モミのエアームドはカリチィンシティを超えてさらに東へと飛んでいく。高度がどんどん上昇して空気が少し薄く感じたのか酸素をより吸い込もうと無意識に呼吸が荒くなり始める。
「もう少しだから我慢をし。ほら着陸するよ」
エアームドは高度を維持したまま山の中へと着地する。降りた場所はあたりが霧が立ち込め、上を見ても下の方も見ても全く見えなく霧のカーテンで先を隠してしまっている。セルピルが息を吸うたびに鼻の中に霧が入ってきてむせ返ってしまうほどあまり長居したくない環境であった。遅れてセロとジムトレーナーを乗せたムクホークも到着して降り立つと三人はモミの誘導に従って砂と岩ばかりの山道を登っていく。
数分して登ったところで山道が平坦になるとそこにはいくつもの鎖で縛られている体が燃えるような赤い色で彩られていたポケモンがうめき声を上げてもがいていた。そのポケモンの後方には祭壇のようなものがあるが篝火が折れていたり、建物の一部が破損していたりと何か争った形跡があった。祭壇の付近では何人かの人が復旧作業とポケモンの体調管理をしていた。
「……縛られている」
「なんでポケモンをこんなに鎖で縛りあげているの!?かわいそうだよ!!」
「フリーの奴らだよ。普通のトレーナーならボルケニオンをこんなことできるはずないさ。できるとすれば、相当腕の立つトレーナーが集団でやらないと無理さね。そしてゲットもせずここで縛り上げるなんてことをする芸当をするのはあいつらぐらいだわさ」
フリーその言葉を耳にして、セルピルははらわたが煮えくり返りそうな思いになった。ポケモンの解放と宣っておいて、やっていることがポケモンを操るだけにとどまらず縛り上げるだなんて何と矛盾した奴らなんだと怒りに震えあがるりそうになる。
セロがボルケニオンと呼ばれたポケモンを心配して近づくと、ボルケニオンは警戒してセロを睨みつけたが鎖で体が縛り付けられているため顔を数センチしか動かせられなかった。
「どうすれば、このポケモンを助けられるの?」
「そのために、セルピルがフリーの奴らから奪ってくれた鍵が役に立つ」
モミがセルピルが落とした鍵をセロに見せつける。すると、モミに駆け寄ってきた人物がタブレットをモミに渡してきた。
「局長、博士から通信が入っています」
博士という単語を聞いてもしかしたらと思い、セルピルはモミに渡されたタブレットを横から覗き込んだ。だがタブレットの画面に現れたのは、セルピルの予想と違いあのムースを乗せたような髪をした瓶底メガネのハギス博士だった。
『よーく見つけてくれたモミ局長!これでボルケニオンが救出できるわ!と、後ろにいるのはミュケーナ博士の助手ではないか』
ハギス博士がその言葉を言うや否や、横からハギス博士を画面の外へと押し出してミュケーナ博士が褐色の髪を振り乱しながら画面に映る。
『セルピル!?よかった、無事にこっちに戻ってこれて!心配したのよ!』
「ごめんなさい。迷惑をかけまして」
『感動の再開もよいが、わしらの研究成果をフリーの狙いを話さねばらんぞミュケーナ博士』
画面の外から戻ってきたハギス博士がミュケーナ博士を後ろへ押し出して乱れた白髪と眼鏡を正す。セルピルはミュケーナ博士の再開の時間を邪魔されたことに少し不満がりぼそりと「そのままの姿でも変わり映えしないのに」と意地悪を言った。
セルピルが不満を述べていることを知らずかセロがタブレットを手に取り、ハギス博士に疑問をぶつける。
「フリーの狙いってなんですか?このポケモンと関係あるのですか?」
『大ありじゃ!岩の旧市街で発見された壁画、一体はあの特徴的な姿とコオリノリュウという文字からキュレムだとわかり、もう一対の赤い体のヒノカミはアニヤの大地をつくったと言われるアッラー山のボルケニオンではないかと予想した矢先にだ。岩調査の二日後にボルケニオンが縛り付けられたという報告があってな。これは岩の旧市街にいたフリーが絡んでおるに違いないと踏んで、ポケモン協会にボルケニオンの救出とオリントのジムリーダーにキュレムが眠っていそうな言い伝えがある場所を探すように連絡を回してな』
ハギス博士が長々と説明をしたが、二人には全く趣旨がつかめずちんぷんかんぷんだった。
「よくわかんないんだけど、言い伝えって何?」
「私オリント地方でいくつか昔話のようなものを聞いたわ。一つは、悪さをするポケモンを閉じ込めたコキノスの迷宮ってとこと、オリントの王に忠誠を誓ったダーコスシティの人々がドラゴンポケモンと交流をするためにバトルをしたとか」
『そう、それが言い伝えよ。けどセルピルちょっと
セルピルはそれを聞いて変だなと感じる。聞いた内容はアレスのを要約しているものの、記憶違いはないはずだった。もしかしたら伝えた側であるアレスの記憶違いかと思い気にしなかった。
『つまりじゃ。百年前の戦争に出現したポケモンがキュレムであり、もしフリーが伝説のポケモンキュレムを蘇らせて悪用されでもしたら、大変なことになるのじゃ。過去にイッシュ地方のソウリュウシティがプラズマ団に操られたキュレムによって氷漬けにされたという情報もある。なんとしてでも阻止せねばならん。そのためにも、悪い言い方だが一刻も早く対抗手段であるボルケニオンを開放させなばならん』
「パスワードが解除できたよ。さあボルケニオンあんたを開放してやるよ」
モミがボルケニオンを縛る鎖にあるカード一枚分ほどが入る隙間にカードキーを差し込む。鎖はみるみるうちに地面に吸い込まれるように沈んでいきボルケニオンの体が自由になる。
「ボルッケーノ!!」
ボルケニオンが立ち上がると、山全体に響くほどの咆哮を上げる。全員がその咆哮に耐えきれず耳を塞ぐとボルケニオンは体についてある二本のアームから勢いよく大量の水が放出される。それはまるで何両もののポンプ車のホースから吐き出される水量に匹敵し、ボルケニオンは水の勢いに乗って山を降りていく。
全員があっという間に飛び立っていったボルケニオンの姿に呆然と見つめる中、モミはすぐさま手を動かすように指示を出す。
「ポケモンをお出し!お前たちボルケニオンを追うんだ!」
「リーダー!一大事です!これを」
モミの部下と思わしき男性が先ほどのとは別のタブレットを持ってモミに見せた。セルピルとセロもタブレットを覗き込むとそこに映っていたのは、壇上の上に立つステンノーの姿だった。彼女の背後にはFの字と二枚の羽が描かれたフリーのシンボルマークが掲げられていて、客席にはフリーの団員が仕切りなく埋まっていた。
団員のざわつき声が止むと静かな会場の中でステンノーがいつもの羽が装飾されてジャケットを着て芝居がかった声のよく通る声をマイクを通じて語り始める。
『我々、フリーは長く辛抱強くアニヤ地方の人々に申し伝えました。ポケモンを傷つける行為であるバトルをするのはやめなさいと。ですが彼らは敬虔でポケモンのことを理解しているオリントの人々と異なり争うことを止めませんでした。それはまるで、バトルという別の宗教を崇拝しているかのようで、私達はこのことをどれほど心痛めてきたのか計り知れません』
静まり返る会場の団員たちはただ一点、ステンノーの方だけを注視していた。
『そしてついに今日という日に、オリントのフリー本部はこの事態に憂いてある決断をしました。アニヤ地方全域とオリント地方に残っている異教徒をすべて教化をすることを決断しました!さあ、立ち上がるのですアニヤ、オリントのフリーの団員と信者よ!!二つの地方に教化を!ポケモンの解放を!悪の根源、ポケモンジムとポケモン協会を倒すのです!!』
ステンノーが拳を天高くあげると、団員たちは一斉に立ち上がり拍手喝采とフリー万歳という掛け声を何度も連呼したところで映像が終了する。
「この録画した映像の直後に、アニヤの全ポケモンジムとバトルに関連する施設がフリーに襲撃されました。オリニア鉄道の路線もいくつか爆破されているとの報告が」
「ネットも電話も現在不通です!通信は無線しか使えません!」
「奴らめ小賢しいことを。通信と連絡路を絶って各個撃破を狙うつもりだね。カタス社が裏で手を引いていることがバレて焦って起こしたに違いないよ」
先ほど博士たちが映っていたタブレットはいつの間にか画面が真っ暗になっていた。セルピルはポケナビツーでミュケーナ博士に電話を入れようとするが電波があるはずなのに通話ができない状態になっていた。
セルピルは嫌な予感がしていた。このままフリーがポケモンジムを襲い続けてしまえば、セルピルとセロの旅の目的地であり、テオドールの夢を叶え、アレクサンダーと会うための場所であるポケモンリーグがなくなってしまうことに。
その嫌な予感をセロが代弁してくれた。
「もしかして、このままだとポケモンリーグは……」
「この事態じゃ中止になるだろうさね。そうでなくても、二つの地方をまとめる役割を担うポケモン協会本部は中央都市にあるから、どのみち奴らは中央都市にも攻め込んでくるさ。あの女司教の発言から察するにオリントのジムも襲われているさね」
オリントのジムもという言葉にオリント地方での出来事がよみがえった。セルピルはあのオリント地方での波乱の数日間でオリントのトレーナーたちがどれほどの苦渋を味わってきたのかを身をもって知っている。数少ないポケモンバトルを楽しめる場所を提供しているジムリーダーたちやオリント地方でポケモンバトルをしたい人々がその権利を完全に失ってしまう。
そしてセルピルはあることを思い出す。この事態にオリント山の有志達は何もしてこないことに。フリーと距離置いている彼らはきっと傍観を決め込むだろう。アレクサンダーももしかしたらフリーを止めるための戦いに家族から引き留められてしまうかもしれない。
チャンピオンである彼だがバトル以外では弱気な男の子だ。アレクサンダーにどうやって彼を勇気づけることができるだろうか。
セルピルは必死に自分が彼に何かできることはないかと思考を巡らせるが、その答えはすぐそばにあった。自分の思いを届ければいいんだと。だがどうやって届けるのだと次の障害を越えるために考えを巡らせる。
「アタシらがボルケニオンを追う。おそらくキュレムが出たはず。お前たちはカリチィンシティへ行き街を守るんだ。郵便局も忘れちゃだめだよ。これ以上インフラを壊されたら堪らないよ」
幸運は目の前にあった。局長という言葉、どうして気付かなかったのだろうかと自分の知識のなさを恨んだ。
「あの、こんな時におかしいとは思いますけど今オリントに郵便を送れますか?」
「……あたしが郵便局長だからかい?だがなんでこんな時に手紙を」
だが、モミが理由を聞く前にセルピルは頭を下げて頼み込んだ。
「お願いします。大事な人が、友達のために私の手紙が必要なんです!」
「…………三分間待ってやる。急いで手紙を書きな!料金は後払いだよ!」
それを聞くと、セルピルはポーチに入れていたメモとペンを取り出して自分の気持ち、謝罪、そして今までの出来事を書き綴った。修正する暇もなかったので読みにくい字や塗りつぶしたあとがあったりとメモ用紙三枚分になってしまった。そしてそれをモミがくれた封筒に入れて封をするとモミのペリッパーがそれを口にくわえて飛び立つ。
セルピルは祈る。どうか無事にオリントに、アレクサンダーに届きますようにと願った。奇しくもセルピルは返事を待ち続けたアレクサンダーの気持ちがわかる気がした。彼の三年という見込みのない返事の手紙を待ち続けたことに比べれるとあまりにも違いすぎるがアレクサンダーはただ一心に願っていたのだろう。六年前に出会った自分にもう一度会うためにお礼を言うために。
そしてその返事をようやく今出せるのだ。今度は挑戦状の返事ではなく、送った相手への心からの返事として。ペリッパーの姿が霧の中に消えて見えなくなると、モミはすでにエアームドを出して出発する準備をしていた。セロは先ほどと同じくムクホークの背中に乗っていた。
「乗りな!すぐに飛ばすよ!」
エアームドの背中に乗ってモミの腰に手を回して出発する準備をすると、モミから一対のペンダントが渡された。
「あんたに渡すもんがあったよ。ハサンから預かっていたキーストーンとメガシンカデバイスだ。中身はバシャーモ用だよ」
「メガシンカって、ワイスさんやオリントのジムリーダーとかが出したものですよね」
「おおさ。ジムバッジ三つ持ったトレーナーに渡されるものさね。中身は手持ちのポケモンから選別して渡されるけどね」
「え~、僕にはないの?」
「あんたはまだバッジが二つだろう。おとといおいでな」
セロががっかりとしている間に、二匹の鳥ポケモンは翼を羽ばたき空へ舞おうとする準備をする。
「事前にボルケニオンに発信機をつけている。今あいつは、西へと向かっているね。急いで追うんだ!」
エアームドとムクホークが同時に空を飛ぶと、ものの数分で霧が消えてアッラー山から抜け出していく。
先ほどまでいたアッラー山もその山の大きさが小さくなり始めた時、セルピルは少し下を見下ろす。左の方は木々が生い茂っている場所や遠くでは活火山が黒い煙を吹き出していた。方角と位置から察するにあの山は岩の旧市街付近にある火山だろう。そして右を見ると大小の建物がうっすらと見えそこから黒い煙がいくつか見えていた。明らかに建物から火が吹いていて、フリーによって町が凄惨な状態であるを物語っていた。
突然、水平飛行をしていたエアームドが急上昇して空中を一回転して旋回を始めた。セルピルは必死でモミにつかまり振り落とされないようにした。一体どうしたことかと思ったときモミの口から事態の変化を読み取った。
「馬鹿に多いじゃないか。待ち伏せってとこだね」
目の前に、フリーの軍団がオオスバメに乗って待ち伏せていたのだ。フリーの軍団は乗っているオオスバメ自らセルピルたちに攻撃をしたり、エモンガを何匹か出して飛行タイプの苦手とするスパークを放ちセルピルたちが乗っているポケモンたちを撃ち落とそうとする。
モミやムクホークのジムトレーナーも他の飛行ポケモンを出して応戦するものの圧倒的に数が多く押されてる一方だった、
「これじゃきりがない。お前たちの中で空を飛べるポケモンは持っていないのかい?」
空を飛べるポケモンと聞いて、セルピルは真っ先にナライの名前を上げる。セロはというと、ヨっちがいると告げてこの混戦から抜け出すなら多少仕方なしとして出すように命令された。
さて、セルピルがナライを繰り出すといつものようにけたたましい超音波に似た羽ばたきを伴ってフリーの集団に向かっていく。そしてセロもワマっちことヨマワルが出てくると思ったが出てきたのはなんと進化系のサマヨールだった。
「セロのワマっち進化したの!?」
「うん。それよりも、ワマっちエモンガにシャドーボールだ!」
ワマっちがエモンガに狙いを定めてシャドーボールを放ちエモンガを撃ち落とす。モミらの手持ちである飛行ポケモンにとって厄介なエモンガを先に落とす作戦のようだ。セルピルもそれに続きナライにかみくだくを命じる。
「ナライ、まずはエモンガたちを倒して!」
ナライがエモンガ達に向かってかみつき、一体ずつ落としていく。だが、エモンガたちもただ黙ってやられるわけではなかった。三匹のエモンガが編隊を組んでヨっちとナライの攻撃をかわし続けてセルピルの乗っているエアームドの腹部に向かっていくとそこに狙いを定めてスパークを放つ。
死角である腹部から攻撃を受けたエアームドとセルピルたちは共にスパーク攻撃を受けてダメージを受けて羽の動きが止まりバランスを崩して落ちかけてしまう。モミが電撃の痛みを食いしばってエアームドの体勢を元に戻そうとエアームドを叱咤して体勢を元の安定した状態に戻す。
だがモミは痛みを我慢することによる集中とエアームドを元に戻すことに必死でセルピルがモミの体から手を離してしまったことに気付かず、先ほどの体勢を戻したときに発生した揺れでセルピルはエアームドの体から落ちてしまっていた。
ムクホークが先にそれに気づき、セルピルを助け出そうと急降下を始めようとするがフリーのオオスバメが行く手を阻み動けなかった。
セルピルは、自分の体が痛みと背中に空気が当たり落下していくという奇妙な感覚に苛まれながら今までの思い出が蘇ろうとしていた。ああ、これが走馬燈という奴なのかと直感で理解し、受け流されるままゴオという気流が流れる音を聞きながら思い出が流れてくる。
だが、思い出はセルピルが十歳の時に止まってしまう。何事かと頭を被り上を見ると、セルピルの左手をナライがつかんでいた。だが、ナライの体はいくつもの攻撃を受けた痕があり背中の羽も何枚か動きが鈍っていた。
このままでは一緒に落ちてしまうと思い、セルピルは一瞬だけ下を見る。下には木々がいくつもの屋根のように重なり合っていてあと数メートルもすればそこに落ちるだろうと予測できた。
「ナライ、私から手を離して!下に木があるから、多分怪我だけで済むと思う。だから」
だがナライはセルピルの手を離さず必死に上へと上昇しようとする。すると、一匹のエモンガがナライの背中に向かってアクロバット攻撃をして、ナライの四枚の羽根のうち二枚がプツリという音を立てて宙を舞った。
「飛んで!!」
セルピルの叫びを最後にナライはセルピルを最後までつかんだまま、そのまま木々の中へと落ちていく。ナライにアクロバット攻撃を決めたエモンガはナライが落ちたとき、空気中に感じたある違和感を感じた。