『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第三部「動乱」   作:城元太

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第弐拾参話

 土塀の外で、ムラサメブレードと4本の超硬角が盛夏の陽射しを乱反射させていた。

 ここまで典型的な親子喧嘩に対峙して、小次郎は(いささ)か滑稽な気分になっていた。同族での所領を巡る問題を談判するため、陰鬱な感情に占められつつ良兼の館に押しかけたのに、目の前では父親に背を向けて座る良子の姿がある。

「これ良子、客人の前だぞ。下がっておれ」

 宥める良兼を無視しながら、良子は時折小次郎を見るのみだった。伊和員経、多治経明を両脇に控えさせ、苦笑する他に無い小次郎は、良子の横顔に仄かに母の面影を重ねていた。姪であれば伯母に似るのも当然やもしれぬが、良兼と亡き父良持とは異母兄弟である。良子の面影は母の血とは無縁の、坂東の大地が育んだ乙女の美しさであり、それが母と重なるのかとの想いに捉われていた。

(あや)殿とは違う美しさだ。これがこの地に生きる者の本当の美しさなのだろうか)

 一向に機嫌を直さない良子を前に、談判もまた滞ったままであった。

 屋敷の奥から茶菓を持った小袖姿の夫人が、くすくすと忍び笑いをしながら現れる。

「陽子叔母上殿、お久しうございます」

「お母さま、小次郎兄さまですよ。レインボージャークを捕まえられた時は驚いたけれど、全然ゾイドを傷つけずに押さえられてしまったのでとても驚きました。

 兄さまは御立派になられました。公雅(きみまさ)公連(きみつら)たちも、小次郎兄さまみたいに凛々しく育ってほしいです。変な女に騙されずにね!」

 言葉の末が刺々しい。太郎貞盛と同じく、やはり原因は、父が若い側室を持ったことへの反発であったのだ。良子の実母も幾分冷ややかな視線を良兼に向けると、穏やかに良子を宥めた。

「これから小次郎殿はお館様と大切なお話があるのです。我ら女の出る幕ではありませぬ。奥へ下がりましょう」

「女の出る幕が無いのなら、なんであの女は所領の事に口を差し挟んで来るの」

 間髪入れず返した言葉に、さすがの良兼も声を荒げた。

「惣領のやり方に娘が口を出すな。陽子よ、良子をすぐに奥へ連れて行け!」

「私は小次郎兄さまと一緒がいいんです。出てくなら父上が何処かへ行けばいいでしょ」

「まあ、落ち着きなさいませ良子姫。後ほど時を取ってゆっくりとお相手させて頂きます。私も叔父上にお話がある故、此処は一つ、お父上の言いつけに従っては下さらぬか」

 堪らず小次郎が助け船を出すと、良子は掌を返したように微笑み立ち上がった。

「兄さま、約束ですよ。このお話が終わったら必ず私の処に来てくださいね。待っております。

 父上は早く話を終わらせて!」

 前髪に見え隠れする小さな白い額に皺を寄せ、良兼を向いて小さく舌を出す。そして小次郎には大きな丸い瞳を向け微笑むと、母陽子と共に良子は屋敷の奥へと去って行った。

 良兼が大きな溜息をつく。釣られて小次郎も経明も員経も溜息をつく。

 村雨ライガーが土塀の向こう側で大きく伸びあがって欠伸をする。

 空には相変わらず、鳶色のシュトルヒが輪を描き舞っていた。

 

 談判は平行線のままだった。所領の統治に関し、小次郎が穏当にその返還を要求するも、良兼は言を左右にして憎々しいまでに言い逃れを繰り返した。員経も頻りに小次郎の言葉を補ったが、地縁に疎い故に充分な反論が出来ず、また経明も御厨の件を挙げて論じるも、感情の昂ぶりを抑えがたく激高しがちだった。それが良兼の謀事とわかっていても小次郎には有意な方策を採る事ができなかったのだ。

 口角泡を飛ばし論争する経明を前に、良子と対したときとは対照的に、良兼は冷たく言い放った。

「今日の談義はこれまでだな」

 無念の思いを抱きつつも、小次郎は員経と顔を見合わせた。

(事を急くのは得策ではない、か)

 今回は突然の来訪であり、無礼は小次郎方にもある。未だ論じ足りない様子の経明を宥めつつ、良兼の前から去ることとした。

 屋敷の回廊で、憤懣やる方ない経明を背に、小次郎は思案に暮れていた。

「手強い相手ですな、叔父上は」

「ああ。だが強気の背景には、やはり源家三兄弟がある事もわかった」

 所領の簒奪には、常にバーサークフューラー、ジェノブレイカー、ジェノザウラーが現れ、恫喝紛いで良民に土地を寄進させ、分割された下総の地は源護と良兼、国香によってそれぞれの荘に取り込まれていた。

「相手は同族。骨肉の争いになりますな」

 小次郎は無言で回廊を進んで行った。

 

「あの女、嫌いです」

 元結二つで束ねた髪を頭の横から垂らし、屋敷の馬場に立ったレインボージャークを見上げつつ、良子は険しい声で言った。

「だって私と幾つも歳は変わらないのよ。それを母親と呼べと言われたって」

「良子、小次郎殿の前ですよ、およしなさい」

 陽子は武家の嫁として、夫良兼が何人かの側室を持つのも止むを得ないと割り切っている。しかし未だ良子は、見目麗しく成長したとはいえ、心は少女のままなのだ。父良兼の事が許せないのは、それが父への愛情の裏返しであると気付かぬままに。

「小次郎兄さまだったら、側室なんて置きませんよね」

「答えられませぬ。私には正室さえ居りませぬ故」

 すると急に、良子は大きな黒い瞳を輝かせ、小次郎を見つめる。

「ならば兄さま、良子を正室にお迎えください」

 突然の申し出に、小次郎の胸は高鳴った。まだ幼く、戯れに放った言葉である筈とわかっているのに、激しく心が揺さぶられたのだ。

 レインボージャークの隣に控えていた村雨ライガーが立ち上がる。嬥歌の夜、彩との逢瀬に心奪われ、気も漫ろのまま操縦桿を握っていた時と同じく、主の心を読み取りむずかりはじめたのだ。

「どうしたのだ、村雨ライガーは」

 怪訝な顔で員経が見上げる。小次郎は慌てて駆け寄り、村雨ライガーに伏せの姿勢を取らせ、下顎を撫でた。

(のう、お前もそろそろ男の気持ちを酌んではくれぬか)

 小次郎の心も知らず、碧い獅子は満足そうに喉を鳴らす。

「兄さま、私も村雨ライガーに乗せてください」

 駆け寄った良子が小次郎の腰の辺りに抱き着いた。

 操縦席に乗せる為、(かいな)にかかえて引き上げると、二束に纏めた髪のうなじから香しい薫りが漂う。背伸びをして、母の香を衣に纏わせているのだろう。少女と女との狭間の青い果実に、小次郎は軽い眩暈を覚えた。

〝半玉の女はいいぞ〟

 ふと藤原玄明の言葉を思い出し、小次郎は僅かに自らを蔑んでいた。

 

 それから半日、良子は小次郎と共に村雨ライガーで真壁の地を駆け巡った。

 服織の館に戻った時には既に疲れ果て、充足し切った寝顔のまま小次郎に擁かれ母の元へと返された。

 目的こそ果たせなかったが、小次郎は何か大きなものを得たような気がしていた。

「……良子姫」

 知らずに口遊んだその名に、村雨ライガーがまたむずかる。

 鎌輪の館の空に、星明りが点っていた。

 

 

 

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