『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第三部「動乱」   作:城元太

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第弐拾話

 蒼天に鳶色のシュトルヒが甲高い鳴き声をあげて輪を描く街道を、二足歩行の中型ゾイドが進んでいた。本来両肩に装着されるジャイアントホイールを、荷車に利用し、前足で器用に押している。小さく丸い外耳に丸みを帯びた体形、白と黒の色分けとも相まって愛らしい姿で歩いていく。

 南半球の卯月、盛夏の頃。下総の大地は一面黄金の麦の穂に覆われていた。麦秋を貫く一本道を、同じく金色のシリンダーに彩られたバンブリアンが長閑に歩む姿は、此処が政争から遠く離れた場所であることを感じさせた。

 パンダ型ゾイドの操縦席に座る丈部(はせつかべ)子春丸(こはるまる)は、即製の手押し車に積まれたリーオの(けら)(=粗鉄、この場合「粗メタルZi」)を見下ろし、額の汗を拭う。

「いぢ、今日のお務めが終わればまた府中(※石岡)に向がうがらな」

 手にしたリーオ製の髪櫛を見つめ、常陸訛りの独白をする。櫛を紅色の袋に入れると大事そうに懐に納め、前を向きなおした。

「ありゃ、なんだっぺ」

 2足歩行の機体高ゆえか、黄金にさざめく麦畑の海の向こう側から見覚えある2機のゾイドが視界に入った。

「ディバイソンだな。常羽御厩の多治経明様のもんとは色が違うべ。それと……おお、村雨ライガーだ。将門の殿(との)のお帰りだ。検非違使にはなれたかのう」

 バンブリアンは一度手押し車を離し、4足歩行形態に変形する。接近する村雨ライガーとディバイソンの進行の邪魔にならないよう、街道の傍らに機体を寄せて停止した。

「小次郎様、お懐かしゅうございます。岡崎村の駆使、子春丸でございます。まずはお帰りなさいまし」

 風防を開けた操縦席で、子春丸は人懐っこい笑顔を浮かべていた。

 小次郎も村雨ライガーの風防を開き応じる。

「子春丸、主も息災であったか」

「お蔭様で元気です。都からお帰りで御座いますか」

「ああ、これから鎌輪に戻る。母上たちは達者であろうか」

 途端に子春丸の表情が曇る。不穏な雰囲気を察し、小次郎は子春丸に再び問いかける。

「伯父達が来たのだな」

「詳しい事は手前の様な者が申すべきことではございませぬ。まずはお急ぎでお帰りくだせえ」

「合い分かった」

 小次郎は短く礼を言うと、村雨ライガーの歩みを速めて鎌輪の館に機体を向けた。子春丸はその時、付き従うディバイソンの後方警戒・対空要員席の装甲を開き、坂東の風に射干玉色の髪を(なび)かせる美女の姿を目にした。

「都の女だ……小次郎様もなかなかの御仁で……」

 羨望とも取れる失笑を潜め、2機のゾイドが離れていくのを暫く見送っていた。

 

 桔梗は香ってくる土の匂いを懐かしく感じていた。

 歩行速度を上げたことで振動が若干大きくなり、十七門突撃砲が微かに上下する。

 束ねた髪も風に歩調に合せて旗の様に靡いた。

(ここが下総なんだ)

 舞い上がる埃に霞む進路を見遣り、あの日の事を思い返していた。

 

                  *

 

 ロードゲイルを破壊されたあの日、緩やかな振動によって目覚めた。見慣れぬ操縦席の中、少し窮屈な姿勢で眠っていた。前席に男の広い背中が座る。

「……(ぬし)は、確か……」

「目覚めたか。痛みは無いか」

 空かさず身構えようとしたが、肩に激痛が奔り容易に動かせない。両足にも鈍痛が残り、見れば手厚く巻かれた包帯に血が滲んでいる。桔梗は、いま自分が傷だらけであることに気付いた。

「我を如何にするつもりだ。押領使に捕縛させようというのか」

 言い放ってから、胸も苦しいことを知る。肺も衝撃で圧迫されていたのだ。前席の武士は振り向かずに応える。

「捕縛するなら縄でぐるぐる巻きにしてとっくにして居る。それなら最初からゾイドの後席などに乗せぬわ。桔梗よ、お前を救いたいのだ」

 桔梗は呼吸する度に肺に込み上げる圧迫感を堪え、声を絞り出して返す。

「なぜその様なことをする。貴様が滝口の小次郎将門であることは知っている。追捕する側でありながら、なぜ群盗の私を救うのだ」

其方(そなた)が美しかったからだ」

「な……」

 この時小次郎は単純に「桔梗の髪が美しかった」と言った心算(つもり)であった。辯の立たない武骨な坂東武者は、自分の放った言葉がどの様な意味を持つかも考えずに使っていた。

 そしてそんな心中を察するはずもない弱り切った桔梗にとって、それは殊更(ことさら)に特別な意味として受け取られた。

 身体中が熱くなり、呼吸は別の理由で苦しくなる。

(何なんだ、この男は)

「その様子では当分動けまい。暫くは私と共に過ごすこととなるぞ」

 重ねて小次郎は、言葉の意味を考えずに使う。最早桔梗には返す言葉はなかった。

 小次郎は興世王の口添えで借宿の手配を頼む。「女を囲いたい」と、そのままの意味を口にすると、興世王は詳細も聞かずに館の離れを提供してくれた。小次郎は、その背後で薄笑いを浮かべる興世王を知らずに。

 村雨ライガーの操縦席から抱きかかえられ、敷かれた(とこ)にそっと横たえられた桔梗を見下ろし「早く治癒すると良いな」と言って去って行った。小次郎が去った後暫く、桔梗は胸の高まりが収まらなかった。

(何なの、あのひとは)

 桔梗はその日、傷の痛みも胸の(つか)えも覚えず、深い眠りに落ちて行った。

 

 小次郎は日に数回、傷の様子を見に訪ねてきた。桔梗の素性を聞こうともせず、献身的に世話をやいてくれた。困難な状況にある者を黙って見過ごせない性格と、誤った言葉の使い方により誤解をしたままの桔梗は、いつしか複雑な感情を育てていった。

 傷が癒える頃、坂東への同伴を聞かれた時、桔梗は俯きつつ小さく「うん」と頷く。

 小次郎はそれが傷の痛みによって声が出ないものと、また誤解をしていた。

 

 坂東へ出立の日、道中を共にすると紹介された初老の武士が告げた。

「お前はこれから儂の娘、孝子となる。途中、(せき)の通過には、将門殿の(さい)とするよりも何かと都合が良いのだ。わかったか」

 その伊和員経の言葉も、桔梗の想いに追い打ちをかけてしまった。

(私が、この武者の妻に……)

 群盗の女頭目と判らぬよう、持てる金子(きんす)を目一杯払って、都でも華やかな女房装束を纏わせると、見る者が見ても判らぬ程、淑やかな女性になっていた。鏡に写る姿を見て、桔梗は今までと違う自分に驚いていた。

(どこまでもついて行ってやる。このひとの最期を見届けてやるのだから)

 その感情が二つの意味を持つことを知りつつ、桔梗は自分を納得させ、この男の育った郷とはどんな所かを知るという理由で坂東行きを決意した。だから待ち遠しかった、鎌輪の館がどんなところなのか。だが。

 

「あれが、武士の館なの……」

 桔梗は思わず声に出してしまっていた。

 

 懐かしい築地塀(ついじべい)が見える。都に身を置く間、何度も瞼に浮かんだ鎌輪の館は、しかし小次郎を変わらずに受け入れることはなかった。

 あまりの変わり様に声が出ない。

 息を呑む、とはこの事かと思うほど、小次郎は衝撃を受けた。

 ディバイソンの頭部装甲を上げ、伊和員経が小次郎に問いかける。

「殿、こちらが鎌輪の館で御座いますか。失礼ながら(えら)く荒れていて、とても武家が住む場所とは思えませぬ。先程の駆使の思い違いで、最早御兄弟達はこの館から別の棟に移られたのではないのでしょうか」

 そうかもしれない、いや、そうに違いない。

 村雨ライガーに伏せの姿勢を取らせ、カウルブレードに掴まりつつ降り立つ。幼い頃から嗅いできた土の匂いは変わらない。だが、ぼろぼろの矢倉も、荒れ果てた馬場も、とても自分達兄弟を育んできた館とは信じられなかった。

 曲がり屋の奥、動く白い影がある。小次郎は身構えた。

「誰かいるのか。俺はこの館の惣領、都より戻った平将門だ」

「兄者か」

 廃屋同然の格納庫から現れたのは、スナイパーライフルの右の銃身を失い、所々の装甲板を失ったケーニッヒウルフであった。

「兄者、漸く戻られましたか」

「いたのか三郎。この有様は一体どうしたというのだ。四郎の便りで駆けつけてみれば、この廃れ様。母上は、それに将平や将文、将武、将為達は」

 矢継ぎ早に問いかけたところで、三郎将頼が応じられないことは知っている。それでも問いかけずには居られぬ程、小次郎は(たか)ぶっていた。

「まずは館に入ってから申し上げます。母上も待っております」

 小次郎は再び絶句した。

 母上がまだこの館にいるのか。こんな廃墟のような館に。

 自分の不在の間に起きた出来事が、予想以上に縁者を苦しめていたことを、小次郎は痛感していた。

 

 

 

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