機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ 災抗   作:今矢赤

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第二話 鉄と血の記憶

 

「バルバトス?」

 

 ルードは思わず訊き返していた。声の主も判らないが、このガンダムフレームは何故ここにあって、何故自分が連れてこられたのかという疑問がルードの頭の中を支配していた。

 すると、ガンダムフレームの後ろから小柄な人影が飛び出す。その女性はしなやかな手付きで、脚部のフレームの感触を確かめるように右腕を伸ばし、コックピットの辺りに視線を上げながら、

 

「白い悪魔、ですって。あたしもよく知らないんだけど」

 

 その声の硬質な響きには、どこか人を拒絶しているような印象があった。ルードと同じく二十代前半に見える容姿だが、その口調と女性にしては短めの赤毛が、年齢に見合わない余裕を感じさせる。

 ルードは再び、そのガンダムを見上げていた。

 

「ガンダムフレーム、三百年以上前の機体が、なぜこんな辺境の支部に?」

「あたしよりもこのガンダムのほうが気になるわけ? あんたとあたし、一応初対面なんだけど。……ま、いっか」

 

 女性はガンダムから離れ、幾つか無造作に置かれているコンテナのうち、手頃なものを選んで腰掛けた。細められた瞳が、ルードの眉間を射るように見詰める。

 

「……あ、いや、ごめん。俺、なにも聞かされてなくて、こんなものが地下にあるなんて知らなかったから」

「ふぅん。まぁ、仕方ないっか。あたしも最初見たときは驚いたし。こんな骨董品、修理してどうするんだか」

「修理してるって、これに誰かが乗るのか?」

「詳しいことはあたしも知らない。でも見た感じ、操縦は阿頼耶識用に最適化されてるっぽいし、乗れるパイロットを探すのは難しいかもね」

「阿頼耶識、か」

 

 ルードは沈黙した。

 厄祭戦時には七十二機のガンダムフレームが製造されたという。搭乗者は脊髄に阿頼耶識システムの手術を施し、自らの神経と機械とを直接結合した。それにより、当時のほとんどのMSは、既存のインターフェースの限界を超えた反応性を持っていたようだ。

 現在、阿頼耶識システムは忌むべき存在として認知されている。しかし、それは月外縁軌道統合艦隊、通称アリアンロッドの干渉範囲内での話である。ヒューマンデブリが廃止されたとはいえ、火星や木星といった圏外圏では今なお阿頼耶識の施術が闇で行われている。そのような低い技術しか持たない地域では、身体が未成熟である子供にしか手術を施すことができない。少年兵がボロ雑巾のように搾取される時代は、いまだに続いている。

 

「あたしはレイナ・ジェリー三尉よ。あなたは?」

「え? ……ああ、俺はルード・フェッサ三尉」

「ふぅん。階級は同じってわけ」

 

 レイナは身を乗りだして、ルードをまじまじと見詰めた。

 

「あたし、ここには今日配属になったの。元からここにいるあんたでも知らないのね、このMSのこと」

 

 レイナの視線に窮屈なものを感じながら、ルードは答える。

 

「俺も最近来たんだよ。それに、ここでは知ってる人間の方が少ないだろ」

「なぜ?」

「阿頼耶識積んでるんだろ、これ。ギャラルホルンとしての体面上、おおっぴらにできる筈はないよ。例え内部でもね」

「でも、この支部では新米の私達には知らされてる。この意味わかる?」

「さぁ、さっぱり」

 

 ルードはまたガンダムを見上げた。四百年近くの時を生きてきたMSは、全てを知っているかのようにルードを見下ろしていた。

 

「私達の実力が認められてるってことよ」

「ずいぶんと自信過剰なんだな」

 

 レイナは頬を膨らませる。

 

「あなたこそ、自分が信じられないのね」

 

 レイナを横目で見ながら、ルードは微笑した。

 

「俺は君と喧嘩するつもりはないよ。だが、チャンスではあるな」

「チャンス?」

「もちろん、実力を示すための、ってこと」

「ふん、分かってんじゃない」

「まだ分からないさ、俺たちが何をすればいいのか。このガンダムフレーム、どうせワケありなんだろ」

 

 ガンダムフレームは辛うじて装甲が残っているといった状態だが、その両腕だけは完全にフレームが剥き出しになっていた。不自然に長い腕は、よく見ると他箇所のフレームよりも光沢が強く、新品のような輝きを放っている。

 

「ASW-G-08、ガンダムフレームタイプ、バルバトス。こいつがMAと戦ってたのよね。……想像つかないわ」

「MAも実際に見たことないしな。それに、大昔のことだろ」

 

 ルード達の背後から、きっぱりとした声が響いてきた。

 

「五十年前よ」

 

 ルードは飛び上がった。レイナも驚いた様子こそ見せなかったが、コンテナから降り立ち、振り返った。

 くたびれた灰色のつなぎを着て、スライドドア横の壁に凭れかかるように、整備長のファリー・ウーリンが立っていた。

 

「ああ、ファリーさんね。驚かせないでよ」

「ごめんなさい、ちょっと認識が間違っていたみたいだからつい」

 

 なぜか、ファリーは先ほどよりも低い声で言った。

 

「間違ってる?」

 

 ルードが訊くと、ファリーは少しの沈黙を挟んで口を開いた。

 

「このMS、バルバトスが最後にMAと戦ったのは厄祭戦時じゃない。五十年前なの」

「五十年前、MAって……まさか、火星の?」

「そう、MAハシュマル。ハーフメタル資源の採掘場に埋もれてた殺戮マシーンの事件よ」

 

 レイナは首を捻った。

 

「でも、あれってギャラルホルンが解決したんでしょ? ガンダムフレームが絡んでたなんて話、あたしは聞いたことないよ」

「権力者は自分に都合の良いように事実を歪曲する。いつの時代もそうなのよね。そして、いつしか嘘が現実にあったこととして語り継がれる。これも一つの例ね」

 

 ありそうなことだ、とルードは頭の中で呟いた。現在でこそ民主制を高らかに主張しているギャラルホルンだが、五十年前までは、セブンスターズと呼ばれていた七名の代表者達が、実質的に組織を支配していたと聞く。その七人も厄祭戦の終結時から世襲制で決まっていたので、民衆の意思などあったものではない。

 

「プルーマと呼ばれてるMAの附属品は別として、MA本体はこのバルバトス一機が破壊したっていう記録が残っているわ」

「たった一機で!? 戦争を産み出した化け物をですか?」

 

 レイナが驚くのも無理はない。MAはそれほど強大な存在として記録されているのだ。しかし、ギャラルホルンの創始者、アグニカ・カイエルの伝説に伴って、その英雄譚を引き立てるMAの脅威も、些か誇張されている可能性は十分にあるが。

 

「この機体が優れていたのか、当時のパイロットが人間離れしていたのか。それを知っている人間が生きてる可能性はあるけど、聞いたところで何も変わらないでしょう」

「へぇ、それじゃあギャラルホルンがこんな地下に隠してるわけだ。評価してるんですね、このMSを」

 

 ルードが言うと、ファリーは悪戯っぽく質問した。

 

「ルード君はどう思う? このMSのこと」

「……なんていうか、悪魔みたいですね。腕も長くて人型っぽくないですし。それに、後ろについてるのは尻尾ですか?」

 

 ガンダムフレームの背後から伸びる、一際太いケーブルの先には、矢じりのように鋭い武装が取り付けられていた。その先端部は現在、吊り下げられるようにして中空に固定されている。

 

「テイルブレードね。もともとはハシュマルの武装だったみたい。MAを取り込んで進化するガンダム、夢があると思わない?」

「それは、進化っていうんですかね。俺には人間を捨てただけに見えますけど」

 

 レイナが隣から口を挟む。

 

「あたしは好きよ。見た目がどんなにエグかったって、結局は性能でしょ? あたしに動かせそうにないのはちょっと残念だけど」

「そもそも、動くのかこれ」

「動かせるはずよ。私が整備したんですもの。フレーム部分はほぼ完璧に五十年前の状態を再現してる。腕はちょっと短くしたけどね」

「短く? これで?」

 

 ルードは目を見開いた。既存のMSと比べても一際目を引く長い前腕に、獣を思わせる爪が巨大なシルエットを形作っている。

 

「ええ、昔はもっと獣に近い形だったみたい。バルバトスルプスレクス、五十年前にこれをオーバーホールしたテイワズの技師が付けた名よ」

「ルプスレクス?」

「狼の王、大仰な名前よねぇ。でも、それに見合うだけの働きはしたそうよ。歴史の波に埋もれても、今確かにここに存在して、戦いの記憶をデータとして残している。もっとも、破損が激しくて回収できたデータは微量なんだけどね」

 

 整備長はそこで言葉を止めて、バルバトスの膝関節フレームに触れた。脚部には、ナノラミネート塗装が施された装甲が比較的多く残っている。しかし、元の形を完璧に残しているパーツは皆無だった。

 

「ああ、そうそう。つい熱が入っちゃって話が逸れたけど、ここにあなた達を呼んだ理由について話さくちゃならないのよね」

 

 ファリーはルード達を振り返った。切れ長の目がルードを見透かすように光り、ルードは少し萎縮する。一方でレイナは期待に満ちた様子で整備長の言動を伺っていた。

 ファリーが言葉を続ける。

 

「月外縁軌道統合艦隊、アリアンロッド指令、ネルド・ガードスからの命令よ。アリアンロッド旗艦までガンダムフレームタイプ、バルバトスを輸送せよ。あなた達には、その警護を担当してもらうわ」

 

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