『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第三部「動乱」   作:城元太

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第弐拾九話

 鎌輪の館は日に日に活気が満ちていった。

 桔梗に加え、新たに良子という女性が加わり華やかさが増した事もある。しかし何より惣領である平小次郎将門自らが陣頭指揮を執って、下総の大地の開墾に精を出していたからだ。

 嘗て鎮守府将軍として活躍した亡き父良持を慕う領民は多い。その父親譲りの風貌を備えた小次郎が、村雨ライガーと共に荒れ地を耕し、汗水流して働く姿は、源家三兄弟に蹂躙され、国香を初めとした同族の収奪による荒廃も撥ね除ける活力を周囲の領民に与えたのだ。

 領民達は皆、親しみを込めて呼んだ。「小次郎様」、「将門様」と。

 泥濘の地を干拓し、森林の木の根が残る地を興し、土塗れになって働く村雨ライガーや、超硬角に縄を結わえ付け、残滓を運ぶディバイソンがある。それこそがゾイド本来の姿ともいえた。

 ジェネレーターは地に根を降し、徐々にその枝振りを広げていく。

 (おそ)い若芽が萌え出で、初秋には間もなく訪れる冬に備え、草木はその身に蓄えを増していく。そしてソードウルフが時折館の外に出て、巡回がてら小次郎や員経に屯食(=弁当)を届けに現れていた。

「何分孝子様の方が、私よりも上手く扱えますのでな。いや、参りました」

 桔梗はあの一件以来、文屋好立よりこの丹色のゾイドを永く借り受けることを許されていた。領民達も巨大な二振の刃を備えた剣狼の頭部操縦席で、射干玉(ぬばたま)色の髪を靡かせる美女に憧れ、敬慕の意を込めて「孝子姫」と呼ぶ。すると桔梗は雅やかで眩しいばかりの微笑みを返すのであった。

 

 

「私もレインボージャークで、あるじ様の仕事のお手伝いをしとうございます」

 良子は不服そうに、新たな母となった犬養の君の横で溢していた。だが母は、姪から娘となった若い新妻の不機嫌の原因が他にある事を、到に見抜いていた。

「良子、最近(からだ)の具合は如何ですか」

「至って健勝です。ただ、少し喉が渇きます。それと()い物が好きになりました。鎌輪の館に来て、嗜好が変わったのかもしれません。

 それより母様、なぜ私はゾイドに乗ってはならぬのですか。孝子様だってああしてソードウルフでおやかた様をお助けしているというのに」

 その言葉の裏側に「少しでも愛する人の傍に居たい」という心が明け透けに見え、母は思わず口許を袖で隠して笑う。

「そのうちわかりますよ。とにかく、今は空を飛ぶなど成りませぬ。この母の願いは聞いてもらえますか」

 良子は大仰に背筋を立てて答えた。

「勿論です。母様の言い付けは守ります。

……ところで、何ですかこのたくさんの(さらし)布の帯は」

 母は答えず、ただ静かに笑うのみであった。

 

 (から)に近かった館の倉には、次第に麦や雑穀の蓄えが増えてくる。小次郎はそれを独占することなく、浮浪の民となって常陸や上総から流れ込んできた民に、当面の糧と班田耕作の当初の出挙(すいこ)として無償で貸し与えたのだ。慈愛の情を以てすれば乃ち民も従う。荒廃していた耕地も新たに土地を与えられた流民達によって拓かれ、南半球の皐月の秋には豊かな収穫として館を潤していった。

 そして小次郎にとって、目出度き事は重なった。

 

「まことか、良子」

 俯きかけ、僅かに頬を赤らめた新妻が、小さく頷く。自分の腹の辺りに右掌を当て、小声のまま答える。

「はい……あなた様の、御子でございます……」

 言ってすぐに両掌で顔を覆った。その仕草に、僅か数か月前まで奔放に振る舞っていた娘の面影はない。乙女から女へ、そして母親へ。恥じらう良子を前にして、新たに父になる者が歓喜の声を上げる寸前、良子は顔を覆っていた両手を解き思いきり夫に抱き着いた。

「皆には内緒にしていてくださいね。だって、初産だからまだ何もわかりません。もう一度母様に御相談してから、皆にお話ししたいと思います。

 誰よりも先に、あなた様にお知らせしたかったから」

 囁く様に、歌う様に、良子は小次郎の耳元で呟いた。

 小次郎は溢れんばかりの喜びを堪え、一言「おう」と言ったきり、良子の間を大股で後にした。残された良子は、少し潤んだ瞳で、愛を添い遂げた夫の後ろ姿を見送っている。そして回廊の影には、同じように小次郎の背中を見つめる女性の姿があった。

「小次郎様、そして良子様。おめでとうございます……」

 言葉とは裏腹に、目尻から熱いものが零れ落ちるのに気が付いていた。桔梗色の(あこめ)に、涙の染みが広がるばかりであった。

 そしてもう一つ、過去が桔梗を追いかけて来ていた。

 

 桔梗でなければ気付かない程微細な振動であった。

 屯食を届けた帰り道、並木の揺らぎが変化し視界が歪む。豊かに実った田園を宵の秋風がそよぐ頃、館へ急ぐソードウルフの前に忽然と姿を現したゾイドがあった。

「メガレオン、龍宮の(くさ)(忍者)か」

 まるで虚無から湧き出る様に、次第に全身を顕していく。半身ほど姿を見せたところで、狩衣を着た武官が降り立ち頭を垂れた。

「桔梗の前、秀郷様よりの檄です。形に残さぬようとの達しなので、口伝します」

 (ましら)のような身軽さで剣狼の頭部に瞬時に攀じ登り、桔梗に耳打ちをする。再びメガレオンの背部搭乗区画に戻ると、掻き消すように宵に溶け込んで消えて行った。

「……常陸に加え、上野、上総でも挙兵の動きがあるか。源護と平国香、良兼が動きだしたな。兄は高みの見物、あの方らしい」

 止めた歩みを再び始め、剣狼は一路鎌輪の館へと進む。その先には立ち込めた雨雲が、星を覆い隠していた。

 

 

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