ポケットモンスター ノース・サウス   作:wisterina

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第四十二話『オリント山の廃墟に住むポケモンたち』

 工場群を抜けたセルピルたち、疲弊している脚を鼓舞してなだらかな坂を上っていく。後方にはフリーの姿はなく、テオドールがフリーを引き付けているのに成功しているようであった。

 青々とした若草を踏みしめながら登るところは、セルピルの目的の場所オリント山。標高三千メートルとオリント地方最高峰の山にして、オリントの人々から神聖視されている。

 登山道の入り口には監視の人はなく、気軽に登れるのが特徴ではあるが、逆に今のセルピルのように誰かに追いかけられてもすぐに助けてくれる人がいないことを示している。

 さっきまで見えた工場の建物が小さくなるまで登った所でセルピルは、疲労で膨らんだ脚を休ませるためにその場にへたり込んだ。進化したゴトラは、その巨体でセルピルの背中をもたれかけさせる。

 

「ありがとうゴトラ」

 

 ゴトラは、セルピルの礼にどこか照れくさく感じたのかそっぽを向いていた。そしてゴトラの上でエレキッドはボロボロの体ながらものんきに鼻歌を歌っていた。セルピルはどうしてエレキッドがついてくるのかよくわからなかった。

 あの背負っている機械からして間違いなく張り紙にあったお尋ねポケモンであることは間違いないから、逃れるためにセルピルについてきたのだと初めは思っていた。だが、フリーに襲われたとき何度も助けてくれた理由がわからないのだ。あそこから逃げるだけならセルピルを置いて去るはずなのにそれをしないわけが理解できなかったのだ。

 そしてもう一つわからないことがテオドールのことだ。どうしてテオドールがセルピルを守ってくれる人がいることを知っていたのかだ。テオドールは、オリントのジム巡りをしているトレーナーであるだけで決してジムの関係者ではないはず、とセルピルが思考を巡らせている時だった。

 二匹のオオスバメが見えた瞬間、二匹同時にセルピルの方に向かってつばさでうつ攻撃をしてきたのだ。突然の攻撃にセルピルは立ち上がろうとするがまだ足の疲労が抜けてなく力が入らず、しかも草の汁で足を滑らせてしまった。

 オオスバメたちの攻撃がセルピルに当たろうとした。だが寸でのところでゴトラが横に割り込みその鋼鉄の体でオオスバメたちの攻撃を受け止める。

 そして、オオスバメたちの上に乗っている者たちの姿が見えたとき、セルピルはへとへとの足に残っている限りの力を込めて駆け出す。なぜなら、乗っていた奴らがフリーであったからだ。

 

「オオスバメ、もう一度つばさでうつ!」

 

 オオスバメが、体勢を直すために再上昇して再度攻撃しようとする。だが、彼らはゴトラの上に乗っていたエレキッドに気付いてなく、オオスバメが旋回して後ろを向いた瞬間エレキッドの電撃が二匹を襲う。弱点の電気技を浴びせられて落下するオオスバメとフリーの団員。

 エレキッドがざまあみろと言わんばかりに舌を出すと、その下にいたゴトラはセルピルを追いかけた。

 休む暇もなく再び逃走劇を続けるセルピル。だが、流石に限界に達しようとしていた。昨日の夕方から逃げ続けて安全と思われたポケモンセンターでも結局眠れず逃げ続け、ポケモンに指示が飛ばせなくなるほどの追い詰められ体力的にも精神的にも限界が起きていた。

 足取りもまるで鉄の鎖でつながれているかのように重く、歩幅も上り始めた時よりも小さくなっている。呼吸も荒くなり始め途中で手を膝についてしまい目に見えるほど疲弊していた。

 だが、山と反対側の方では別のオオスバメが編隊を組んでこちらに向かってきていた。目測でも見えるだけで六匹、そしてその上に人が搭乗している様子が見える。今度は別の団員のようだ。ゴトラたちは進化の代償か足が遅く、未だにセルピルに追いついていない。

 セルピルはポーチからモンスターボールを取り出して開閉スイッチを押そうとするが、心臓が酸素が足りないのとは別の動きを見せる。モンスターボールが二重に三重に見え始めてくると、セルピルは持っていたボールを全て地面に置いてその場に座り込んだ。

 

「もう、いいや」

 

 諦めに入った。体力も残ってなく、たとえあったとしてもあの執拗に追いかけてくるフリーから逃げられないのだと。なによりも、ポケモンを出せないトレーナーにどうやって自分の身を守れるのだろうかと。

 セルピルはせめてポケモンたちがフリーにみんなが連れていかれないように、()()()()()()()()()()()()()()()決断をした。もう自分に付き合わされることなく、生きてほしいために。

 薄暗くぼんやりとした雲の下、だんだんとオオスバメに乗って来ている奴らの姿がくっきりと見え始めた。統一された白い服、やはりフリーの団員だ。セルピルは心のどこかであれに乗っているのが自分を助けてきてくれた人たちだと一抹の希望を胸にはせていたが、その希望も潰えてしまった。

 一匹のオオスバメが地面に降り立つと、フリーの団員がその背中から降りセルピルに向かって言い放つ。

 

「手間をかけさせる。貴様は、あろうことかゴドー司教様の手を煩わせたのだ。その罪、幾度の清算と懺悔をせねばならんのか計り知れぬな」

 

 団員がセルピルの手を引こうとする。刹那、白い綿が団員の体を覆い隠したのだった。それを出したものをセルピルは知っている。まだまだ膨れ上がる綿の中から顔を出したのは、()()()であった。

 

「むーん!?」

 

 突然の起こったことに他の団員達も続々と降り立つが、今度は超音波にも似た振動が鼓膜を揺さぶり地面が揺れ始め上からは岩がオオスバメとフリーに降り注ぐ。岩を落としているのはイワン、地面を揺らしているのはナライのじしん攻撃であった。最も、ナライ自身は自分の羽から超音波を発しているとは気づいていないようであるが結果的にはフリーの団員たちを足止めしていた。

 

「くそっ!どっから湧いて出てきた!」

 

 それはセルピルが言いたいことだった。自分は開閉スイッチに一切触れていない。例えゴトラのように気が強く自分から出て来るならまだしも、みんなはそんな性格ではないはずだ。そもそも、自分の身勝手な旅に付き合わされたポケモンたちがどうして自分を守ってくれるのだろうか。

 セルピルが考える暇もなく、後ろからセルピルの手を強くひかれた。引かれたその手は人の物ではなく、触った瞬間から体が芯まで温まるように伝導し、長い爪と柔らかい羽毛が見えていた。

 

「ニチャモ!?」

 

 セルピルの手を引いていたのは、ニチャモであった。ニチャモは、動かないセルピルを引っ張り、山道を駆け上がっていく。

 

「待てっ!!くそっ!あと少し」

 

 むーんの綿に巻き込まれていた団員が、綿から抜け出そうとしていた。むーんはもっと綿を出そうとしていたが、フリーの団員が繰り出したヒノヤコマのひのこがむーんの周囲を取り囲み出していく綿が焼き払われていく。

 ヒノヤコマのひのこが綿を燃やしそれを火種にして、火の壁を形成させる。むーんは完全に火に囲まれそうになるが、後ろの羽を羽ばたかせて飛んできたビブラーバが火に飲まれる前に回収して致命的なダメージを負わずに済んだ。

 ようやくむーんの綿から脱出した団員は、セルピルを捕まえるために他のポケモンを呼び出そうとボールを取り出す。だが、その背後からセルピルに追かけていたゴトラとその上に乗っていたエレキッドからエレキボールを放ち、団員に直撃する。

 危機を脱したセルピルたちであるが、未だに後方からはフリーの団員たちが追いかけてくる。最後尾で守っているのはゴトラとエレキッドであるが、上空からヒノヤコマがひのこを連続で射出し、ゴトラとエレキッドを襲う。

 いくら防御の高いゴトラでも、ひのこは特殊技、自慢の鋼の楯では無意味に近い。加えてエレキッドも麓のほうですでにボロボロになっていて、一歩急所に当たれば致命傷になる。

 

「もういいの!みんなもういいよ!!」

 

 セルピルは悲痛な叫びでポケモンたちを止めようとするが、みんな止めようとしない。セルピルは、泣きながらニチャモの手を離そうとするが、信じられないぐらいがっちりと手を握っていて

 

「ここまで私につき合わせちゃってごめん。だから、もう……私を置いて逃げて」

 

 それでも、ポケモンたちは足を止めようとしない。

 すると今度は横から、オンバーンが飛来し口からりゅうのはどうをニチャモに向かって放たれるのが見えた。

 

「ニチャモ!?」

 

 よけてと言いたいかった、だがまたもや声が出ない。どうして大事な時に、どうして自分がこんな状態になってしまったのと自分の無力さに打ちひしがれる暇もなく、オンバーンがりゅうのはどうを放った。

 りゅうのはどうがニチャモに当たる寸前、イワンが身を楯にして二人を守った。特性のノーガードの所為か、あるいは絶対守る信念かわからなかった。だがポケモンたちがたった一人を守るために身を犠牲にしていく様を見てはいられず、セルピルは泣き叫ぶ。

 

「ねえ、なんでよ!?そんなにしなくてもいいじゃない!!なんでそんなにボロボロになってまで私を助けるのよ」

 

 だが、人の言葉を話せないポケモンたちはセルピルに理由を話すことができない。ただ、彼らがするのはセルピルを守ることだけである。

 オンバーンが再び口を開き、りゅうのはどうの第二射を発射する。先ほどの攻撃を受けて動けないイワンと交代にナライに捕まったむーんがコットンガードでりゅうのはどうを受け止めようとする。だがりゅうのはどうは特殊技、防御を高めるだけのコットンガードでは勢いを殺すだけで攻撃を防げるわけではなかった。

 りゅうのはどうが綿を貫通し、ナライに直撃すると地面に落下してむーんをその手から放してしまう。弱点であるドラゴン技を喰らったナライは足を痙攣させて動けなくなる。そしてナライの手から放れたむーんはオンバーンからの攻撃の余波と転がった地面の土と砂でその白い体を汚す。

 

「もう、やめて……」

 

 皮肉にもセルピルの言葉通りポケモンたちはセルピルを守ることができずにいた。ゴトラもイワンもナライたちもフリーの攻撃を受けてたことに加え、回復薬もない状態であるため回復する手段もなく立ち上がれなかったのだ。

 そして、オンバーンが再び尖った口を開きりゅうのはどうをセルピルに向けて光線をため込む。ニチャモがかわすために足を早めようとするが、もうセルピルの体は悲鳴を上げていて自分の脚で走ることすらままならなかった。オンバーンからすれば、セルピルたちはほぼ動かない的と同じものだった。そして溜め込んだりゅうのはどうがオンバーンの口から放たれる。

 

 だが、りゅうのはどうは来なかった。どうしたことかとセルピルが顔を上げてみると、そこには天使をほうふつさせるような白い二枚の羽とお腹のあたりにある不思議な文様が特徴的なポケモンがりゅのはどうを身を挺して守ってくれた。

 後方のゴトラたちがいる方向が騒がしくなり後ろを振り返ると、そこには異様なものが転がっていた。

 

「な、なんだ!?このピンクの玉は?」

 

 セルピルを追いかけてきた団員たちの前をピンク色の大玉が山道を右へ左へと塞いでいた。上空を飛んでいたオンバーンに団員がりゅのはどうをピンク玉に向かって放つ。

 ピンクの玉は青の光線を受けると、その姿を現した。

 

「ミル!!」

 

 ピンクの玉の正体は、ミルタンクだった。先ほどの姿はミルタンクがころがる攻撃をした姿だった。姿を現したミルタンクに二体のオオスバメたちが急降下してつばさでうつ攻撃の波状攻撃をしてくる。

 そのうちの一体が横から割り込んできた先ほどの天使のような姿のポケモンがオオスバメの赤い顔にキスをすると、オオスバメは興奮し全く逆方向にいるフリーの団員に向かって攻撃を食らわせてしまいそのまま団員たちの上でのびてしまう。

 残った一体がミルタンクに攻撃するものの、まるくなることにより防御されダメージを喰らわず、逆にミルタンクがその体勢のままころがる攻撃を仕掛けオオスバメの上に乗り押し潰してしまった。

 団員の一人がオオスバメの下から這い出ると、まだ無傷であるオンバーンに向かって叫んだ。

 

「オンバーン、もう一度ミルタンクにりゅうのはどう!」

 

 命令通り、オンバーンがりゅうのはどうを放つと、先ほどのオオスバメを混乱させたポケモンがミルタンク前に立つ。

 

「チック!」

 

 二度も喰らったら持たないのではと心配して危ないと声を荒げようとするが、やはり声が出なかった。けれども、その心配は無用だった。攻撃が体に当たった瞬間、りゅうのはどうは光のように次々と消えていく攻撃が止んだときには全くの無傷に

 

「トゲチック!?まずい!オンバーン、こっちに戻れ!!」

 

 トゲチック、そのポケモンの名前を聞いてセルピルは思い出した。トゲチックのタイプはフェアリータイプ、ドラゴンタイプに対して攻撃が無効化させるだけでなく、弱点でもあるドラゴンタイプが最も苦手とするタイプであることを。

 オンバーンが逃げるように向きを変えると、トゲチックが白い手を包むように構えた。その手から暗い雲で覆われていた辺りを照らすほど眩いほどの光の塊が形成され、それをオンバーンに向けて発射される。フェアリータイプ最強技マジカルシャインだ。

 弱点である技をまともに喰らってしまったオンバーンを団員は慌ててボールに戻すと他の団員に向かって先ほどの威勢はどこへ行ったのか弱弱しげな声で叫んだ。

 

「て、撤退!撤退!」

 

「なんであんな強いポケモンがここにいるんだ!?まだ入り口付近だろ!?」

 

 イトマルを散らすように団員たちは逃げてしまい安全だとわかった瞬間セルピルは力が抜けてしまいへたり込んだ。

 ニチャモは倒れていたイワンの肩を貸し、後方では先ほどのミルタンクが弱っているゴトラを後ろから押していた。

 

「ラッキ」

 

 すぐそばでは、トゲキッスとおそらく仲間であろうラッキーがむーんとナライを抱えて運ぼうとしていた。先ほどの行動から、自分たちを助けてくれているのだとわかったがどこへ運ぼうとしているのかわからず声をかける。

 

「ねえ、どこへ運ぼうとしているの?」

 

 それを聞いたトゲキッスが笑顔で上の方を指すとセルピルの手を引いた。

 崖の上の方を見ると、そこには蔦が茂りペンキのはげかけた青い屋根の建物が下界を見下ろすかのように佇んでいた。

 

 

 

 ラッキーが眠っていたデンチュラが目を覚まさせると、真っ暗だった建物に明かりが灯される。

 セルピルがいた部屋にも電気が通ると明かりと同時に設置されていた簡易のポケモン治療装置も電気が通ったことでうなりを上げていた。

 ラッキーがモンスターボールを預かると言いたげに手を伸ばすが、セルピルはモンスターボールを置いてきてしまったことを思い出した。一応残っているボールは六つあるから数自体は足りているものの、ポケモンたちを別のボールに入れていいのかわからず不安だった。

 すると、ニチャモに肩を貸されてやってきたイワンがセルピルの方に近づくと腕の中にモンスターボールが五つ抱えているのを見つけた。砂がついていることからセルピルが置いてきたモンスターボールに違いなかった。

 

「イワン、モンスターボール拾ってくれていたんだ」

 

 セルピルは、健気なイワンの行動に感謝してボールを受け取ると、ポケモンたちをボールに戻す。ポケモンをボールに戻すことはできるようであるが、やはりポケモンを出すには他人の力を借りなければならないようだ。なぜなら、ボールを開こうとするとまたもや心臓が一瞬止まるかのような感覚に襲われたのだから。

 そしてラッキーが手慣れた手つきでモンスターボールを回復装置に入れてスイッチを押す。セルピルのポケモンではないエレキッドは、ラッキー自身が治療を行うようだ。そしてここのポケモンたちの仲間であるタブンネが、セルピルを別の部屋へと案内させる。

 庭の草は伸びているものの、建物自体はペンキなどが剥がれ落ちているもののまだ新しく、部屋もタブンネたちが清掃しているのか埃が積もってなく内部はきれいであった。各部屋をのぞいてみると、教卓に黒板そして二十ものの同じ机が均等に並べられていた。部屋の前に飾られているプレートには教室という文字があり、どうやらここは元は学校であったようだ。

 隣の部屋のふれあい教室という文字が目に入るとセルピルは少し気になって中に入る。そこにはおもちゃ箱がいくつか置かれていて、壁には本棚が並べられていた。やはりここも埃が積もってなくきれいに清掃されていた。

 ふと本棚の方を見ると、写真たてがいくつも置かれていた。中の写真のほとんどは、セルピルと同じぐらいの少年少女がピカピカだった頃のこの学校の前で撮られていた。中には、一人の老人や若い女性と一緒に撮られているものもあった。ふとセルピルがある少年の写真を見つけ、よく見ようとその写真たてを取ってみる。

 

「これ、テオドールだよね」

 

 写真に写っていたのは、今よりも髪は短く体つきも幼いが顔つきはまごうことなくテオドールであった。だが、表情は今まで見てきたしかめっ面ではなくミズゴロウを抱いて満面の笑顔を浮かべていた。その横では女性がテオドールと思わしき少年の頭の上に手を乗せて笑顔を見せて、その様子を少し遠くから老人が微笑んで見ていた。

 セルピルは、これは本当にテオドールなのかと思い、写真たてを開いて写真の裏を見た。もしかしたら裏に名前が書いてあるかもと睨んだからだ。

 予想通り、裏には名前が記載されていてテオドールの名前もその中にあった。そして女性の名前と老人の名も記載されていた。

 

『生徒テオドール、ポケモントレーナースクール副校長兼教師ソフィ、校長兼ジムリーダーマホガニー』

 

 ソフィは名前からして女性のことだから、老人の方がマホガニーだとわかった。テオドールが言った『守ってくれる奴ら』あれはオリント山に住む人のことでなく、ここのポケモンたちのことなのだと。昔ここにいたテオドールがここのポケモンたちを知っているならその発言の違和感がぬぐえる。

 一つの謎が解明されたものの、まだ腑に落ちなかった。セルピルは、今までジムと他の施設が併設されているジムを幾度となく見てきた。庭には草が伸び放題になっているが、ポケモンバトルをするには十分な広さを持っている。だからここがジムであるのもおかしくないはずだ。だがここにはジムリーダーすら一人もいない。いるのはポケモンたちばかりでジムまたは学校が運営されている気配すら感じない。

 人のいないジムとここを守っているポケモンたち。また新たな謎が生まれてしまった。

 

「ブンネ」

 

 セルピルの服が引っ張られているのに気づくと、タブンネが一着の服を手にしていた。

 

「これに着替えてってこと?」

 

「タブンネ」

 

 確かに、セルピルの服は表現するには酷なほど無残な状態になっていた。加えて、夏場の湿気と汗と丸二日着替えていないこともありシャツがべとべとになり引っ付いていた。

 好意に甘え、タブンネが持ってきた服は少しだけ丈が足りてなくへそがちらりと見えてしまったが贅沢は言ってられなかった。

 

「タブンネ、ありがとう」

 

 そう言うとセルピルはタブンネの頭をなでる。タブンネは嬉しそうに目じりを下げるとセルピルを別の部屋に案内させる。案内された部屋は多目的室と書かれ、その中には一枚の布団が敷かれていた。

 いままで暗くてわからなかったが、部屋に掛けられていた時計はもう夜の九時を回っていた。寝るには早いと思ったが逃避行の果で疲れ切った体と意外ときれいにされた布団の魅力には勝てずセルピルは布団の上に倒れてしまう。

 そして瞼を瞑ろうとした瞬間、背中を突き刺すほどの寒気と動悸に襲われた。この感覚、昨日のポケモンセンターで感じたものと同じものでありまたもや眠れない夜が続くのかと思い、体をこわばらせ瞼を開けてしまう。

 すると、目の前にミルタンクが腰を落として座っていた。

 

「ミルミル」

 

 ミルタンクがまるで夜泣きの激しい赤ん坊をあやすかのようにセルピルの頭をなでると首についた鈴が心地よい音色を奏で始めた。その音色は、オルゴールとも赤ん坊のガラガラ棒とも聞こえるような優しく安心感を誘う音だった。

 同時に、ミルタンクの乳頭から流れてくる甘いミルクの匂いに誘われて、セルピルは思わずそれにしゃぶりついた。栄養満点のミルタンクのミルク、それを直で飲んだ時の温度はミルタンクの体温と同じ人肌ぐらいの温度であり、それは夜中にホットミルクを飲むような満足感を腹と心に満たす。ミルタンクのミルクをいっぱい吸ったセルピルは、眠気でぼやける視界の中ミルタンクの手を握りお礼を述べる。

 

「ありがとうミルタンク。久しぶりに眠れそう」

 

 そう言い残すと、セルピルの瞼が落ちて泥のように寝てしまった。あの悪寒がセルピルが寝ている間に感じることがないほどに。


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