体が大きく揺れた。セルピルは地震かと思い目を開けてみると、自分の体が重力に逆らって浮いていた。耳の傍でうなり声が聞こえて足元を見てみると、進化したイワンの赤い体毛が見えていた。
セルピルは察した。自分がイワンの顎で持ち上げられていること。そして持ち上げている服が体を支えられずにズルズルと下がり肌を露出していることも。
「イワン!起きたから放して、放して!見えちゃうから!?」
「何?どうしたの?」
「見ないで!!」
セロが寝ぼけながら下を見下ろすのを寸でのところで食い止めて、イワンに床へ降ろしてもらった。イワンが新しい目覚まし方法を覚えたとこで、とりあえず寝坊という事態はなくなったものの男子に肌を見られる事態を何とかしなければと考えた。
そんなセルピルたちの部屋での一幕もあったが、乗務員の方でも騒動があった。今朝方セルピルたちのいる十一号客車の当直の乗務員が寝過ごしてしまい、この客車だけ電気がつくのが遅れてしまいお詫びの放送が流れていた。
食堂車までは七両も先にあるため朝食は車内販売から購入することになった。車内販売で朝食を購入したとき十一号車のお客へのお詫びとして無料でドリンクが配られたので、ラッキーだった。
セルピルが選んだのはオムライスだった。あっさり目のチキンライスと上に乗ったしっかりと焼いた卵はなかなかの美味しさだった。セロは、おにぎりと卵焼きがついた朝食を博士は塩漬けのリンドの実とゆで卵とチーズを挟んだコッペパン型のサンドイッチだった。
朝食をある程度済ませた後、博士がセロにモンスターボール三つとセルピルが持っているポケナビツーを見せた。
「さあセロ君。推薦者の権利として、三匹の中から一匹だけポケモンを選んでね。それと、これはわたくしから個人的な贈り物。ポケナビツーよ」
ポケモン協会から推薦が受理された人は、その特権としてポケモン協会が選出したポケモン三匹の中から一匹だけ選べる権利が与えられるのだ。そのポケモンは、初心者でも扱いやすく、火・水・草の三つの異なるタイプのポケモンであるのが通例だ。
博士が提示したモンスターボールは通例通り三つ並べられていた。博士の説明によると、今回選出されたポケモンはイッシュ地方からのポケモンで構成されているようだ。
「イッシュ地方となると、ツタージャかミジュマルかポカブか」
セロはう~んとうなり、これは長考になると思われたが、あっさりとセロはボールを手にした。ボールを手にするとセロは、ボールの開閉スイッチを押して選んだポケモンを出した。
ポケモンは、緑色の細長い体に大きな葉のようなしっぽがあるツタージャだった。
「僕の直感で、ツタージャにしました!」
セロは自慢げに鼻息を鳴らしてツタージャを抱きしめて、すぐにニックネームとしてツっちとつけた。だが、そのニックネームを呼ばれたツタージャは少し不満げな様子を見せていた。
「これで、わたくしの新人トレーナーを送る役割は終わったのだけど、これからやらないといけないことがあと数時間後に迫ってきているわ」
「それで博士、ジムリーダーのグアバさんはヴァディタウンのどこにいるのですか?」
セルピルが尋ねると、博士は少し顔をしかめもったいぶったように口を開く。
「ヴァディタウンにあるポケテウームというところよ。一言で言うなら――墓地ね」
墓場という単語を聞いて、セルピルは背筋が冷たい氷が入れられたかのようにぞくりと冷えた。
「ジムリーダーのグアバはね。いつもこの時期に休暇を取ってポケテウームの礼拝堂で修行するのだけど。昨日ジムリーダー本人からジムに連絡があって、救援を求めたそうなの。ポケモン協会は、ジムリーダーでさえ手こずる危機だから、ヴァディタウンからすぐ向かえる関係者であるわたくしに連絡が来たの」
博士は、ポケモン協会の無茶ぶりに迷惑そうな表情をしていた。
セルピルは冷房が入っているにもかかわらず冷い汗をかいている一方、セロは全く動揺している表情が見られなかった。その余裕そうな表情を見て博士が尋ねると、セロはニカッと白い歯を見せて答えた。
「だって、墓場にいるといっても出るのはポケモンでしょ。だったら怖くないよ」
セロがそう言ったので、セルピルはそうだ出るのはポケモンなんだと自分に言い聞かせたが、背中の冷汗はまだ止まらなかった。
そして列車は、午前九時二十分にヴァディタウン駅に到着した。降りたったヴァディタウン駅は、小さな駅舎がポツンと立ちあとは侵入防止の柵がずらっと一直線に並び、跨線橋がホームをまたいでいるだけと寂しげな駅だった。
駅舎から出ると、一台の車が停まっていて、その前に数人の男性が誰かを待っているかのように腕時計を何度も見ていた。その人たちが博士の姿を見るや否やすぐに三人を車に乗せて発進させた。彼らは博士をヴァディタウンへ送るために待機していた人たちだったのだ。
駅から離れて十五分もしなうちにヴァディタウンと書かれたゲートと建物が見えてきたが、その奥では町の両脇を崖が挟み込んでいた。
ヴァディタウンは谷間につくられた町であり、かつては谷間から吹く風で風車を回して小麦を引いてたり農業が盛んであったが、現在は機械化の影響により風車は観光名所として利用できるものしか残っていない。
町の中に入ると、人々の往来はなく建物の壁は何か強い力で殴られたかのようにへこみ、窓は割られて木の板で補強がされていた。店のシャッターはあちこちへこんでいて近くの木箱だったものは粉々に砕かれて放置されてゴーストタウンを思わせるほど荒廃の様相を呈していた。
一軒の庁舎の前で車は停車した。男たちに案内されて、乾いた木製の扉を開けてエントランスに入り、二階の町長室に誘導された。
町長室には、執務机に座った四十台前後ぐらいの若い男性と、その横に緑の三角帽子と同色のコートを羽織った男にリザードンの被り物とそれに合わせた靴としっぽをつけた男二人が立っていた。
町長が席から立ちあがり、待ってましたと言わんばかりの表情をつくると、博士の手を取った。
「お待ちしていました博士。そちらのお子さんは?」
「わたくしがお連れしました優秀なトレーナーです」
博士は誇らしげにそう言ったが、町長はやや訝しげにセルピルとセロを見たが、どこか致し方なしといった表情を見せていた。町長が横に立っている男二人を紹介するより先に二人がセルピルたちに話しかけてきた。
「どうも自分は風来坊のスレイマンだ。旅の途中で寄ったが義によって手助けすることにした」
「ばぁ~俺はこの町の住民のガリプ。人は俺を怪獣マニアっていうが、怪獣マニアじゃなくて怪獣グループのポケモンが好きなだけだからな!」
セルピルは、ガリプがあいさつするとやや引き気味に自己紹介をした。セルピルの目からしても、コスプレをしているガリプの姿は怪獣マニアがどうこうでなく奇怪に見えた。
「よ、よろしくです。私セルピルです」
「僕、セロです。よろしくです!」
一方のセロは、ガリプの格好を気にしていなのか躊躇なくガリプとスレイマンの手を握った。
「他の町の人は、おびえてしまっていて一人でも戦力が欲しいのですが……ところで博士、この子たちにはあそこの話はしましたか?」
「大方話しております町長。もしかしたらうちのセルピルがこの騒動の原因を突き止めるかもしれませんよ」
町長は少しだけ片眉を上げたが、すぐに元に戻り執務室に座ると説明を始めた。
「では、あらかた人数も集まったところで改めて説明をしようか。昨日のことだ。突如ポケテウームからゴーストポケモンたちがこのヴァディタウンを襲い掛かってきたのだ。もちろんいたずらとかそんな生易しいものではなかった」
セルピルが生唾を飲み込みことの大きさに焦りの色が見え始める。町長はハンカチを取り出して一つ汗をふき取り話を続ける。
「ポケモンたちは、町の人たちやポケモンに攻撃したり、建物を破壊したりと被害は甚大でした。その時、帰る間際でしたグアバさんがポケモンたちをポケテウームまで押し戻して、今でもグアバさんがポケテウームに籠ったままだ」
「ポケモンたちが町に下りてきたのは今回が初めてですか?」
スレイマンが尋ねると、町長は首を振って部屋に飾られていた写真たてを一つ手に取った。
「ポケモンたちは時折この町に下りて来ますよ。小さないたずらもしていましたが、でもたいていは夜中に出歩く子供を驚かして家に帰したり、夜中にやってくる怪しい輩を追い払い、我々はそのお礼としてポケモンたちの住処であるポケテウームを掃除したりごはんを与えると共存関係を持っていました。この写真に写っているようにハロウィーンの時期には、シャンデラやゲンガーなどの普段町に下りてこないポケモンたちと仮装した町の人たちで盛り上がるほどだったな」
町長は、幽霊の仮装をした幼い自分とジュペッタが一緒に写っている写真を見て懐かしむ顔を見せていた。
「どうしてこんなことに……」
「町長さん僕たちに任せてくださいよ!絶対に町の平和もジムリーダーも救ってみせますから」
セロは町長に向かってそう言ったが、セルピルの目からしても町長は先ほどセルピルたちに見せた何も期待していない様子であった。セルピルは、先ほどからの町長の様子を感じ取っていて、セロの行動になにを飛び出して言っているんだと冷めた目で見ていた。
「とにかく、一刻も早くグアバさんを助け出して、ポケモンたちを大人しくさせて欲しい!」
警官二人に案内されて町の奥に来るとそこには、一面に墓石が広がっていた。墓石の前には色とりどりの花が植えられていて、もし天気がよければ墓場とは思えないほどの華やかな光景が広がっていたのだが、あいにくの夏の雲とは思えないほど濁った雲が空を覆っていて墓場の色合いが不気味な様相を呈していた。
墓場の奥には、家一軒分ほどの高さがある丘の上に石造りの礼拝堂が佇んでいた。礼拝堂の後ろには塔が一つ立っていた。
「ほ、ほんとに墓場だ……」
セルピルは実際に墓場に来て震えあがっていた。これが雲一つもない晴天なら平気だったかもしれないが、不気味な雲によって怪しく色ずく墓場に足上がすくんでいた。だが、警官たちに誘導されて大人たちが先に進んでしまいセルピルは置いてけぼりにされそうでその恐怖を増していく。
「セルピルほら、置いてかれるよ」
セロがセルピルの手を引っ張り、進ませる。セルピルは頭の中ではいかなければならないとわかっていても体が拒んでいたが、セロが手をつないでくれたため少しだけ安心感が芽生えていた。
墓地は整然と区分けされて、手入れも行き届いている様子であった。だが、よく見るとこの薄暗闇の中で点灯されるはずの街灯が破壊されていてやはりここもゴーストポケモンたちの襲撃があったようだ。
ふと、セルピルの後ろにぞくりと生暖かい風が背中を伝った。セルピルは、振り向いたら危険だと察して歩みを止めなかったが、正体がわからないという胸のつかえに息苦しくなる。
恐る恐る後ろを振り返ると、そこには赤い人魂に似た怪しく灯される光が髑髏のような仮面をつけてゆらゆらと動いていた。セルピルがそれに気づいた途端に、仮面は一気にセルピルに近づき鳴き声を発した。
「ヨワ~」
「いやー!!」
墓場に小動物が叫ぶにも似た声が響き渡る。セルピルは驚きで足を折りたたみしゃがんでしまった。
「ヨワワワ」
ヨマワルは、けらけらとセルピルが怖がっているのを見て笑っていた。その隙をついてセロがヨマワルに向けてボールを投げると、あたりがよかったのかすぐにゲットできた。
「ほらセルピルお化けはポケモンだったよ。怖いことないって、ヨマワルとかゴーストポケモンは驚かすのが好きなだけだって」
セルピルは反論したかったが、先ほどのことで声が出なかった。
すると、セルピルたちの回りに青い炎のような火の玉が浮かび上がりセルピルは身をすくめた。他の人はみなモンスターボールを手にしているを見て、自分もやらなければとポーチに手を伸ばす。
火の玉が変化すると、カゲボウズ・ゴース・ボクレーといったゴーストポケモンたちが十匹ほど姿を表した。いづれのゴーストポケモンも目が不気味に赤く光っていた。
「テッカニン!れんぞくぎり」
「サイドン!うちおとす」
スレイマンがテッカニンを、ガリプがサイドンを出すと攻撃を始める。警官二人はガーディを二体、セロはハーデリアを繰り出した。セルピルも続けてむーんを繰り出した。
テッカニンが残像しか残さないほど素早さでカゲボウズにれんぞくぎりを喰らわせてカゲボウズを打ち倒して、隣のポケモンを標的に収める。サイドンは破壊された桶の残骸や傍に転がっていた小石を浮遊しているボクレーに投げつけて撃ち落とす。
ガーディたちは、ゴースたちのナイトヘッド攻撃にひるまずにひのこを放ちダメージを与える。
「むーんしびれごな!」
むーんはセルピルの命令にやや遅れてしびれごなを相手のポケモンたちに向けて放出する。しびれごなを受けたポケモンたちは、浮遊できずにゆっくりと地面に下り体が硬直し始める。
しびれごなを避けた残りのポケモンたちはむーんに向かって黒い塊であるシャドーボールを放とうとするが、セロのハーデリアががみくだく攻撃を行い、シャドーボールを発射させるのを阻止させる。
テッカニンがゴースにれんぞくぎりをして戦闘不能にさせると、セルピルたちを襲うゴーストポケモンたちはいなくなった。
「同じです。私、ビィルタウンでナライ――いえナックラーが襲って来た時も目が赤く光ってました。おまけにさっきまで大人しかったポケモンが突如襲い掛かってきたのも」
博士も同じくビィルタウンで襲ってきたポケモンたちの目が赤かったことを話し、ゴーストポケモンたちが襲ってきた原因がビィルタウンの一件と酷似していることが浮上してきた。すると、ガリプがセロを指さして指摘した。
「セロのヨワマルは大丈夫か?もしかしたら襲いかかってくるかもしれないぞ」
たしかにその心配は最もだった。ビィルタウンの作業員たちのサンドも襲い掛かってきた事実もあるのだから、ヨマワルが襲い掛かってくる恐れもある。
「ビィルタウンでは、モンスターボールの中にいたポケモンはボールから出てきて襲ってくることはなかったですが、トレーナーのポケモンも襲い掛かってきたこともあったからボールから出さなければ大丈夫だと思われますわ。わたくしのパチリスもボールの中にいましたが襲ってくることはなかったですし。今のバトルで出したポケモンたちも念のためにボールに戻しておきましょう」
それを聞いて一斉にポケモンたちをボールに戻した。セロは小声で「ワマっちに道案内させてもらおうと思ったのに」とすでにニックネームをつけていたことに驚いたが、意外と考えがあってゲットしていたことにセルピルは少し感心していた。
そして警察官が、ポケモンたちをポケモンセンターに運ぶように応援を要請するために無線で連絡を始める。
「助けて~!!」
墓地のあたりにこの集団の者でない少年の声が墓場に響き渡った。セルピルは本物のお化けかとたじろぐと、セロが再びセルピルの手をつかんでこう言った。
「大丈夫。多分トレーナーだよ。お化けなんていないさ」
セルピルは不安ながらもセロの言うとおりについて行くしかなかった。そうでなければ精神を保ってられないからだ。
声のもとにたどり着くとセロの言う通り、たしかに同い年か一つ年下ぐらいの一組の男女が膝を抱えて震えていた。女子の方は、腰まであるロングの黒髪でワンピースを着ていて、もう一人の男子は、金髪を後ろに流して縁が太い眼鏡をかけていた。
「すみません。この礼拝堂に私たちのポケモンが入ってしまって」
「連れ戻そうとしたら、ゴーストポケモンたちが襲い掛かってくるし。どうしようもなくて……」
警察官たちがぼそぼそと話し、片方が首を横に振ると先輩と思われる警察官が二人に話しかけた。
「君たち見かけない顔だね?」
「僕ら、姉弟で旅に出ているんです。夏休みだから、姉ちゃんとあちこち旅に出てて見ようってこの町に来たんだけど……僕のメレシーがあの礼拝堂の中に入ってしまって」
男子は、ピクピクと小さく片眉をあげていた。セルピルは、ポケモンが勝手に逃げたしたことに怒っていたのだろうか。確かに逃げた先がこんな不気味な場所ならイラつくのはそうだろうと解釈した。
「僕らと一緒に行こうよ。僕らも礼拝堂に行くんだし、メレシーがさっきのポケモンたちに襲い掛かってきてたら本人のボールで戻さないと危ないし」
警官たちは少々渋ったが、博士やスレイマンたちも同意したため二人も同行することになった。女子の方はセヘル。男子はルトフィーと言った。
墓場を抜けて見上げた先にある礼拝堂は、遠くでは普通の大きさに見えた礼拝堂がかなりの巨大な建造物であったこともあり、濁った雲で怪しくそして威圧感があった。
「ここからが本番よ。ここがポケテウームの礼拝堂。かつては病院としても使われていたけど今はポケモンたちの住みかね」