地面に足が着いたときセルピルは、出すものをすべて地面に吐き出した。その様子を心配したニチャモが心配してセルピルの体を擦ろうとしたとき、セルピルはその手を払いのけた。すぐに自分のしたことを後悔して、まだ口の中に吐しゃ物が残しながら謝った。
「ごめんニチャモ。やっぱり、失格だよねトレーナーとして、もう戻って」
ニチャモは今だセルピルを心配しながら、ボールに戻らされる。
セルピルはあたりを確認すると、そこはどこかの町の裏路地のようで、排煙の匂いと天まで届くような高い煙突があることから工場付近であることが分かった。さりとて、建物の区画がデミルシティのように整然とした区割りがされていないことからまだオリント地方なのだとも直感で理解する。
セルピルが手をついた壁の先にはいくつか張り紙がしてあった。どこかの会社の従業員への通達やここの各発電所の掃除の日程などの文字が並ぶ中、一枚の張り紙だけ写真が掲載されていて異様さが際立っていた。
そこには、コンセントのような頭とお腹に稲妻模様が入った黄色いポケモンで『お尋ねポケモンエレキッド』と書かれていた。補足情報に背中に工場から盗み出した機械を背負っているとも記載されていた。すると、後ろから青の作業服を着た男性がセルピルに声をかけてきた。
「おう、嬢ちゃん。このいたずらポケモンどこかで見つけたか?」
セルピルは、もしかしたら自分の顔を知られているのではとすぐさま顔を隠して首を横に振って答える。
「そうか。顔色悪いみたいだが、大丈夫か?病院連れて行ってやるぞ」
「結構です」
セルピルは逃げるようにそそくさとその場を後にした。安全な居場所が今ない以上セルピルは人を一層警戒していた。駐在所ももしかしたらフリーの息がかかっているかもしれず人に道を尋ねることができなかった。幸いにも、ポケナビツーのナビのおかげで今いる位置がオリント山のふもとということが分かり、何とかそこへ向かうことができた。
だが、ポケナビツーの道順に行くと人の多い通りに出てしまい、顔を見られて通報されてしまう恐れがありわき道や裏路地を通って迂回するほかなかった。
時々、そこを通る人ともすれ違い、顔を隠しながら足を速めて角を曲がるなどをしていく。
しばらくすると、脚が重く感じ始めてきた。通常ならば、表の通りを歩けば済むところを警戒しつつ迂回しながら進んでいったため、体も心もだいぶ疲弊していた。セルピルは、疲労を少しでも休めるためにごみ収集箱の影に隠れてた。
「もうやだよ。なんで、こんなことしなきゃなんないのよ」
旅の始め、いやアニヤ地方では全く経験してこなかった行動。まるで指名手配犯のような存在となってしまったセルピルは早くアニヤに戻りたい気持ちでいっぱいになり、涙腺から溢れそうなものが出始めた。
「レ、キキキキッド!!」
「ひゃ!!な、な、な、何?」
突然、上から落雷が飛び散りセルピルは身を屈めた。天気はどんよりと曇っていたがまさか雷が落ちてくるとは思っておらず早く収まってほしいと願った時、落雷はぴたりと止んだ。
空を見上げると、次の落雷が来る気配もゴロゴロという音も聞こえてなかった。ふと、落雷が落ちる前に聞こえた鳴き声をセルピルは思い出し立ち上がってみるとその犯人がゴミ箱の上で笑っていた。
「レキキキ。レキキキ」
背中に機械のようなものを背負ったエレキッドが、金属製の配管に触れながら電気を放出させて笑い転げまわっていた。どうやら、金属の配管工に触って電気を放電させてセルピルはそれを落雷だと勘違いしたのだ。
しかも、セルピルの顔を見るなり笑っている様子から確信犯だとセルピルはわかった。
「笑わないで!!」
セルピルは悪ふざけをするエレキッドにたまっていたものを少し吐き出す。だが、エレキッドはどこ吹く風と言わんばかりに、両腕をグルグルと回しながらセルピルに近づく。
「レーイ、レーイ」
まるで赤子を笑わすかのように、口を大きく横に広げて変顔をするエレキッド。だが、それがよりセルピルを怒らせる。
「いい加減にしなさい!!」
セルピルが叫んだその時だった。
「おい、お前!教団にたてつく奴だな」
背後にフリーの男が一人こちらの方を向いていた。たった一人ならばいつものセルピルでも逃れられるはずと考えて、モンスターボールを手にして地面に投げつけようとする。だが、その次の動きができなかった。セルピルの脳内に、ニチャモの姿が頭の中で蘇りレパルダス使いのフリーの女性の声が再生ボタンを勝手に押されたかのように流れ始めた。
『あなたにとってポケモンは物。真の友人として見ていない借り物のポケモン。そんなあなたにポケモンが本当に守ってくれると思うの?』
手に持っているモンスターボールが二重に見え始め、手が震え始める。でも、ポケモンを出さないと捕まってしまうと本能で感じるものの投げることができない。
『傲慢ね』
最後の言葉がまた頭の中で響き、セルピルはポケモンを出すことができなかった。
「ブイゼル、アクアジェット!」
相手のフリーの団員はもうポケモンを出しており、ブイゼルが自らの口から出した水を地面に出すと、それをボブスレーのように滑り出してセルピルに向かって突撃してくる。
ポケモンも出せずもう逃げ場がなくなり、呼吸が荒くなり始めて体の奥の方から再び出るものが出そうになった。
「エレキー!!」
ゴミ箱の上でエレキッドがまた電撃を放出させて、セルピルは驚きまた身を屈めて目を瞑る。だが、電撃の音は一発だけで後の音は聞こえず目を開けてみると、フリーのブイゼルが目を回して倒れていた。しかも体の回りに電気が流れていた後もあり、エレキッドの電撃が直撃したのだとわかった。
すると、エレキッドがゴミ箱の上から飛び降りてセルピルの前に立つとまた腕をグルグルと回してフリーの団員に向かっていく。
「レイ、レレレ、レイ!」
「な、なんだこいつ。ゴローン、こいつをやっちまえ!」
フリーの団員が、エレキッドに気を取られている隙にセルピルはその場から離れた。
わき目を振らず裏路地を走り、ポケモンたちを踏まないように走っていったが目の前の人の存在に気付かずぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい」
セルピルが謝って、すぐに走り出そうとしたとき腕を引っ張られた。もしやフリーの団員だったとセルピルの顔が引きつる。
だがそれは杞憂だった。腕を引っ張った人物は、ダーコスシティでセルピルに勝負を挑んだテオドールだったからだ。
「お前、そんなに急いで何してんだ?それにその恰好、ボロボロじゃねぇか。……もしかして、人前でバトルしたのか?」
テオドールが指摘した通り、セルピルの服は吐き出した跡や裏路地で付着した汚れで汚くなっていた。
そして、テオドールの言葉に何も言い返すことなく黙っていたのを見て、テオドールはため息一つついた。
「言っただろ、人前でバトルすんなって。こっちのことを知らない奴が言ったのを聞かずにするから」
「したくてしたんじゃないの!!フリーが、あいつらが私を狙って!なのに、私が悪者扱い!自分の身を守るためにポケモンたちを出して抵抗したのに、周りは助けてこない!!!」
ついにたまっていたものが爆発したセルピル。不可抗力で、狙われている自分の身のことを知らずまるでさもありなんと言ってくるテオドールの態度に抑えていた激情が噴出したのだ。
「……悪い、俺が悪かった」
「今更同情?ふざけないで」
だが、テオドールは黙ったままであり、セルピルの暴発する怒りは自虐を込めたものになっていく。
「そうよね。高いグッズも買えない貧乏な女の子に同情しないわけないもんね。ええそうよ。みじめでしょ。笑いたければ笑えば!?」
「違う!」
「何よ、言ってみなさいよ!!わからないでしょう。わけもなく誘拐されて、周りは敵か味方かわからない状況で眠れず、身を守ろうとしても否定され、人格まで否定される。こんなことあんた経験したことあるの!?」
「あるさ!!
テオドールもセルピルの咆哮に負けないぐらいに吠えると、テオドールの背後からある一団が近づいてきた。
一段の先頭に立つのは中年ぐらいの年で、きりっとした目に長身で肩幅も広くまるでエリートのような男。しかし、その服装は、神父のような全身が純白の恰好をしているが、胸のFという金バッジとつけていることからフリーの一員だとわかる。
男は低い声でまるで子供をたしなめるような口調でテオドールに話しかける。
「さて少年。後ろの少女は我々が教化しなければならない大事な人物なのだ。道を開けてはもらえないか?」
セルピルは、それを聞いてすぐ逃げれるように足を一歩後ろに下げるがテオドールの口から洩れた言葉でセルピルは足を止めた。
そしてテオドールは、その場から動かず片腕を上げて一団を通さない意思を表示する。
「断る。あんたらが大事にしたいものはぶっ潰したんだ」
「ほう、逆らうのか?君の今後のことを考えると懸命ではないのだがな」
だがそれでも、テオドールは彼らを通さない。むしろその言葉を聞いて気がふれたらしく歯ぎしりした。
「今後?何をいまさら。今後どころかずっと前から
テオドールが言った言葉それは「逃げるな。俺が守ってやるアニヤ人」だった。
テオドールがボールを投げると、青と黒の体毛のコントラストが美しいルカリオが腕を前にして構えていた。
「よろしい。では貴公には制裁をせねばならぬな」
中年の男はチャーレムを、後ろに控えていた二人はヤブクロンを二体繰り出した。
「ヤブクロンは、ルカリオを撹乱させよ。その間に準備をする。チャーレム、ヨガのポーズ」
チャーレムは、体をよじらせて集中力を高め始める。その一方二体のヤブクロンたちは、ルカリオに向かってりんしょう攻撃でチャーレムに近づけさせないようにする。
二体のりんしょうが合わさりルカリオは身動きが取れなかった。その隙をついて、二体はとっしん攻撃をする。鋼タイプのルカリオにとってあまり効果はないものの、その勢いや隙間のない連続攻撃はルカリオの動きを封じ込め体勢を崩すのに十分である。
ルカリオが手こずる間、テオドールが後ろを振り返ると、セルピルがボールを持たずに突っ立ているのを見て怒鳴りつける。
「おい、ポケモン出せよ!自分の身を守れよ!」
「無理よ。だって私もうポケモン出せないもの」
そう、もうセルピルはわかってしまった。もう自分はポケモンを出せなくなってしまったことに。誰でもない自分自身がそれを止めてしまったのだ。
「報告の通り。おまけに少女はポケモンも出せないまでになっている。もう一体出される前に仕留めようぞチャーレム、こころのめ」
チャーレムが発達した第六感に意識を集中させ始める。こころのめ、それは次に放つ技を確実に当てるための技。そしてチャーレムの最強技、セルピルは知っているがそれでもポケモンを出せなかった。
テオドールは、自らもう一体のポケモンを出すこともせず、セルピルの胸倉をつかみ唾を飛ばしながら催促する。
「なんだよ!それでもバッジ保有者なのかよ!!お前は今までいったい何のために戦ってきたんだよ!!ポケモンたちに申し訳ないと思わないのか!!」
「本当にね、何だったんだろうね私の旅って。結局、私のわがままのためにみんな連れてこられただけだったよね」
思えば、自分の旅は親から離れたいという下心から始まった。それに付き合わされたポケモンたち、そんな旅にどうしてポケモンたちが自分に連れてきてくたのだろうかと。
そしてヤブクロンたちの猛攻にルカリオが押さえつけるのも限界に達しようとしていた。その時だった。戦場にいくつもの雷撃がしっちゃかめっちゃかに落ちまくっていく。ヤブクロンたちはどこからともなく出現した落雷に慌てふためき、お互いがぶつかってしまう醜態をさらすほどだった。
「レイ、レレレレキーッド!!」
後ろを振り向くと、ボロボロになった先ほどのエレキッドが頭の角から青い電流を流しながら電撃を放っていた。
「なんだよ。いるじゃねえか。お前を守ってくれる奴が」
「い、いや。あのエレキッドは」
セルピルがそう言いかける前に、今度はポーチの中がぐらぐらと揺れ始め、中身を確認するためにジッパーを開くと、一個のボールが勝手に開きその中にいたゴトラがセルピルの前に立つ。
「ココッ!!」
テオドールはそれ見るや、表情を緩めてポケモンたちの方を向く。
「見ろよ。お前が情けない姿見せるから、ポケモンが怒って出てきやがったぞ!」
「ゴトラ!?」
ゴトラは、鼻息を鳴らしてセルピルの方を一瞥すると、前足をひと蹴りしてチャーレムを睨みつける。
「ほう。トレーナーの指示もなしに戦うというのか。なんと無謀。とびひざげり!」
チャーレムが命令を受けて高く飛ぶと、その特徴的な太い下半身をゴトラに向けて重力落下速度と合わせて落下する。格闘タイプ最強技とびひざげり、しかもこころのめにより必中状態となっている。
「ゴトラ!よ、ううっ」
回避するように伝えようとするが、心の奥底でそれを止めようとする黒い手のようなものがセルピルの喉元を押さえつける。セルピルが回避命令もできないと見るや否や男は勝利を確信して愉悦する。
チャーレムのとびひざげりがゴトラの脳天に落ちようとした瞬間、ゴトラの体が光るとチャーレムはバランスを崩してしまい大きく転倒する。ゴトラが出したのは、どんな技でも一回は確実に攻撃を受けない技、まもるだ。
そしてとびひざげりは、その威力はさることながら外した時の代償も凄まじい。その証拠に、技を外したチャーレムは地面を転がり続けて建物の壁に打ち付けて止まったときには体中を傷だらけにした。
「おのれ、小癪な!トレーナーが指示を出せないはずなのに。なぜ即座にまもるの技を出せる!?」
男は髪を乱して憤っているがセルピルは知っている。ゴトラは、相手の特徴などを理解してバトルができるからだ。それは、セルピルがスヨルタウンの大会で初めてバトルに出したとき、セルピルの指示も聞かずに相手の出方を読み取り自分でバトルをしていたからよく知っていた。
その時、ゴトラの体が光り輝くと小さくまとまっていた鋼の体が何倍にも大きくなり、見えていなかった尻尾も顔を出した。その姿はまるで怪獣のようであった。
「コ、ドラ!」
「進化、した。コドラに?」
セルピルは突然の進化に茫然としてしまった。だがゴトラは、自分が進化したことを気にも留めずヤブクロンを一体アイアンヘッドで突進する。体格が大きくなったこともあり、その威力はヤブクロンがアイアンヘッドの衝撃で打ち付けられた壁をへこませるほどだった。
中年のリーダーはゴトラを苦々しく見ると、ようやくとびひざげりの反動から立ち上がったチャーレムを一瞥して吼える。
「二度目のまもるはできまい。もう一度とびひざげり!」
リーダーの男は、乱した髪を整えようともせずチャーレムに命令する。こころのめを使わずにすると、とびひざげりが当たる確率は大きく下がるがなりふり構わず二度目の攻撃を命令する。
だが、チャーレムがジャンプした瞬間を狙ったかのように、エレキッドが頭の角から発生させた電気の塊をチャーレムに向けて放出させる。
「レーイィ!」
エレキッドが放った電撃、それは相手よりも素早さが早いほど威力が増すエレキボール。小さくて身軽なエレキッドならば素早さが劣るチャーレムに対して有利に働き、背後からの攻撃で身構えることもできなかったチャーレムはあっさりと撃墜されてしまう。
そして、ルカリオが残ったヤブクロンを手から放出したラスターカノンで一撃で沈ませて、フリーは一体も動けるポケモンがいなくなった。
「おのれ。おのれおのれ!!なぜだ!トレーナーの命令は一切していない。なのになぜだ!?どうして的確に攻撃できるのだ!?まさか、まさか……!?」
「ゴドー司教、早く次のポケモンを!」
「このままだと逃げられてしまいます!」
中年の男の名を呼びながら、配下の部下たちは次のポケモンを出すように催促するが、ゴドー司教は狼狽えるばかりだった。
その様子を見たテオドールはセルピルに伝える。
「俺が一瞬奴らに攻撃を仕掛ける。お前は、そのまま大通りに向かって左に走れ!そこに行けばオリント山だ。お前を守ってくれる奴らがいる!」
「どうして知っているの!?」
「いいから、行け!登ってすぐそこだ!!走れ!!」
テオドールにせかされて敵中を突っ走るセルピル。ゴドー司教の配下はそれを見過ごさず手を伸ばす。
「待て!」
「メガシンカ!ルカリオ、はどうだん!!
テオドールの手のあたりが光ると、ルカリオの体が一瞬光に包まれるとルカリオの体は一回り大きくなり、黒い模様のストライプが全身に走り体毛も何倍にも膨らんでいた。その姿はメガルカリオ、ルカリオのメガシンカした姿だ。
メガルカリオが、すでに手の中に形成させた波動弾の膨らみをより一層大きくさせると、それをフリーの一団に向けて発射する。
フリーの一団の手前に落ちた波動弾は 爆発音と光で辺りを包み彼らの目をくらませた。その隙をついてセルピルとゴトラそしてエレキッドは波動弾の光の中へと逃げていく。
余談だがその日以降、ここの発電所近辺で起こっていた、異常な落雷がなくなったというのは別の話である。