『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第三部「動乱」   作:城元太

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第弐拾四話

 孝子と呼ばれるようになってからひと月が過ぎる。最初その名で呼ばれても他人事の様に気付かぬことは多かったが、慣れ親しむと、次第にそれが自分の本当の名前であるように思えるのが不思議であった。

 朝の驟雨に洗われた庭先の緑が、宝石の如き滴を纏っている。昇るにつれ強くなる陽射しに滴は消え、土塀の向こうではディバイソンが所領の巡回へと出立していった。桔梗は庭先の緑を眺めつつ、傍らに立て掛けられた姿見に写る自らの横顔を意識せずにはいられなかった。

 父親代わりの伊和員経が仕度した丈の短い(あこめ)は、(うちぎ)姿と比べると幾分幼く見えもした。しかし伏せ隠した元の名に合せたのか、淡い紫の桔梗色に染め上げられた(あこめ)は、本人さえも驚くほどに(みやび)な輝きを鎌輪の館で放った。最初に与えられた朱色の女房装束よりも更に上質の衣である。

「娘が生きておれば、お前と同じ位の齢であった」と員経が語った。桔梗に亡き娘の姿を重ねたに違いない。

 御簾の向こうに小さな影が現れる。絵巻物から抜け出したような桔梗の姿に、小次郎の末弟達が時折覗きに来ていたのだ。知らない振りをして庭先の緑を見つめていると、(うぐいす)張りの床を大股で歩んでくる音がした。

「こら。六郎、七郎。員経の娘君を覗くとは何事だ」

 今度はぱたぱたと回廊を去っていく小さな足音が聞こえる。思わず桔梗は口を押さえ笑った。御簾が上がると、坂東の日に焼け、精気を取り戻した凛々しい武士の姿がそこにあった。

「弟達の無礼はなかったか……孝子」

 刹那、その名を呼ぶのに逡巡したようだが、小次郎は桔梗の向かいに胡坐をかいた。

「可愛い舎弟殿達です。もう少し親しんでくれても良いものを」

 微笑む桔梗を、小次郎もまた満足そうに眺めていた。

「主がこれほどまでに雅やかだったとは信じられぬわ。これが都を長きに亘り騒がせてきた群盗の頭目とはな」

 言葉の終わりは幾分声を潜め告げる。彼の女は少し体を強張らせた。

「聞かぬのですか、我が素性を」

「何をだ。お前の事は滝口の時に総べて調べ上げている。今更聞く事などあるのか。それとも、何かを明かしたいのか」

「いえ……」

 桔梗は口許を抑え視線を逸らす。小次郎は、俯く桔梗を前に告げる。

「人には明かせぬ過去があるものだ、まして女の身にはそれが多いものと、太郎が言っていた。俺は群盗であるお前を救った。だから俺にも明かせぬ過去ができたのだ。

 俺は四郎の様に聡明ではない。ただのゾイドが好きな坂東武者に過ぎぬ。だからお前の過去等に興味はない。不自由な暮らしと思えばいつでも出て行け。気に入ったなら居ても良い。それで良いだろう」

 小次郎は高らかに笑い、そして桔梗の肩を強く叩いて立ち去って行った。

 小次郎の無垢なまでの信頼と優しさは、桔梗にとって嬉しくもある。だが先程叩かれた肩の余韻は、この武骨な坂東武者が桔梗を同じゾイド乗りとして認めているだけであり、ロードゲイルと刃を交えた仇敵として敬うだけで、どれ程姿形を飾っても女として見てはいないことも悟ってしまったのだ。

「所詮私はゾイドに乗りなの?」

 桔梗の前は深い溜息をついた。

 晴れ渡る空の下、ケーニッヒウルフと村雨ライガーの模擬戦開始の咆哮が聞こえていた。

 

 模擬戦は、開始と同時に中断された。

 鬼怒の河岸の葦原から、全身を泥に塗れたゾイドが突如姿を現したからだ。基部と装甲部の隙間からは、未だに泥水が滴り落ちている。河底の水草を端々に纏い、それが道なき道を貫いてきた様子が見て取れた。

剣狼(ソードウルフ)ではないか。真樹殿の上兵、文屋好立(ふんやのよしたつ)殿か」

 ケーニッヒウルフに比べ幾分小柄な狼は、そのまま速度を緩めることなく鎌輪の館に突き進んでくる。

「様子がおかしい。三郎、俺とお前で並走し、事あらば挟み込んで脚止めする。行くぞ」

 村雨ライガーが跳び上がり、王狼もそれに続く。

 全速で剣狼と擦れ違った瞬間、村雨ライガーはターンピックを突き刺し極地転回を為し剣狼の脇にぴたりと並走した。風防を覆う装甲の一部が割れ、操縦席内部の様子が覗える。小次郎は目を細め、内部に(うつぶ)せになっている操縦者の姿を確認する。遅れて王狼が、剣狼の右脇に並走を始めた。

「鎌輪へ向かえという指示だけを忠実に守っているに違いない。三郎、剣狼の速度を村雨と王狼で抑える。俺が跳び移って指示を解除する、いいな」

〝村雨はどうします〟

「案ずるな、此奴は自分で何とかする」

 言うが早いか、村雨ライガーが剣狼の前に勇躍し、頭を抑えて速度を削いでいく。挟み込んで王狼が右を抑え、次第に剣狼の歩みが削がれていく。

 村雨ライガーの風防が開く。小次郎が跳び移り、剣狼の外耳に掴まった。主の動きを忖度し、村雨ライガーは更に剣狼の歩みを抑え続けた。

 頭部風防脇の緊急開閉把に手を掛け、小次郎が風防を抉じ開けた。人ひとりが滑り込めるほどの隙間が空く。前方に鎌輪の館が迫っている。小次郎は臥せったままの操縦者を退かし、思いきり制動をかけた。

 剣狼の四肢がその機体半分の径の円弧を描き、直角に向きを変えて停止する。足元に穿つ皺に、著しく土の塊が吹き飛んだ。

「止まれぇー!」

 小次郎の叫びに応じる様に、剣狼は館の土塀直前で、四肢を踏ん張り機体を停止させたのだった。

 額の汗を拭い、操縦席脇に伏している操縦者を見る。三郎の言うように、その武士が文屋好立なのだろう。だがなぜ国玉の小父の上兵が、泥塗れのまま鎌輪に向かって来たのか。

「兄者、無事か」

 王狼がゆっくりと近づく。無人とはいえ、小次郎の意志を汲み取った村雨ライガーも遠巻きに寄って来た。

「大事ない、俺は無傷だ」

 風防を開け放ち立ち上がる。安堵する三郎の王狼の向こう側、小次郎は更に見慣れぬゾイドの姿を認めた。

 赤と黒と淡紫の3機の竜が、脚部から炎を噴き出し滑るように接近してくる。中央の淡紫の竜は、背部に刃を幾振も備えている。

「ジェノザウラー、ジェノブレイカー、そしてバーサークフューラー。源家三兄弟だ」

 三郎将頼が憎々しげに睨み付ける。朝の驟雨が乾ききらない地を焼き、明確な悪意を持った3機の凶悪な竜が、平将門に迫っていた。

 

 

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