十話ぶりにあの人が帰ってきます。
アリーのトラックでエシリタウンに到着したセルピルは、ポケモンセンターでポケモンたちの体力を回復されている間に家族に向けて電話をかけていた。電話の内容は、スヨルタウンにいた時の様子とかを思い出しながら取り繕った。
『今日は元気そうでよかったわ。明日も電話するんだよ』
「はいはい、わかりました」
から返事をして、セルピルは電話を切った。あと二日で両親はスヨルタウンから帰ってくると考えるだろう。その頃には自分はタッシーマシティでジム戦をしている。
セルピルにはある覚悟ができていた。遠回りまでしてきてここまで来たのだ、タッシーマジムに挑戦したら両親に電話でジム戦のことを言おうと。その時に勝者の証であり中央都市に行くためのジムバッジを見せさえすれば、実力があるとわかって黙るだろう。
目算を考えていた時に、ジョーイさんがセルピルを呼ぶ声が聞こえた。受付に戻ってみると、ポケモンたちの回復が済んでいたようだ。
「セルピルさん、お預かりしましたポケモンはみんな元気になりました。それとこちらのトレーナーカードとジム挑戦資格証もお返しします」
「ありがとうございます」
セルピルはジョーイさんからポケモンが入ったモンスターボールと二枚のカードを返却してもらい、ポーチにしまった。
「ちょっと聞きたいのだけど、セルピルさんはこれからタッシーマシティのジムに行くの?」
セルピルはジョーイさんの質問にうなずいて答えた。それを聞き、ジョーイさんは受付から少し首を伸ばしセルピルに耳打ちする。
「ナースの私が言ってはダメなんだけど、この町はジム戦前の特訓にはちょうどいい所よ。この町は温泉や医療研究のために病院が多くあって、人やポケモンのリハビリを兼ねたポケモンバトルがいつもやっているからバトルの経験を積めるわよ」
「どうしてそれが悪いことなんですか?リハビリになるならいいことでしょ」
ジョーイさんは少し困ったような表情で両手を小さく開いた。
「それがですね。アニヤ地方の人の気風なのかリハビリとかこつけてバトルに熱中しすぎて、またポケモンセンターや病院送りになる人もいるの」
そういい終えると、後ろの自動ドアが開き、一人の男性がオオタチを抱えて受付まで駆け込んだ。
「ジョーイさん、またお願いします」
「今日で三回目ですよ。もう今回までですからね」
セルピルは、目の前の男性のようにはならないようにしようと思い、そそくさとポケモンセンターを出ていく。
エシリタウンはブッスシティほど大きくはないが、それに匹敵するほどの大きさを誇る町である。エシリタウンは大きく四つのエリアに分かれていて、ポケモンセンターを含めた病院等がある西側の医療エリア・町の大部分を占める東側の住宅エリア・南東の林地パークエリアそして南西の温泉エリアに分かれている。
セルピルは、パークエリアの一角でジム戦前のポケモンバトルをしていた。現在二戦目で一戦目はイワンのおかげで勝利できた。二戦目の相手はしわが弛んだ左腕にギブスを巻いた中年男性であった。男性はアリアドスを繰り出していた。
セルピルが出したのは相性がいいニチャモだった。しかし、バトルの情勢は相手のアリアドスのレベルが高いということもあって、相性の有利がうまく働かず拮抗していた。
「ナイトヘッド!」
アリアドスは、複眼から放出されるいくつもの幻をニチャモに魅せつける。ニチャモは形容しがたい幻から攻撃され、反撃をするがアリアドスには届かない。
「ニチャモ、私が指示する方向に向かってひのこを吐くのよ。ほらっ、左!」
セルピルの誘導した方向にひのこを放つと、アリアドスに命中した。しかし、ひのこ自体の威力が低くアリアドスに致命的なダメージを与えられず、そのままニチャモに向かってくる。
アリアドスは、ナイトヘッドの幻から未だ解き放たれないニチャモに向かってみだれひっかきを六度繰り返して攻撃する。
そのみだれひっかきがニチャモの体力を削り切り、ダウンした。セルピルは、それを見てニチャモに駆け寄り、抱き上げた。
「負けちゃったねニチャモ」
倒れたニチャモに労をねぎらって頭をなでる。初めての敗戦であったが、ハサンの言葉を思い返しこれも経験だと自分の中で納得した。するとニチャモは、右足で顔や腹部を掻き、抜け羽が多く落ちてきた。
「ニチャモ、今日は抜け羽が多いわね?大丈夫かな」
「ん?進化の兆しかな?」
「兆しですか?」
「俺のアリアドスも進化の少し前になった時は、脱皮したり糸の量が多かったりとしたからな。ポケモンセンターで特に何も言われなかったら君のアチャモもそのはずだしな」
おじさんの言う通り、ポケモンセンターでは、ジョーイさんはなにも言わなかった。だったら健康であると思われたが、こう抜け羽が多いとバトルに支障が出てしまうのではないかと思ってしまう。
「う~ん。じゃあ今日はニチャモはバトルはさせないほうが良いのかな?」
ニチャモが残念がりそうに俯くと、おじさんが手を横に振って否定する。
「それは、体調によるな。俺のアリアドスはバトルの最中に進化したからな。思わずうれしくなってしまって、うっかり転んでこの通り腕の骨にひびが入ってしまったが」
そんな理由で、怪我をしたことにあきれてしまったが、とりあえずニチャモはしばらくバトルには出さないようにしようと考え、次の対戦相手を探し始める。
「あっら、皆様ポケモンバトルはやめましょう!」
突如として公園内に拡声器を通しても聞こえるような芝居のようなに良く通る声が聞こえ、全員が声のもとを振り向いた。
そこには、なんとブッスシティのブッスモールにいたあのフリーという団体にいた女性だった。服装は相変わらずのあのけばけばしいジャケットを羽織った服装であったが、数日前に聞いたキンキン声とは驚くほど異なる声質だったため全く気付かなかった。
「こちらにおられますのは、我らフリーの師資……ではなく司教ステンノー同翼でございます。司教のお言葉をどうかご清聴ください」
「ご紹介にあずかりました。ステンノー司教でございます。さて、なぜ皆様はポケモンバトルをされるのでしょうか?自身の向上?経験?」
あまりステンノーに良くない印象を持っていたセルピルはニチャモを抱えて、突然の乱入で興が覚めてしまった人たちとともに公園の出口へと流れていく。それでも、ステンノーの声は、公園の入り口付近になってもよく聞こえてきて辟易する。振り向くと十人ほどの人がステンノーの話を立ち聞きしていて、よく聞いてられるなと感じた。
「――ですから。ポケモンバトルはポケモンたちにとって不幸にさせます。だって痛いのは皆様も嫌でしょう。こうしてこの町の病院に来ているのはその怪我を治すために来ているではありませんか。ポケモンに痛い思いをさせるのはどうしてですか?」
公園から出てこれからどうしようと考えてた時、自分の体がたっぷりの大粒の汗をかいていた。そこでジョーイさんが言っていた温泉という単語を思い出しそこに行ってみようと温泉エリアに向かう。
旅といったら温泉。そこから見える景色や濁った黄色や白濁のお湯に包まれて温まれる快感と流される汗。そして温泉の背後に書かれている効能という単語。うちみ・リウマチとかよくわからない言葉が並べられるが、入っただけで健康になれそうな感じをセルピルは好んだ。それがポケモンにも効くならなおさらだ。
アニヤ地方の温泉は、カントー地方のように裸で入ることはなく。基本的には水着を着用して浴槽用サンダルを穿いて入浴するのが基本だ。
セルピルは、そんな温泉街の一角にある伝統的な石造りの風呂屋に入る。入浴用水着を持っていなかったためレンタルすることになったが、アニヤ地方の入湯料は非常に安くタオルも無料で貸してくれるためそこまで痛い出費ではなかった。セルピルが、この温泉に決めたきっかけは、表の看板に『ポケモンとの入浴可』という触れ込みにひかれたからだ。ポケモンも入れるなら、ニチャモの抜け羽が減るかもしれないと思ったからだ。先に料金を払った後、番台のおばさんにそのことを尋ねた。
「すみません。ポケモンと一緒に入浴できると書いてあったのですが、私のアチャモはお風呂に入れますか?」
セルピルが、番台にニチャモを見せると、少し高いところにある受付台から番台は身を乗り出して老眼鏡を手で前に動かして確認した。確認した後、番台は枯れた声で質問に答え始めた。
「あ~ん。アチャモだね。なら、冷水をかけなきゃたぶん大丈夫だよ。ヒトカゲだったらだめだけどな。火が消えちまったら大変だからね」
だが、セルピルは多分という言葉を聞いて半信半疑だった。今のニチャモは進化前で不安定な状態だ。せっかく調子をよくするために温泉に入れようとしたのに、逆に体調が悪くなったらそっちのほうが大変だ。
「私のアチャモ、今調子がよくなくて。もしお風呂が合わなくて調子が悪かったら――」
「心配なら、砂風呂があるよ。砂風呂なら炎タイプでも問題ないし。砂を落とすときに使う熱いお湯をかける程度じゃなんともないよ。ちゃんと乾かすしね」
そういうと、番台は少し不機嫌にセルピルにロッカーのカギとタオルと水着を押し付けて戻っていく。
ロッカーに荷物と服を入れて水着に着替える。水着はセパレートタイプで色彩はあまり好みではなかったが、レンタル品なので仕方がないと割り切ってお風呂への扉を開く。
熱いお湯から、湯気が湧き出るお風呂がもう目の前にあり、温泉客やポケモンがお風呂の中で泳いだりつかったりとしている。セルピルは先に、ニチャモを砂風呂に入れさせるために砂風呂用の部屋に入る。
砂風呂部屋では、イシツブテといった岩ポケモンや大きいのでサイホーンといった水が苦手なポケモンが砂の中に潜っていた。その近くでは人間の温泉客も砂風呂に入っている。その入り口では、腰の曲がった頭がバーコードの初老の男性が手もみして迎えた。
「すみません。私のポケモンを預かってください」
「はいはい。では、こちらの札を渡しておきますので、戻ってくるときに札をお渡しください」
「ニチャモ、砂風呂ゆっくりと楽しんできてね」
ニチャモを砂風呂担当の人に預けた後、セルピルは桶でお湯を浴びて温泉に入る。初めての旅の温泉の最初の感想はたったの一言だった。――この風呂深い!
セルピルは知らなかったが、アニヤ地方の温泉の深水が深くセルピルのような子供だとなおさら深く感じる。あわや温泉で溺れかけるという状況に見舞われたが、幸いにもお風呂の中にいた他の温泉客のマリルが助けてくれた。まさか、ポケモンよりも自分がお風呂で危ない目に合うとは思わなかったとマリルのしっぽの浮袋に掴りながらふけっていた。
だが、温泉自体は良いものだった。白濁の濁った色に微かな硫黄のにおいが立ち込め温度も少し熱めと満足する具合だ。ただ風呂の深さが浅かったらというのが心残りである。
「あっら?そこにいらっしゃいますのは。この間のイワンコを連れたお嬢さんではありませんか?」
嫌でも思い出される、浴場に響くキンキン声の高音が聞こえたと振り向くと、やはりというかステンノーがセルピルに向かって泳いできた。マリルのしっぽにつかまっていてあまり身動きが取れないセルピルは、ステンノーに背後を取られてしまった。
「あっら、そのマリルはあなたのですか?」
「い、いえ違います。ちょっと事情があって」
すると、ステンノーは湯船で足を動かし理由を察した。
「あっらまぁ。仕方ありませんわ。温泉は子供の背丈では足がとどきませんもの」
ステンノーは独り言を言っているつもりだが、そのキンキン声は浴場内によく響き、他のお客さんに聞かれるほどであり、もう恥ずかしくていっそのこと温泉に沈みたい気持ちだった。
「ところで、あなたはエシリタウンの由来をご存知かしら」
髪をタオルで巻き、湯気で曇らないように眼鏡を外しているのに眼鏡をひょいと持ち上げるしぐさをしたステンノーは、セルピルの返事を待たずにしゃべり続ける。
「それはですね。エシリとは緑の意味ですの。緑とは、草木だけでないのをご存知?共存という意味合いもあるのですのよ。ポケモンの生態系を最も崩さず人間との共存が一番できている町として緑を町の名前やシンボルとして掲げてますのよ。ホホホなんと素晴らしい町でしょう」
セルピルは、そんな話などどうでもよく正直早く離れたかった。だが、マリルが未だ浮上してこないし、湯船の中でマリルに伝える芸当さえできないのだから、いつまでも湯船の外へ移動できない。
「でも、ひとつだけこの町は残念でならないことがございますの。ご存知?あっらでは説明いたしますわ。なんとこの町の住人や患者たちはリハビリと称してポケモンバトルをするのですのよ。許されない行為ですわ。治療や平和に過ごされているポケモンたちをバトルだなんて危険で野蛮なものに無理やり従事させられるなんて。ですので、私たちフリーがかわいそうなポケモンたちや人々を救おうとこの町で布教しておりますの。どう、あなたもお話をもう少し詳しく聞きたくありませんか?でしたら」
長い長いマシンガントークを聞かされたが、ようやくマリルが浮上してきて、セルピルはマリルに湯船のふちに移動してと伝えてようやくステンノーの手から脱出できた。
せっかくの温泉を邪魔されたセルピルだが、あのステンノーがいる限りこのお湯屋でまた追いかけてくるかもしれないと考え、ニチャモを受け取りに砂風呂の部屋に入る。
満足いくまで楽しめなかったセルピルとは対照的にニチャモは砂風呂を楽しめたそうだ。だが、砂風呂の人から抜け羽のことを迷惑ではないと一言添えられて言われた。やはり、進化するまで治らないものとみなすしかなかった。
後編へ続く