「ニチャモ、ひのこ!」
放たれたひのこは、前方の視界を遮っていたミノムッチたちを驚かすには十分だった。ミノムッチたちは、ひのこが当たらないように急いで自分達の体を吊るしている頭の部分を縮めた。その隙を突いて、セルピルがミノムッチの下を自転車で全速力でこいで走り抜ける。
木々が生い茂る林を抜けると、セルピルはいったん振り向きポケモンが追ってこないことを確認して、一息つき。自転車のかごに乗せているニチャモにオレンの実を食べさせ、ニチャモの頭を撫でて労をねぎらった。
「ニチャモありがとう。やっぱりここを抜けるにはあなたじゃなきゃ時間かかっちゃうもんね」
セルピルが通っているここは十二番道路。草原であった十三番道路とは異なり、青々とした高く伸びた草や林が繁茂する道である。こうした環境においては、虫ポケモンや草ポケモンが生息するため、そういったポケモンが苦手な人にとっては鬼門であり、セルピルも大の苦手ではないが虫ポケモンは苦手なほうである。
そういう人のために、スヨルタウン行きのバスが朝の十時にブッスシティから出ているものの一日に一便しかないと不便で乗り遅れるとブッスシティで一日足止めを食らうことになるのだ。今は昼の一時、バスに完全に乗り遅れていた。しかしセルピルは、そのバスに乗れないことを想定していた。
ブッスシティでのトレーナー登録にどれくらい時間がとられるかわからなかったことに加え、バスは確かに安全で快適だが、スヨルタウンに着く時間には夕方になってしまうルートを走行するため、何時間も硬いバスの座席に揺られ続けるのはセルピルはごめんこうむりたかったのだ。十三番道路攻略のために虫ポケモンが苦手なニチャモを外に出して、ひのこを吐き出したりつつく攻撃で道を切り開き今に至るのだ。
「もうすぐ朝日の洞窟だよニチャモ。洞窟を抜ければスヨルタウンは目の前。つまり本格に見知らぬ土地の旅の始まりだよ」
「チャモチャ!」
セルピルは、まっすぐ人差し指を伸ばし眼前に見える朝日の洞窟を指した。セルピルにとってこの洞窟こそが、冒険のはじまりの入り口に見え、今までは物語で言えばプロローグにすぎないと考えていた。
ニチャモは、ひのこを出すために大きく息を吸い込みはじめると、そっと嘴を押さえられた。
「ニチャモ、ここは火を使わなくても大丈夫だからね」
「チャモ?」
ニチャモの疑問は、洞窟に入るとすぐに解かれた。
朝日の洞窟内に進入すると、壁際に鉄の杭でつながれたロープが張られていた。これはここを通る人がポケモンが掘った別の穴に迷わないようにする目印に取り付けられているのだ。それを伝って奥へ奥へと進むが、洞窟内部に燭台や電灯がないにもかかわらず洞窟は暗くなるどころか昼間と変わらぬ明るさを維持していた。この光景にニチャモはただ驚くばかりである。
「チャ!チャモ!?」
「驚いたでしょ。朝日の洞窟は、なんでも光を吸収する鉱石や反射する鉱石を多く含む山で、ちょっとの明かりでも昼間みたいにこんなに明るいのよ」
朝日の洞窟は、洞窟内が明るく地盤が安定していることもあってここを通る人も多く、学校の行事で通るルートでもあるのでセルピルも、学校の遠足でここを通ったことがある。またポケモンも他の洞窟と違いこうもりポケモンが存在せず岩タイプポケモンばかりなので、人に直接危害を加えるポケモンがいない代わりに、自転車などの乗り物に乗ってポケモンにぶつかっり事故を起こさないように乗り物は下車して歩かなければならないことが義務づけられる。
セルピルが自転車を降りて押して進んでいくと、自転車の前輪に何かがぶつかり、かごに載っていたニチャモが落ちてしまった。幸いニチャモに怪我はなかった。地面を見てみると、鈍い銀色に輝く鉱石のようなものが地面からひょっこりと出てきていた。少し近づいてみると、それはもぞもぞと動き、やがて二つの双眸が見えた。ぶつかった物の正体は、ココドラだった。そのココドラは虫の居所が悪かったのか、自転車に対してずつきをして自転車を倒してしまった。
「ちょっと、なにするのよ!?ニチャモやっちゃえ!」
「チャーモ!」
勢いよくココドラに向けて放ったひのこであったが、ココドラがどろかけで掻き出した泥の塊でひのこを打ち消されてしまう。
「つつくでココドラの動きを止めて!」
動きの遅いココドラは、回避できずニチャモのつつく攻撃を受けてしまう。だが、ココドラの体は、鋼鉄でできているためニチャモは鉄柱を殴ったかのように自身の体が震えてしまう。
ニチャモのつつくが失敗するのを見て、ココドラは周りの岩を動かしてがんせきふうじを繰り出し、ニチャモに岩を投げつけた。炎タイプのニチャモに岩タイプの技であるがんせきふうじは、致命的なダメージを受ける。セルピルは、岩が落ちてくる場所を知らせてニチャモはそれを回避する。だが、落ちた岩が道をどんどん塞いでしまい、ニチャモが逃げる場所がなくなっていく。ついにその岩のひとつがニチャモに当たってしまい倒れてしまった。そのダメージは大きく、体を起こせなかった。
ココドラが、再び岩を動かしてがんせきふうじを出そうとしたとき、ココドラが動かしてもいないのに岩が独りでに動いた。それは、岩ではなく何匹もののイシツブテが集まった塊だった。さらに、光を反射する鉱石と思われた洞窟の壁も動き出しそれがダンゴロだと気づいたのはすぐのことだった。
イシツブテが「ラッシャイ」と声を発すと他のイシツブテやダンゴロたちが一斉に移動を始めた。岩ポケモンたちの大移動で土煙が舞い、セルピルは動こうにもイシツブテたちが周りにいるため危なく、身動きが取れず土が目に入らないよう顔を覆いかぶすだけだった。
何分か経ち、イシツブテたちはすべて去っていった。幸い、セルピルに怪我はなく荷物は無事であったが無残にもイシツブテとダンゴロによって自転車は骨組みをぐにゃぐにゃにされもう乗ることができなくなった。辺りを見回すと、あの大移動でがんせきふうじで落ちた岩が砕かれ道が開けた状態になった。だが、そこにニチャモの姿がなかったことに驚愕した。
「ニ、ニチャモ! ど、どこ? どこにいるの?!返事して!」
セルピルが精一杯声を張り上げてもニチャモが返事をすることはなかった。血の気が引く感覚が押し寄せた。
土煙で先ほどよりも明るさが弱くなっているが未だ煌めく洞窟とは対象的に、セルピルの心境は暗い洞窟に入るようになっていった。六年間レイの家のポケモンを借りてきて初めてのことだった。遊んだりバトルをして怪我をするということはあったが行方が分からなくなるということは初めての経験でどうすればいいかわからず右往左往していた。もしニチャモが見つからず報告しなければならないとなると思い目の焦点が合わなくなってきた。
「おやまおやま、お若いお若いお嬢さん。どうかしましたかな?ここでうずくまって?」
突然呼びかけられた洞窟内に響くような低音ボイスに振り向くと、そこには口周りにひげをたっぷりとたくわえ、身長百八十後半もありそうな大男が心配そうにセルピルを見ていた。
「え、えっとあなたは?」
「わしは、洞窟男のハサン。よく山男と間違えられますが間違がえんように。で、どうされたのですか?」
「あ、あの、あの。私のというのは正確じゃないんですけど、借りてるアチャモなんですけど。見かけませんでしたか?も、もし見つからなかったら友達になんていえば」
セルピルとは明らかに体格差が違いすぎる大男に狼狽えたが、藁にすがる気持ちで事情を説明しようとハサンに伝えようとするが、伝えようとすればするほど頭の中がパニック状態になり上手く説明ができず支離滅裂な感じになっていった。
「お嬢さん落ち着いて。あなたのアチャモを見失ったのですね。それならばわしのズバットで探してみたい……のはやまやまですが、ここの洞窟は明るくてズバットが動けんのがやまですな」
セルピルは、うなだれた。せっかくニチャモを見つけられる希望があるというのにと希望の灯が消えてしまうようだった。
すると、地面からもぞもぞと現れるものがあった。現れたのはココドラで激しく呼吸をしていた。ココドラには体に何か小さなものが当たったようなへこみがあった。それがさっきニチャモのつつくでつけた傷で受けたものだと気づいた。
「おおそうだ。あのココドラをゲットすれば何とかなるでしょう。お嬢さん今なら疲れていますしチャンスですぞ」
「は、はい」
セルピルは、言われるがままに慌てて腰につけているポーチからモンスターボールを取り出し、ココドラの額に向けてボールを投げた。ココドラは、何の抵抗もなくモンスターボールに当たり、ボールが三回揺れて呆気なく捕まえた。
「捕まえたココドラを出してください」
初ゲットの感傷もなく、言われるがままココドラをさっそく出した。出てきたココドラは不機嫌そうな顔をしていた。ハサンは手に収まるほどの機械を出し、ココドラに近づいた。しばらくしてハサンは「なるほど」とぼそりというと、背中の大きなリュックからディスクケースと筒の缶を取り出した。
ハサンがケースから一枚のディスクを取り出しそれをケースについていた機械にセットし、ココドラにかざそうとするが、ココドラは警戒してにらみつけていた。それを見てハサンは、缶から小さなお菓子を取り出しココドラにあげた。ココドラは、警戒してにおいを嗅いでもそもそと食べ始めた。その隙をついて機械をかざした。ポーンという音が鳴るとハサンは立ち上がりセルピルのほうを向いた。
「お嬢さん、ココドラにすなあらしの技を出してください」
「ココドラ、すなあらし!」
すでに小さなお菓子を食べ終えたココドラは、さっきよりも機嫌がよさそうな表情で後ろ足で砂をけり、砂が洞窟内を舞い、光を覆い隠していく。すかさずハサンはズバットをボールからだした。
「ズバット、超音波だ!標的はアチャモ!」
「ズバッ!」
ズバットが口から人には聞き取れない音波を発した。洞窟内はココドラのすなあらしが舞いまともに目が開けられない状態であったが、元々目がなく獲物や障害物を回避するために超音波で探索するズバットには関係ないことだった。ズバットが標的を見つけて小さな穴の中へ入っていくと、「チャモー!」という聞き覚えのある鳴き声をセルピルは捉え、ココドラのボールを取り出す。
「ココドラ戻って」
セルピルは、声のした小さな穴に這いずって潜り込んだ。穴の中は、そこまで広くも長くもなかった。なぜなら体の半分ぐらいのところで穴は終わりそこで這いずっているズバットと驚いているニチャモの姿がいたからだ。セルピルは、あふれ出そうな涙をこらえながらニチャモとズバットを抱えて、穴から出てきた。
「よかった。ニチャモごめんね。あなたが見つからなかったら、レイになんて言えば。ハサンさん、あのありがとうございます」
「いえいえ、ポケモントレーナー同士困ったときは協力してやらなければ。それよりも、お嬢さん服が砂まみれですが大丈夫ですか?」
セルピルの姿は、ソフトハットは砂だらけで白いシャツや短いジーンズデニムパンツも土でひどく汚れてしまい、肘や脛も砂がついていて、洞窟に入る前までの爽やかな服装であったセルピルの姿はなかった。
「平気……ではないですけど、着替えもありますしこれは私がこの子をちゃんと野生のポケモンたちからかばわなかった罰です」
「そう悔みなさんな。どうやらお嬢さんは、まだ駆け出しのトレーナーのようですな。では先輩トレーナーさんから旅のアドバイスを、いっぱい失敗しなさい。人生は山のように高く険しいことや洞窟のように暗く先が見えないことばかり。道を間違えても仕方がないのです。いっぱい失敗を繰り返していけば自然に道はわかるものです。道具があれば道を見つけることはもっと簡単になります。だからいっぱい経験しなさい」
落ち込んでいたセルピルをハサンは励ました。見た目が大柄でおっかなそうなハサンであったが、やさしく語り掛ける紳士さにそんな感情は失礼だった。
「ありがとうございました。私、セルピルといいます。またどこかで会えることを山男のハサンさん」
「洞窟男のハサンですよ。では最後にお得な掲示板情報を。ポケモントレーナー必見のポケモン図鑑の本が発売中!カントー地方から最新情報のアローラ地方の情報まで盛りだくさん一冊千五百円とお手頃な価格!お近くのポケモンセンターで販売中……ですよ。旅の道具に必要ではありませんか?」
ハサンからありがたい情報を得て一礼して、朝日の洞窟の本道を進みハサンの姿が見えなくなると、ニチャモに謝罪した。
「ごめんねニチャモ、すぐ近くにいたのに私がおたおたして。反省しなきゃね」
それは、ニチャモにではなく自分に言い聞かせるように悔いていた。ふと、思い出しセルピルはモンスターボールを取り出しボールから先ほど捕まえたココドラを出した。
「なんだかんだだったけど、これからは私たちの仲間よ。ココドラじゃ味気ないから、う~んコドラは進化後の名称だし、ならゴトラでいいね」
ゴトラはニチャモのほうを向くと、先ほどの戦闘のことを思い出したのか鼻息を鳴らし、ニチャモに向かって体当たりした。
「ゴトラ!もうボールに戻りなさい!」
ゴトラを大慌てでボールに戻して、ニチャモの被害を防いだ。ゴトラがニチャモと一緒にするのは前途多難だと感じた。
ニチャモを抱えながら洞窟の本道を進んでいき、極力野生のポケモンと戦わないように気を付けて進んでいった。幸いにも向こうから戦いを挑むようなポケモンは現れなかった。だいぶ朝日の洞窟を進んでいったのを感じたのは、洞窟内の明かりが赤くなり外はもう夕方だと判断できたからだ。
そして洞窟の岩が途中から途切れているのが見えて、セルピルが走るとそこには青々とした草と色とりどりの花が咲きほこり、遠くには夕焼け色に染め上げられたスヨルタウンとアニヤ地方二大湖のトリ湖が見えていた。
セルピルは、急いでポケモンセンターのあるスヨルタウンへ駆け出した。早くポケモンたちを休めたいのと教えてもらったポケモン図鑑を買うため。そして、レイにニチャモの無事を報告したかった。
戦いの期限まで後、五十四日。