セルピルがタッシーマシティに戻ってきたとき、ポケモン協会から迎えの車が来てポケモン協会のあるファトゥラシティへ送迎された。
オリントのコキノス島から二日かけてファトゥラシティへと戻ってきたときセルピルはたった一週間という間に溜まっていた疲れがドッと出てきた。迎えの人によると、デミルシティにあるセルピルの荷物やセロがファトゥラシティのポケモンセンターで帰りを待っていると聞かされた。
そしてファトゥラシティのポケモンセンターに来たとき、一番先にセルピルを待っていたのはセロでもセルピルの荷物でもなく、セルピルの母エレモアだった。
エレモアは、娘が戻ってきたことに喜ばず顔をしかめてじっとセルピルを見ていた。母親の姿にセルピルがたじろぐとエレモアが声を発した。
「嘘をついて勝手に旅に出ただけじゃなく、誘拐されたってポケモン協会から連絡があってどんなに心配したと思っているの!?さあ帰るんだよ!」
「は、はい」
セルピルは何も言い返すことができず。セルピルの荷物が置いてある部屋へとポケモン協会の人に案内された。
案内された一室は、セルピルが以前ファトゥラシティで宿泊した部屋と間取りが同じだった。セルピルは電気もつけずベッドのすぐそばにあった荷物を開けると、出発前と中身が同じで変わっていなかった。まるでタイムカプセルに入れられていたかのように全く同じだった。
着替えの服も寝袋もそして半分以下になっていたアロマグッズもそのままになっていた。そしてセルピルは指を折って旅に出た日数を数える。
「……いろいろあったなこの二十二日間」
親に嘘をついて旅に出てタッシーマシティで親にばれた時にはどうしようと思っていたものの、何としてでも逃げ切ろうと思い立った。だが、もう逃げられない以上旅を続けられない。それにセルピル自身旅を続けるのに自信がなかった。
疲れがあるのはそうであるが、オリントのトレーナーたちが苦労しているのを身をもって感じ、テオドールがジム巡りをしている事情を知った今自分が旅をしている目的があまりにも矮小すぎて申し訳なく思ってしまった。自分が旅をしてきたのは親から逃げて一人旅をしたかっただけでポケモンリーグはあくまで旅の目的地という認識だった。そんな自分が旅をしていいのかコキノス島から疑問を感じていた。
そしてエレモアがセルピルの前に現れ、ここが潮時かと思いセルピルが身支度を始める。今着ているデニムパンツと白のシャツを脱いで、ワンピースに着替える。思えばさっき来ていた服は旅の出発の時に着ていたものだ。着替えた服を手に取り旅の始まりのことを思い返しているとアレクサンダーのことが頭に引っ掛かった。
アレクサンダーが数年かけて自分を探すための手紙を送り続けようやくその手元に来たというのに自分はその意志を踏みにじるような目的で返信をしてしまっている。しかも、アレクサンダーは未だに自分が出した手紙が自分に届いてなく代わりにレイという人物に届いてしまっていて落胆している。
そう思うと、本当にこのままでいいのかと思ってしまいぎゅっとシャツを握り締めた。今から手紙を出せばと思うものの、彼が本当に喜ばせるには旅を続けてポケモンリーグに向かう必要がある。
だが、そのためにはまた母親を出し抜き、自分のついた嘘を正すためという理由で旅を続けるのは本当に良いのか心が揺らいでしまっていた。
突然、部屋の扉がコンコンと軽い音が聞こえてきた。
「セルピル、入っていい?」
その軽快な声の主はセロだった。セルピルは了承し、セロが部屋に入ってくると一週間ぶりなのにどこか懐かしさを感じてしまっていた。セルピルはカバンを片付けてセロをベッドの上に座らせた。
「セルピル、お母さんが来ていたけど」
セロは気遣ってそれより先にのことには触れなかったが、何を言いたいかセルピルはわかっていた。旅を続けるかどうかだ。しばらく部屋の中に沈黙が続いた後、セルピルはセロに伝えた。
「……セロ、私ここで旅を終えようと思うの。あんなこともあったし」
「なんで!?バッジあと一個残っているじゃん。セルピルの身だってポケモン協会が守ってくれるっていうし、もちろん僕だって!」
セロが必死でセルピルを止めようとするが、セルピルはただ首を横に振り、自分の意図を伝えた。
「私ね。お父さんとお母さんに嘘ついてジム巡りの旅に出たの。今さっきお母さんに怒られて、だからもう帰ろうと思う」
「それじゃあ、セルピルが今まで旅を続けてきた意味は何なのさ!」
セロが顔を近づけてセルピルに迫った。その表情は、今までにないほど真剣なものであった。セルピルはその気迫に押し負けないように言い返した。
「自分の自己満足、我儘ね。こんな理由で旅を続けても不純極まりないし。でもセロは自分の意志で旅をしているから関係ないでしょ」
「違うよ。僕はセルピルが一人でジム巡りをしているって知って、憧れたんだ。僕も旅がしたいって」
「それなら、一人でも」
「セルピル、スヨルタウンの決勝戦でのこと覚えている?僕あの時嘘ついていた。ラーレタウンに戻ったあとセルピルの跡を追いかけてきたんだ。一緒に旅をしたら楽しくなるだろうなって、それで急いで自転車を漕いでスヨルタウンまで行って。途中別れちゃったけど、ヴァディタウンからやっと一緒に旅して僕本当に楽しかったんだ。セルピルは僕といっしょは楽しくなかったの?」
楽しくなかったと言えば嘘になる。ヴァディタウンでセロと一緒にダブルバトルをしたこと、ファトゥラジム戦後のバーガーショップでの祝賀会、岩の旧市街でセロが真っ先に助けに来てくれたこと。様々な思い出が鮮やかによみがえりセルピルの記憶に色どりを付ける。
「せっかくここまで来たじゃないか!セルピルが旅を出た理由が自己満足なら、僕もセルピルと一緒に旅をしたいっていう自己満足だよ!」
決して引こうとしないセロにセルピルはたじろぎ始めた。すると、再びドアがノックされた。エレモアが待ちきれずに来たのかと思い、揺れ動いている心の準備ができていないままセルピルは部屋に入ることを許可した。
扉が開くと入ってきたのは母親ではなく、スヨルタウン以来にその姿を見せたミノアだった。
「ミノアさん!?」
「久しぶりねセルピルさん。ポケモンセンターの前でたまたま見かけてちょっと時間がありましたから、仕事の合間に会いに来ましたの」
ミノアは以前と違いピシッとしたスーツを着ていた。仕事の合間と言っていたから香水店でのミノアの服装なのだろう。
突然の再開に戸惑うセルピルだが、初見であるセロはどちら様という表情を浮かべていた。とりあえず、セロにちょっと席を外してもらうように言って、ミノアをベッドに座らせて二人っきりになった。
「突然お邪魔してごめんなさい。けどセルピルさん、前にロゼさんの電話から来たときよりも落ち込んでいないですか?」
ミノアもセルピルの表情を読み取っていた。セルピルは自分が旅に出た理由と、旅を終えることをミノアに伝えた。ミノアはセルピルの話を聞き終えると、いつもの落ち着いた声で語り掛けた。
「それでも旅を続けてもいいと思うわ」
「どうしてですか?他のみんなは大変なことを乗り越えてきて、私と同い年の子は何年も前の友達を探すためにしていたり、もっと深い理由でジム巡りをしたりと、私の旅の理由と比べてあまりにも小さくて、旅をする資格がないと思っていまして」
最後の方になると、自分のことを声に出してみると自身がなくなり声が小さくなってしまった。すると、ミノアはポケットから一つの瓶を懐から出してセルピルに渡した。
ミノアが「嗅いで見て」と促し蓋を開けて嗅いでみると、セルピルが以前にミノアからもらったアロマとは違うフルーティ系統の香りが鼻からすっと入っていく。
セルピルがアロマを嗅いでいるタイミングを見計らい、ミノアは足をぶらぶらさせながら自分の過去を語り始める。
「私もね、子供のころ旅をしていたの。その時はポケモンリーグがなかったから目的地と言える場所もなくて気ままに旅をしていました。親の反対を押し切ってですけどね」
最後に飛び出た言葉にセルピルは驚いた。高潔な女性だと思い描いていたミノアが、まさか自分と同じく親に反対されてもそれを押し切って旅をしていたとは思わなかったのだ。
「危ないこといっぱいありましたわ。今でも思い出します。ポケモンに襲われたり、悪い大人に騙されて高いお金を払うことになったり、ポケモンセンターがほとんどない時代で女性だからいつも身の危険にさらされていました。それでも旅をつづけました」
ミノアが語っていたこと、細部は違うものの
「旅をする理由なんて人それぞれ。深い理由があって旅をする人、強いトレーナーとバトルしたいから、何かが分らないけどそれを探してみたいという人、そう言う人に色々出会いました。最後は私のことですけど」
旅をする理由はなんでもいいという風に聞こえる。セルピルはそういう意味なのかとミノアに聞く。
「親から離れて自分のしたいことをしたいという理由でも?」
「もちろんです。そして、私は旅の途中でたまたま見つけたポケモンだけが知っているいい花の香りが立ち込める花園を見つけてまして。溜まっていた疲れがいつの間にか消えてしまったのを感じて道を進もうって決めましたの。それで今は香水店の店長しています」
ミノアの過去の話を終えて、しばらく沈黙が訪れた。セルピルはその中で自分は本当に旅を終えていいのか自問自答した。旅を終えて本当にいいのか?
そもそも自分の旅の理由は、親から抜け出し自分の思うがままに旅をするのと
セルピルは望み通りに毎日が変化のある日常を送ってきた。そしてその最終目標であり最も変化のあるはずのポケモンリーグを諦めてしまうのか。自分はバッジをゲットできるではないか。コキノス島でジムリーダーに勝った実績と三つのバッジがある。あと一つでポケモンリーグに挑めるのに、ここで放棄してしまうのかと。
そして旅を続けてきた間に大事な目標が生まれてしまっていた。アレクサンダーに自分が瓶の中の挑戦状を受け取ったのに六年ぶりに顔を合わせたのに結局言えずにここに戻ってきてしまった。セルピルの中に友達と直接顔を合わせて会うために旅を続けたい気持ちが心の奥底で沸き上がり始める。
「実は、さっき同い年の子で人を探しているって言いましたよね。それ私なんです。でもその子に会うためにはポケモンリーグに行かないと会えないんです。最後まで自分の旅をきちんと終えたい自己満足と昔の友達に会うため、こんな理由でも旅を続けても大丈夫なんでしょうか?」
「旅に制限はありませんわ。大人も子供もポケモンだって旅をします。目標がありますならそれに進んだらよろしいです。それに昔の友達と会うために旅をするなんてすばらしいです」
「そうだよ!僕もセルピルと一緒に旅をしてポケモンリーグに出場したい!セルピル、一緒にポケモンリーグへ行こうよ!」」
扉が勢いよく開くとセロが入るなり一緒に行こうと呼びかけた。
「聞いてたのセロ?女同士の会話盗み聞きするなんて最低だと思うけど」
「ごめん。でも気になっちゃって」
いつもながら行動が先に出てしまうセロに呆れながらも彼らしい行動だと思った。
「いいわよ。一緒にポケモンリーグへ行きましょう。問題はお母さんよね。走っても荷物があるからすぐ追いつかれそうだし」
「そのことなんだけど。ちょっと考えがあるの」
ポケモンセンターの宿泊施設がある二階からセルピルとセロが荷物をもって降りてくるのを見てエレモアは待ちくたびれたかのように席を立った。
「遅かったじゃないか。さあ帰るよセルピル。お父さんも心配しているし」
一階のリノリウムの床に降り立つと、セルピルは手をぎゅっと握りしめた。そしてその手をセロが優しく握りしめる。その男の子特有の筋肉質なごつごつとした手が、セルピルに勇気を送ってくれるような気がした。いや、くれているのだと直感で感じた。セルピルは勇気を出して母親に自分の体験したことを伝えた。
「お母さん私、この度色んなこと経験したよ。楽しいこと嫌なこと。ポケモンバトルを通じて立派な人やその逆な人もいることや私に憧れて旅をしたいっていう友達がいることを知って、ポケモンたちが本当はどんな風に過ごしているのかすることができたの。知っている?お父さんがいつも歌っている言葉に出てくるヨワシってポケモン、あれがいっぱい集まったらどんなすっごく強いんだよ」
娘の旅の思い出話をエレモアは素直に聞いた。そして娘に歩み寄りセルピルの手を取ろうとする。
「そうかい。嘘ついてまで旅をした件はもういいけどさ。セルピルが大変な目にあったって聞いて心配したんだよ。けど、もう充分だろう旅の思いでも家に帰ったらいっぱい聞くよ」
「うん。……だけど、まだ足りないの!!」
その言葉と同時に、セルピルとセロは駆け出した。エレモアの手が伸びないうちに駆け抜けてポケモンセンターの扉へと向かう。そして扉が開く。それはセルピルが旅に出た朝とは違い太陽が高く昇っていたものの、再び歩み始めたことを現わす昼間の光だ。セルピルの旅はここからまた歩み始めるのだ。
セルピルとセロがポケモンセンターから出ると、空から人を乗せたエアームドとムクホークが歩道に降り立つ。
「さあ、早く乗りな!飛ばすよ!」
エアームドに乗っている人物がゴーグルをかけたまま二人に呼びかける。二人は急いで荷物をポケモンの背中に乗せて自分たちもそれぞれのポケモンに乗ると翼が羽ばたき上にへと昇る。
ちょうど数メートルまで上がったときに、エレモアがポケモンセンターから出てきて逃げたセルピルに向かって叫んだ。
「セルピル、どうして!?」
「ごめんなさい!私、最後まで旅を続けたいの!セロと一緒に、昔の友達と会うために!帰ってきたときにいっぱい謝るから!」
だが、それで許してくれないのはセルピルにはわかっている。エレモアは空を飛んでいるセルピルに向かって声を荒げて怒っていた。
「どうしてそんな危ないことを続けるの!危ないってセルピルもわかっているでしょ!」
「わかってる!けど、この旅は私が今までずっと我慢してきたことの裏返しなの!サッカーも外で遊ぶことも我慢してきた。だから今はいっぱい我がままさせて!」
セルピルがそう言い残すと、エアームドは反転して上昇し始める。あっという間にセルピルを乗せたエアームドの姿は小さくなっていく。
「あの子は女の子なのに、どうしてまたやんちゃに」
「何かを成し遂げたいのは、女の子も男の子も変わりありません。したいことを思いっきりさせる時期は今しかないのですよセルピルのお母さん」
ポケモンセンターから出てきたミノアが、エレモアの背後からそう諭した。
「もう、ファトゥラシティが見えなくなったねセルピル!」
ムクホークの背中に乗っているセロが大声でセルピルを呼んだ。ファトゥラシティの特徴である高層ビル群がまるでミニチュアのように見えていてだいぶ遠くへと飛んでいるのがわかる。
「わざわざジムリーダー自らが、手伝ってくれてすみません」
「アタシも女だからね。旅をしたい気持ちはわかるよ。ずいぶんと旅をしたものさ色んな所を回ってさ」
しわがれた声ながらも老齢快活な声を上げてセルピルを乗せてくれた人物は、カリチィンジムのジムリーダーモミである。ミノアの人脈でセルピルをカリチィンシティまで運んでくれる手はずを整えてくれたのだ。
モミのポケモンのそらをとぶは、今までセルピルが体験してきた中でも最も安定して飛行をしていた。素人のセルピルでもわかるほどかなりの熟練した技術を持っているのがわかった。
モミは、ジムリーダーであるとともにアニヤ地方の郵便局の局長を務めている。郵便局設立の黎明期より飛行ポケモンによる郵便配達を行いモミはその先頭に立っていた。周りからは年の数の何十倍以上も空を飛んでいるという異名があるのだ。
「ねぇー、左側に海が見えるよ!僕たち東の方に向かっているはずだよね。なんで海が見えるの?」
アニヤ地方の地理的に海は西側と南側しか見えない。東に飛んでいるのに左手に海が見えているのは確かにおかしいと思った。モミはからからと笑って左手に見える海を説明した。
「あれは内海さね。海水だけど大陸に囲まれているから大きな湖みたいなものさ。ほら内海の向こう側にも別の地方の町が見えるだろう。アタシも若い頃は別の地方に旅をしたものさ、そこは飛行タイプポケモンばかりいてさ。そこで飛行タイプポケモンの乗り方とかを勉強したもんだよ。その技術を弟子たちに教えて郵便局を設立したんだ」
確かに内海の向こう側にキラキラと明かりのようなものが見え、より目を凝らすとうっすらと高層ビルのようなものが見えていた。アニヤやオリントだけでない地方がまだまたあるのだとセルピルは世界の広さを空の上から感じ取った。
「あと一時間ぐらいすればカリチィンシティ。アタシのジムがあるところに着くさね。降下するから荷物をしっかりと持っておくんだよ」
そう言うと、エアームドが降下を始めるとセルピルの体はグッと押さえつけられる感覚が起きた。この感覚だけは何度も慣れずセルピルはモミにぎゅっと抱き着く。
その拍子に、セルピルのポーチのチャックがはずみで開いてしまい中からフリーの基地から盗ったまま入れっぱなしになっていた鍵が外に出てしまった。瞬時にモミが飛ばされそうになった鍵を手でつかみ取り大事に至らずに済んだ。
「気を付けなよ。ところでこりゃなんだい?鍵の種類がバラバラじゃないか」
「それは、私がフリーの基地から取ってきた鍵です。逃げ出したときからずっと入れっぱなしにしていて」
「フリーの基地からだって!?もしかして鍵全部かい!?」
セルピルは何か悪いことでもしたのかと思い、恐る恐るゆっくりと頷いた。すると、モミはエアームドを上昇させて速度を上げ始めた。ムクホークに乗っていたジムトレーナーは何事かと思い、モミに向かって大声を上げた。
「局長!?どちらへ?」
「リーダーとお呼び!進路変更だよ。ちょっとアッラー山まで手を貸してほしいことがあるんだよ!