『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第三部「動乱」 作:城元太
黄金色の集光板を輝かせ、青いゾイド群が鎌輪の館に姿を現した。
「久方ぶりに御座います、良文叔父御殿」
凱龍輝を中央に、中型の牛型ゾイドと小型の竜型ゾイドが次々と到着する。
「小次郎、息災で何よりだな。お前も嫁を貰ったとか。目出度いのう」
「叔父上もお元気そうで。私の不在時にはいろいろと便宜を図って頂きありがとうございます。相模に御挨拶に参ろうとも思ったのですが、なかなかその機会が見いだせず」
村岡五郎良文は、屈託なく答える。
「解って居るよ。我も東海道に
海賊衆という言葉にふと、小次郎は藤原純友と名乗った男の顔を思い浮かべた。そしてあの時の「美味い酒など酌み交わそうぞ」という言葉が妙に懐かしかった。
「小次郎、如何した」
幾分漫ろになった甥を良文が訝しむ。小次郎は体裁を取り繕い、凱龍輝を見上げた。
「相変わらず勇壮でありますな、叔父上の竜は。ところで、このブロックスは」
凱龍輝の背後に、中型と小型の二機が伴っている。良文は自慢げに語り出した。
「あの猛牛型はディスペロウ、小型の方がエヴォフライヤーだ。元来凱龍輝の援護をする為に産み出されたブロックスでな、それぞれにチェンジマイズすることにより凱龍輝の更なる強化が得られる。
苦労したぞ、
自慢げな姿が、良文もまた小次郎と同じゾイドを愛する坂東武者であることを示していた。
「良文殿、お久しうございます」
「叔父様、お久しぶりです」
矢倉門の下、いつの間にか三人の女が迎えに出ていた。
「義姉上、御健勝で何よりです。
それと良子か。覚えておるか、村岡の良文だ。良兼殿の館では小さき頃何度か会っておる。そうか、あの幼き
「孝子殿です」
母が応え、桔梗は深々と頭を垂れた。鬢より落ちた射干玉の解れ毛に、良文は僅かに心を奪われた様子だった。首を傾けて小次郎を振り向き笑う。
「お前が良子を嫁にもらったと聞いていたが、側室まで設けたとは聞いておらなんだぞ」
慌てて弁解しようとしたものの、凱龍輝自慢に快くした勢いか、それとも桔梗の美貌に酔ったのか、良文は戸惑う小次郎達にも構わず続ける。
「孝子様ですか。都のお方とお見受けする。どうかこの朴念仁の甥を宜しく頼みます。
いや、亡き良持兄者も安心しておろう、何分小次郎は奥手奥手と懸念されていたからのう。それが一度に
「違います、孝子は私の上兵伊和員経の娘にて……」
寸刻、小次郎は叔父の説明に時間を割く事となる。その間、良子は表情を変えずに微笑む桔梗の横顔を時折窺い見ていた。
(自分であったら絶対に動揺するのに。なぜこの方は微笑んでいられるのだろう)
胎内に新たな命を身籠ってより、良子は特にこの都からやってきた美女を気にかける様になっていた。
自分が
自分より年長の孝子が、明らかに自分より明眸皓歯の美女であることは認めざるを得ない。母からも「惣領として側室を持つは止むを得ない事。孝子殿との間に男と女の関わりがあったとしても、正室であるあなたは泰然として居なければなりませんよ」と言い含められていた。
確かに、孝子と夫は親しい間柄ではあったが、しかしそれは如何様にしても男女のものではなく、ゾイドを介した棟梁と上兵との関係であった。夫が自分を最も愛していてくれるからとも信じたかったが、それ以上に不自然なのだ。
孝子と夫の間には、男女を越えた何かが在る。
若い良子には、群盗桔梗の前の正体にまで、思い及ぶには至らなかったが。
「良文叔父上、いつまでゾイド談議をお続けですか。相変わらず皆様ゾイドのこととなると話は尽きませんね」
「おお、四郎か。お前も更に英明になったようだな。相変わらず景行公には世話になっているのか」
待ちかねていた四郎の案内により、凱龍輝と良文達は館の矢倉門をくぐって行く。頻りに笑っていた良文の顔が、小次郎とすれ違う時一瞬だけ強張った。
「今日は火急の件があって参った。すぐに
低く絞り出す声が、決して良文がゾイド自慢の為に訪れたわけではないことを物語っていた。
「良子の略奪婚については、良兼兄も諦めている。問題は源家だ」
広げた所領図を指し示し、良文が小次郎達を前に渋面を浮かべている。
「常陸より
しかし、これから冬にかけての農閑期、従類・伴類の募兵は容易となる。
相模にも来たのだ、国香兄の檄文がな」
良文が、隣の四郎に書面を渡し、それを員経と三郎が覗き込む。
「〝平将門を討て〟と」
評定が重苦しい雰囲気に鎖される。良文は書面を所領図に重ねた。
「同様のものが良兼、良正にも送られているはずだ。最近良正は
「叔父御殿は、これを知らせに」
小次郎が良文を見る。
「良子の件はお前に無礼があったのは確かだが、一族揃ってお前を潰すほどの理由にはならない。寧ろ背後で控えている源家がそれを機会に、ウィルスに冒されていない下総を狙って暗躍しているのだ。私も国香兄に小次郎討伐を命じられたが、海賊追捕を盾に兵は出さぬ。だがそれでも戦は避けられない」
予測されてはいたが、良文の齎した情報は衝撃であった。
「小次郎、降伏して所領を手放すか」
「それはできません」
良文の速断を迫る物言いに、小次郎は間髪入れず返答する。それは惣領とすれば当然であった。
「だとすれば、早急に軍を整え迎撃準備をすべきだが、戦えるか」
「断固として戦います。坂東武者の誇りにかけて」
「よかろう」
小次郎がそう答えることは、良文にも予め判っていたようであった。何度か無言で頷く仕草をすると、良文は改めて小次郎に向き直り告げた。
「そこで提案なのだ。お前の母君を、相模で引き取らせてはくれぬか」
「母上を、ですか。まずは相談して見ねばわかりませんが、それは何故に」
的を射ない申し出に、小次郎は当惑する。
「良持兄が身罷って久しく、義姉も年老いた。これ以上戦乱の中に身を置かせるのは痛々しい。幸い相模は気候も温暖で、義姉の身体にも過し易いと思う。何より義姉の無事である姿を、私が見守りたいのだ」
良文は真剣であった。それは嘗て父良持と競いあった恋の成就を、老境を前にして成そうとする良文の想いと取れた。小次郎が良子という伴侶を得ていなければ、或いは解せないことであったかもしれない。良文の純愛を貫こうとする高潔な姿勢が、小次郎には何よりも嬉しかった。
「わかりました。戦いに臨むには、母は最早辛いかもしれません。良き機会です。叔父御殿にお任せしたく思います」
「小次郎、感謝する」
それが叔父良文と、そして母との永遠の決別となることを、小次郎は朧げに見越していた。
「寂しくなりますね」
「ああ」
「武家の嫁としての習いも知らない未熟な私に、母様はいろいろと教えてくださいました。私が身籠った時も、いち早く晒布で
静かに啜り上げる声がする。宵闇の中、良子は込み上げる嗚咽を堪えていた。
「将武、将為殿も、行かれてしまうのですね」
「ああ、六郎も七郎もまだ幼い。母と共に相模に向い、孰れ叔父より伊豆の地を拝領する約束を頂いた。あれも俺の弟だ。必ず立派な坂東武者になるさ」
「はい」
暗い天井を見つめる小次郎に、良子は静かに身を寄せる。
「あなた様、どうか御無事で」
「心配するな。俺は良子の腹の子の父となるのだ。源家のバーサークフューラーも、水守のアイスブレーザーも打ち破って見せる」
寝返りを打った小次郎は、胎内の子に留意しつつ良子を抱き締める。
秋風が強さを増してきた。雨戸を叩く風の音が、館の回廊に響いていた。