鼻眼鏡を掛けて黒の法衣を着た老人が、祭壇の前に立つ。聖堂は、いくつか空席があるものの来客は司祭の方を一点に見ていた。背後からガラスを通して差し込む光が後光のように司祭を照らす。
「では本日は、聖書の朗読をいたしましょう。始まりに龍は戦いを求めていた。使いの者たちは、他の生きし物たちに被害が及ばぬように龍の塔を建設せしめた。塔が完成した日に龍たちは喜び休んだ」
司祭の朗読会にセルピルはつまらなそうに座って聞いていた。船から脱出してアニヤ地方の北にあるオリント地方のダーコスシティにたどり着くと、ワイスはリザードンに乗ったままセルピルの身柄をカエデに預けてどこかへ去っていった。
カエデは、セルピルをアニヤ地方に帰すようにポケモン協会と連絡を取るのと、ジムの挑戦者が来てきるためジムに戻らなければならなかった。ここの聖堂は、地下にポケモンジムも併設しているようで、ファトゥラジムと似たような構造だった。
セルピルの周囲にはジムトレーナーが安全のために護衛についていて身の安全は確保されているので暇つぶしがてらに朗読会を聞いて行こうとするが、どうも話が入ってこれずセルピルはものの数分で飽き始めてきた。
「お嬢さん、退屈そうですな」
セルピルに声をかけて来たのは、紳士服を着てパナマ帽を被った初老の男性だった。セルピルが気付かないうちに隣に座って話しかけられたので、セルピルは思わず身を屈めた。
「若い人がここに来るのが珍しくて思わず声をかけましてね。申し遅れた私はアレスいう者だ」
たしかに、この教会に来ている人の大半は中年や老人ばかりで、若い人はおそらく親に連れられてきただろうセルピルよりも小さい子供だけだった。
「ちょっと、暇つぶしに聞いていたのですが、どうも理解しにくくて」
「まあ、昔話ですからね。わかりにくい言葉も多く。特に今日の朗読会はこの街に馴染みのない人ならわかりにくいでしょう。少しこの私が解説を交えながらしましょうか?」
セルピルは、わからない話を聞き流すよりましだとアレスの解説を交えながら朗読会を聞くことにした。
ダーコスシティは、かつてドラゴンタイプのポケモンが降り立つ聖地であり、そこに降り立つドラゴンポケモンは総じて喧嘩っ早いポケモンたちばかりだった。人々は町やポケモンたちに被害が及ばないように龍の塔を建てそこでドラゴンポケモンたちを戦わせた。
そのうちに、人々もドラゴンポケモンを使いあるいは他のポケモンたちと一緒にバトルするようになり、同じ相手ばかりのバトルに飽きていたドラゴンポケモンは大層満足してダーコスシティの人々やポケモンに豊かな土地と富を与えたというのだ。
今でも、その戦いの場である龍の塔――ドラゴンタワーが残っていて、街のあちこちにはドラゴンポケモンたちが戦う姿を模した彫刻が大通り沿いにあるのだという。
「そして、ダーコスシティの人々はオリントを統一した王に忠誠を誓ったというわけだ。どうだい、だいぶ理解できたかな」
たしかに、この男性の解説はわかりやすかったが、話の感想としてはどうも面白みに欠ける内容だったというのが素直な気持ちだ。男の子が好きそうな英雄譚でもなく、なんだか子供に読み聞かせるような子供だましな内容だった。
「ありがとうございます。とても分かりやすかったです」
だが、せっかく解説してくれたアレスにお礼を言うセルピルだった。すると、セルピルを見張っていたジムトレーナーのコリンズが近づき、少し話があるといってきたのでセルピルは席を立った。
コリンズに側廊にまで連れてこられると、そこにいたもう一人のジムトレーナーのパラゴスは困った様子をしていた。
「どうしたのですか?」
「それがですね。地下のジムにいるカエデさんから連絡がありまして、セルピルさんを中央都市を通ってアニヤ地方に帰すのが無理みたいなんですよ」
「えっ!?じゃあ、アニヤ地方に帰れないってことですか!!」
二人は指を立てて静かにというサインを出し、セルピルは慌てて口を手でふさいだ。
「声が大きいです。まだ、セルピルさんを狙う奴らが潜んでいるかもしれないんですよ」
自分はまだ狙われているということに、セルピルはもう安全だと心のどこかで安心していたのだ。
「まだ、他の方法があります。それで、セルピルさんを帰せるか検討中ですので……」
「おい、お前アニヤ人なんだよな」
突然呼ばれ振り返ると、そこにいたのは背が十センチ以上高く明らかに年上な少年で髪を後ろで一つに縛り、セルピルを睨みつけていた。コリンズは前に出てセルピルの身を固め、セルピルも明らかに敵対的な態度を取る目の前の少年に警戒する。
「そうだけど、なに?」
「じゃあ、ジムバッジ持ってんだよな。ここにいるってことはそういうことなんだろ」
どうやら、相手は今自分のことを知った様子だった。もし、自分を攫った奴ならバッジの有無を確認しないし、そもそも呼びかけることすらしないはずだ。
「持っているけど、私は好きでここに来たわけじゃないの。用がないなら」
「俺とバトルしろ。俺は四年連続でポケモンリーグの本選に出場して、さっきジム戦を終えてバッジを三つ持っている。それともオリント人は弱いからバトルする気も起きないのか」
いきなり挑発交じりにバトルを申し込まれたセルピルだったが、なぜかセロと最初にバトルしたことを思い起こした。だが、純粋な楽しみを目的としたセロと異なり、目の前の少年が放った言葉には明らかな挑発の裏にどこか憎しみにも似たものが入り混じっていた。
危機を感じたパラゴスが少年の前に立ち、引き下がるように説得しようとする。
「悪いが、この子は大事な人物で、勝手に外に連れ出すことはならんのだ」
「じゃあ、あんたらも一緒ならいいだろうが。それなら護衛の任も果たせるだろ。場所はドラゴンタワーだ。そこの屋上でやる」
ほぼ強引に話を進め、引き下がろうともしない少年にセルピルもパラゴスたちも根負けし、彼を満足させるために条件通りにした。
石造りの龍の塔の螺旋階段を上り続けるセルピル一行。螺旋階段の壁際にはアレスが解説していたドラゴンポケモン同士が戦う姿を模した石の像が等間隔で並んでいた。像一つ一つはどれも本当に戦っているかのように迫力あるものばかりで色白で真新しい像や色が黒く変色している古い像などが混じっていた。ただ、いくつかの像は台座の上から壊れている物もあり管理が悪いように見える。
少年が、扉の前に立っていた白髪の年寄り警備員に話しかけると、警備員はのっぞり扉の前から退き一行は扉をくぐる。
目の前に広がったのは、青々と広がる空と周りが石の柵で囲まれた屋上だった。地面は石で敷き詰められていたが、一部長方形型に仕切られていた場所だけは土でできていてそこがバトルフィールドだとわかった。人は誰もいなく、後から入ってくる人もなくセルピルたちの貸し切りみたいだった。
少年は、石畳の一部が白く塗られた枠線の中に立つとモンスターボールを取り出す。セルピルは、とっとと終わらせるためにバトルの条件を提示する。
「じゃあ、早く終わらせたいからバトル形式はシングルの辻バトルでいいわね。ところで、そろそろあんたの名前言ったらどう?」
「俺の名前は、テオドール。これでいいだろアニヤ人」
「私の名前はセルピルよ。対戦相手の名前も覚えてなさいよ!」
審判として、コリンズが立ち会うと、両者はモンスターボールを構えるといっせーのでという掛け声とともにポケモンを繰り出す。
「クラァ」
ナライがあくびをしながらボールから出てきたが、セルピルはナライのようにのんびりと構えていられなかった。相手のポケモンが飛行タイプだからだ。
「クロバッ、クロバッ」
四枚の羽根をバサバサと音を立てながら飛び回るクロバット。ナライの十八番である地面技が効かない相手だ。
「相性では俺の方が有利か。運の悪さに俺とクロバットを恨むんじゃねえぞ、クロスポイズン」
クロバットは、羽ばたいていた羽音を消し去り、音もなく滑空して翼の部分を黒く変色し始める。
「ナライ、あなをほるよ!」
相手が空で一番速く動けるなら、穴を掘る速さならナライに分がありナライは地面に素早く潜って攻撃をかわす。
「引きずりだしてやる。ちょうおんぱを地面に向けて放射」
クロバットが波線を描くように地面に向けてちょうおんぱを発する。すると、地面に潜っていたナライがセルピルの命令もなく突然飛び出してきた。見ると、ナライの目がちかちかしていて混乱していた。
超音波は、障害物にぶつかるまで一方通行に進む性質があり地面に潜っていたナライに届いていたのだ。
「クロスポイズン!」
「ナライ、目を覚まして!」
だが、ナライは目を覚まさずクロバットの翼を受けてしまう。だが次の時テオドールは目を見開く。ナライが顎でクロバットの体を挟みながら飛んでいたのだ。
「なん……だと。いつの間に……」
「そのままいわなだれ!」
地面の土が塊となり、クロバットの上になだれ落ちる。弱点である岩技を受けてしまい、地面に落下してしまうクロバット。ナライはクロバットを顎から話すと、そのままじじん攻撃をする。クロバットは、じしんによって盛り上がった地面に押し固められてしまう。
地面に体がついてしまえば、毒タイプの弱点である地面技が届きしかも最強技のじしんを受けてしまえばもはや復帰できないことは火を見るに明らかで、コリンズはクロバットの敗北を宣言する。
「どう、これで満足した?」
だが、テオドールは不満も何も言わずにクロバットにきずぐすりを吹き付けてボールに戻す。
「あんま、調子乗んなよ。オリントのジムリーダーはアニヤの温いジムリーダーとは違うんだ。トレーナーだってフルバトルだったらお前に勝てないだろうし」
負け惜しみのような言葉を残しながら、手をポケットに突っ込みながらそのままセルピルの横を通り過ぎようとしたときにテオドールは呟いた。
「あと、手土産に一つ忠告しておくぞ。
そう言い残すと、出口への扉を開き去っていく。すれ違いざまに掛けられた言葉にセルピルは、他所の土地で目立つようなことをするなということなのかと腹が立ち、すでに姿が見えなくなったテオドールにむけて睨みつけた。
ジムに戻るためジムトレーナーたちが先頭となって螺旋階段を降りていくと、すれ違いに上っていく若い青年にセルピルは呼び止められた。
「おい、嬢ちゃん。あんたさっき上で何をしていたんだ?」
「ポケモンバトルですけど」
セルピルは当たり前のように答えを返したが、青年はまるで異常者を見ているかのような侮蔑する表情に変わっていく。青年は、セルピルの肩を肉と肩甲骨が外れるかというほど強くつかみ体を揺さぶり怒鳴りつけた。
「あんた正気か!?
「そ、そんな。相手のほうからバトルしろって言われましたし、それに私のポケモンもバトルで嫌なことなんて一度もしていないのですよ」
セルピルは青年の勢いに気圧されながらも反論するが、青年の耳には届いていなく罵声でかき消されていく。青年は唾を飛ばしながら喚き散らし、ついにはセルピルの人格まで否定し始める。
「親はどんな教育をしたんだ!これだから子供が、駄目になるんだ!ポケモンの気持ちもわからない子供にポケモンを持たせるんじゃない!!」
バトルをしただけでここまで罵倒され否定され、さも自分が悪いと思ってしまうかのように胸が鎖で締め付けられるような苦しみが
そこに、異変を察したコリンズとパラゴスが血相を変えて青年をセルピルから引きはがす。パラゴスが青年に詰め寄りことの経緯などを聞きださず一喝する。
「下がれ!それ以上突っかかると警察に突き出すぞ!この街では、ドラゴンタワーや聖堂でのポケモンバトルは神聖なものなんだ。卑下されるいわれはないはずだ!」
青年はパラゴスだけでなくセルピルを守っているコリンズに対して侮蔑する目で睨みつけた後、階段を上ろうとする。その際に壁際に飾られている石像にもその目を向けていた。
「ふん、ダーコスシティの連中はこれだから、こんな野蛮な像をありがたそうに置いてあるからみんなから壊されるんだ」
そう言い残すと、像に向けて唾を吐きそのまま階段を上っていった。
コリンズは、「気にするな、マナーの悪い観光客なだけだから」と支えてくれたが、セルピルの耳には未だにあの罵声が残っていた。それでも、セルピルは階段を下りながら前にロゼが言ったいたことを頭の中で復唱しながら忘れようと自分に言い聞かせた。
「まだジムもポケモンリーグも残っているのよ。気にしちゃだめ、気にしちゃだめ。でなきゃ何のために旅に出たのよ」
ドラゴンタワーから出ると、そこにはカエデがたれた目じりを吊り上げて待っていた。
「コリンズさん、パラゴスさん、どうしてセルピルさんを連れて行ったのですか?あなたたちが護衛についているからといって慢心してはいけませんよ」
二人は、言い訳をすることなくカエデに平に謝った。カエデは二人が謝るのを見ると前に進み出てセルピルの方にも同じような表情をした。
「さて、セルピルさんもです」
「ご、ごめんなさい」
セルピルが謝ると、カエデはすっと目じりが戻り元の柔らかい表情に戻る。
「はい、素直でよろしい。さてセルピルさん、アニヤ地方へ送り返す用意ができましたのでご案内いたしますわ」
カエデに案内されたのは、ダーコスシティの波止場にあるの乗船口だった。乗船口には大型のカーフェリーが停泊していて、その入り口にはもぎり以外の船員服を着た男女がカエデに向けて敬礼をしていた。
「このフェリーでコキノス島まで行きます。そこからタッシーマシティ行の船もあるからそれに乗り継いでいけばアニヤに帰れます。この船員さんは、私の知り合いの人が派遣してくれた人ですから信頼できるわ」
男女はにこりと微笑み、セルピルの手を引いてタラップを上がろうとする。その前にセルピルはカエデたちにお礼を言うためにその手をいったん振りほどいた。
「カエデさん、船の時助けてもらってありがとうございました。私、あの時すっごく怖くて。あと、ワイスさんにもそのことを伝えてくれますか?」
「礼儀正しい子ね。いいわよ」
カエデはふんわりと甘い声と伴ってセルピルの頭を優しく撫でて別れの挨拶を言った。
タラップが外され、カエデたちの姿が遠くなって見えなくなり西の太陽が赤く沈んでいく様子を眺めていると、護衛の二人がそろそろ部屋に入ろうと誘導されて、セルピルはついて行く。
デミルシティから連れ去られて、どのくらいたったのだろうとセルピルは考えていた。目覚めたときには太陽はまだ東にあり、今は西。思えば波乱な一日だったとドッと疲れが噴出した。
時計を見ればデミルシティから二日も経っていた。アニヤ地方へは電話がつながらないので、ダーコスシティから連絡ができずにいた。その時始めに思い浮かんだ人物がセロだったことに何の違和感もなく、セルピルは心配しているだろうなと気がかりにしていた。
船の通路をだいぶ歩いていき、人気のない後部甲板まで歩いているとセルピルの脚は疲労でパンパンに膨れてしまい、ガクガクと震えそうになっていた。
「あの、いつまで歩くのですか?私の部屋はどこにあるのですか?」
「……
後ろにいた護衛の男に口をふさがれ、キリキザンの得物がセルピルの首元につきつけられて身動きが取れず、声も出なかった。
「もう逃がさない、お前はフリーの教化を受けるのだ。ありがたく思え」
フリーという単語が発せられ、セルピルは目の焦点が合わなくなった。味方だと思っていた人物にフリーがいるとは思わず、信頼できる人物もいないどうしようもない状況に消えていたはずのものが再び姿を現そうとした。
「カイリュー、はかいこうせん!!」
真っ赤な光線がキリキザンに直撃して吹っ飛ばされると、セルピルを捕まえていた男が山吹色の尻尾に叩きつけられた。そこに先ほどの尻尾の主であるカイリューが降り立ち、背中に乗っている人物がセルピルに手を伸ばしてきた。
「乗って、セルピルちゃん!」
「か、カエデさん!」
否応なく、セルピルはカエデの手をつかみカイリューの背中になると、カイリューは翼を開き甲板から飛び立つ。
「ごめんなさい。今さっき本物の護衛が縛られていたのを見つけて慌てて飛んできたの」
カイリューは、だんだんと船から遠ざかろうとするが、後ろを見るとさっきの二人がオニドリルに乗って追いかけてきたのだ。
「このままだと補足されるわ。セルピルちゃん、オリント山へ向かうわよ!!」