第十一話『念願のファトゥラシティとアニヤ総合大学』
壁に埋め込まれている目覚まし時計がピピピッという電子音を鳴らし、朝七時を告げる。それにいち早く気づいたのはセルピルのベッドの上で丸くなって寝ていたイワンであった。セルピルの家の中でも一番の早起きポケモンであったイワンの一日最初の仕事はこのベットの主を起こすことであった。
イワンがベッドから降りると、そのまま布団の中に潜り込みセルピルの下にへと進撃する。最初は夏用のパジャマで太ももまで無防備になった脚に首の岩をこすりつける。首の岩を上下にこすり、表面の皮がうっすらと白くなったがそれでもセルピルは起きない。
イワンは再び進撃を開始し、今度は上の服が捲れ上がりへその部分が丸見えの所にこすりつける。だがそれでもセルピルは起きない。三度目の進撃を行う。そして狭い布団の中を潜り抜けた先にはセルピルの顔が見えた。
ひょっこりと布団の中から首だけを出して出てきたイワンは、セルピルの顔にありったけに首の岩をこすった。
未だ鳴り響く目覚まし時計が鳴りやんだ瞬間、ベッドからセルピルが悲鳴を上げながらベッドから飛び出てきた。
「痒い~!?痛い~!?」
起きたばかりのセルピルの体は、体にめぐるイワンの岩こすり攻撃による痛みで目覚め、その体は驚くほど高く飛び上がった。
その様子を一部始終眺めていた博士は、左手を頬に当てながらほほえましそうにしていた。
「なるほどね。イワンコというポケモンは友好ために首の岩をこするけど、人によっては寝坊助さんのための目覚ましにもなるのね」
そんな朝の一幕が終わった後、二人はビジネスホテル特有の朝食バイキングを堪能するために、食堂へ降りて行った。食堂はかなりの人で込み合っていたがなんとか二人が座れる席の分を確保はでき、二人はそれぞれ朝食を取りに行く。
最初に席に戻ってきたのはセルピルだった。セルピルは、まずスヨルタウンで食べたドーナツ状のごまパンやロールパンに小盛りのスクランブルエッグとオレンのみをカットしたもの。飲み物はミルクで甘いブリーのみジャムをパンにつけて食べる女の子らしいスタイルだ。一歩遅れてきた博士は、パンと目玉焼きにリンドのみの塩漬けにミルタンクのチーズにナナのみマーマレード。そして飲み物は紅茶と伝統的なアニヤ地方の朝食スタイルだ。
料理をとってきた二人は朝食を同じタイミングで食べ始める。セルピルは、ごまパンにジャムを塗ってそれを頬張りそこにスクランブルエッグを口に入れる。固めのパンにブリーのジャムの甘さが噛みしめるほどに広がり、そこにアニヤ地方独特のピリ辛のスクランブルエッグが食欲を増進させる。
「セルピル、今日の予定なんだけどね」
博士がセルピルを呼ぶとセルピルはジャムを口につけたまま、フォークを止めた。
「まずセルピルをジムに連れて行って、わたくしは先に大学に行こうと思うの。わたくしの待ち人がもしかしたら来ているかもしれませんし、それに学会の準備もあるからね。わたしくにとってはそっちの方がメインですけど」
「学会って何をするのですか?」
「今回は、百年前に現れたポケモンの正体についてある博士が発表するの。で、わたくし達博士や教授達がそれが正しいのかの話し合いをするの。もしジム戦が早く終わったら見に来るといいわね。いい勉強になるわ」
しかしセルピルには大学という場所に高尚な場所というイメージがあり、自分のような子供がすんなり入れるとは思えなかったのだ。博士はテーブルに置かれていたティッシュを取って、セルピルの口元についていたジャムをふき取る。
「大丈夫。いったでしょあなたはわたくしの臨時助手だって。警備員のおじさんにわたくしに用があるって言えばすぐに入れてくれるわ」
けど、そんな言葉はもうセルピルの耳には入らなかった。自分の頬についたジャムを他人に拭いてもらわれて恥ずかしくなったからだ。
朝食を済ませて、一時間後にホテルをチェックアウトした後タクシーを拾うために街の表通りに出る。外は太陽がカンカンと照り付けて、夏の太陽による熱気が漂っていた。だが、それはラーレタウンやスヨルタウンにいた時とは比べ物にならないほどの熱気だった。都会特有のアスファルトとコンクリートジャングルが太陽熱を吸収せずに放出され、そして自動車や室外機による排熱でより夏の暑さを増幅させていた。
今まで植物や水の多いアニヤ地方南部出身のセルピルには経験したことないうだるようなで、額からの汗が止まらずシャツも汗でべったりと張り付いてしまっていた。博士も同じように汗をかいていたが慣れた様子で通りを歩いている。
そこに運よく空席のタクシーが停まっていて、運転手にトランクを開けてもらい荷物を詰めてタクシーに乗り込む。タクシーに設置されているクーラーによる冷気で滴り続けていた汗が一気に吹き飛び、二人はその涼しさに気持ちが安らいだ。
「お客さんどちらまで?」
「ファトゥラジムへ行った後、アニヤ総合大学までお願い」
眼鏡の中年運転手は、行き先を聴いてタクシーを発進させる。平日の昼前とあって、交通量が少なくタクシーは順調に進んでいる。車が信号の前で停止すると、運転手が博士に話しかけてきた。
「今日はお子さんをジムに挑戦させるんですかい奥さん?」
「奥さんじゃないわ。わたくし独身ですの。この子は、助手です」
運転手は少し目を丸くさせた。信号が緑に変わり、車を発進させる。
「へぇー、助手さんですか。こんな小さな女の子が助手さんとはねぇ。そうとう優秀なんですねぇ」
セルピルは、運転手のお世辞を歯がゆく思った。博士とはたまたま出会っただけで、自分の不幸に同情してこの街まで送ってくれただけで、したことといえば荷物持ちだけである。そんなセルピルの心境とは別に二人の間で雑談は続く。
「この子、ジム挑戦のために二度も遠回りさせられてね」
「二度あるこたぁサンドパンともいいますけどねぇ」
だが、運転手の言葉はその通りになってしまった。二十分ぐらい揺られて到着したジムの前には数人の人がジムの関係者の人に文句を言っていた。セルピルはタクシーから降り様子を見てみる。褐色肌の青年が挑戦者に説明をしていたが、挑戦者たちは納得していない状況だった。
「本当に申し訳ございません。ジムリーダーが不在のためジム戦はできないのです」
「どうして不在なの?!代理の人がジム戦せてくれないの!?」
他の挑戦者の間を潜り抜けて顔色を変えたのはセルピルだ。他の挑戦者もそうだそうだとセルピルを援護した。だが青年は眉を八の字にしただけで再び平謝りする。
「本当に申し訳ございません。ポケモン協会の規則でジムリーダー休養の場合ジム挑戦自体できないのです。ですが一週間ほど待っていただければジムは再開できますので」
だが、それで収まる彼らではなかった。騒動が発展するとみて、博士はセルピルの腕を引いて停めてあったタクシーに乗り込ませて発進させた。タクシーに乗り込んだセルピルはまだフツフツと憤っていた。
「もぅ。なんでこう、うまくいかないのよ!やっとジムに着いたと思ったら休養って」
「仕方がないわ、先に大学に行きましょう」
そういうと博士は携帯を取り出し、どこかに電話をかける。セルピルは気分転換に車窓を眺めていたが、不機嫌そうな顔が光の反射でずっと映っていた。タクシーの中は不穏な雰囲気で包まれ、運転手もさっきのように声をかけることができなかった。
ジムから出発して三十分以上たったころにタクシーはゲートをくぐり、小さなロータリーの前で停車する。そこはこの街で見てきた風景とは別世界のようなで、レンガ造りの建物が木々に囲まれて清涼感にあふれ、奥には同じレンガ造りの建物がいくつもありその中で一番高い建物には時計が設置されている。
ここが博士が学会に出席する予定のアニヤ総合大学である。アニヤ地方の頭脳養成所ともいわれ、あらゆる学問を究める名門校である。その敷地面積は、スヨルタウンと同等といわれるほどの大規模大学である。
運転手にお礼を言った後、荷物を建物の中に運んでいく。博士は入口から入って右の建物の二階に運ぶようにと言われ、一回で荷物を運び終えようと、ゴトラをボールから出してかさばる自分の寝袋を運んでもらう。
重たい荷物を二つも運んで階段を上がるのは苦労したが、なんとか目的の部屋に到着した。先に博士が部屋に入ると先ほどの運転手とは異なりレンズが大きい丸眼鏡をかけた女性が、博士に駆け寄る。
「博士お帰りなさい。例の子ですけどまだ来ていないですよ」
「あら、まだバスが動いていないのかしら」
「でもバスは二日前からでていますよ。遅延はありましたがスヨルタウンから帰ってきた人もいましたし、運行しているはずですよ」
「それ、ファトゥラシティ周辺に住んでいる人たちが乗ってきたんですよ。私スヨルタウンの役所に行って聞きましたから」
博士の後ろにいたセルピルは、その女性の疑問に答えた。眼鏡の女性はひょっこり現れたセルピルとゴトラを眼鏡を調節して凝視する。
「博士?この子は誰ですか?例の子は男の子と伺いましたが」
「アイスこの子は、わたくしの臨時助手のセルピル。ほらさっき電話した」
アイスと呼ばれた女性は、手を顎に添えて思い出そうとしていた。そして思い出したようで顎に添えていた手を片方の掌の上に落とした。
「ああ、その子ですね。ポケモンリーグに挑戦するためにジム戦しようとしたら遠回りになったという」
ポケモンリーグという単語が出てきて疑問符が浮かんだ。
「ポケモンリーグってなんですか?」
それを聞いたアイスは信じられないといいたそうな表情をしていた。一方で博士は部屋の奥の方で学会の準備をしていて、ゴトラは鉄がむき出しの机の脚をじっと見てよだれを垂らしていた。
「セルピルちゃん、どうしてジムに挑戦するなんて思ったの?」
アイスは耳元でセルピルにこっそりと尋ねた。まさか博士がチケットを出してこの街まで連れてきたトレーナーがポケモンリーグを知らないなんてひっくり返ってしまうからだ。セルピルは、アレクサンダーからの手紙のことを伝えた。もちろん、返信の手紙を出した名義人がセルピルではないことや親には黙っていたことは隠してだ。
「なるほど、中央都市でポケモンバトルをするということか。けど、バッチ集めて中央都市に行くことはほぼ強制的にポケモンリーグ挑戦となるからそのアレクサンダーって子は相当な自信家だね」
「相当な自信家?」
セルピルがオウムがえしすると、アイスはうなずいた。
「私はあんまりポケモンリーグについてそんな詳しくは知らないけど、ポケモンリーグの本戦つまり中央都市に行ける人って何百人の内の十数人ぐらいって倍率だよ。下手したら、うちの大学の入試合格者より低いかも」
アイスから告げられた事実にセルピルは血の気が引いた。セルピルが以前見ていたジム特集は、たまたまついてたテレビニュースの特集を途中から見ただけでポケモンリーグのことまでは知らなかった。そのためジム戦はいつでも挑めれるというのは知っていたが、まさか決戦場が倍率何十倍もある所だなんて思いもしなかった。
「セルピル、アイスもう時間よ。あの人一分でも開始が遅れると機嫌が悪くなるのよ」
そういうと、アイスはまとめていた資料を持ち、先に扉を開けた。セルピルも博士の持っていた資料を持って部屋を出ようとする。そして、机の脚が倒れないように慎重にむさぼっていたゴトラが主が移動することを察知して
学会の開かれている教室は、ここから反対側にある建物の三階であった。幸いにも、エレベーターがあり暑い中階段で資料を運ぶ必要がなかった。エレベーターが三階に到着し、三人は学会が開かれている教室の扉を開けると、声高なしわがれ声が教室中に響き渡る。
「遅いぞミュケーナ博士!!」