『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第三部「動乱」   作:城元太

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第参拾参話

 ソードウルフは硬直したまま動かない。被弾した天蓋の隙間より、次第に泥水が滲み出してくる。生殺し同然に溺れ死ぬのも、今まで自分の犯してきた業の報いかもしれない。だが、道連れとなるこのゾイドは哀れであった。

「ごめんなさい。あなたの命をこんな形で奪うことになるなんて」

 死を覚悟した時、桔梗は今までになく素直に、そして幼い頃に戻っていた。脳裏に遠い過去の記憶が蘇る。下野(しもつけ)唐沢山(からさわやま)から兄と望んだ風景。武蔵野の台地に霞む富士の姿。

(一度、武蔵を見たかった)

 泥水が頬に滴り思わず目を瞑る。視覚を閉ざしたその時、微かに人声が響いてきた。

〝孝子殿、孝子殿。何処に居られる。文屋好立だ。返答して下され〟

 水面ぎりぎりを飛行するサビンガの通信が、湖底のソードウルフに届いたのだ。集音装置に齧り付き叫ぶ。

「好立殿、此処です。騰波ノ江、坤の方位より約一町の湖水。周囲に葦原の群生があった。剣狼の形に薙ぎ払われているはずです」

〝御心配召さるな。このサビンガの赤外線探知装置の眼力をもってすれば……よし、見つけた〟

 あまりに早い探知に、桔梗は(いささ)か拍子抜けした。だが続く好立の言葉は更に意外だった。

〝今一度戦線に復帰して頂く。少しでも戦えるゾイドが欲しいのだ〟

「でも、どうやって……」

 確かにサビンガの通信を受信してから、剣狼の機器は回復を始めている。しかしポイズンミサイルの毒が回った状態では、参戦しても足手纏いになるだけだ。

〝題目を転送する。合図をしたら共に詠唱してくだされ〟

 好立の言葉通り、表示盤に文字が現れる。息を吹き返した機器が一斉に点灯を始め、同調状態を示す計器の波形が激しく変動を始めた。「動ける」。希望は確信に変わった。

〝宜しいか、孝子殿〟

「ええ。行けます」

〝行きますぞ。Zi――〟

「ユニゾン!」

 湖水が爆発的に噴き上がり、水煙の中心より翼を持つ丹色の虎が出現していた。

 

 小次郎は疾風ライガーの前方を突進するレッドホーンを発見した。アイスブレーザー、ジェノブレイカーとともに鎌輪の館を目指している。これ以上敵を招き入れることは出来ない。ムラサメナイフ、ムラサメディバイダーが展開した。

 レッドホーンが疾風ライガーに気付いた時には、既に背中の後ろから頭部にかけて斜めに切断された後だった。

「ふたぁあつ」

 赤い金属の塊と化したレッドホーンは、頭部を失った下半分の四肢だけが暫く走り続け、その後急激に勢いを失い横倒しとなる。吹き飛ばされた頭部を含む上半分は、搭載されていた弾薬に誘爆して小爆発を繰り返し、やがて黒焦げとなって燃え尽きて行った。

 小次郎はまだ、それが平国香搭乗のレッドホーンであることを知らない。

 鎌輪の館が見えた。土塀の前には超硬角を振り上げた伊和員経のディバイソンが構えているが、敵の狙いは館である。ディバイソンでは高速移動するゾイドを2機同時に抑えることはできない。三郎将頼の王狼も、伴類の小型ゾイド群に手古摺っている。

 既にアイスブレーザーが矢倉門に取り着き、その直後にはジェノブレイカーが迫る。

「員経、将文、頼む」

 十七門突撃砲の一斉射撃をも潜り抜け、黒い闘犬が身を躱し矢倉門を潜り抜けようとする。その時、ディバイソンの影から鹿型ゾイドが跳び出し、構えた巨大な金色の角でアイスブレーザーを機体ごと受け止めた。ヘルブレイザーとブレイカーホーンとが激しく火花を散らせるが、グラビティーホイールの出力を全開放にして質量を増加させたランスタッグの前に、黒い闘犬が弾き飛ばされた。

「玄明、なぜお前が」

〝それはこっちの台詞だ。なぜ俺を呼ばぬ。御蔭で出遅れてしまったぞ〟

 スラスターランスを振り翳し、頻りに前脚の樋爪で地面を蹴立てる。

〝俺の(つわもの)を連れてきた。小者は任せろ〟

 見れば4機のランスタッグが一斉に角を振り翳し水守勢に向かって行く。

 立ち上がったアイスブレーザーは、右のヘルブレイザーと白銀の安定翼が根刮(ねこそ)ぎ失われ、ハイパーフォトン粒子砲もだらりと下を向いたままとなっている。

〝良正叔父、最早勝負はつきました。(いさぎよ)く退かれよ〟

 亀裂の入ったアイスメタル装甲の隙間から赤い眼が怪しく光った。アイスブレーザーからの返答はない。

 轟音を立ててジェノブレイカーが後退する。騰波ノ江の上空で停止すると、頭部から尾部にかけて身体を一直線に伸ばした。

 小次郎はジェノブレイカーが『野本の戦い』の経験を元に、強力なスラスターパックを活用した空中からの集束荷電粒子砲発射態勢を取ったことに気付いた。湖上では疾風ライガーでも対処できない。射撃の軸線上には員経のディバイソンと、そして卑怯にも、鎌輪の館が位置している。

 口腔が燐光を放つ。発射の前兆である。

 小次郎は自らを捧げる覚悟を決めて身構えた。

「この身を呈しても良子を守る。済まぬ、疾風」

 己の命と引き換えに、愛する人を守る愚かさは重々承知している。それでも咄嗟に選んでしまう行動だった。

「俺はまだ、俺の子を抱いておらぬのに」

 良子の健やかな笑顔と、未だ見ぬ子の朧げな笑顔が脳裏に浮かぶ。

「愚かな父親を許してくれ」

 少しでも荷電粒子砲の照射角度を狭めるために、小次郎は湖上のジェノブレイカーに向かって飛躍していた。

 殲滅の閃光が放たれる直前だった。

 赤き竜が叩き落された。

 暴発した集束荷電粒子砲が湖水を蒸発させ、再び周囲は白い闇に覆われた。

 ジェノブレイカーを踏み台にして対岸に降り立った丹色の虎がいる。

〝ワイツタイガー・イミテイトにございます〟

 剥き出しのコアと脚部、頭部に操縦席だけを乗せたサビンガらしき抜け殻の様なゾイドが叢から現れる。

「好立殿、何だその姿は。それにあれがソードウルフなのか。まるで別のゾイドのようだが」

〝エヴォルトとは別の技にて、ソードウルフとサビンガが合体変化した姿です。孝子殿も御覧の通り無事ですぞ〟

 ワイツタイガーの尾が搭乗者の感情を示すが如く揺れていた。湖水面が泡立ち、赤い竜が浮上する。

「未だ動けるのか」

 浮上したジェノブレイカーが怒りに任せ、レーザーチャージングブレードとエクスブレイカーを闇雲に振り上げ突進する。

「勝負」

 疾風ライガーが跳ぶ。

 ジェノブレイカー頭部のチャージングブレードをクラッシュバイトで噛みつき、両頬のチェイスパイルバンカーを二本同時に叩き込む。レーザーチャージングブレードごと竜の頭部装甲が破壊され、内部の骨組みが剥き出しとなった。ストライクレーザークローでフリーラウンドシールドを毟り取り、ムラサメディバイダー渾身の一太刀で、胴体中央から竜を完全に断ち斬った。

「みぃっつ」

 疾風ライガーが吠え、背後でジェノブレイカーが爆発四散した。その隙に、アイスブレーザーが高機動ブースターを全開にして離脱していた。

「良正叔父、卑怯ですぞ」

 叫んだところで戻るはずも無い。水守勢は指揮の平良正が敗走し、国香と源家三兄弟が斃れたことで総崩れとなった。

 疾風ライガー形態が見る間に解けて行く。小次郎も、村雨ライガーにとっても、気力の限界であった。去りゆくアイスブレーザーの尻を眺めつつ、伊和員経のディバイソンが寄り添い天蓋を開いた。

「殿、勝ち(いくさ)に御座います」

「ああ、俺達の勝ちだ。五郎は無事か」

 後方警戒・対空要員席の装甲が開かれ、紅潮した少年が立ち上がる。

「小次郎兄上、やりました、勝ちました」

 元服直後の試練を乗り切った弟が、誇らしげに拳を握りしめていた。

 

 ワイツタイガーが駆け寄る。

「孝子よ、大事ないか」

「私は無事です。それより、玄明殿が追撃を始めております」

 見れば、伴類の操る小型ゾイド群をランスタッグが蹴散らしている。傍らには弾丸を撃ち尽くし、身体を伸ばして身を休める三郎の王狼があった。

「玄明、程々にしておけ」

〝馬鹿を言うな。このまま石田まで攻め込むぞ。貴様が止めても俺は止めんからな〟

 積年の恨みを晴らすべく、ランスタッグが崩壊した国香の兵を蹴散らしていく。

 戦の興奮から解放された疲労感から、小次郎は半ば放心して眺めていた。

 それが、更なる戦乱の火種になるとも気付かずに。

 

               第三部「動乱」了

 

 


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