第四十九話『揺らぎ始めるフリー』
ファトゥラシティのオフィス街の目抜き通りに地上三十階建ての大型ビルを構えるカタス社アニヤ支社。その最上階にて明かりが灯されている社長室では支社長のヘルメスがポルックとヘレネから手渡された写真と資料を見て手がわなわなと震えていた。
ヘルメスは気を落ち着かせるために傍にいたヘルガーの体をなでる。普段ならヘルガーの柔らかな体毛と背中の装飾の肌触りと炎タイプ故の温かさで気持ちが和らぐが、それでも落ち着かず手元のコーヒーを一口飲む。コーヒーの苦さが口の中に広がるが目の前の資料と比べれば比でもなくむしろ腹立たしさが増した。
「これは、本当のことだろうな」
ようやく口を開いたヘルメスは、額に皺が多いに寄り険しい形相をしていた。
「間違いないです。この目で見たのです」
「我々は、この基地に入ったことはなかったのですが運よくこの現場を撮ることができました」
添付されていた写真にはドカリモの生産現場や白だと判断したはずのセルピルがオリントのフリーの基地にいる証拠の写真が載せられていた。
ヘルメスの命令がないところで、フリーが明らかに形骸化しているとはいえアニヤのボスであるヘルメスの命令を無視して行動を起こしているのは明らかだった。そして最もヘルメスを怒らせたのはアニヤを騒がせている犯罪事件のキーであるドカリモをフリーが作っていることだ。
「このセルピルという娘は俺が問題ないと判断したよな。なのに命令を無視して誘拐しただと!しかもドカリモがオリントのフリー基地で製造。そしてそれがこっちにあるということはだ」
「オリントの方だけでなくアニヤのフリーも噛んでいるということになるのです」
「ポケモンの解放を謳うと言いつつ洗脳するとはとんでもないです」
ポルックとヘレネは軽蔑するかのようにフリーの資料を見てそう伝える。
「こんなものがバレたら俺の首だけじゃなく会社や社員まで吹っ飛ぶじゃないか!!フリーや本社は何を考えているんだ?!」
ヘルメスは頭を抱えて、しばらく突っ伏していた。本社がフリーと関わっていることを知った上でこの職についていたが、根っこの部分までのことを知ろうとせず放置してきたつけが回ってきてしまい最大の決断をヘルメスは迫られていた。
ヘルガーが心配そうにヘルメスにキュンという鳴き声を上げると、ヘルメスはようやく頭を上げて目の前の子供二人に目を配る。
「……率直に聞く、お前らはどちらの味方だ?」
口調が荒くなっているもののヘルメスは冷静に二人に問いかけた。これは今度の彼の方針にかかわることだった。もし目の前の二人の動向が変わればヘルメスもその動きに合わせて動く予定だった。長考するかと思われたが、二人はあっさりとすぐに答えを導き出した。
「我々は
「もちろん、ボスとはオリントにいますボスの方ですが。けど、ボスは今はオリントにいてその地位を利用されているかもしれないのです。なので、アニヤの方にいるボスに従うのです」
それを聞いてヘルメスは心の底で安堵して、電話を取り出した後先に二人に命令をかける。
「よし、決まったぞ。まずは社員を全員帰宅させる。お前たちは今支社にいる黒服部隊に連絡して配置に着かせろ。それが済んだら、エウリュアレーを呼び出すぞ」
夜は八時を回った頃、ヘルメスの社長室の水槽が動きエレベーターの扉が開くと、中から二人の団員を後ろに引き連れたガマゲロゲのような老女が姿を現した。この老女がフリーのアニヤ支部総代のエウリュアレーであり、事実上アニヤのフリーを指揮している人物だ。
「こんな時間に何の御用ですかヘルメス支社長?」
ヘルメスは、何も言わずエウリュアレーたちに労いの言葉も椅子に座るように促すこともなくただじっとヘルガーと共に三人を睨みつけていた。
「お前たちが何をしているのかわかっているのか?」
「おっしゃられていることがわかりませんね。我々フリーはポケモンの解放と自由を布教する宗教団体」
「惚けるな!!」
ヘルメスがエウリュアレーに怒声を浴びせたと同時に、ポルックとヘレネが後ろの団員を一瞬で倒し、エウリュアレーの背後をついた。
「ネタは上がっているんだ。オリントの方は過激だからこっちでは穏健策を採ってカタス社の利益の拡大に努めてきたのに、こんなことをされては俺たちの苦労は台無しだ!この悪党集団めが!!もうお前らフリーや本社とは今後一切縁を切る!!」
首筋に得物を突きつけられたエウリュアレーであるが、全く身じろぎもせず静かに周りの様子をじっと垂れた皺の間から舐めるように見回していた。
「おやまぁ。飼いガーディに育ての子まで親に歯向かうとはいい度胸でございますわね」
「寝ぼけたことを」
「我々の親はオリントにいますボスのみです。今は義理でついてますが、フリーには一切そんなものないのです」
ポルックとヘレネは淡々と答え、獲物をより首筋に近づける。すると、エウリュアレーが脇から取り出したタブレット端末を静かに起動させ、それをヘルメスに見せる。
そこには、ヘルメスらがいるカタス社の社内が映っていた。右下の小さな画面をエウリュアレーが拡大させるとそこには帰宅させたはずの社員がフリーの団員とキリキザンに囲まれて脅されている様子がリアルタイムで写されていた。
「仕事熱心な社員に、社員思いの社長。なんと素晴らしいことでしょうか。帰宅命令が出ても会社に残って仕事を続けるなんて」
「馬鹿野郎が」
捕まっていたのは、ヘルメスが仕事量が多いと懸念していたシステム課の社員たちだった。エウリュアレーを人質として警察に突き出し、アニヤ支社がフリーと無関係であると世間に触れ回って逃れようとした算段が逆に社員を人質に取られてしまったのだ。
すると、社長室の入り口の扉が急に開きフリーの団員たちが一斉に中に入ってくる。
「もうこの会社の機能は我々の手の中にあります。さて、大人しくするのはどちらでしょうかね」
エウリュアレーが低い声で皮肉を言うとヘルメスが歯ぎしりをして悔しさをにじませる。すると、ポルックとヘレネがエウリュアレーから身を引き、捕まえようとする団員たちの間をするりと抜けて一瞬で社長室から姿を消した。
ヘルメスを守るものはボールから出ているヘルガーだけで、ヘルガーは主人を守ろうと歯茎と歯の間から小さなひのこが漏れて迫りくる団員たちをけん制する。だが明らかに多勢に無勢、ヘルメスはヘルガーを制止して降伏した。
「まだ生かしておいてあげますわ。あなたにはまだ社長としての利用価値がありますしね。まずは
「な、なんだと!?それを貴様らに渡したら!!」
「選択なんてないのですよ。これは命令です。フリー総代としての命令ですよヘルメス社長」
ヘルメスが屈辱の命令に従わざる負えない一方で、ポルックとヘレネは通気口兼黒服部隊専用口にてそのやり取りを見ていた。ヘレネは唇を噛みそこから血がにじみ出るほどの悔しさを出していた。
「悔しいのですポルック。ポケモンたちを利用している奴らに出し抜かれるなんて」
「落ち着くのですヘレネ。社内にいた人を人質に取られたのは我々のミスですが、まだ終わってません。我々と他の黒服部隊が残っています。必ず仕返ししてやるのです。ですから奴らより先に情報処理第二課に急行してあれを取りに行きましょう」
二人は同時にうなずくとそのまま情報処理第二課へと這いずりながら進んでいく。彼らボス直属部隊である黒服部隊のフリーに対しての反撃の戦いが始まろうとしていた。
オリントのフリーの基地では復旧工事が進んでいた。最重要である電力はすぐに回復しフリーの団員は一堂に作業を止めて画面に注視していた。
「皆さま、ご覧あそばせ。いよいよ我らが王が迷宮に眠っている伝説のポケモンと邂逅する瞬間となります!伝説のポケモンと手を取りポケモンたちを解放する時が来るのです!さあ皆さん、ボスの晴れ姿をご照覧あれ!」
元のサラサラの挑発の髪に直したメデューサが団員たちにマイクでその清らかな声で呼びかけ大画面の方に向かせた。だが一人それに従わず顔を俯き手を組んで悩んでいた男がいた。
それは団員たちの支えにしてまとめ役であるはずのゴドー司教だった。ゴドー司教は、セルピルの言葉が頭から離れなかった。
「師匠の言うとおりだったのか?ポケモンは野生の時から戦いを好んでいたというのは。ポケモンバトルはトレーナーの命令なしでも自然とバトルをするのは本能であるのは」
ゴドー司教は、オリントでもアニヤの出身でもない別の地方から来た男だった。彼は昔ウコンというフロンティアブレーンの下で修業していたが、ポケモンの根幹部分に意見の相違があり師匠の下を去ったのだ。
ポケモンは元来争いが好きな生き物であり、ポケモンバトルは共に戦う兄弟であるトレーナーとのお互いの絆を深めるものというのがウコンの理念に対して、弟子であるゴドーは全く反対の理念を持っていた。ポケモンは本来は戦いを好まない生き物である。今ポケモンがバトルをしているのはトレーナーによって調教されてしまいそれに無理やり従わされているだけであるというのだ。だからゴドーにとってポケモンバトルとは人間の娯楽のために作り上げた虚像であると捉えていた。
そしてウコンの下を離れ、オリント地方に来たときに自分の理念と一致する団体が目の前に現れた。それがフリーだった。ゴドーは真っ先に入信し、自身の信念をフリーの理念をオリント地方の人々に教え広めてきた。そして司教という地位にまで上ったが、それは私欲のためでははなく自分の信念を広めてきた結果である。
だが、その信念が今崩れ去ろうとしていた。全てはセルピルが放ったあの言葉だった。
「今までの、民衆や教徒の声は本当にすべて自作自演だったのか?…………ありえるかもしれん」
フリーが活動を開始の黎明期からゴドーは、行く先々でポケモンがバトルするのは反対だという人々ばかり見てきた。その時のゴドーの目からすればオリントの人々は本当は心の底からバトルが嫌いなのだと思っていた。自分の信念が間違っていなかったのだと思っていた。
今振り返ってみると明らかにその人々は過激な人ばかりだった。バトルする奴は人間でないなど行き過ぎる発言もゴドーは人々の勢いにのまれて特に気にも留めていなかった。もしそれが本当に自作自演だとしたらとゴドーはセルピルの言葉によってはじめて疑問を持ったのだ。
セルピルの言葉に偽りがないかを調べるために、ポケモンを操る機械が本当に存在するのか確かめるため特定の団員しか知らないパスワードを知っているゴドーの信奉者にスパイさせて内部を探せた。
そしてそれは事実だった。本当にポケモンを操る機械をフリーが作っていたことを。加えて、教化の対象者がゴドーの知らないところで拷問じみた教化をしていたこともようやく知ったのだ。
画面前の団員たちは画面の前でまるで神や勇者が頂点に立とうとしている様子をこの目で見ているかのように異様な雰囲気を放っていた。もし、ゴドーがエレブーが野生のポケモンだと知らなかったら、あの時ボロボロになりながらもセルピルたちの後を追い、彼らの言葉に耳を貸さなかったらその狂気に飲まれていただろう。
団員たちは神々しい物を見ているかのように画面に食いついていた。そこには
自分は間違いなく犯罪の片棒を担いでいた。ならば罪滅ぼしとしてこの狂気から団員たちを解き放たなければという使命感があった。ゴドーには少なくない信奉者がおり手を貸してくれるものの、二つの地方に散らばっている他の団員をこの狂気から解放させるにはあまりにも手が不足している。
「この狂気からみんなを解放させるためには、どうすればよいのだ」
ゴドー司教が髪を乱して頭を抱える一方で、大画面にはフリーのボスがコキノスの迷宮の最奥にて目的のポケモンを発見し、それを開放するための道具を掲げていた。それは百年前にオリントの王が目の前の伝説のポケモンを解き放った時と同じ構えをしていた。