咆哮し、己の被造物に呪力を注ぎ込む。

 牙と盾とで押し合いへし合いを演じていた天使と『猪』。

『猪』が、至近距離から天使へ衝撃波を浴びせた。

 間一髪盾を構え直したのものの、完全に勢いを殺すことは出来ずに、バランスを崩す。

 

 再び突進する『猪』。天使は盾を斜めに掲げて、下からアッパースウィングをするようにカチ上げた。

 強烈な一撃を顎にもらって苦悶しながら吹っ飛ぶ『猪』に、天使は斟酌なく苛烈な剣撃を浴びせる。

 縦横無尽に巨大な剣が空を走る度に、『猪』の全身から青黒い血が飛び散った。運良く護堂には当たっていない。

 

「おい、お前。このままやられっ放しでいいのか? 男なら、最後に一撃位入れてみせろ!」

 

 ルゥゥ、オオオオオオオオオオンンンンンンンンッッッッッッ!!!!

 

 背中からかけられた護堂の発破に、『猪』はいきり立った。

 一際強い咆哮を上げ、今度こそ衝撃波によって大きく吹き飛ばす。

 更に突進。鋭い牙で引っ掛けるようにして、天使の盾を奪い取ってみせた。

 そのまま奪った盾を、渾身の力を以て踏み躙る。

 

「はははっ、やるねぇ護堂! だけど、そっちの『猪』も限界なんじゃないのかい!?」

「そんなこと分かってますよ! ――『猪』、もういい! 後は任せろ!」

 

 力を使い尽くした『猪』は、虚空に溶けるようにして消えて行った。

 足場をなくし、そのまま墜落していく護堂。しかし、彼の表情に焦りの色はない。

 幸雅も容赦なく盾を失った天使に命令を下し、護堂を撃墜させようとした、が。

 

「――我が元に来たれ、勝利のために。不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を遣わし給え」

 

 背中から地面に落下しながら、護堂は右手を天に掲げて言霊を呟いた。

 同時に、夜の帳が覆う東の空が、紅く染め上げられた。

 ウルスラグナ第三の化身『白馬』。太陽を呼ぶ力の発現に他ならない。民衆を苦しめる大罪人にしか行使できないこの権能。

 東京の観光スポットの一つである公園を無残に破壊し、かつてはサンピエトロ大聖堂にもやらかしたらしい幸雅は、この条件に問題なく当て嵌まった。

 

「駿足にして霊妙なる馬よ――」

 

 古来、『馬』は太陽神と密接に結びつく獣だった。

 馬車に乗り、東から西へと空を駆ける太陽神。これは、多くの文明で普遍的に見出せる伝承である。

 ギリシアの太陽神アポロンと習合したペルシアの光明神ミスラも同様の神話を持ち、ミスラに仕えるウルスラグナが化身する白馬も、太陽を運ぶのは道理だろう。

 

「――汝の主たる光輪を疾く運べ!」

 

 光の箭が、太陽神の長槍が、天空から降る。

 幸雅と、幸雅の乗る天使と、周り数十メートルの一帯が、白い閃光に呑み込まれた。

 咎人を灼き尽くす清めの焰。遥か東の空より天駆けて、超々高熱のフレアが地上に舞い降りたのだ。

 

 その光は一切の抵抗を許さず、巨大な天使を一瞬で灼き尽くした。

 しかし幸雅はそれに巻き込まれることなく、神速の権能を発動して既に飛び去っていた。

 護堂が気付き、慌てて幸雅を探そうとした時には――幸雅は、既に護堂の後ろに居た。

 右手に顕現した霊剣・布都御霊を、無防備な護堂の背中に振り下ろす。護堂の背中から鮮血が迸り、眼下の地面に勢いよく突き落とされる。

 

 地面に強く全身を打ち付けてめり込んだ護堂だったが、思いの外すぐに戦場に復帰した。

 幸雅が追撃を叩き込もうと地面に降り立った瞬間、上がった砂塵を切り裂くような鋭いハイキックが幸雅の側頭部を襲った。

 

「――ッ!」

「らぁぁっ!」

 

 慌てて霊剣を割り込ませるも、コンクリートすら割り砕く蹴りの威力に、あえなく吹き飛ばされる。

 建御雷之男神の権能は神速と、それを使いこなすための武勇を齎すが、特に膂力に補正はかからない。

 しっかりと両足で着地して護堂の方を向くと、背中から血をダクダクと流した護堂がこちらを睨みつけていた。

 

「ウルスラグナ第四の化身『駱駝』か!」

 

 異常な打たれ強さと脚力、そして野生染みた足技のセンスを得る権能。

 護堂は幸雅の叫びに応えることもせず、随分と様になった動きで接近してきた。

 

 そして、右足を振り上げて幸雅の胴を狙ってくる。幸雅はタンッと後ろに跳んでかわす。

 追いすがるように前に跳んでからの、左足による跳び膝蹴り。見を捩って回避し、霊剣で浮いた護堂の体を薙ぎ払う。

 素早く着地して身を屈めて、幸雅の斬撃をやり過ごす護堂。間髪入れず、刈り取るような足払いをかけてくる。

 

 流れるように繰り出される護堂の攻撃の数々を、幸雅は完全に防ぎ切っていた。

 それも当然だ。いくら護堂の蹴りの威力が高く鋭いものでも、神速よりは遅い。比べ物にならない。

 幸雅は、護堂の攻撃を見てから、後出しで攻撃できるのだ。

 

 幸雅の抱える絶対的なアドバンテージに、護堂も気付いた。

 二人の距離が離れた瞬間に、地面に向かって右足を大きく振り上げて、踵落とし。

 ドゴンッ!と、壮絶な爆音を響かせて砕け散る地面。舞い上がる粉塵が、即席の目くらましとなる。

 

 だが幸雅は委細構わず、布都御霊を強く振るった。姿は見えなくとも、呪力を感じれば護堂の位置は分かる。

 感じた護堂の気配は――棒立ちだった。

 神速で繰り出される幸雅の攻撃を迎え入れるように、ただ突っ立っている。

 その中で、護堂の囁き声が聞こえた。

 

「羽持てる我を恐れよ。邪悪なる者も強き者も、羽持てる我を恐れよ! 我が翼は、汝らに呪詛の報いを与えん! 邪悪なる者は我を討つに能わず!」

 

 加速。棒立ちだった護堂が急激に後ろに下がり、幸雅の攻撃をかわした(・・・・)

『駱駝』などより遙かに速い幸雅の攻撃を回避することは出来なかったはずだ。なのに何故。

 

「『鳳』か! 超加速と身の軽さの向上の権能!」

 

 答えは簡単だ。護堂もまた化身を変え、神速を手にしたからだ。

 続けて与えた二撃、三撃も、全て見切られ、全てかわされた。

 同じ神速に至った相手に攻撃を当てるのは至難の業だ。

 

 ただでさえ、神速の状態で攻撃を的確に当てるのは困難だ。余りの速さに本人の認識が追い付かず、速度を持て余してしまう。

 だがそれは護堂も同じ。

 

 逃げる護堂に、追う幸雅。

 始まるのは、互いに神速の状態での鬼ごっこ。

 半壊した公園内を目視すら困難な速度で飛び回り、相手に攻撃を加えようとする。

 

「……くそっ!」

「君がその権能を手に入れたのはごく最近だろう? なら、まだ慣れていないのも無理はないさ」

 

 同じ速度だと言うのに、明らかに幸雅の方が護堂に追い縋っている。

 それは偏に、二人の経験の差だ。

 護堂がウルスラグナを弑殺して神殺しの魔王・カンピオーネとなったのは、つい先月。だが幸雅は違う。

 カンピオーネに至ったのが約一年前。建御雷之男神の権能を簒奪したのが、約九か月前だ。

 どちらが有利かなど、考えるまでもないだろう。

 

 焦りを露わにする護堂と、余裕の表情の幸雅。

 その差は繰り広げられている戦いの結果にも直結し――遂に、幸雅の攻撃が護堂を捉えた。

 

「うあっ!」

 

 動きを止めた護堂の胴に、幸雅の勢いを乗せた回し蹴りが炸裂する。

 派手に転がって行く護堂。それでもその瞳に宿るギラギラとした光は消えなかったが、時間の問題だ。

 もう終わることに一抹の寂しさを感じながら、幸雅は蹲る護堂に左手を翳す。その手の平には、青白い雷光が集まっていた。

 

「安心するといい。ちょっと意識を失うだけだし、君たちが想像しているような最悪の事態にはならない。あの二人の騎士にも、何もしな――」

 

 幸雅は、自分の言った言葉で気付いた。

 そうだ。あの二人、エリカ・ブランデッリとリリアナ・クラニチャールはどこに行った?

 彼女たちの性格からして、尻尾を巻いて逃げたと言うこともないだろう。

 むしろ、神殺しと神殺しと言う壮絶な戦いに割って入るタイミングを、虎視眈々と狙っているはずだ。

 

 ならば、いつ仕掛けてくる? 幸雅が最も油断した時、気を抜いた時だろう。

 そう、例えば。幸雅が勝利を確信したとき――

 

 ようやく気付きを得て慌ててその場から飛び退こうとしたが、一歩遅かった。

 地面から突如として伸びた黒い合計十三本のイバラが、幸雅の両足を雁字搦めにした。

『禁足』の命令の籠もった、リリアナの魔術。

 

 本来であれば、カンピオーネである幸雅にとって、少し呪力を籠めればそれだけで易々と引き千切れる程度の拘束なのだが、今は事情が違った。

 何故なら、目の前で蹲っていた護堂が、いつの間にか立ち上がって、幸雅に突進するような構えを見せていたからだ。

 護堂は未だに『鳳』の化身のまま。神速は問題なく使える。

 その手には、聖絶の言霊が籠められた、獅子の魔剣クオレ・ディ・レオーネ。

 

 チラリと幸雅が視線を向けた先には、僅かに疲弊した様子のエリカと、歯をきつく食い縛り苦悶の表情を見せるリリアナの姿。

 幸雅を拘束するために全力を注ぐ親友の肩を支えつつ、赤き大騎士は、己が戴く王に叫んだ。

 

「行きなさい、護堂! あと一撃で、あなたの勝利よ!」

「ああ!」

「……っ、簡単に、言ってくれる!」

 

 エリカの意気を汲んで走り出す護堂。二人の間には十メートル程度の間隔があったが、神速の前ではそんな距離、一歩で事足りる。

 余裕の表情をかなぐり捨ててどうにか迎え撃とうとする幸雅だったが、時既に遅し。

 

「うぅおおおぉぉぉっ!」

「くっ、このっ――」

 

 動けない幸雅は、迫る魔剣に為す術なく貫かれる――はずだった(・・・・・)

 

「なっ……!?」

 

 突然、幸雅と護堂の間に、闇の障壁が割って入らなければ。

 突如出現した闇の障壁は、神にすらダメージを与えることのできる言霊の宿る魔剣を、完全に防ぎ切ってみせた。

 

 グシャァァァ、と。獅子の魔剣がひしゃげて、護堂の手から離れる。

 伴って護堂の動きも止まり、護堂はその場にくずおれた。

 

 それを見届けて、幸雅は己を庇った障壁の、もっと言えばこの闇の使い手たる女神の方を見上げた(・・・・)

 

 遙かな上空。まるで蛇のような長い銀髪が夜風に揺れている。

 ギリシャ風の衣装を身に纏い、背からは梟の羽を生やし、口元に優美な笑みを刻み、闇色の瞳は爛々と光っている。

 手には彼女の司る三つの神格の一つ、冥府の女王としての彼女を象徴する大鎌。

 人間で言えば十七、八歳の、確かな丸みを帯びた肢体。幼さの抜け切ったどこか作り物めいた美貌。

 

 背後に青白い月の光を背負った彼女は、まさに女神である。森羅万象を統べる女王である。

 

 幸雅が見慣れた彼女の姿とは違う。だが、分からないはずがない。

 よりにもよって、幸雅が間違うはずはない。

 

 だから幸雅は、彼女に向けて、万感の思いの籠もった呟きを届けた。

 

「……お帰りなさい、アテナ」

 

 彼女――まつろわぬアテナも、その成長しきった美貌に、優しい笑みを浮かべて、

 

「……ただいま、旦那さま」

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