『はい、お待たせセピ。アタシ、今休憩中だけどなにかあった?』
電話のコールが長引いた後、ようやく電話に出たレイは声からして疲れている様子だった。
「レイ、実は昨日ね。借りているニチャモが進化しちゃって、ごめん。ニチャモの進化の前兆があったのに電話しなくって」
セルピルは、ニチャモの進化したことに対して謝罪した。進化の予兆があってもすぐに進化しないだろうと高を括り明日のうちに電話して相談しようと考えていた。しかし、昨日のアリーのストライクとのバトルで、ニチャモが進化してしまいセルピルはうれしさと興奮で進化した後のことなどすっかり忘れてしまっていた。
昨日ポケモンセンターに戻った後や、翌日の朝一番に電話をかけたが一向にレイにつながらず焦っていたころにようやくレイの方から電話が掛かってきてホッとしていた。
『な~んだそんなことか。平気平気。進化させちゃったのなら仕方がないよ』
厳しい返事がくると思って身構えていたが、親友のあっけらかんとした返事にセルピルは未だ不安だった。
「いやでも、レイの牧場から借りているのに勝手に進化させてしまったんだけど……」
『いいのいいの。だって――はい!はい!今行く!ごめんセピ。ママが呼んでいるから切るね。じゃ、ジム戦頑張って』
親友からの電話が切られ、後にはポケナビツーから流れるツッーツッーという音が残った。
「やっと電話が終わったみたいねおチビちゃん。さあ、さっさとバトル始めましょう」
セルピルの位置から五メートルほど離れた所にあるバトルポジションには、ヒールが五センチぐらいのハイヒールを履き、ネイルにつけまつげといった少し濃い化粧を施した大人のお姉さんのミキがセルピルを蔑むかのような目つきで、モンスターボールを手の上で何度も上に投げている。
セルピルが、ポケナビツーをポーチにしまうのを見てミキはモンスターボールを投げ、ピッピを繰り出した。
昨日の出来事があって一夜明けた後も、セルピルはポケモンバトルをしていた。あのオリント地方の人の言葉が頭に残っていたが、どれだけ考えてもセルピルには答えが出なかった。エシリタウンから出発した後、セルピルは次のタッシーマシティのジム戦だけを考え、バトルの経験を積むために自らバトルを挑んていた。
セルピルは昨日の出来事を振り払うかのように、今対戦しようとしているミキを含めて出発してから一時間半も経っていないのに三人もトレーナーとバトルをしていた。そんな年端もいかない女の子の方からポケモンバトルを挑まれて、ミキは生意気な奴だと見ていたのだ。
「いってゴトラ」
セルピルがモンスターボールを投げ、フィールドにゴトラが姿を現す。ゴトラを選んだのは相性の関係で選んだ。ピッピは少し前まではノーマルタイプと表記されていたが、近年発行されたものにはフェアリータイプとされていて、その弱点が鋼タイプと知っていたからだ。セルピルはすでにカントー地方のポケモンを全て暗記していた。
「ふ~ん。ココドラね。小賢しい子。ピッちゃんうたう!」
ミキの命令を受けて、ピッピが歌い始める。ピッピの歌声がゴトラとセルピルに聞こえてくると、ゴトラは地面に穴を少しだけ掘り、頭を掘った穴に突っ込んで地面の土で耳を塞いでうたう攻撃を回避した。セルピルも、自分が寝てしまわないように耳を塞いで同じく回避する。
「ゴトラ、そのままピッピに突っ込んでアイアンヘッドよ!」
ゴトラは掘った小さな穴に向かって小さな鋼鉄の前足で塹壕を掘るかのように地面を掘り進める。ココドラはあなをほる技を使えないが、元々生息場所が山奥であり好物の鉄を得るために岩肌を掘る習性があるため、ゴトラも疑似的なあなをほるが使える。
掘られていく土がゴトラの耳のまわりを塞ぎそれがピッピのうたうを防いでくれる。そして穴を掘り進め、ゴトラの攻撃範囲内までにたどり着くと穴から飛び出し、ゴトラは意識を頭に集中させて落下しながらアイアンヘッドを叩きつける。
アイアンヘッドはピッピに命中し、弱点である鋼技の大ダメージが与えられた。もう一度アイアンヘッドを繰り出すために、ゴトラは再び意識を集中させアイアンヘッドを放つ準備をする。
「ピッちゃん、あの生意気なココドラにパンチを食らわせなさい!」
ピッピは、拳をつくってゴトラに殴り掛かるゴトラは、自分の鋼の体にピッピのパンチが効くものかと身構えなかった。だがその油断が仇となった。次の瞬間ピッピの拳が燃え上がりその勢いのままゴトラにほのおのパンチを食らわせた。
「ゴトラ!?」
まさかピッピが炎技を出すなんて思わず、鼓動が早まり焦りが出始める。セルピルはアロマの匂いがついたハンカチを取り出し、それを嗅ぎ落ち着こうとする。心臓の鼓動が少し収まったとき、セルピルはゴトラに命令する。
「かたくなるよ」
ゴトラは、四本の足を跪かせ、全身を強固にさせる。これでまたほのおのパンチを繰り出されてもそこまでダメージは与えられないはずだと。そのとき、ピッピの指が小さく振られる動きを見逃さなかったセルピルは、ゆびをふる攻撃を仕掛けてくると判断し、すかさずゴトラに指令を飛ばす。
「ゴトラ、ピッピの攻撃が来る前に、アイアンヘッド」
だが、ゴトラはセルピルの命令と異なり再びかたくなるを使った。もう一度アイアンヘッドと言っても、ゴトラはまたかたくなるを使った。
「どうして?!なんでかたくなるをつかうの?」
「コ、ココッ!?」
だが、ゴトラの表情は、以前のスヨルタウンで見た命令を無視するものではなく、自分でもわからないという顔だった。
両者の困惑している表情を見てたまらず、ミキは声高に説明する。
「ピッちゃんのアンコールよ!!アンコールが続く限り、おチビちゃんのココドラはずっとかたくなるしかできないの。そしてそれを逃さず、シャドーボール!」
ピッピは両手を上げ、指を二本伸ばすと黒い影の塊を指の先に形成させ、それをゴトラに連続してぶつける。元々の特殊防御が低く、かたくなるでは物理防御しか上がらないゴトラではシャドーボールは大ダメージとなった。
「ゴトラ、はやくアンコールの呪縛から抜け出して!」
だが、アンコールの効果はまだ続き、ゴトラはかたくなるをし続ける。その間にもピッピはシャドーボールを打ち続ける。
「早く!がんせきふうじでもいいから!!」
その言葉が届いたのか、あるいはちょうどよくアンコールの効果が終わったのかゴトラは目と鼻の先に小さな石を集めて岩石を形成させ、それを自慢の鉄頭で叩きつけ、岩石がピッピに向かって降り注ぐ。
流石のように降り注ぐがんせきふうじは、ピッピのシャドーボールを放たさせるのを止めさせる。そして避けきれずに降り注ぐ岩石にぶつかってしまう。
「ピッちゃん!?」
この隙を逃さなかったゴトラは、セルピルがアイアンヘッドを言い切る前にピッピに突撃して、とどめを刺す。
ゴトラのアイアンヘッドを食らったピッピは地面に伏して起き上がらない。
「ピッちゃんごめんね。大丈夫?」
ミキはピッピを介抱し、いいきずぐすりをふりかけて傷を治してく。そしてミキはピッピを抱えてセルピルの元へ歩きだし面と向かう。
「私に挑んできたのは、まだ癪に障るけど。一応礼儀はしっかりしないとね」
ミキはピッピを抱えている方と反対の手を出して握手を求めた。セルピルもそれに応えてミキと握手する。その時セルピルに昨日のことが頭の中によみがえってきた。そして小さい声でミキに尋ねた。
「あの。バトルをしてどうしてお礼の言うのですか」
その言葉を聞いたミキはあきれた表情で言い返す。
「はぁ?自分から挑んで来てなにそれ?ホント生意気。そんなの当り前だからに決まっているじゃない」
そしてミキは停めてあった原動機付自転車の前かごにピッピを乗せて、そのままエシリタウン方面へと走り出した。
その姿を見送ったセルピルはゴトラをボールに戻した後、自転車に乗り舗装されたアスファルト道路へ乗り上げてタッシーマシティへ向かう。
セルピルが走っている二番道路は、一番道路とほとんど変わらない土と岩ばかりの場所であるが、一番道路と異なるのは線路がないことと走っている車がトラックばかりだということだ。一番道路よりも殺風景な二番道路には、あまり休憩所でたむろしている人がいないことが多く、風も今日は少し強く目に砂が入ってくると厳しいところであった。
だが、目に砂が入ろうともセルピルの疑念は振り払われない。ポケモンバトルはお礼をいうほどのものなのか、それとも野蛮なことなのか。確かに相手が大事にしているポケモンをトレーナーの指示でそうさせているのは、ひどいことかもしれない。けれど、セロやミキのように大事なポケモンを傷つけられても感謝している。
この矛盾をセルピルは解きほぐせないまま、漕ぎ続けると大型トラックが駐車場に停まっている休憩所を見つけ、トレーナーがいるだろうと判断して分岐を左折して休憩所に入る。
自転車を休憩小屋の傍に停めたセルピルは、頭のもやもやを早く振り払いたく目に砂が入ったこともあって少し目を血走らせてトレーナーを探してみる。すると、休憩小屋の中に髪の長いきれいな手をした大人の人を見つけた。都合よく、その人の傍にはモンスターボールがあり、間違いなくトレーナーだとわかった。
「これで四連続大人のお姉さんか」
セルピルがぽつりとつぶやき、ドアノブを回して休憩所に入る。
「すみませんお姉さん。いきなりですが、バトルしてもらえませんか!」
入った途端にバトルを申し込んだセルピル。自分自身失礼だと思いながらもとにかくこの頭のもやもやをバトルをして払いたかったのだ。もやもやの原因がバトルなのだが、それをしている最中が最もそれを忘れられるのだ。
「あら、私をお姉さんだなんていい子ね。うふっ」
返ってきた声は、柔らかいものであったが、声質が女性のもではなかった。それは、男性が無理やり高音で話しているかのようなしゃべり方だった。向こうを向いていたその人はこちらを振り向いた。
振り返ったその人は、いい香りの香水でも振りかけているのかそれがセルピルの鼻をくすぐる。そして短パンから出ている脚や腕は日焼けしているものの均一さと見事な毛の処理を施していて綺麗だった。またその人の髪の毛は、太陽の光に反射してくせ毛の一本もないような艶やかな毛だった。そしてその顔は、丸い顔の男の顔だった。
そしてその人が髪の毛に触れたとたんに、その艶やかな髪の毛がずるりと全部落ちてしまった。その髪の毛は、カツラだった。そしてカツラを脱いだその人の姿は、まごうことなき男の人だった。
「あら、こんなかわいい女の子が相手になるだなんて。あたしうれしい」
そのソプラノにも満たない裏声から紡ぎだされる女口調にセルピルは全身に寒気が襲った。まさかバトルを申し込んだ相手が大人のお姉さんではなく、オカマのオネエさんだったとは思わなかったのだ。
「でも、外は今砂ぼこりが舞っているでしょう。こんな中でバトルしたらお肌に悪いわ」
そのオネエさんは、立ち上がりなよなよとした口調で頬に両手を添えて、窓の外を見てそう言うが、セルピルが見たのはその人の体格だった。ハサンさんよりは小柄であったがそれでも一般の人からすれば、百七十後半から百八十はある身長とおなか周りが少し肥えた体型の人だった。
そしてオネエさんがセルピルの方を向くと、何かに気付いたかのようでセルピルの肩をがっちりとつかんだ。その時、セルピルはこの人のつけている香水にどこかで嗅いだことのある匂いだと気づいた。
「やだっ、あなた目が血走っているじゃない!?だめよーだめだめ。いくら年若くても女の子なんだから体は大事にしなくちゃ。きっと目に砂ぼこりが入ったのね。かわいそうに、近くのポケモンセンターへ行ってちょっと休みましょう」
そういうと、オネエさんは早業でセルピルを抱きかかえて休憩小屋の外に出た。突然のことにセルピルは抵抗もできず、落ち着かせようにも腕が体の間に挟まれてポケットに入れてあるハンカチに手が届かず混乱するばかりだった。
「えっちょっと。な、なにするんですか!?」
「ごめんなさいね。でもこうすれば目に砂が入らないの。大丈夫あたしのトラックに乗るまでの辛抱だから。あら、これあなたの自転車?トラックに載せてあげるわ」
こうしてセルピルはオネエさんに抱えられながら、駐車場に止められていたトラックに乗せられた後、ものの数分もしないうちに出発してしまった。期限まであと四十八日。