『ZOIDOS Genesis 風と雲と虹と』第三部「動乱」   作:城元太

9 / 14
第弐拾八話

 略奪婚は古く東方大陸の俘囚の地で行われてきた風習であり、南島の一部の土俗の間では依然継続されていると聞く。だが易姓貴族の末裔であり、卑しくも一族の惣領にあたる小次郎が土俗の風習に倣うのは如何にも乱暴だった。加えて略奪婚とは、各部族内にも一定の規則に従い行われ、奪われる女性側の家に事前に通知して後、日時を指定せずに決行されるものなのだ。

 よってあまりに身分不相応であり、素性に問題がある男性に対しては親族から断固として拒否され、場合によっては国衙や郡司に訴えられる場合もある。

 ところが小次郎と良子の場合に限ってみれば、家柄も近く、或る意味同族内での出来事として訴訟までに至る事は考えられない。但し、先に良兼の正室陽子が語ったように、既に所領を構え地縁を固めようとする土着の武士団にとっては、安易な略奪婚によって貴重な血縁を奪われることは大きな損失となる。これもまた暗黙の裡に「高貴な出自を持つ者は、下賎な行いは慎む」という習いにもなっていた。

 小次郎はその暗黙の掟を破ろうとしている。今回は時間が無かったのだ。

 心の何処かに後ろめたい物が閊えていたが、それさえも突き破る熱い想いが込み上げた。

 

 運命の人、などと軽々しく表せないが、最早それ以外に表しようもなく、良子に魅かれてしまった。

 自分を愚かと思う。

 藤原玄明にも同じことを言われた。「主も大馬鹿者だ、そして男は皆大馬鹿者だ」と。そして

「馬鹿な事をどこまで真剣に成すかによって、男の器量は決まってくる」とも。

 物を知っていないようで、妙なところで真理を衝いてくるのが不思議な男だった。

 足音を忍ばせて進む村雨ライガーがまた(むずか)る。

「お前だけが頼りなのだ、しっかりやってくれよ。それから、くれぐれもムラサメブレードを展開して暴れてはならぬぞ」

 操縦桿を握りながら気持ちを込めて宥め(すか)す。碧い獅子は若干不機嫌そうな唸り声をたてたものの、再び歩調を整えて歩んでいった。

 服織の館に到着する。月は無く、満天の星空が広がる。小次郎は時間と共に村雨ライガーが行動を開始するよう調整すると、自らは(くさむら)に潜んだ。

 鎌輪でこの事を知る者はいない。玄明も、この様な事に関して口は堅い。

 三郎には「夜駆けにいってくる」とだけ告げて来た。訝しむ様子もなく「御注意くだされ」とだけ言うと、ケーニッヒウルフの修理を続けていた。

 気になったのは、夕刻、妙に桔梗が行先を尋ねてきたことだった。

「今宵はどちらかにお出かけですか」

「ああ、少しな」

 気が利いた応答が出来ず、口ごもるその様子に、敏感に何かを感じ取ったような気がした。

(やはり元群盗の女頭目だけあって鋭いな)

 それが己を慕う女の勘であることに、小次郎は未だ気付いてはいなかった。

 

 時ならぬ咆哮が、辺り一面に響き渡る。

「頼んだぞ、村雨ライガー」

 (あるじ)を乗せることにより能力を発揮するのは、ゾイドによって個体差がある。村雨ライガーほどに使い込まれると、自ずと主人の意志を理解し行動できるようにもなる。だが、咄嗟の状況に応じた判断能力は、やはり操縦者の搭乗時と比べれば劣ってくる。村雨ライガーは主の謂い付けを守り、ムラサメブレードを納めたまま、単調に咆哮して走り回るだけであった。わらわらと館から鋼鉄の獣が現れる。

「マーダーか。厄介だな」

 ダークホーン出撃の露払いとして、3機の小型ゾイドが出現した。旧式のゾイドだがホバリング機能を有し、最高速度は村雨ライガーを凌駕する。

「なんとか時間を稼いでくれ」

 その間に、小次郎は玄明から借り受けた侵入道具一式を使い、服織の館の土塀を越えた。玄明の見取り図通りに館に侵入すると、外の騒動を聞き付けた女房衆が、木戸の隙間から顔を出して(うかが)っている。

 いた。

 薄い紅色の内衣を纏った乙女が、不安そうに村雨ライガーの方向を眺めている。傍らには母陽子がある。

「良子姫」

 暗闇から忽然と現れた想い人に、良子は唖然として見つめ、そして次には満面の笑顔を浮かべた。

「小次郎兄さま、良子を奪いにいらっしゃったのですね」

「そうだ、今宵あなたをさらいに参った。母殿、御免」

 陽子の目の前で、小次郎は内衣姿の良子を小脇にかかえ駆け出していた。

 呆気にとられていた母は、玉響(たまゆら)に呟いた。

「若いって、素敵ね」

 

 馬場からは丁度ダークホーン部隊が出撃を終えた頃合いであった。残るは菫色の孔雀のみである。

「姫、レインボージャークの起動は出来ますか」

「え? はい、できますが……。兄さま、このゾイドは未だに飛べません。館から逃げることもできません」

「やってみなければわからぬだろう。それに良子姫、これからは〝兄さま〟ではなくなるのだぞ」

 その言葉に良子は胸が熱くなった。想い人によって願いを遂げられる喜びが、怒涛の如く流れ込んで来たのだ。

 足場によじ登り、レインボージャークの風防を開く。狭い操縦席に(またが)る広い背中に、良子は思いきり抱き着いた。

「用意は良いか」

「はい、あなた様」

 小次郎もまた、その初々しい言葉の響きに気持ちが高鳴った。操作盤に電源が入る。

「村雨が危ない」

 良兼の率いるゾイド群が、孤軍奮闘する碧き獅子を次第に追い詰めている様子が判る。事態は一刻を争う。

「飛べ、レインボージャーク」

 操縦桿の操作に従い、馬場から走り出した菫色の孔雀は、しかし以前と同じく飛び立とうとはしなかった。

「お願い、私たちを乗せて飛んで」

 良子が小次郎の背中越しに叫ぶ。

 風切羽(フェザーカッター)が僅かに羽ばたいた。

「飛べ、レインボージャーク、頼む」

「レインボージャーク、お願い」

「飛ぶんだ、飛んで我らを解放(ときはな)ってくれ」

「お願いです、飛んで」

「飛んでくれ」

「飛べ」

 二人の叫びが重なった時、菫色の孔雀は拘束されていたレインボービームテイルの枷を弾き飛ばした。

 甲高い喚声を上げると、左右の翼を一斉に伸ばし思いきり羽ばたいた。助走をつけ、大地を思い切り蹴りつける。二人は心地よい浮遊感を覚えた。

「浮いた」

 ふわり浮かぶと、マグネッサーウィングを輝かせ、一気に空中に身を躍らせる。初めての飛行に小次郎も驚きを隠せない。だが安穏として空中浮遊を楽しんでいる余裕はなかった。

「村雨を救うぞ、パラクライズは撃てるか」

「大丈夫です。レインボージャーク、頼むわよ」

 再び甲高く啼くと、機体を旋回させ館の外へと勇躍した。

 周囲をマーダーに囲まれ身動きが取れない場所で、村雨ライガーが3機のダークホーンに豪雨の如き威嚇射撃を浴びていた。ハイブリッドバルカンが足元に銃創を刻んで行く。

〝小次郎、降りてこい。これは何の真似だ〟

「父上だわ」

 無線から伝わってくるのは、ダークホーンを操る良兼の声であった。このままでは村雨ライガーも無事に済まない。

「良子姫、多少手荒なことをするが良いか」

「はい。

 それと、もう私も良子姫ではなく、良子とお呼びください」

「わかった。いくぞ良子」

 レインボージャークが低空から村雨ライガー目掛けて降下した。アイアンフットネイルでムラサメブレード基部を掴みこむ。この位置であれば照射の死角になる。

「パラクライズを頼む」

「はい」

 呼吸を整え、二人はゾイドの機能を一時的に麻痺させる輝きを放った。

 周囲が錦の光に包まれ、真昼の様に明るくなる。次々と機能を停止する良兼のゾイドを尻目に、レインボージャークは村雨ライガーを掴んだまま舞い上がった。

〝おのれ小次郎、娘をどうするつもりだ〟

 機能停止を免れた無線装置から、良兼の怒りに満ちた声が響く。

「父上、良子は小次郎様の元へ参ります。御心配には及びません」

〝小次郎、なんの恨みがあって、我が家の娘を籠絡する〟

「叔父上、平将門は良子殿を嫁にすることに決めました。(いず)れ必ず正式な御挨拶に参ります。それまで、どうか御容赦を」

〝許さん、許さんぞ……〟

 無線の到達範囲から脱したのか、次第に良兼の声は途切れて行った。

 

 小次郎は満天の星空の中、背中に小さな温もりを感じながら語った。

「これから共に歩むぞ、命尽きるまで」

「私もです、あなた様」

 良子は身体ごと小次郎の背中に預け、夢見る様に答えた。

 二人の若者を乗せた菫色の孔雀が舞う星空に、青く筑波嶺が浮かび上がっていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。