ファトゥラシティのオフィス街の目抜き通りに地上三十階建ての大型ビルを構えるカタス社。夜も七時を回り、ほとんどのオフィスは照明が消えているがいくつかはまだ電気がついていた。電気がついているオフィスに顔を出したのはえらが張った四十代後半ぐらいの男だった。ポマードで髪をきちんと固め髭の一本も生やしていない清潔感のある風貌だが、高級そうなスーツとネクタイで身なりを整え威厳を損なわない様相だ。
男がオフィスに入り、近くで残業しているサラリーマンの肩をたたく。サラリーマンは、パソコンを見続けて目が少し虚ろになりながら叩いた人物を振り返るとかみなりの技を受けたかのように、目が冴えて椅子から立ち上がり深くお辞儀をする。
「社長!遅くまでお疲れ様です!」
その言葉を聞いた他の残業していたサラリーマンも全員席から立ち上がり深々とお辞儀して同じ言葉を発する。
「そこまでかしこまらなくてもよい。遅くまでいるのは君たちだろう。システム課はやはり残業がつきものかね」
社長のヘルメスは、肩をたたいた社員の机に置かれているエナジードリンクとコーヒーに目を配りその課の状況を察した。だが、社員はそれを否定するかのように答える。
「いえ、今日はたまたま残っている仕事があっただけですので」
だがそれは嘘であることは見抜いていた。他のオフィスデスクもやや差はあるが整理整頓ができてない。整理整頓する暇もないほどの激務なのが浮かばれるのだ。システム課は、カタス社が発売したばかりのポケナビツー関連のソフトを一手に引き受けているから残業に加えて激務にもなったのだろう。人員を増やすべきだと考える一方で彼らを今ねぎらうことも考えていた。
「まあ、金稼ぎだと考えてもいいじゃないか。私もそうやって残業を引き受けて給料を稼いだものだ。ところで、君たちは甘いものは好きか?」
社長直々の好意と気づき甘党でないものもうなずくしかなかった。それを見てヘルメスがオフィスから出て少ししたあと、二つのビニール袋を携えて帰ってきた。その中には甘ったるいことで有名なハートスイーツが入っていた。
「差し入れだ。私は仕事を手伝えれないが、これぐらいは社員にしてやらないとな」
そういって社長はオフィスから去っていく。甘いものが苦手な中年社員は好意を受け取ったが心の中では少し残念だなと思いながらビニール袋をあさると、その中には缶コーヒーが入っていた。ちょうどコーヒーが切らしていたので、さりげないサプライズでありがたかった。
ヘルメスはエレベーターを昇り社長室へと入っていく。広々とした社長室は、落ち着いた暖色系の照明で灯され水槽にはケイコウオが自由に動き回れるほどの大きさの水槽が飾られていた。絨毯で眠っているヘルガーの頭をなでると社長の机に置かれたパソコンの画面に目を移す。そこに映し出されているものを見て目を細める。
すると、静かな社長室に小さな物音が聞こえると、ヘルメスは動じずにポケットからクラッカーを二回鳴らす。鳴らした音が部屋の中に響いたと同時に二つの影が静かに姿を現す。
「ボス戻りました」
「戻りましたのですボス」
「うむ。任務ご苦労だったヘレネとポルック。ヴァディタウンではどのような成果を上げたのかね」
ポルックが脇に抱えていた報告書をヘルメスに渡すと、ヘルメスはそれを数分も経たずに読み終える。ヘルメスは怪訝な顔をして二人に問う。
「まず、セルピルという子供は白ということだが」
「申し訳ございません。重々に証拠と調査を調べた結果白だと判明しました。四日も監視しました結果がこのような結果に至りまして」
ヘレネが説明して二人は頭を下げたが、別にそこは問題ではなかった。元々ヘレネとポルックの主な任務は、カタス社及びフリー関連の会社に産業スパイなどがいないかの調査と監視なので、二人は慎重に調査と監視をして任務をこなしたのだと理解していた。
むしろ本命は、セルピルという子供がポケモン史学の権威であるミュケーナ博士と懇意にあるということで何か重要な情報があるのではとビィルタウン以後も監視や情報収集を強化させるようにヘルメスが仕向けていて、はなからセルピルには眼中になかった。問題は次の内容だった。
「それはまあいい、何もなければそれで良いのだ。だが問題は次だ。ニュースでは、まだ騒動が収まっただけと報道されていたが、ヴァディタウンの騒動にフリーが関わっているとあるがそれは事実か?」
それを問われると、ポルックは姿勢を正して弁明する。
「それにつきましては、まだ確信が持てません。今のところ証言だけですので、服装を見間違えたかあるいはフリーを騙る輩が変装した可能性もありますです。しかしながら、現場にいながら重大事件をこの目で目撃できなかったのは我々の不徳といたすところで」
「しかし、君たちはフリーの黒服というエリート部隊ではないか。なぜすぐに情報を引き出せないのかね」
それに意見するように、ヘレネが前に出て答える。
「何度も言いますが、我々はボス個人の直属部隊です。こちらに出向となったときもオリントの本社と同じ組織構造にしていますので、フリー本部とは直接的な関係が薄いのです」
「実際我々がオリント地方にいたときに顔を合わせたのは。ポケモンと同じ黒服のメンバーと上層部だけでした」
ボスがフリーの最高幹部でありそれに付随する黒服部隊は、実質フリー内部の人間とみなされていたとヘレネがフリーと黒服部隊の関係性を説明して、意思疎通がうまくいかない理由を説いた。
だが、アニヤ地方のフリーのボスであるヘルメスにも問題があった。ヘルメスがフリーに関心がなかったので組織図を把握せずに齟齬が生まれていた。いやそもそも関わろうともしなかった。
勝負事が好きなアニヤ地方にとってフリーはうるさくて怪しい宗教団体としてしか見られない。加えてフリーの傘下にある専門紙『ポケモン自由新聞』も強引な取材と露骨な内容で嫌われている。フリーの支持者は増やしているものの、もしカタス社が評判の悪いフリーとの関係性を知られては利益の悪化につながることをヘルメスは恐れていて距離を取っていた。幸い支社ながらも経営の独立性があることを活かしてヘルメスの指示でアニヤ支社はフリーと密接に関わらなかった。
しかし本社はフリーと表には出していないが密接に関係を持っていて、たまに本社がフリーに関係する命令書を送ってくるので苦悩している。綿の城の調査やビィルタウンでの遺跡調査資料の入手もその一環だった。
フリーが積極的に行動させないようにするためにヘルメスは、皮肉にも積極的にフリーの黒服を使っていった。フリーの裏部隊にして一応アニヤ地方のフリーのボスであるヘルメスの直属の部隊であるため、決してマスコミなどによって表に出てくることはなく安心して使える部隊だった。
「とにかく、これはアニヤだけでなく、オリントのフリー本部にも送らなければならない事案だな。やれやれ面倒が増えるこっちは社長との兼務もしているというのに」
それを聞いて双子はムッとした表情をする。
「それはオリント本部も同じです。オリントにおられますボスは、社長業も兼務しながらフリーの支援活動や我々やポケモンたちを教化していただきました」
それは暗にヘルメスが消極的でありフリーの活動を支援していないという、ある意味反抗であった。双子にとって本当のボスは、本社の社長のみで、方針に逆らっているヘルメスに文句を言っているのだ。
「ふん。減らず口をたたく余裕があるなら、ほかにうちの会社の事業に関する情報でも話したらどうかね」
「そうですね。他には夕日の洞窟がしばらく入れないことですね。こちらは情報が回っていると思われますが、エシリタウンの温泉に問題はありませんでした。噴火直後に入ったので間違いありません」
「それとヴァディタウンでは入り口近くにあるお店にあるパンケーキが絶品で、これを会社の支配下に置けば」
「……仕事内容は君たちに一任するといったが遊び呆けるのは感心せんなぁ」
ヘルメスは、こめかみに怒りの四つ角を形成しつつあった。しかし、この二人が優秀なのは間違いない。アニヤ支社に出向してきた時に、実力を試してホウエン地方のデボンコーポレーションに数か月潜入させた際、ポケナビツーの販売拡大を狙っているなどの情報を手に入れると期待以上の成績を残した。
その帰りにフエン温泉に入っていたようで経費を切る羽目になったが必要経費だと割り切った。一応ヘルメスの秘書たちの出張費として切ってあるが、粉飾まがいであることは重々承知であった。それでも彼らを手放すのは手痛く、今後のアニヤ地方でのカタス社拡大には必要な存在であるのだ。
すると、パソコンの画面からピコンという音が鳴り目をそっちに向けて確認すると、厄介ごとが増えたようでヘルメスはマウスを操作してクリックする。
それと同時に水槽が横に動き数秒経つと水槽があった壁から一筋の光線が漏れ出した。そして壁が横にスライドすると、中からフリーの白の制服に羽が装飾されたジャケットを羽織ったステンノーの姿があった。
「あっら、社長。夜分遅く失礼します。ご挨拶に参りました。あっら黒服部隊もいらしたのですね」
ヘレネとポルックがステンノーの方を見て誰だろうと首をかしげる。ステンノーは司教という立場であるが、司教は次期幹部候補にして師資以下の団員たちを束ね布教する立場であり、幹部としか顔を合わせない双子が知ることがなかった。
ステンノーが眼鏡をくいっと上げて、持っていたタブレットを机に置き電源を入れると、そこに映し出された画面をヘルメスに見せた。
「先ほどお送りいたしました岩の旧市街の合同調査についての細かい調整をおこなうようにエウリュアレー総代から指示があり、参りました」
「民間人からずいぶん昇進と期待されているのだねステンノー君」
ステンノーは民間人から入り、直接団員を束ねるリーダーである師資、そして司教と短期間で昇進している異例の人物である。しかもヘルメスが消極的であるため、事実上のリーダーである総代から直々に命令が下されるという異例っぷりからヘルメスからしても一目置かれる存在なのだ。
ヘルメスがタブレットを動かして、画像を確認する。内容はアニヤ支部のフリーから来るメンバーの名前と写真が連ねていた。だが目の前にいる人物の写真も名前もなかった。
「おや、ステンノー君。君は同行しないのかね」
「あいにく、わたくしは司教という立場ですので布教がメインですからこれに関しては管轄外ですの。おまけに団員二人が精神異常を起こしているという報告もありまして見舞いにも行かなければなりませんし、なんでも白いベールを着た女性が追いかけてくるとかうめき声を上げているようでして」
ヘルメスはよくしゃべる女だと感じた。一人でペラペラとしゃべりだしたら止まらずしかもキンキン声の高音で話すものだから耳障りだ。よくこれでフリーの民間団員を増やせたものだと不思議がった。どうやら双子もステンノーの声に耐えきれなかったらしく、わざとらしくステンノーの間に入りヘルメスに話しかけた。
「ボス、合同調査とはどういうことですか」
「直属の部下である我々にも聞かせるのです」
先ほどまで文句を言っていたのに直属の部下とはと、やや呆れながらもステンノーが代わりにしゃべり始める前にヘルメスは答えた。
「本部から指令があってな。これまた綿の城と同じ遺跡調査だ。しかし知っての通り、あそこは難所もあるから黒服部隊も派遣するようにと通達があった」
「それに、ヘルメス社長が合同調査班の班長として同行なさいと総代からのメールに書かれていますわ」
やはり口をはさんだステンノーであったが、ヘレネとポルックはまさかヘルメスがフリーの活動に直接参加することを知って驚いていた。
「「本当なのですか!」」
「そんなに驚くものなのか。黒服部隊のボスは私だ。責任者が不在というのはなにかと都合が悪いということだ。その際君たち二人やほかの黒服部隊も連れていく予定だ」
それを聞いて、二人の目つきが仕事の目つきに変化する。
「それで、出発はいつなのですか?」
「いつなのですか?」
「二日後だ。すぐに準備したまえ。他の黒服にも連絡してある。情報処理第二課に行き岩の旧市街の情報を受け取ってこい」
情報処理第二課は、ポケナビツーなどの情報に関する分野を扱い主にGPSや通信といった管理を扱う部門でカタス社内で唯一黒服の存在を知っている課である。黒服が調査などの隠密活動を円滑にするために、情報の共有や監視する人物がどこにいるのか探るために黒服部隊と交流を持っていた。セルピルもGPS機能があるポケナビツーを所有していたため先回りや後を追うことができた。
重要機密満載な第二課は、ヘルメスが信頼を置く人物しか配属されず、配属された人たちは黒服部隊はヘルメスの秘密機関とのみとしか聞かれず緘口令を出していた。ただしフリーに情報処理第二課との情報を共有はしなかった。やはり、評判の悪いフリーに情報が洩れているとばれた時のリスクを恐れての配慮だった。余談だが、第一課はカタス社内の情報処理を扱っていて、そちらは黒服部隊の存在を知らない。
双子は同時に敬礼して、音もなくその姿を消す。
「そうだ、ステンノー君。この報告書を総代に渡してくれないか。ヴァディタウンでフリーがかかわっているとの情報が載ってあるんだ」
ヘルメスは、ヴァディタウンでの出来事が書かれたページをステンノーに見せた。ステンノーは眼鏡をくいっと上げて
「なんと、嘆かわしい。こんな偽情報に社長までも惑わされているのですの。昨日も二人の子供が我々がやったのだと言いふらされまして大変でしたの」
「あくまで可能性だ。可能性の芽はつぶさなければならない。信用あってのビジネス。コンプライアンスしての信頼だ。企業も宗教もそうやって得るものは違うが利益を得るのだ」
そういってヘルメスは、椅子から立ち上がり絨毯で丸まっていたヘルガーを連れてドアの前に立った。
「それでは私は帰宅して、合同調査の準備をするよ。ステンノー君、帰りは行きと同じ秘密のエレベーターで頼むよ」
そういって、ヘルメスは社長室から出ていく。フリーとの関係を伏せたいヘルメスは、フリーの人間が訪問する用に先ほどの水槽のあった壁にあるエレベーターで見つからないように行き来している。
ステンノーが報告書の一枚目をめくってみると、あるものが目につき、高音を伴う気味の悪い笑い声が社長室に木霊する。
「あっら、あっら。こういうことですの……フフフ」