『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第三部「動乱」 作:城元太
良子はレインボージャークに語りかけた。
「なぜあなたは、私を乗せて飛んでくれないの」
度重なるパラクライズによって、レインボービームテイルは封印されている。しかし、飛行能力を司る
あれから何度乗ってみても、やはりレインボージャークは飛び立つことはなかった。
それは自分がゾイド乗りとして未熟な証と、良子は考えていた。
では優れたゾイド乗りとはどんな者か。
(小次郎兄さま――)
想い描くのは、数年ぶりに再会し、凛々しい坂東武者に成長していた従兄の面影ばかりであった。
※
「良子姫には、我が源家の長兄
冷たく言い放つ
「お父さま、良子はそんな話一度も……」
「武家の娘の役割を知らぬ齢でもあるまい。近隣に姻族を増やし、地縁を盤石なものにする。その覚悟無くして、今まで良兼殿に育てられてきたとは
背後で申し訳なさそうに視線を逸らす父がいる。予てより、初老になって若い側室に籠絡されている父に怒りを感じていたが、今は怒りを通り越し憐憫の情を抱いた。地縁の大切さはわかっている。だが、自分と同年輩の義母に、こうまで明け透けに命じられるのは如何にも癪に触った。良子は有らん限りの皮肉を込めて、丁重に返答した。
「御側室
小枝が鼻で短く息をつく。
「兄上はバーサークフューラーを操る優秀なゾイド乗りである。源家の惣領としても、また良子殿の婿として遜色はない」
「ならば御側室様に御伺い致します。
先日鎌輪にて、源家三兄弟が小次郎将門様に完膚無き迄に叩きのめされた事は御存知ですね」
息を呑み、言葉を失って立ち
「聞けば整備不良のケーニッヒウルフに、手負いのソードウルフしか援護の無い小次郎将門様は、見事に村雨ライガーを操り源家の竜どもを叩き伏せたとか。これぞ坂東武者でございます。さすが小次郎兄さまですねえ、お父さま」
その呼び掛けは、良子が最大の嘲りを込めて投げた一言であった。堪らず良兼が割って入る。
「良子、いい加減口を慎め。小枝や、今日はこの辺りにして……」
怒りのあまり声を発することの出来ない小枝の背中を押し、良兼達は回廊を去って行く。二人が去ると、
「その頑固さは誰に似たのだか」
諌めの言葉の裏には、若い側室の傍若無人さを叩いた小気味良さが滲み出ている。
「だって母さま、良子は真実を言ったまでです。小次郎兄さまのほうが、ゾイド乗りとして強いのは本当でしょ。良持伯父さまと父上は母違いです。ならば小次郎兄さまの処に嫁ぐ事の方が、武家の娘として正しいとは思いませんか」
母は穏やかに応じていた。
「良子や、武家の娘に想いなどあってはならぬ。確かに小次郎殿は秀でたゾイド乗りですが、今は源家との結び付きを強めることが必要です。女は道具に過ぎぬ、それは私も、そして小枝殿もね」
「そんなの、良子は嫌です」
良子は立ち上がり、内衣を畳む母を見て告げる。だが母は冷静であった。
「あなたが小次郎殿を慕っているのは、母とて女ゆえわかります。だが所詮一時の感情です。
何より相手がどう想っているか、確かめたのですか」
「それは……」
良子は途端に意気消沈し、その場に座り込んだ。
(兄さまは、都より戻った時、館に孝子という美しい姫を伴って来たと聞いている。その女性はゾイドの扱いにも長けていて、源家の竜を兄さまと息の合った攻撃でたちまちの内に捻じ伏せたという。まさか小次郎兄さまは、その孝子姫と既に契りを結んでしまったのでは)
揺れ動く乙女の青い心は、瞬時に山の頂から谷底まで落下する。そしてその代償として、心中に都合の良い幻想を思い描くものである。良子は母に聞かれるのも気にせず、その幻想を口にしていた。
「もし兄さまが良子をさらってくれれば、父上も考えを変えるでしょう。母さまも、そうして父上に迎えられたのでしたものね」
「またそのような絵空事を。もはや略奪婚など許される時代とは違うのですよ」
母はただ笑うばかりである。
だがそれは、良子が想い描いた絵空事ではなかった。
※
「玄明、なぜお前が良兼叔父の館の見取り図を持っているのだ」
広げた図面には、詳細な間取りが描かれている。小次郎は改めて、土豪藤原
「余計な事は問わぬものよ。少なくとも俺は、坂東名家の
「鎌輪もか」
「この館には奪うに目ぼしき物も無き上、生憎持ち合わせておらぬ」
どこまで真実かは知らないが、玄明は怪しげな笑みを浮かべ、
「良兼のダークホーンは普段馬場の奥に繋がれている。起動にこそ時間がかかるが、鈍重なゾイドと思って侮るな。奴の瞬発力は並ではない。さて、女房衆の控えている間にどの様に潜入するかだ」
「俺が村雨ライガーを館の外で暴れさせ、その隙に良子姫の間に押し入り連れ去るつもりだが?」
小次郎は事も無げに答える。
「呆れた奴だ。
「気心の知れた奴よ。ゾイドと武士とは一体だ」
自信に満ちた言葉に、玄明もそれ以上追及することはない。
「わかった。その絆とやらを信じよう。問題はその後だ。騒動が起きれば館も厳重に閉門されるだろう。入るは易いが出るは難いぞ」
小次郎は暫し瞑目し、再び馬場を指差した。
「良子姫のレインボージャークを奪い、脱出しよう」
あの談判の日に見た菫色の孔雀であれば、飛翔して土塀を跳び越えられると小次郎は考え、その策を打ち明ける。
「使用可能であれば、尾羽を展開してパラクライズを発射する。さすれば叔父殿のゾイドも傷つけずに脱出できる」
「大丈夫か、その孔雀は未だに飛べぬと聞くぞ」
小次郎は立ち上がり、玄明に背を向けると肩越しに振り向いた。
「お前は惚れた女が他の男に嫁ぐのを、指を咥えて見過すのか」
刹那の沈黙、そして湧き上がる哄笑。傍らに立ち上がり、思いきり小次郎の背中を叩き付けた。
「主も一皮剥けたようだな」
「お前にとやかく言われる筋合いは無いぞ」
「こりゃ堪らん。勘弁だ、勘弁……。ふう、腕が引き千切れるかと思ったぞ。
ところで小次郎、源家の長兄から嫁を奪うとは、完璧に源家を敵に回すことになる。あの姫様――
小次郎は一瞬だけ、青く
心は決まっていた。
あのひとは、仕官叶った太郎貞盛が幸せにしてくれるだろう。
直ぐに玄明に向き直る。
「決行は新月の今宵だ」
武骨な坂東の男が、小さくも、己にとっては大きな野望を胸に奮い立っていた。