『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第三部「動乱」   作:城元太

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第参拾弐話

 開戦を告げる牒を携えて来たのは、良兼に所属するダークホーンであった。

 対峙する鎌輪勢の陣に接近し、尾部銃座より降り立ったのは他ならぬ良子の実弟公雅(きみまさ)だった。初陣に加え、使者としての重圧に緊張した面持ちで書状を差し出す。

「御使者殿、平小次郎将門しかと受け取りました」

 布陣の中央で村雨ライガーに搭乗する小次郎が、代理の四郎将平が牒を受け取ると同時に宣した。その後ダークホーンは自陣に向けて回頭する。尾部銃座から背部観測席に移動した公雅が、緑色の風防を閉めきる前に振り返る。

「小次郎殿、姉上は元気ですか」

 姉弟が引裂かれて争う悲劇を垣間見る。

「案ずるな。女を戦に巻き込みはしない」

 遠ざかるダークホーンの背に、小次郎は自らに誓いを立てるかの如く叫んでいた。

 

 戦の始まりを示す矢合わせに、アイスブレーザーのハイパーフォトン粒子砲とケーニッヒウルフのスナイパーライフルの試射が交わされた。

 小次郎は〝ハヤテ〟の力の発現を終始待ち望んでいた。最初から疾風ライガーに変化しておけば、速度に勝る源家の竜にも匹敵するだろう。心の中で、いや、題目の如く「疾風ライガー」の名を何度も口遊(くちずさ)んでみていた。しかし村雨ライガーにその兆候は見られない。未だ己が愛機の潜在能力を引き出せないことに、小次郎は切歯扼腕する思いであった。

 水守側からすれば、鎌輪勢の陣は集束荷電粒子砲の有効射程ではあるが、緒戦からそれが放たれることはなかった。圧倒的兵力差を盾にして、正面からの格闘戦を挑んで来たのである。先陣のレッドホーンが大地を揺らし突進するが、追い上げてきたジークドーベル部隊が赤い動く要塞を追い越し前面へと躍り出る。

〝手筈通りだ。頼む〟

 装甲に覆われた風防の隙間から、「了解」を示す桔梗の腕が見えた。

 丹色の狼が勇躍する。

 主戦場は騰波ノ江が入江状に張り出した場所で、それに繋がる野本の葦原の湿地帯と、収穫を終えた冬の乾田が続く。地盤の固い地表は少なく、下総特有の地形となっている。レッドホーンやダークホーンなど重量級ゾイドにとって不利であるが、ジェノザウラーの様なホバリング機能を有する陸戦ゾイドには無関係である。但し荷電粒子砲の発射はアンカーを打ち込める場所に限定されてくる。寡兵ではあるが、小次郎にとっては慣れ親しんだ地の利を生かすことが出来る。敵の主力から湿地帯までは二町(約220m)。遮るもののない乾田の上を、剣狼は不規則な蛇行を繰り返すことで敵部隊の誘導を開始した。

 レッドホーンの大口径三連電磁突撃砲とジークドーベルのフォトン粒子砲が豪雨となり、剣狼の周囲に降り注ぐ。しかし突進しながらの行進間射撃は狙いが定まらず、(いたずら)に乾田を掘り興すばかりだった。

 土煙が煙幕となって剣狼の姿を覆い隠す。小次郎の予想通り、指揮系統が一本化されておらず、小毅(≒小隊)毎に勝手に攻撃をしていたのだ。

 その頃、後方の高台に移動し塹壕に身を隠し終えたケーニッヒウルフが、先頭のレッドホーン目掛けて稜線射撃を開始した。スナイパーライフルの徹甲弾は初弾にして命中し、レッドホーン右脚関節部から派手に吹き飛ばした。前肢を失った赤い巨体は、翻筋斗(もんどり)を打って部隊後方へと転がっていき、両陣営通しての初の戦果となる。

〝やった、当たった〟

 興奮気味の三郎の声が響く。鎌輪勢は寡兵を以て大軍に挑むため、戦闘中通信装置を開放していた。

「油断するな三郎、位置を察知されぬ間に射撃を続けろ」

 小次郎の言葉通り、狙撃者の存在に気付いた水守勢は一斉に部隊を散開させる。土煙の中から赤い機体が2機姿を現し、内1機の襟に貫通弾があったが、今度は致命傷にならず怒涛の進軍は継続された。

 未だ見えない狙撃者の存在を探るため、鎌輪勢の頭上に巨大な桒形(くわがた)と翼を備えたブロックスが飛来する。

「煙幕弾展開。好立、あの飛び桒形を叩けるか」

〝承知〟

 前日水守の勢力を知らせた無人のフライシザースに、頭部を(むささび)型に換装したサビンガが襲いかかる。ウイングスラッシャーを振り翳すと、一度は仕留めそこなったものの、二度目にして左翼の付け根を切断し、錐揉みとなった桒形は大地に激突していった。

 散開したジークドーベルとレッドホーンは、自らが撃ち込んだ弾丸の硝煙によって視界を閉ざされたままだった。硝煙の中に金属を切断する甲高い音が響く。土煙に紛れ潜んでいた剣狼が、抜き身のエレクトロンハッカーを叩き付けたのだ。頸部から袈裟懸けに切断され、真っ二つとなってジークドーベルが吹き飛ぶ。残骸が後陣のヘルキャットに激突し、光学迷彩を解かれ姿を露呈していた。

 その時桔梗は、後方から接近する淡紫の竜を察知した。

「シュトゥルムブースター装着のフューラー、扶か」

 小振りのエクスブレイカーを大上段に振り翳したシュトゥルムフューラーは、会稽の恥を晴らさんとばかりに剣狼に襲いかかる。

「貴様の相手をするつもりなどない」

 桔梗はエレクトロンハッカーを垂直に突き立てて、エクスブレイカーをアクティブシールドごと受け止めた。加速のついたシュトゥルムフューラーの刃は重く、エレクトロンハッカーの基部ごと捻じ切られるような衝撃を受ける。

「さすがに一筋縄ではいかぬようね、でも!」

 エクスブレイカーとエレクトロンハッカーの切り結んだ部分を支点に、剣狼は足元を滑らせ半回転する。シュトゥルムフューラーの背後を取る形となった剣狼は、ホバリングを担う脚部の噴射口目掛け前肢のストライクザンクローを叩き付けた。一時的に噴射機能を失い体勢を崩した竜は、まるで独楽(こま)の様に極地回転を行い、戦闘能力を封じられる。その隙を狙い、再び桔梗は葦原に向け剣狼を走らせた。

 シュトゥルムブースターの驚異的な加速により、前方の葦原まで僅かという場所で、剣狼は追い付かれた。狙い定めたエクスブレイカーが剣狼の頭上に迫った時、葦原から跳び出す碧き獅子があった。

「御免」

 横一閃に薙ぎ払ったムラサメブレードが、シュトゥルムフューラーの本体ごと上下真っ二つに切断する。

 攻撃はゾイドコアに達した。制御を失ったブースターは暴走し、扶を乗せた上半分はそのまま騰波ノ江の湖上まで吹き飛ぶと、轟音を上げて爆発四散した。

「ひとぉつ」

 小次郎が叫んだ。

 

 後衛で控えていたジェノザウラーとジェノブレイカーが、混乱する前衛のレッドホーンとジークドーベルの群れの中に突入してきた。長兄扶のシュトゥルムフューラーを失ったことにより、形振(なりふ)り構わず集束荷電粒子砲を放って鎌輪勢を殲滅するつもりなのだ。

 ジェノザウラーがアンカーを据え付ける足場を捜し、僅かに速度を落とした瞬間、迷彩色の擬装布を振り払い、葦原の奥から黒い鋼鉄の塊、即ち多治経明のディバイソンが突進してきた。

 跳び上がった黒い猛牛は、ジェノザウラーの腹部に超硬角を深々と突き刺し、そのまま全重量をかけて圧し掛かる。レッドホーンと同じ重量級ゾイドでありながら、葦原に点在する岩盤を選び潜伏し、混戦を衝いて突撃を敢行したのだ。

 縺れ合う黒い2機のゾイドの落下の瞬間に、ぐしゃっ、という不快な音がした。ジェノザウラーはディバイソンに比べて関節部など頑丈な造りとは言い難い。超硬角と同じ重金属で鋳造された前脚二本の蹄により、ジェノザウラーは完膚なきまでに踏み潰され、機体ごと湿地帯に斃れたのだった。

 

 桔梗は、シュトゥルムフューラーに匹敵する驚異的な速度で接近する機体を察知した。

「来たな頭目」

 猛進してきたのは、白銀の装甲に白銀の翼を持つ黒い猟犬、良正の駆るアイスブレーザーであった。射撃の軸線から機体を逸らせようと跳び退いた時、桔梗はその傍らを眩しい光の弾丸が掠め飛ぶのを目にした。

 眩惑され視力を失う。直撃すれば光の粒子にまで分解されたはずだが、それ以外にも閃光弾としての効果も備えていたのだ。眩惑されている僅かな間に、桔梗は機体に激しい衝撃を受けた。

「どうした剣狼、動け、なぜ動かない」

 ジェノブレイカーの放ったマイクロポイズンミサイルが命中し、剣狼の機能を停止させた。

 四肢を硬直させ擱座する剣狼を、レッドホーンを引き連れた源隆のジェノブレイカーがエクスブレイカーで投げ飛ばす。

 丹色の狼は泥塗れとなり、騰波ノ江の湖底へと沈んで行った。

 

「孝子殿がやられました」

 多治経明のディバイソンが村雨ライガーに並ぶ。前方には3機のレッドホーンとジェノブレイカー、そしてアイスブレーザーが迫る。頭上をサビンガが飛び去って行く。

「好立殿、何処へ」

〝孝子殿の処だ。奥の手を使いまする。暫くの猶予を〟

 貴重な飛行ゾイドのため、文屋好立の離脱は痛い。だが平真樹の上兵である以上無理強いはできない。小次郎は手持ちのゾイドで対処するほかないと腹を括った。

「三郎、前線に上がれ。員経、後衛はあとどれくらいいる」

大凡(おおよそ)小型20機、後方にダークホーンが離れて1機です〟

 やはり平公雅は参戦をしないらしい。

 村雨ライガーとディバイソンの脇を、瞬時に加速したアイスブレーザーとジェノブレイカーが飛び去った。

(まず)い、館に向かっている」

 守備に残っているのは伊和員経と六郎将文のディバイソンのみ、到底2機の大型ゾイドに太刀打ちできるはずもない。

 

「経明殿、ここを頼む」

〝お任せください〟

 多治経明のディバイソンが四肢を開き雄叫びを上げる。背中の十七門突撃砲のメガロマックスが炸裂した。

 炎の豪雨の中、レッドホーン1機が擱座するが、中破してもなお、2機の動く要塞はディバイソンに迫ってきた。超硬角とクラッシャーホーンとが衝突し、激しく火花を散らせる。残ったもう1機のレッドホーンが、ディバイソンの脇腹を突き刺し横転させた。多治経明は、激突の直前、横合いから突き上げたレッドホーンに指揮官を示す白い線が入っているのを見た。

「……あれは、石田の荘、平国香の機体か」

 吹き飛んだディバイソンは、横転して一時的に全機能を失った。

 

 鎌輪の館に向かって、ジェノブレイカーとアイスブレーザーが突き進む。追撃する村雨ライガーとの距離はますます広がる。

 間に合わない。

 このままでは、員経が、将文が、将平が。そして良子が。

 その時、表示板に輝く文字が現れた。

「わかったぞ」

 エヴォルトの謎が氷解した瞬間、小次郎は叫んでいた。

(形だけ念じてみたところで心は通じないのだ。心底〝ハヤテ〟の力を欲し、そしてそれが村雨に認められてこそ、この変化が成し得るのだ。

 俺は最初から村雨に頼ろうとし過ぎていた。

 違うのだ、これは俺達の力なのだ。今こそその力を開放する時、共に戦うぞ、村雨ライガー。そして――)

「疾風ライガー!」

 焔の繭を突き破り、緋色の獅子が現れる。

「頼む、疾風ライガー。良子を守るのだ」

 

 疾風ライガーは炎の矢となった。

 

 

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