『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第三部「動乱」   作:城元太

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第弐拾壱話

 盛夏の常陸野、立ち昇る朝靄に(けむ)る筑波峰を仰ぎ見つつ、小次郎は伊和員経と共に真壁、服織(はとり)の館へと向かっていた。本来上総介である平良兼(たいらのよしかね)が常陸に居を構えているのも、(ひとえ)に源護の娘と招婿婚(しょうせいこん)(=妻問婚)による結果である。那珂から久慈に亘って広大な所領を有する源家の一族は、高望王(たかもちおう)を祖とする坂東の桓武平氏一族と婚姻を結ぶことにより、所領の支配の安定化を図った。結果、小次郎の伯父国香、叔父良兼、良正が源護の婿として源家の姻族に組み込まれた。良兼が館を服織に移した理由もそれである。そして新たに、末娘(あや)が、従兄貞盛との婚儀を進められている。

 小次郎は村雨ライガーの中、懐から取り出した古代ゾイド文字の刻まれたリーオの櫛を見つめた。

 都での仕官の目的は、彩を(めと)るためだった。ところが自分は滝口の衛士の位を(なげう)ってしまい、一方の貞盛は左馬(さま)(じょう)として今も都に勤めている。三郎将頼が語ったところの、源家三兄弟のバーサークフューラーによる所領侵食により、既に源家と間には深い溝ができてしまっている。嬥歌(かがい)の夜に交わした約束が果たされることは難く、あの夜唇に覚えた柔らかな刺激も、二度と交わされることもないと思っていた。

「将門の殿、如何なされた」

 並走してきたディバイソンの操縦席から員経が問いかける。

「いや、なんでもない」

 小次郎は僅か一年前の出来事が、遥かな過去の出来事の如く思え、自分が置かれた立場の重さを噛み締めた。

 

 鎌輪に戻った夜、三郎や四郎から話を確認すると、大凡は先の四郎将平の便りに記された事実に相違なかった。翌日には早速常陸大掾(ひたちのだいじょう)を勤める平国香(たいらのくにか)の元に使いを出し、下総の惣領として所領蚕食に対する問答を望んだが、常陸の伯父は物忌みを理由に断り、会見が叶うことはなかった。露骨に問題を有耶無耶にしようとする態度が見て取れたため、小次郎は歯噛みしつつも次の手段を考える他なかった。

「いっそ確約なしに館を訪れては如何でしょうか。ならば叔父君達も断れぬことと存じます」

 老練な員経の進言は、若年者のみの鎌輪では心強かった。国香に会見を断られた以上、次に向かうべきは上総の良兼である。今は常陸の服織に起居していることを確認すると、小次郎は虚を突いての会見に臨むべく、早朝より員経のディバイソンを伴い、村雨ライガーで出立したのだった。

 

 騰波ノ江(とばのえ)を迂回する為、鬼怒川沿いに北上している途中、超硬角を鈍く輝かすもう一機のディバイソンが現れた。

「小次郎の殿、久しう御座います」

「経明殿、息災で在られたか」

 常羽御厩(いくはのみんまや)の別当多治経明(たぢのつねあきら)が、朝露に泥濘(ぬか)るんだ大地を踏み締め近寄ってきた。

「お帰りなさいませ。都よりお戻りとは存じ上げず御挨拶が遅れました。ところでそちらの御仁は」

「将門の殿に仕える事となりました伊和員経と申します。経明殿、同じディバイソンを駆る武士(もののふ)故、以後懇意に願いたい」

 一通りの名乗りの後、経明は事の流れを小次郎に語った。やはり四郎の便りに準じており、殊の外源家三兄弟の乱行に激高していた。

「官牧である常羽御厩でさえ、飼育しているランスタッグを奪っていく始末。服織に行くのであれば是非ともお供したい。良兼殿にも、義兄弟の粗暴な振舞いを伝えましょうぞ」

「今回は話し合いに行くのだ。事を荒立てるつもりならば同伴は許さぬぞ」

 小次郎の諌めに経明は頻りに恐縮している。だが一方で、小次郎は思案せずには居られなかった。

 源家の侵攻が性急過ぎる。関係を結ばぬ一族より容赦なく簒奪するのは、あれだけの所領を持ちながら不自然であったからだ。もとより下総は、鬼怒と利根の乱流と信太の流海に囲まれた途切れ途切れの狭い土地ばかりである。何故伯父達が、自分如きの所領を狙うのかが解せなかった。

 程無くして、小次郎はその理由を知ることとなる。

 

「なんだこの死骸は」

 鬼怒を渡り、騰波ノ江の北に達した頃、湖畔の葦津に累々と横たわるフロレシオスやアクアドン、バリゲーターにカノントータスなどのゾイドが遺棄されているのを目の当たりにした。

 一様に赤い斑点状の膿疱(のうほう)を発している。

「これは都の海浜に打ち捨てられていたゾイド群と同じでは」

 員経が声を上げる。

「ゾイドウィルスです」

 多治経明は風防も開かず告げる。

〝良兼か国香か、はたまた護かは存じ上げませぬが、どうやら都から持ち帰ったゾイドの中に悪性の病巣を孕んだ物があったらしく、これらの疱瘡は下総から鬼怒を越えた常陸や下野で大流行しております。一度ゾイドに罹患すると最早施し様は無く、こうして湖沼に打ち捨てられるばかり。良兼達が下総を蚕食しているのも、この疱瘡によるものでもあるのです〟

 見るも無残に横たわるゾイドに、小次郎の胸は痛んだ。

 この事を知っていれば、せめて都よりワクチンプログラムを持ち帰ったものを。このままでは坂東のゾイドが失われてしまう。ふと思い浮かんだのは、未だに都に残る太郎貞盛のことであった。

 従兄の父国香が小次郎の土地を侵しているという理由での帰郷のため、理由も告げずに去って来た。だが貞盛であれば理由を言えば必ず対策を取ってくれるはずだ。小次郎は恥を忍んででも、坂東の現状を都の貞盛に伝え、更には懇意にしていた蔵人所の藤原師氏にも懇願し、ワクチンプログラムの送付を願うことを考えていた。

〝小次郎の殿、あまり近づきますと感冒(うつ)りまするぞ〟

 まだ息が有り、小刻みに震えるバリゲーターを見遣りつつ、小次郎は二機のディバイソンを引き連れ服織の館に向かって行った。

 

 服織の館には古びた土塀が連なり、鎌輪より大きな矢倉がある。良兼との縁組により譲られた、元は源護の別荘としての館であった。

 門の前に達し、小次郎達がゾイドから降りようとした時であった。

 館の内部が騒がしい。ばたばたと翼を羽ばたかせ、中で何かが甲高い鳴き声を上げている。

「ゾイド、でございましょうか」

「わからん。ただ館の内で騒動が起きている事だけは確かだ」

 村雨ライガーから降りるのを止め、小次郎達はゾイドの操縦席で身構えた。

 門扉が内側を激しく叩く音がする。郎党達の「姫様、お止め下さい」「危のうございます、お降り下され」という諌めの言葉が聞こえる。

 突然、土塀の向こう側で眩しい光が煌めいた。

〝あれはパラクライズ。又もや姫が御立腹か〟

「経明、何のことだ」

 小次郎の問いを待つことなく、見詰めていた門扉が突き破られる。吹き飛ぶ扉の向こう側より、(すみれ)色をした孔雀型ゾイドが跳び出してきた。

〝やはり良子姫のレインボージャーク。未だ空に飛び立つ技も会得出来ずに乗り回しておられるとは。全くとんだ御転婆だ〟

「良子?」

 幼き日、良兼のダークホーンの尾部銃座に座り上機嫌で戯れていたのを覚えている。叔父の脇で花の様な無邪気な笑顔を湛え、自分と三郎に面し、頻りに「小次郎兄さま、三郎兄さま」と付き纏って来たあどけない少女を思い出す。

 父良持の回忌の日、年頃になったとだけ良兼から伝え聞いていた。記憶を遡り、あの従妹であれば、この程度の御転婆も無理はない、とも思えた。

 理由は知らぬが、年端も行かぬ乙女が武士の誉れであるゾイドを容易く駆ることは諌めねばならない。小次郎は村雨ライガーを中央に、両脇を員経と経明のディバイソンで門の前を固めさせた。

〝碧いライガーとディバイソン、そこをおどきなさい〟

 機外拡声器から若い女の声が告げる。

「姫、あまり御転婆が過ぎますぞ」

 村雨ライガーは勢いをつけて後肢で立ち上がり、跳び出してきたレインボージャークを抱え込むように、難なく捕まえる。

 衝撃を抑えるため、小次郎は村雨ライガーをそのまま仰向けに倒した。背部のムラサメブレード基部を器用に操作し、がっちりと四肢でレインボージャークを抱え横向けになって停止した。

 横倒しとなった操縦席から、二つの元結に髪を束ねた人影が立ち上がる。

「何をするの、貴方は誰ですか」

 小次郎も風防を開き、横倒しの村雨ライガー頭部から立ち上がった。

「相馬の小次郎将門です。良子姫、お戯れはほどほどに……」

 言って小次郎は息を呑んだ。

 そこにいたのは、あの日ダークホーンの尾部銃座で(はしゃ)いでいた少女ではなく、見目麗しく成長した乙女の姿であった。

「小次郎兄さまですって?」

 互いの視線が交わる。

 その再会が、平将門を更なる戦乱へと導き、やがては坂東全体を巻き込んだ動乱の因となる事を、二人の若者は未だ知る由もない。

 

 

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