『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第三部「動乱」 作:城元太
「まあ、そんな硬い顔をするな」
純友は注いだ盃を差し出すが、眼前に座した若者は陰鬱な表情を崩さぬまま目を背けている。
「伯父上殿、今がどの様な事態かお判りですか。何故に私が小一条大臣忠平様より伊予の国府まで遣わされたのか」
「
差し出した盃を戻し、自ら飲み干すと、純友は甥の
「
「あれは我らの所業だ。そんなことも知らなんだか」
事も無げに言い放つ純友に、明方は途端に肩を落として座り込む。
「伯父上、伊予守の前でそれを言ってしまっては……」
「私もとっくにわかっておるよ、のう、純友殿」
伊予守紀淑人は動じることなく酒を味わっていた。
「良い米を使っているようだな。この銘は何処のものだ」
「さすが淑人様。さすればこれは筑紫の銘にて……」
瀬戸の内海に面した伊予の国府、その管轄する津で、巨大要塞型ゾイド、ドラグーンネストが半身を水面から晒す。艦橋の奥、宴と称した非公式の参議は夜が更けるまで続けられた。
翌日、伊予の国府から日振島に向かう魁師
「頭、昨夜は飲み明かしでしたか。甥子様も淑人様も変わりなき様子。何か情報は引き出せましたか」
海流に身を任せ、時折昨夜の酔いが残るのか生欠伸を繰り返し、やがて忌々しげに語り出した。
「明方の奴め、忠平に籠絡さえおって。いくら藤原北家に
それと秋茂、あの話はやはり本当であったぞ。備前権介の小野好古が、紀淑人の後任として追捕南海凶賊使に就任し、更には山陽南海両道凶賊使まで兼任するということだ」
秋茂は深い嘆息を洩らした。物憂い気分を振り払うように、ソーラージェネレーターの発電可能深度へと機体を上昇させる。鏡面の様な水面が歪み、耐圧に優れた玻璃の蓋越しに艇内に光を呼び込んでいた。
「とうとう淑人殿が身を退く事となりますか。そして今度は小野の一族。氏彦もやりづらかろう」
「これまでは同族のお前がやりづらかった分と変わらぬよ。だが祖父
「淑人様は良いお人でしたからなあ」
「秋茂、思い違いをするなよ。淑人が良いのではない。あれは海賊衆を緩やかに宥めただけであって律令の腐敗を取り除く事など出来はしない。
明方と同じく、籠絡されてしまってはならぬ。俺達の目的は飽くまで都の制圧と海の民の独立だ。ソラに向かって搾り取られ続けるつもりは無いのだ」
純友は鋭く言い放つ。
「……承知措きます」
秋茂は身を硬くして、ダークネシオスの操縦桿を握り締める。掌にはいつの間にかびっしりと汗をかいていた。
日振島に到着した純友を待っていたのは、一足前に着岸したゾイド回収用のホエールキングであった。ゾイドウィルスに冒され、全身に赤黒い水疱を纏った瀕死のゾイド達が次々とホエールキングから吐き出されていく。吐き出された先には島の対岸に繋がる隧道があり、その天蓋には菌の着床を促す無数の噴霧装置と培養漕、そして瀕死の骸を運ぶ履帯が続いていた。全身白無垢の作業着を纏い、口も頭も布で覆った作業監督員が作業塔から覗き込む。目だけを出した佐伯是基が、到着したダークネシオスを見つけ軽く手を上げた。
ゾイドウィルスが人に感染をしないのはわかっているが、海浜に打ち捨てられ、循環液が腐敗し、その上磯の香りが混じった臭いは耐えがたく、是基もその場凌ぎとは知りつつも口を覆っていたのだった。噎せ返る悪臭を堪え、純友が声を張り上げる。
「ラウス肉腫ウィルスは着床したか」
是基が、無言で両腕で輪を作った。
「楽しみだな」
隧道の先に広がる海面には、異様な光景が広がっていた。
「アーミラリア・ブルボーザ、貴様を必ず生長させてやる」
異臭も気にせず、純友は隧道の向こう側の光を見つめていた。