本当に長かった。
瞼の上から眩しい光が注ぎ込まれてセルピルは目を覚ました。寝ぼけまなこでクシャクシャの髪を手で直すとタブンネがカーテンの向こうから現れた。壁に掛けられていた時計の短い針はすでに九を過ぎてしまっていた。
久しぶりに寝坊したことに懐かしみを感じ、疲労感がすっかり抜けていて機嫌がいいセルピル。昨日の服も染みあと一つなくきれいに洗濯されていて、まるで何事もなかったのようだ。
多目的室を抜けると、外ではすっかり体力が回復したエレキッドがデンチュラに向かって放電していた。同じ電気タイプということもあって、エレキッドの電撃に全く動じず次々と繰り出される電撃を全て受け止めていた。その様子はさながらわんぱく小僧を相手する大人のように見える。
治療装置のある部屋に向かうと、ラッキーとミルタンクが待っていた。ラッキーがポケモンたちが入ったモンスターボールをセルピルに渡す。だがやはり、セルピルはポケモンたちをボールから出せなかった。
開閉スイッチを押そうとすると、いつもの現象が起こってしまうのだ。
「やっぱりだめか」
セルピルは、ニチャモが入っているボールをラッキーの前に出して開閉スイッチを押してもらう。ボールから出てきたニチャモは、出てくるなりセルピルを心配そうにしてその手を取った。
「チャモ」
「大丈夫だよニチャモ。体も元気になったし、いつか自分の力で出せるようになると思うから」
全く根拠のない言葉であるが、ニチャモを心配させないようにするための方便だ。
さて、セルピルはニチャモを外に出したままオリントの有志がいるという村へ出発することにする。ここにいればセルピルの身は安全であるのはわかる。だが、相手は組織ぐるみで公然と活動しているフリー。狙われている自分がいる以上、どんな手を使ってでもここに攻め来るかもしれない。それならば、フリーもうかつに近づけない村の方に行った方がここのポケモンたちのためだからと判断した。
だが、問題は村のある場所だ。ポケナビツーのマップでは細かい場所の表示がされず、ずっとこのオリント山の名前しか出てないのだ。
「ねえ、この山にある村の場所知っている?地図とかあればいいんだけど」
そういうと、タブンネが部屋から退出する。しばらくすると、タブンネが教室にあった机からはみ出るほどの大きめの紙を持ってきた。広げてみるとそれはオリント山の全景が描かれた地図だった。
何度か使われた形跡があり、四角い箱の場所には赤い印もあった。それは、今セルピルがいる場所であることはすぐに分かった。さて、目的の村のばしょであるが、ラッキーがその場所を指さした。
二つほどカーブを曲がったところに村があるようだ。だが、その村の名前を見てセルピルは目を見開いた。その村の名前がなんと、『
セルピルは一つ汗をかいたが、すぐに開き直る。
「どうせ顔も知らないし、レイの名前で送っているから大丈夫だよね」
地図をポケナビツーで撮ると、セルピルはすぐに出発した。助けてくれたポケモンたちに見送られながら、セルピルとニチャモは手を振って別れを告げる。
「みんな、ありがとう!」
外の天気は、昨日と打って変わり雲一つもない快晴だった。土も柔らかく砂も湿気が蒸発してサラサラになり歩きやすかった。
一つ目のカーブを曲がりもう少しすればイエロスヴィレッジに着くと思うと、安心感よりもアレクサンダーのことが頭に引っ掛かった。なにせラーレタウン出身であり年も十二と書いてしまってる。もしアレクサンダーに出くわして挑戦状のことを聞かれてしまったらどうしようと未だに引きずっていたのだ。
遠くからいくつの点が見えそれがだんだんと色濃く、形も大きくなるにつれて姿が見えてくるとセルピルは走り出した。
「我、自ら指揮をする。少女に断罪と教化を!」
「このまま行かすわけにはいかん!全員ゴドー司教に続いて突撃!」
またしてもフリーの軍団がオオスバメに乗ってやってきた。しかも昨日テオドールが注意を引き付けたはずのゴドー司教までもが、先頭に立ってセルピルを追いかけていた。
ニチャモが走りながらフリーの乗るオオスバメたちに向かってかえんほうしゃを放ち、一匹でも近づけさせないようにさせる。油断した一匹がかえんほうしゃの渦に巻き込まれ団員丸ごと黒焦げになる。それ以外のオオスバメたちはかえんほうしゃに当たらないようかわし続けた。
かえんほうしゃによる迎撃は効果があった。オオスバメたちはどこから放たれるかわからない火柱を避けるのに精一杯で、隊列を乱すほどバラバラになっていたからだ。
だがそのうちの一匹が、火柱をすれすれのところで掻い潜りセルピルとの距離を詰めていく。そして、それに乗っているのはゴドー司教だ。司教はキリっとした目をより鋭くさせて手からモンスターボールを先頭を走るニチャモの前に投げつける。
「コジョンド、あのワカシャモの動きを止めよ」
コジョンドがワカシャモの前に立つと長い腕のように見える体毛が鞭のようにしなり、セルピルたちの行く手を遮る。セルピルは、ニチャモを誘導しようにも再び声が出ない衝動が起きてしまう。なすすべなくニチャモはコジョンドを相手する羽目になり、コジョンドの長い体毛がニチャモの体毛の表面を削り取る。
あの学校からはすでに遠く離れてしまっている。援軍の見込みもない状態でセルピルはニチャモを信じてコジョンドが倒されるよう祈る他なかった。
「かえんほうしゃは封じた。全軍取り囲め!」
オオスバメたちを邪魔する攻撃がなくなり、次々と隊列を組みなおしてセルピルに迫ってくる。だが、そのうちの一体が起きるはずのない落雷を受け落下していく。
次々と晴天の中から落ちる落雷の直撃を受け、その数に合わせてオオスバメたちも落下していく。もしやと思い眼下を見下ろすと、そこにはあの機械を背負ったエレキッドが電撃を放っていた。
「レキッード!!」
「またあなたなの!?ミルタンクたちと一緒にいたはずじゃ!?」
「レキレキ」
エレキッドは元気に満タンのアピールか、二本の角に電気を流しながら手を横に真っすぐにして片腕を右にあげてアピールした。
「くそっ!またこいつか!」
他の団員たちがエレキッドの姿を見て不快な声を上げる。やはり、移動手段であるオオスバメを次々と落とされるのは堪らないのだろう。すると、一人の団員が地面にボールを一つ落とすと中から三つのコブのようなポケモンが現れた。
「ダグトリオ、そいつにきりさく攻撃!」
ダグトリオは、地面を掘りながらエレキッドに突進してくる。一方のエレキッドは余裕の表情で腕をグルグルと回して電撃を放つ準備をする。だが、セルピルがエレキッドに叫ぼうとするが全く声が出ず、青い閃光が角から光出す。
眩しいほどの電撃がダグトリオに襲い掛かるが、ダグトリオは何もなかったかのように地面を掘り進める。エレキッドは口を開けてあんぐりとしたがそれもそのはず、ダグトリオは地面タイプ電気技は一切効果がない。トレーナーならばすぐに理解して、無駄な電気を出さないように指示するのだが、指示を出せないセルピルはそれができなかった。そもそもの問題として野生のエレキッドが自分の命令を聞いてくれるかどうか怪しいところであるが。
ダグトリオは、目に見えないほどの一瞬でエレキッドの体をきりさきダメージを与える。急所に当たったのか、エレキッドは倒れたまま動かなかった。
団員たちの行く手を遮るエレキッドが倒れたため、オオスバメたちは悠々と地面に降り立つ。ニチャモは未だにコジョンドがセルピルの下へと行かせないように体毛がしなり、行く手を遮る。
団員たちがセルピルの周囲を取り囲むと、間からゴドー司教が割り込みその高い身長からセルピルを見下ろす。
「さて、ポケモンを戦わせる愚かさが分かったかな。バトルは相手だけでなく自分も不幸にするだけなのだ」
「あなたたちだって、ポケモンを戦わせているくせに!」
「否。これは制裁だ。貴公のような言うことを聞かない哀れな者を取り押さえるための行動なのだ。バトル自体を目的とする卑しきこととは異なる。最も、ポケモンたちがなぜ貴公を守ろうとして戦うのか理解できぬがな」
詭弁。そういいたかったが、周囲を取り囲まれたこの状況では、発言一つでひどいことをされるのは目に見えていた。
「連れていけ」
後ろにいた団員たちがセルピルを連れていこうとその手をつかもうとする。
「コメットパンチ」
冷たく機械のような声がこだますると、背後にいたオオスバメたちが一斉に倒れた。全員が振り向くと、四つの腕を持つポケモン、メタグロスがその張本人だった。
さらに、前方ではニチャモと戦っていたコジョンドが叫び声を上げていた。コジョンドの前には、サーナイトがサイコキネシスでコジョンドを空中で磔にしていた。セルピルと同じぐらいの年でたれ眼が特徴的なサーナイトのトレーナーは、冷たくサーナイトに技の命令を発していた。
「イエロスヴィレッジの有志が出てきたのか!?」
ゴドー司教が、叫んだ。あの少年が村に住む有志なのかとセルピルは驚いた。なにせ自分と変わらない年の少年であるからだ。
すると、サーナイトのトレーナーは、先ほどの冷たい機械のような声でなく人間味のある声で仰天していた。
「あれ?頭の羽が二本……そうだよね!あの時のアチャモだよね!?」
少年の驚く声とは裏腹に、サーナイトは黙々とコジョンドをサイコキネシスで地面に叩きつける。ゴドー司教以下団員たちが次のポケモンを出そうとするがモンスターボールを出せなかった。サーナイトが、サイコキネシスでフリーの団員たちを押さえつけているようだ。
その様子を見ていたセルピルも、サーナイトのサイコキネシスで体がゆっくりと浮き上がる不思議な感覚に戸惑いながらもフリーの囲みから逃れ、サーナイトの元へと運ばれていく。
「メタグロス、他の奴らを一掃しろ。しねんのずつき」
少年が先ほどの声とは打って変わり、冷たい声で命令すると、メタグロスは下にいるダグトリオに狙いを定め降下する。ダグトリオは、持ち前の素早さで地面に潜ってメタグロスの攻撃をかわし続けるが、地面を砕くほどの鋼鉄の体は執拗にダグトリオが潜った穴にまで追いかけ、ダグトリオを打ち破る。
もはや、場に出ているポケモンもなく、サーナイトのサイコキネシスで次のポケモンを出すことができないという形勢逆転状態に陥ったフリー。
だが、ゴドー司教が顔の血管が浮き出るほど体に力を込めてサーナイトのサイコキネシスに抗い、モンスターボールの開閉スイッチを押した。ボールから出てきたネンドールが同じくサイコキネシスでサーナイトの技を相殺させる。サーナイトのサイコキネシスから解放されたフリーの団員たち。自力で破ったゴドー司教は相当無理をしたみたいで、立つこともままならずネンドールに指示を出せないほどだった。
「はぁー、はぁー。おのれ、このまま済むと思うな。必ず我が信条の元、断罪する!!」
ゴドー司教は、髪を乱して団員たちの肩につかまりながら息を荒げてセルピルたちを睨みつける。そして、ネンドールの目が光ると一瞬にしてフリーの団員たちは消えてしまった。どうやらテレポートで逃げたようだった。
さて、ようやく助かったセルピルが少年にお礼を言おうとすると、真っ先に少年が嬉々としてセルピルの手を強く握りしめた。
「やっぱりだ。やっぱりそうだ。君だ。君だったんだ!」
その手は、セロの物と違い、硬さよりも柔らかさが先行しているが指の先はまめのようなものができていた。
「僕だよ。アレクサンダーだよ。六年前に君とラーレタウンでバトルした。覚えていない?」
その特徴的なたれ眼と物憂げな顔を近くで見ると、セルピルの奥底で眠っていたものが次々と引っ掛かていた記憶や断片的なものが整合化されて形を整えていく。
「……そうよ。ずっと引っ掛かっていた。六年前にたしか……あなたのメタングとバトルして、
セルピルは思い出した。初めての男の子の友達。それはセロではなく、今目の前にいるそしておそらく自分が挑戦状の返事を出したであろう
六年前、セルピルが六歳のころだった。セルピルは女の子にしてはやんちゃで活発な子供であった。その日もいつものようにレイの牧場からニチャモを借りて一緒に遊んでいた。その頃のニチャモはまだニチャモというニックネームをつけてなくアチャモと呼んでいた。なぜならその時の頭の羽は三本あったからだ。
その日は、隣の地方――今思い返せばそれはオリント地方であろうとこから大事なお客さんが来ていて、町中大騒ぎだった。両親は、危ないからと町から少し離れた十三番道路で遊ぶことにした。
いつものようにアチャモと駆け回っていた時、見かけない男の子を見つけた。セルピルが何しているのと聞いても「何もしていない」と答えるばかりだった。男の子は物憂げな顔と垂れた目が特徴的だった。
セルピルがしつこく聞いてくるので男の子は折れて事情を話す。
「大人たちが町は危ないから、ここでポケモンバトルの練習をしておきなさいって言われたんだ。でも、僕」
「私それやってみたい!」
ポケモンバトルというテレビの前だけしか見たことがなかった単語。セルピルはその経験者と出会えて自分もポケモンバトルを体験できると思いバトルをしてと何度も男の子に頼んだ。
「駄目だよ。きっと君のポケモンを傷つけてしまうよ」
だが、セルピルは全く引かず男の子は勢いに押されてバトルする態勢をとった。そしてがモンスターボールを手に取ると、その目つきが変化する。先ほどのおどおどした目ではなく、すべてが見えなくなるほどただ一点を見つめているかのような目であった。
ボールが開くと、中から鋼鉄の体と二本の腕が伸びたポケモンメタングが飛び出す。セルピルは初めて見るポケモンに興奮して男の子に尋ねる。
「何そのポケモン!?ねえ、何て名前のポケモンなの?」
「メタング、とっしん」
だが、男の子は全く反応せず口から発せられるその冷たく機械のような声でメタングに攻撃を命令する。アチャモは慌てて突進してくるメタングを回避し、セルピルは返事もせずに攻撃をする男の子に文句を立てるが相手は全く意に介さなかった。
「やったな~。アチャモ、ひのこで押し返すのよ!」
アチャモは小さな火をメタングに放つが、弱点であるはずのひのこであるがレベル差が違いすぎるのか鋼鉄の体を焦がすだけだった。
「無駄だ。どくどく」
メタングの爪が濃い紫色に変化すると、腕を引くと勢いをつけて腕を伸ばす。寸でのところでアチャモは身をかわしたが、代わりに三本あるうちの一本の頭の羽が毒で溶けてしまった。
アチャモが安心したのもつかの間、もう一方の腕がアチャモの腹に直撃する。吹き飛ばされたアチャモを受け止めようとセルピルが前に出るがその勢いは六歳の子供では受け止めきれず丘の斜面を転がってしまう。
ようやく止まったときには、セルピルの服と顔に草と土が絡まり、泥だらけになっていた。顔に手をあてるとどこかで切ったのか額から血が出ていた。
「ぼ、僕また。やってしまった。ど、毒を、早くこれで」
先ほどの無味乾燥な表情はどこへやら、男の子はどもりながら慌ててポケットからどくけしを取り出してアチャモに振りかける。すると、男の子はセルピルがアチャモを庇い地面を転がった所為で額から血が流れ、顔を赤く染まっていたことに気づき腰を引いてしまった。
「君、血、血が!僕。僕。僕」
男の子は取り返しようのないことをしたと声が細くなり反対に顔が青く染まった。だが、血自体はそこまで出血していなくセルピルは平気な顔で自分の額に手をあてて血を止める。
「ほら、大丈夫。血止まったよ。私は平気だし、アチャモも薬で治ったよ」
「で、でも。頭の羽が」
「髪の毛だって生えてくるし、いつか生えてくるって」
だが男の子はそれでも、気が晴れなかった。
「僕、いつもバトルとなると自分が見えなくなるんだ。周りの大人たちはそれでいいって言われているんだけど。けど、知らない子のポケモンを、君まで傷つけてしまったら!!」
「じゃあ、知らない子じゃなくて
男の子はポカンと口を開けた。男の子が答える暇もなく、セルピルが代わりに言う。
「えっと、たしかアニメでやっていたわ。『きのうのてきはきょうのともだち』って、ほら」
「僕を、許してくれるの?」
「うん、だからまた明日――」
セルピルがそう言いかけた瞬間、男の子のポケットから着信音が鳴る。
「ごめん。僕もう行かなきゃいけない。僕、別の地方から来たんだ。だからすぐには会えない、けどきっとまたここに来るよ。その時はまたバトルしよう!」
「きっとだよ。またバトルしようね!」
「絶対約束守るから!僕と
名前を聞くのを忘れてしまったが、セルピルは別の地方から来た男の子を見送った。額から出る血が鼻の頭にまで垂れているのも気にせずに姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
家に帰ると、額から血が流れてボロボロになったセルピルの様子を見て両親が今まで聞いたことのないような悲鳴を上げ、慌てて病院に連れていった。幸いにも大した怪我ではなかったが、女の子であるセルピルが血を流してまで遊んだことに両親は今後のことを考えセルピルを自由に外で遊ばせることを禁じたのだ。
あれから男の子がラーレタウンへ来ることはなかった。その一方、セルピルは外で思いっきり遊ぶことも地元のサッカー部に入ることも許されず鬱憤が積み重なった。
そして窓の外から見える景色に映る外で血を流しても怒られず自由に遊びまわる男の子たちを憎んでしまった。その憎しみに押し流されて、アレクサンダーとの記憶や約束をすべて記憶の彼方へ忘れ去ってしまったのだ。
そして今、少女はまさかその相手が目指している避難場所にいるとは思わず。少年もまさか相手の方からここに来るとは思わないという運命的な再会を果たしたのだった。
だが、セルピルは素直に喜べなかった。自分がフリーに追われている理由を、そして挑戦状のことを、そしてなによりも約束したバトルができなくなっていることをアレクサンダーにどう伝えればいいのか悩んでいるからだ。
「ほら、ここが僕の住む村、イエロスヴィレッジだよ」
アレクサンダーが示した故郷、そしてそこはセルピルが挑戦状を送った場所イエロスヴィレッジ。昔ながらの石造りの家々が円を描くように立ち並び、中央の広場には舞台のようなものがポツンと立っていた。奥の方にはオリント山から流れる滝がしぶきを絶え間なく美しい場所であった。