『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第三部「動乱」   作:城元太

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第弐拾六話

 久しく絶えていた家人郎党揃っての笑い声が、鎌輪の館から上がっていた。

「痛たっ……小次郎殿、もう御勘弁願います。当方未だに傷が癒えきっておらぬので」

 左手を吊った文屋好立が脇腹を押さえ屈みこむ。

「許されよ。生憎(あいにく)怪我人は(ぬし)一人しかおらぬのでな」

 小次郎も上機嫌で笑っている。伊和員経が茶を口に運びつつ口惜しそうに語る。

「都での一件は伺っておりました故、村雨ライガーの変化(へんげ)した姿を是非にでも拝見したかったのだが、また見逃してしもうた。殿は今度は覚えておられるのですか」

「それがのう。俺も良く覚えておらぬのだ」

「私とケーニッヒウルフは一部始終を見ておりました。映像もしっかりと記録しております。もの凄い速さで、こう、まるで疾風の如き姿で――」

「当たり前だ、あれは疾風ライガーだ」

 三郎将頼の頭を乱暴に叩くと、小次郎は再び破顔一笑した。それを見る桔梗の前も、小次郎と等しく喜びと安堵を覚えていた。

 

 村雨ライガーが疾風ライガーにエヴォルトした時点で勝敗は決した。間合いを取らねば発射できない荷電粒子砲装備のゾイド達に、疾風ライガーは一瞬の隙も与えず立て続けにストライクレーザークローを叩き込んだ。エクスブレイカー等の近接用武器で襲いかかろうとする源家のゾイドを、小柄なソードウルフが懐に入り込み攪乱する。ムラサメディバイダーとムラサメナイフ、そしてダブルハックソードが敵の装甲を自在に切り刻んでいく。ぼろぼろと装備が崩れ落ち、バスタークローが、フリーラウンドシールドが、そしてハイパーキラークローがそれぞれ基部から切断されていった。

「未だ続ける御積もりか」

 足元に黒い虐殺竜と赤い魔装竜が横たわる場所で、ムラサメディバイダーとエレクトロンハッカーを頸元に突き付けられ立ち竦むバーサークフューラーがあった。

 

「それにしても、孝子様があれほどのゾイド乗りとは思いも及びませんでした。まして初めての剣狼を」

 桔梗の前の素性を知らぬ三郎が感嘆している。僅かに小次郎は表情を曇らす。

「三郎殿、それが武家の娘というものでございます。如何ですかな、我が娘に稽古をつけてもらっては」

 咄嗟に気転を利かし、伊和員経が辻褄を合わせた。三郎将頼は無邪気に大きく頷く。

「是非もない。ではそれまで好立殿のソードウルフをお借りしたいのだが宜しいか」

 痛みを堪えながら笑って応じる文屋好立を前に、三郎は拳を握りしめる。その時末弟の七郎将為が桔梗に駆け寄った。

「孝子様が姉上になってくれると嬉しうございます」

「え?」

 ゾイドの襲撃にも動じなかった桔梗が、その言葉には動揺した。

「姉上が欲しいと思っていました。だから私の姉になってはくれませんか」

 座が一瞬静まる。皆が小次郎と桔梗とを代わる代わる見つめる。

「それも良い考えかもしれぬのう」

 母、犬養の君の言葉であった。

「小次郎もいつ迄も子供ではあるまい。孝子殿が都より共に下向したのは、女として心に決めたものあっての上であろう。員経殿、父として孝子姫のお気持ちは御存知なのでしょうか」

 員経も僅かに口籠る。小次郎と共に桔梗の過去を知るが故に、こればかりは言葉に詰まってしまったのだ。だがそこはやはり員経であった。

「武家にとって縁を結ぶのは家の大事とは存じ上げております。ただ、母御殿。男親として、せめて少しの間、この鎌輪と下総の地について知りたく思います」

 時間を作ってくれという婉曲な願いに、犬養の君も微笑みを返した。

「そうですね」

 それだけ言うと、また先程と同じように談笑を始めていた。

 幼い弟達が無邪気に桔梗に纏わりつき、それを桔梗も楽しげに遊んでいる。

 男女の関係に疎い小次郎とはいえ、さすがに母の問い掛けの意味は察していた。しかし、自分の中に一切桔梗へのその類の感情を抱いたことが無かった。

 馬場の村雨ライガーは、(むずが)ることなく静かに機体を休めていた。

 

 後にわかったことだが、小次郎の母方の小父平真樹と、父方の伯父平国香及び国香の義父となった源護の所領が、先年氾濫した騰波ノ江の洪水により境が曖昧となったことが諍いの原因であった。平真樹は上兵文屋好立らを率いてまずは平国香の館に交渉に訪れたが、元より交渉に応じる気の無かった国香は源家三兄弟を加勢に呼び寄せ、真樹の手勢に一斉に襲いかかったのだった。多くのゾイドが討取られる中、包囲網を突破し無我夢中で脱出したソードウルフは騰波ノ江へと逃げ込む。対岸に渡り終えた頃にはレッゲルも残り少なく、機体のあちこちに損傷を負っていたため、好立はゾイドの自律機能に任せ姻族の住む鎌輪の館へと向かわせたのだった。だが、装置は戦闘により正常な機能を失っており、結果鎌輪の館への突入となってしまったのだ。

「常陸に於いても、ゾイドウィルスの蔓延は石田(=国香)や筑波(=護)の地にて猖獗(しょうけつ)を極めており、皆少しでも多くの土地が欲しいのです。率いた従類が僅かなのを見て、我が惣領平真樹様を亡き者にしようと、画策したのです」

 小次郎の手には、平真樹の文屋好立の安否を尋ねると同時に、自らの無事を伝える手紙が握られている。文書を目で追いつつ、小次郎は静かに言った。

「真樹殿の無事は確認した。だが、このまま引き下がるとも思えぬな」

 床から半身を起した好立は、座した小次郎に己が案ずる懸念を語る。

「武勇に於いては小次郎殿は申し分ない。だが、なにせ相手は前常陸大掾の嵯峨源氏だ。更には良兼殿との姻を結ぶ儀がでています、面倒なことにならねば良いのだが」

「誰の事だ」

 小次郎は間髪入れずに問い直す。好立は少し驚いて、その問いの意味を探った。

「ああ、婚儀の事でございますな。

 それはほれ、殿と戦った長子源扶と、良兼殿の長女、良子姫ですよ」

 桔梗には、小次郎の顔が(にわか)に色を失っていくのがわかった。

 刹那の沈黙の後、小次郎が軽く苦笑しつつ告げる。

「姫はまだ早いだろう」

「嫁ぐには充分な齢とは思いますが? 寧ろ今まで婚儀の話が上がらなかったのが不思議なぐらいで。どうも良子姫は気性が激しいようですが」

 脇腹を押さえる好立を前に、小次郎は頭に血潮が一斉に逆流したような感覚に襲われていた。

 良子姫が、行ってしまう。

 馬場の村雨ライガーが突然立ち上がり、主人のいる方向に向き直る。低く唸った後、鬨ならぬ咆哮を上げていた。

 

 

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