はるか昔、人類はその傲慢さゆえに、己の生命さえも灰へと帰す兵器を造り出した。
ガンダムフレーム、それは厄祭戦時に開発された
◆◇◆◇◆
ギャラルホルン日本支部、ルード・フェッサ三尉はMS整備場に備え付けられた端末の画面を睨んでいた。ディスプレイには整備長宛のメールが表示されている。送信元にはギャラルホルン本部のドメインが記されていた。
「ギャラルホルン火星支部、か。何年前の話ですか、それ」
「ちょうど50年前ね。ルード君も聞いたことぐらいはあるんじゃないの。マクギリス・ファリド事件」
「あぁ。そういえば士官学校で習ったような……」
整備長のファリー・ウーリンは呆れたようにルードの肩を叩く。
「近代史よ。ギャラルホルンの兵士なら、ちゃんと理解しておきなさい。知識と教養を疎かにすれば、戦場で闘って死ぬだけの人生を送ることになるわ」
「わ、わかりましたよ……」
ルードは意識的にファリーへの視線を逸らした。この男勝りの整備長は時に年齢に見合わないオーラを醸し出す。ルードの方が年下とはいえ、まだ三十代になっているかも判らない女性が整備長という重役を担っているのだから、当然といえば当然なのかもしれない。
「まさか、MAのことも知らないんじゃないでしょうね」
「馬鹿にしないで下さい。俺にもそれぐらいの知識はあります。MS乗りならその開発背景も知っていて当然ですよ」
「ごめんごめん、それは常識だったわね。……新米パイロットさん」
ルードは思わず溜め息をついていた。日本支部に配属されてから二ヶ月ほど、毎日のように新米という形容詞を聞かされている。ルード自身、MSの操縦技術に関してはこの支部のどの人間にも引けをとらないと自負しているのだが、戦闘の少ない地域ゆえに実力を示す機会もなく、鬱屈とした毎日を過ごしていた。
「どうしたの?」
「いや……なんでもありません。で、話を戻しますけど、ギャラルホルン火星支部って一体なんなんです?」
「あぁ、そうそう。実は最近、アリアンロッドの動きが妙でね、本部にいる知り合いに探らせてみたら、どうやら奴ら、火星支部の再建を狙ってるらしいのよ」
「奴らって……月外縁軌道統合艦隊ですよね。あれ、確か火星支部の廃止を決めたのもアリアンロッドでしたよね」
ファリーは少し驚いたように眉を上げた。
「なぁんだ、ポンコツだと思ったらわかってるじゃない」
「ポンコツって……そんなこと思ってたんですか」
「まあまあ、そう怒らずにね。……そう、そこが問題なのよ。火星支部を廃止したのはアリアンロッドが全盛期のとき。ところが今になって火星を奪還しようとしてるのもアリアンロッド。つまり体制が大きく変わったってこと。支部廃止当時の指令だったラスタル・エリオンはどこか保守的なところがあったけれど、今の人間は違う。きな臭いわよね」
「はぁ、それってつまり、どういう?」
「やっぱりポンコツ。火のないところに煙は立たないっていうでしょう。つまるところは戦争よ、火星とアリアンロッドのね。まだ確信を持って言える段階じゃないけど」
「戦争……」
「厄祭戦」という言葉がルードの脳裡を掠める。そしてマクギリス・ファリド事件、それも端的にいってしまえば戦争だった筈だ。歴史は繰り返す、というお決まりの文句を浮かべながら、ルードは固く拳を握った。
「でも、なんでそれを俺に?」
ルードがやっとのことで搾り出したセリフがそれだった。ファリーは口の端を上げ、キッと鋭くルードを睨んだ。
「今までの話は前座のようなものよ。本題はこれから見せるわ」
「見せるって?」
「まあ、付いてきなさい」
ファリーはそう言うと端末画面の表示を消し、ルードに背を向けて歩き出した。
実地演習の最中であるためにがらんどうの整備場を横断し、鋼鉄製の分厚い扉を開く。短い廊下をしばらく進むと、道が三つに別れた十字路に到達する。どこへ向かっているのかとルードが訝しがっていると、整備長は右に折れる道へと歩を進めていた。
「そっちはシェルターですよね」
「一般的にはね」
「一般的って……」
ファリーが先を行く道は地下に設置されたシェルターへと続いており、緊急時以外は定期点検の際しか訪れることのない通路だった。ルード自身もこの支部へ配属になったその日にしか立ち入る機会がなく、シェルターの構造さえ曖昧だった。
やがて通路の突き当たりに到達し、ファリーが整備場と同じくらい頑丈な扉を開けると、錆びた蝶番が立てる甲高い音と共に、カビ臭くヒンヤリとした空気が下方から這い上がってくる。顔をしかめながら、ルードは扉の向こうに目を向けた。通路が二メートルほど伸びた先に、真っ黒い穴を開けたように石造りの階段が降りている。階段に近寄ると、天井に一定間隔で設置されたライトが自動的に点灯した。
「このままシェルターに降りるんですか?」
「そうね……」
曖昧な返事に頼りなさを感じながらも、ルードはファリーの背中を追って階段を降りていく。二分ほどかけて下ると階段は終わり、地下特有のジメジメとした広い空間に出た。
すぐ右手の壁にある照明点灯のスイッチには目もくれず、何故かファリーは腰周りのポーチから懐中電灯を取り出した。ルードも気兼ねしてか、照明を点けようというとはせず、ファリーの行動を見守っている。
「えーと、この辺りかな。毎回ここで迷うのよね、まったく」
「なにが──」
最後まで言い切らない内に、ルードは息を止めていた。
この地下シェルターの壁や天井にはMSのフレームにも用いられている金属が利用され、至るところに補強材が張り巡らされている。ファリーが立っている前の壁にもその補強材が張り付けてあるように見えたのだが、今それがガタガタと音を立ててスライドし始めたのだ。鉄の棒がスライドした後には暗証番号を入力する小さなパネルが姿を現した。
「これ、こんなに厳重にする必要あると思う? バカみたいよね」
そう言ってファリーは手早く十桁の番号を入力し、エンターキーに触れた。扉が開き、向こう側へ続く通路が現れる。
「ここも電気系統が地上と違うから、照明は手動で入れないとならないのよね」
今度は通路へ入って左側の壁に点灯用パネルが設置されていた。ファリーが手をかざすと、一拍遅れて明かりが灯る。
と、その時ファリーの携帯端末が電子音を発した。どうやら、この地下にも無線通信網は張り巡らされているらしい。
「はい、ファリー・ウーリン」
『話しておきたいことがある。支部長室へ来てくれないか』
「緊急でしょうか」
『できれば早急にお願いしたい』
「かしこまりました」
通信が切れたのを確認して、ファリーは端末をポーチへとしまった。ルードに向き直ると、
「じゃあそういうことだから、私は一旦上に上がるけど、ルード君はどうする?」
「どうするって、俺は今どこに向かってるかさえ知らされてないんですけど」
「あ、そうだったっけ。まあここからは一本道だし、脳神経焼き切れてない限りたどり着けるよ。もしかしたら、先客がいるかも」
「先客? まあ、取り敢えず行ってみます。そこでファリーさんを待ってればいいんですよね?」
「うん。あぁそうそう、ルード君、MAのこと知ってるんだよね。だったら、それを破壊したMSの名前も……
あ、支部長待たせると不味いからもう行くね」
不気味な笑みを残してファリーは去っていった。その意味深なセリフの意味を考えながらルードはしばらく佇んでいたが、明かりが点いてもなお出口の見えない通路を片目に見て呟いた。
「さてと、行こう」
通路はルードの予想以上に長く、途中何度か折れ曲がって三十分ほど歩くと、突き当たりに一枚板の扉らしきものが見えた。一メートルほど近づくと、扉は自動的にスライドした。暗号認証式でなくて良かったと胸を撫で下ろしたのも束の間、その部屋に足を踏み入れた途端に、ルードは息を呑んだ。
そこは、正六角柱型の地下室だった。六角形をした床の平行な辺と辺の間は優に百メートルはある。照明が光っているのは床からおよそ二十メートルまでで、それ以上は暗く天井の高さも目算できない。
地下に広がっているこの広大な空間もそうだが、ルードを最も惹き付けたのは、真正面に鎮座する人型をした鉄の塊である。それは跪くようにして膝をつき、視線を下に向けて項垂れているようにも見える。直立すれば二十メートルはあろうかという巨体に、ルードの視線は吸い寄せられた。黒鉄色のフレームとシリンダー、至るところに挿し込まれたケーブル、薄汚れ破壊された白い装甲、二基のリアクター、そして頭部のツインアイ……
「MS? これって……」
装甲の大部分が剥がれ落ち、有機的なフォルムを露出させたその姿はまさしくガンダムフレームだった。ルードはファリー整備長の理知的な声色を思い起こす。──このMSは?
その時、ファリーの声とは異なる、硬質の高音が反響した。
「バルバトス、それがこいつの名前だって」