「こいつをアリアンロッドへ、ですか」
「ということは、あたしたちに宇宙へ行けって?」
「そういうこと。だから、あなた達にバルバトスを見せたの。ことの重大さを認識してもらうためにね。……でも」
ファリーは溜め息をついた。横に垂れた金髪が揺れる。
「私も全部把握してるわけじゃないから、はっきりとは言えないけど、この任務、相当厄介になるかもね」
「それって、さっき支部長から呼び出された件ですか」
「そう。アリアンロッドの奴ら、相当急いでるみたいね。バルバトスの輸送を早めるように、日本支部へ圧力をかけてきたわ」
「圧力? それに急ぐ理由ってなんですか?」
「わからないわ。ただ、ガンダムフレームを必要としてるってことは、戦力を求めてるってこと。とびっきり強力な兵器をね」
ルードは考える。アリアンロッドがバルバトスを求める理由。阿頼耶識システムを搭載した曰く付きの機体は、大昔に製造されたとはいえ、現代でも通用する性能を持っている。
しかし、バルバトスを運用するとしても、阿頼耶識の施術を受けたパイロットが必要なはずだ。ファリーがカスタムしたこの機体は、阿頼耶識を想定したコックピットを載せている。恐らくそれもアリアンロッドの意向だろう。だとすれば、アリアンロッドは阿頼耶識パイロットを飼っているのか。
「期限は一ヶ月よ。それまでにあなた達には、任務内容の熟知と、宇宙戦用の訓練を受けて貰うわ」
ファリーが言うと、レイナが手を挙げた。
「ちょっと待って下さい。概要は理解しましたが、あたしたちを直接指揮する人は誰です?」
「この任務の責任者は私よ。つまり私があなた達直属の上司ってわけ」
「えぇ? 整備長が?」
「これでも私、本部で働いてたことがあってね。でも今は色々あって降格。こんなところでMS弄ってるけど、一応アリアンロッドにだってコネはあるんだからね」
「はぁ」
バルバトスのオーバーホールを任されていることからも、整備の腕は信頼できる。だが指揮統制となると、僅かな不安がルードの頭をよぎった。ファリーの経歴が気になったが、ルードは敢えて訊ねることはしなかった。
「あと、この任務は少数精鋭、日本支部のMSパイロットはあなた達ふたりだけだから」
ルードは驚いて跳び上がりそうになった。
「そんなんで大丈夫なんですか。これ、重要なMSなんですよね。万が一、何かあったら……」
「だからこそよ。これ見よがしに武装して辺境支部から戦闘艦なんて出してみなさい、目立って仕方がないでしょう。事は隠密に進めなければいけないの。それに、アリアンロッドから腕利きが派遣されてくるって話よ。合流すれば、それなりの戦力になるでしょう」
「あたしはそれで構わないけど、その腕利きって、MS乗りですか?」
「ええ、何でも今はアリアンロッドへは出向中、若くして特務三佐らしいわ」
「監査局のエリートですか。確かに、実力はありそうね」
監査局は、ギャラルホルンの中で最も厳格な部署である。内部監査という業務の為、入局するには、最低限のキャリアを積み、ギャラルホルン内での信頼を獲得する必要があった。その過程を飛ばすということは、相当な切れ者のようだ。
「いやな感じはしますけどね、俺みたいな一般兵にとっては」
「ルード君、この任務に選ばれたんだから、少しは自信を持ちなさいよ」
「俺はファリーさんみたいに、そう楽観視できないタイプなんで」
「監査官が同行してくれるのよ。これ以上安心できることはないわ」
「それが胡散臭いんでしょう。アリアンロッドがこのMSを使って何か企んでるんだったら、監査局が黙って見逃すどころか、その輸送を手伝うなんてことがありますか? まったく。思考回路が理解できませんよ」
アリアンロッドが戦争を仕掛けようとしているのなら、必ず監査局の情報網に引っ掛かるはずである。ましてや、エリート特務三佐が出向中の現在、大胆な行動はとれないだろう。
「ルード君の言いたいことは分かる。けど、私達にできるのは上の指示に従うことだけよ。考えるなとは言わない、最低限の仕事は果たしてもらうわ」
「わかってますよ。だけど、なんで俺なんですか? 他にもっと能力がある人間がいるでしょう」
「あなたもレイナちゃんも、パイロットとしての技量が買われているのよ。本当はもっと適性を診てからった話だったけど、そうも言ってられない状況になってるのも事実。それでも私は、選ばれた理由は本人が一番自覚していると思ってたけど?」
そしてファリーは、独特な眼光でルードを見た。反射的にルードは目を逸らす。
「……とにかく、俺はやりますよ。それで、これから何をすればいいんですか」
「そうね……じゃあ、あなた達、今からシミュレーターで模擬戦してみてくれる? まずはお手並み拝見ということで。あっちにグレイズがあるから、それを使ってね」
ファリーの指差す方向には、二機のグレイズが鎮座していた。暗がりにあるためルード達は気付いていなかったが、この空間にはバルバトスを含め三機のMSが格納されているのだった。
「へぇー、こんなのもあったんだ」
レイナはいち早く、向かって左側のグレイズに駆け寄る。全身が灰色で塗装されたその一機は、通常のグレイズとは異なり、膝間接の上方と肩、背面にバーニアが増設されている。さらに脚部にはスラスターが取り付けられ、高機動型であることが一目で見てとれた。
「シュバルベグレイズね。譲り受けた試作機を少し改造したの。リアのバーニアを外して、ちょっとした武器を仕込んであるわ。その分出力は落ちるけど、もともと過剰気味だから丁度良いんじゃない。もちろんパイロット次第ではあるけれどね」
「シュバルベ……あたしこれに乗ってもいい?」
言いつつ、レイナは既にコックピットから降りたワイヤーを掴んでいた。
「俺に選択権は無しですか」
もう一方の機体は、カラーリングこそ同じ灰色だが、
通常のグレイズだった。ルードはそちらに歩み寄る。
「量産機でその上位機体と戦えって言うんですか」
「シュバルベはピーキーなMSよ。一昔前のMSだけど、ノーマルグレイズの方がルード君は扱いやすいんじゃない?」
少し遠くから、レイナが声を張る。
「あたし、シュバルベなんて乗ったことないよ。ハンデとしては丁度良いかもね」
「ハンデって……ファリーさん、シミュレーターは宇宙戦の想定ですよね。バックパックは宇宙用に換装できますか?」
「もちろん、グレイズの汎用性はルード君も知っての通り、シミュレーター用のデータも豊富よ。何なら、好きなだけ武装を選んでも良いけど……ダインスレイヴとか」
ルードは息を呑んだ。遠くでレイナも緊張しているのが感じられる。
「そ、そんな物騒なデータも積んでるんですか。……第一、あれは一対一で使うような兵器じゃないでしょう」
「データが入ってるってことは、製造してるのよね。条約違反になりませんか?」
ファリーは曖昧に頷いた。
「グレーゾーンね。だけど、一度手にした力は、捨てがたいもの。特に社会組織の上層にいる人間にとってはね。そんなことを考えたくなかったから、私は今のここにいるんだけど……まあいいわ。さあ、あなた達、さっさとコックピットに乗りなさい。私はモニターで見てるから」
ファリーは、二機のグレイズの中間に設置されたモニターに歩み寄る。ファリーが端末を操作すると、複数のディスプレイに、二機の情報とメイン、サブカメラの画像が映し出される。カメラの映像には、銀色に光る月と、巨大な青い地球が投影されていた。
ちらりとそれを眺めたあと、ルードは薄灰色のグレイズのコックピットに乗り込んだ。ハッチが閉じ、コックピット内部が一瞬、暗転する。三面に張られたモニターが作動すると、まるで瞬間移動したかのように、ルードの周りの世界が一変した。先ほどまでファリーが見ていたディスプレイの中の宇宙が、目の前に現れる。
「フィールド設定は宇宙、大気圏が近いな。重力を意識しないと地球に引っ張られておしまい、か」
すると、電子音が鳴り、QCCS形式で通信が入った。右側のモニターにファリーを映し出したウィンドウが現れた。
『レイナちゃん、ルード君、聴こえる? 回線は繋ぎっぱなしにしておくわ。武装選んだら、あとは好きなタイミングで始めてね』
「了解」
『わかりました』
ルードは手っ取り早く無難な武装を選択すると、レイナのシュバルベグレイズへ通信を入れた。
「レイナ、準備はいいか?」
『もちろん、いつでも』
レイナの落ち着き払った声が、回線を通じて聴こえる。ルードは、扱い慣れた型式の操縦桿を強く握った。
「よし。それじゃあ、ルード・フェッサ、グレイズ出る!」
◆◇◆◇◆
月外縁軌道統合艦隊、通称アリアンロッドの旗艦、ラーズスヴィズの司令室では、二人の人間が向き合っていた。落ち着きがなく、明らかに慣れていない様子で肘掛け椅子に腰掛けているのが、副司令のプランコ・メイナーである。
「な、なにも君が、たかがMS一機の輸送に同行しなくとも、ミギルド君……」
ミギルド・バクラザンは、執務机の副司令を見下ろし気味にして直立していた。生まれ持ったものなのか、どこか余裕を感じさせる顔立ちであるが、その表情は固い。
「任務を穏便かつ円滑に進める為ですよ。何せガンダムフレームが関わっている。一時代を築いたMSの存在は、それだけで貴重なものでしょう。それとも、私以外に適任がいるとでも?」
副司令は、ミギルドの発言に気圧されたかのように腰を浮かせ、椅子に座り直した。
「いや、そういうわけではないが……」
「でしたら、何も問題は無いでしょう」
プランコはなおも居心地が悪そうだったが、やがて思い出したように言った。
「司令が火星へ出ている今、厄介ごとを引き寄せてはならない。君の能力を司令も評価していることは重々承知だが。しかし、念を押しておく。失態は許されんぞ」
「私もわかっていますよ。どんな仕事であろうと、手を抜くことは、私の主義にも反するのでね」
「ふむ……」
僅かな沈黙が流れ、再びミギルドが口を開いた。
「そういえば、開発局に眠っていた骨董品、ここの格納庫に収容されているようですね。実戦に投入することは可能でしょうか」
「ああ、数ヶ月前に送られてきた機体か。マイナーチェンジは繰り返しているが、かなりピーキーな機体だと聞いている。……まあ、君なら扱えるだろうが、乗るつもりなら適正検査を受けるといい」
「ありがとうございます」
司令室を後にして格納庫に移動したミギルドは、濃緑色にナノラミネート加工されたその機体を見上げていた。尖鋭的なフォルムは、原型となったレギンレイズとはかけ離れていたが、装甲の間隙から覗くフレームは量産機のそれだった。
「五十年前の試験機体。それでもガンダムフレームほどの年季物ではないか」
僅かに目を細め、ミギルドは微笑した。
「レギンレイズジュリア、良い名だな」