あっという間に石灰棚の地面が雪と氷という別の白いものに置き換わってしまった綿の城。キュレムのふぶきがようやく収まりを見せると、雪の中からセロが一番に這い出てくる。セロの足元にはフっちが多足の脚で雪をかき分けて一種の巣穴のようなものを形成して、セロがそこから出ると穴から二本の触覚と顔を出す。
「セルピル?みんな!!」
セロが今まで見たことのない白く冷たい地平線の彼方まで見えるかのような平面な世界を見渡して声を上げるが、その声は雪に吸い込まれあっという間に消えてしまう。すると、雪がいくつか盛り上がってくるとトレーナーたちがポケモンに抱えられながら這い出てきた。四天王もジムリーダーも同じようにポケモンに抱えられて雪の中から出てきたが、その中にセルピルの姿がなかった。セロがアザミに駆け寄ってセルピルの所在を尋ねたがアザミはただ首を横に振るだけだった。
「セルピルー!!フっち、ラっちセルピルを探すの手伝って!!」
セロが素手で地面の雪をかき分けて掘り始めると、それに続いてボールから出てきたラっちがフっちと一緒になって雪を掘り始める。体の大きくかき分ける足の数が多いフっちの方が一番早く掘り進めていたが、それに負けずセロは凍傷で手が痛み始めても雪を掘り続けた。ただセルピルを助ける一心だけで掘り続けていた。
すると、フっちと一緒に掘っていたラッチが誰かを見つけたようでフッちの掘った穴から這い出て、セロを呼び寄せる。セルピルが見つかったと手を止めてラっちのいる穴へと足を運ぶ。地面が雪で埋もれ、うまく走れないながらもセロは一生懸命足を前へ前へと泥沼のようにへばりつく雪から足を抜きながら穴に向かって進む。
ようやく穴にたどり着き覗くと同時にセルピルの名前を呼ぼうとする。それを寸で止めた。
「さ、寒いのです。助かったのです」
そこにいたのはポルックとヘレネの二人であり、セロは肩を落とした。だが、先ほどまで雪に埋まっていた二人が無事であったことにもしかしたらセルピルは無事ではないかという希望の灯が見えた。
「助かったのはいいですがヘレネ、ボルケニオンが……」
「ボルケニオンがどうかしたの!?」
ポルックが地面の雪を軽くどけるとそこには空気が交り白く濁った氷が見えていた。よく見ようと、フッちの胴体を滑り台のように伝って二人のいる氷の地面へ下りていく。セロが地面に降り立ち二人の元へと歩むと地面の感触が違うことに気付いた。石灰の地面からすぐに氷の地面に変わったことにセロは嫌な予感がした。
二人のいる氷の下を目を凝らしてみる。空気が交って奥が見えにくくあったが、よく見ると赤いアームのようなものが見えていた。その一部分を見ただけでセロは察した。
「ボルケニオンが、氷の中に!」
「この氷は元は温泉の湯だったのですが数分もしないで凍ってしまっているのです。しかもかなり深いところにいるのです」
キュレムに勝てる伝説のポケモンが倒されてしまったということよりも、散々嬲られた挙句にこんな氷の中で閉じ込められていることに口の奥が苦く感じた。だが自分の頭ではどうすることもできない、とにかくボルケニオンのことを伝えてセルピルの捜索を再開させることに努めたかった。セロの頭の容量はいっぱいいっぱいだった。
するとフッちのドラドラという鳴き声が聞こえ、セロはフっちの頭の方へと走っていく。フッちはセロの命令をあれからもこなしていて、その多足で雪をどかして掘り進めていた。そして掘り進めていた先に赤い角が一本見えていた。セロはフッちにもっと掘り進めてと伝えて一緒に雪の壁を掘るとそこにはセルピルを抱えて身を守っていたニチャモの姿があった。
「ニチャモ!よかったセルピルも一緒だ」
だが、ニチャモの顔色は優れない。様子を見に来たポルックがニチャモの腕の中にいるセルピルの体を触ると普段から表情の変わらなかったその顔が眉間にしわを寄せた。
「体が冷たいです。どこかで体を温めさせないとです!」
それを聞いてセロはボルケニオンの惨状を思い起こし、セルピルが最悪な方向に向かっているのではと心の方が急速に冷えていった。
フッちの体につかまって一行は一度穴の中から出ると、いったん収まりを見せていた吹雪がまたその勢いを吹き返していた。リヌムとモミらジムリーダーがセルピルの容態をすぐに察して全員が避難している神殿にへと下がることにする。上空ではキュレムが舞飛びながら口から氷技を放っていて、その背中に乗っているアレスが今我が物顔で綿の城の惨状を見下しながら笑ってみているようにセロは感じた。
ジムリーダーたちが階段を上って神殿に上がると神殿は人であふれていた。各々が急激に気温が下がったことに備え付けのバスタオルを体に巻き付け、緊急事態のため設置されていた木製の椅子を壊して焚火をするなど暖を取ろうとしていた。
神殿を守っていたスレイマンが近づくと、ニチャモの腕に抱えられていたセルピルの様子を見てすぐ全員に声をかけてタオルなどを持ってくるように伝えた。
「セルピルちゃんを神殿の奥へ。こんな猛吹雪、故郷の島の山以上だ」
スレイマンに案内されて神殿の内部に通じる階段を地下二階ほど降りてにいくと、円形状の小部屋の中へと入っていく。そこは石の壁で周りが囲われて風の一つも吹いていなく、上にいた時よりも寒さはましだった。その部屋にはセルピルと同じように、寒さで体調を崩した人が何重にもタオルを巻かせて焚火の傍に座らせていた。
ニチャモはセルピルを抱きながら小部屋の奥の台座の近くにへと座らせて、セロが持ってきたタオルを何枚も重ねて巻く。セロがセルピルにタオルを巻かせているとき、ニチャモがセルピルを離さないように努めているのに驚きを隠せなかった。ニチャモの体温はかなりの高温であることを知っていたが、ニチャモはそれを利用してセルピルの体を冷やさないように自分の高温を利用して温めているのだと。ポケモンは人間のように話ができないのに自分に何ができるのかちゃんと理解しているのだと、セロはそれに負けないようにタオルを巻くのを急いだ。
「ヘレネ、しっかりするのです!ヘレネが倒れたのです!」
ヘレネはぐったりとポルックにもたれ掛かっていた。脚の片方は宙をぶらぶらさせて精気の片鱗がみえない。ポルックの悲痛な叫びが部屋に響くと、髭と髪がつながった男性がヘレネに近づいて額に手をあてる。
「これはいかん。ひどい熱だ。この子にも毛布を」
セロはまだ手元に残っていたセルピルに渡すはずだったタオルをヘレネに被せる。その際、ヘレネの体に触れた時、セルピルとは違いやけどを起こすのではないかというほどの体温が上がっていた。かすれかすれにヘレネが焦点が定まっていない目でセロを見つめる。
「ハァ、ハァ。面倒を……かけて、なのです」
「年下を見捨てるわけにはいかないよ」
「私たちは十三才なのです」
ポルックの指摘を聞き流して、セロはタオルを何枚もヘレネに巻き付ける。すると、階段からアザミの姿が見えた。アザミは先ほどヘレネの容態を診た髭の男性を見て一瞬目をパチクリさせた。
「アッバス教授、まさかあなたがここにいらっしゃるとは」
「アザミ総裁いえ、ここにおられるということは四天王としてですね。鉄道もないことですし。こんな状況で言うのもなんですが、岩の旧市街の地下が氷に閉ざされていた理由がわかりました。あのキュレムのふぶきの威力、あれが決戦の舞台だった岩の旧市街の地下で繰り出され氷に閉ざされてしまった理由でしょう」
アザミとアッバス教授が話しているのをしり目に、セロはセルピルの元へと戻っていく。体温が戻ったか首元に手をあてると、セルピルの体温が未だに冷たく戻らないことに焦りの色を見せた。
いくら、吹雪がなくニチャモの体温で温めているとはいえ、薄いバスタオルで重ねても保温効果もなくこの部屋自体外よりはましというだけの寒さだった。事実、この部屋の中で暖を取っている人たちの声から未だに寒いという声が絶えず聞こえていた。
セルピルの体温を上げる道具はないかとセロは自分のバッグを開けて探し出した。だが出てくるものはやけどなおしやきずぐすり、きのみも絞って体を温められるようなものがなかった。セロが唇をかみしめると、カバンの底にあった野球ボールほどの大きさの石に手が触れた。ヘレネからもらったそれは普通の石とは異なり、石から発せられた熱がセロの体を手の先だけでも十分に体を温めさせた。
これならと、セロはその石をセルピルの胸元に抱かせた。
「ほら、セルピルこれあったかいよ」
これで少しはと思った矢先に、グランと部屋が大きく揺れた。突然の振動に人々は不安の声を上げていた。
「神殿が雪の重みに耐えきれなくなったのかもしれない。綿の城は雪が降らないから雪に耐えれる構造じゃないから」
アッバス教授の言葉がより不安を駆り立てた。だが、人たちは飛び出すこともせず、ポケモンや人と寄り添っているだけであった。冷静かと一瞬思ったが、
ヒュラララというキュレムの声がここにまで響いてくると、タオルを頭にまで覆いかぶさってしまう人まで現れた。未だに揺れは収まらず、ここでお終いだと家族の名前を声に出してあげる人や兄弟と思われる二人がポケモンと一緒に最後の時まで体を寄り添わせる人たちもいた。
四天王であるアザミは目の前の人たちを鼓舞することはなかった。おそらく四天王でさえこの状況を打破できないとセロは分かりたくないことを理解してしまった。
セロは未だ冷たいセルピルの手を握る。そして、今までの見せなかったセロの涙が目からこぼれた。
「セルピルと約束したのに。誰か助けてよ……」
だがその声は、キュレムの咆哮でかき消されていく。もうアニヤは、世界はキュレムの所有者であるアレスものだとこの神殿にいた人・ポケモン全てが無力感を感じた。
「ドララララーン!!」
突如明らかにキュレムの物ではないポケモンの叫ぶ声が神殿内部に響き渡った。
「あ、暑い!なんか急に暑くなってきたぞ!?」
セロがいの一番に急激な暑さを声に出すと額から今まで吹き出してこなかった汗が滝のように垂れてきた。ドンということがセルピルの横にあった台座から音がすると、平たい円形状の石の塊が地面に落ちてきた。セロが台座を見上げると、腐った卵のような臭いが含まれた黄色い気体が吹きあがっていた。
アッバス教授が鼻をつまんで台座を覗き込む、そしてすぐに真っ青になって叫んだ。
「逃げろ!マグマが噴き出してくる!!」
それを聞いて全員一目散に部屋から出ていく。セロもニチャモがセルピルを抱えて部屋から脱出しようとする。すると、セルピルの腕から先ほどの石がこぼれ地面を転がっていく。セロはそれを取りに戻ると台座からは黄色い気体から黒にへと変色し、終いには赤黒いマグマが顔をのぞかせて地面にこぼれ落ちた。
それが蛇口の栓を抜いたようにドンドンあふれてくるので石を腕に抱え、ニチャモと一緒に階段を上っていく。
神殿の入り口に上がると外には水ポケモンたちがスタンバイをはじめていて、最後であるセロとニチャモが出るのを確認するや否や階段に向かって水系の技を放ちマグマを冷やし固めた。
外に出てセロは外が寒くなかったことにひどく驚いた。あの吹雪すらなく、それどころか雪が解け始めていた。
神殿にいた人たちが二体のポケモンを見つめていた。一体はアレスが操るキュレム、そしてもう一体は、四角い顎にマグマをほうふつさせる赤と黒の体そして十字の爪がある四足歩行のポケモンが空を舞っているキュレムを赤い瞳で睨みつけていた。
「あのポケモンは一体?」
「……ヒードラン!」
アッバス教授が言うや否や、ヒードランが四角い顎を開くと焔の塊が渦を巻きマグマストームをキュレムに向かって放出する。キュレムはりゅうのはどうでマグマストームを相殺させるが、残りの火焔がキュレムにまとわりつきダメージを負わせる。
技を放ったヒードランが足を前に出すと反動で自身の体からマグマこぼれ落ちるが、こぼれたマグマが雪を溶かし凍った温泉を元のお湯にへと元に戻していく。
「キュレム!さっさとこのポケモンも凍らせろ!!」
火のダメージを負い、降下していくキュレムを叱咤しながらアレスが急き立てると、キュレムはこごえるせかいを発動させる。あのボルケニオンに致命的ダメージを負わせた技が再び来ると神殿にいた人々も体を屈めて防ぐ。
だが、その技を受けてもヒードランはなんともなく、むしろその睨みをより鋭くさせ口から炎を空に向かって吐く。ヒードランのふんえんは炎が棒状になって空に行くと小さな炎の塊が次々とキュレムの放った氷を溶かし熱い雨となって降り注ぐ。熱湯がキュレムの体に当たり、うめき声を上げて高度を下げていくキュレム。ヒードランは飛び上がり、頭部を硬化させてキュレムの腹部に向かってアイアンヘッドを喰らわせる。
弱点を喰らったキュレムはそのまま地面に落ち、ついにほぼ屈服したかのように見えたが、アレスが懐から鎖のようなものを取り出すとキュレムは体を起こした。
その様子を見ていた人々はただ呆然と眺めるしかなった。ボルケニオンがやられて、キュレムのふぶきに手足が出ないと思われたのが、ヒードランの出現により形成が逆転していくのが信じられなかった。
すると、セルピルがハッと目が覚めてニチャモの腕から降りて、神殿から二体のポケモンの戦いを観戦する。
「セルピル!?大丈夫なの?」
「う、うん。なんとかね。けどどうしてヒードランが?」
未だに口から火を吐き続けてキュレムを追い詰めていくヒードラン。キュレムから降りたアレスがマンムーを繰り出すと、マンムーは地面を揺らしじしんをヒードランに与える。流石のヒードランも弱点である地面技には耐えきれず絶叫が綿の城に響き渡る。
「ヒードランを、助けないと」
「まだ動いちゃだめだよ!」
「セロ、岩の旧市街の地下で撮った写真ある?」
セロはセルピルに言われるがまま、以前こっそりとポケナビツーに撮った壁画の写真をセルピルに見せる。セルピルが壁画のボルケニオンと思われる赤いポケモンに指さすと自分の考えを述べ始める。
「ほら、これ。この壁画にある赤いポケモンは口から火を吐いている。けど、ボルケニオンはずっとアームから技を出していた。つまり、百年前にキュレムと戦っていたのはボルケニオンじゃなくてヒードランってことじゃない?」
セロはボルケニオンの戦い方を思い返してみると、確かにボルケニオンは口からはいっこうに火を吐かず、背中の二本のアームから水を放出していた。もし、それが正しければ伝説のポケモンはボルケニオンではなくヒードランということになる。つまりボルケニオンは思い違いではないかということになる。
「あるいは、両方かもしれない。遠くから見えたがボルケニオンの姿を見てキュレムは身構えていた。つまり、百年前戦っていた伝説のポケモンは二体ではなく三体だという可能性もある」
セルピルの意見を聞いていたアッバス教授が後ろから壁画の写真を見てそれに意見を述べた。
だが、セロはどっちが伝説のポケモンか関係なかった。未だにボルケニオンは氷の中、そのままにするのは良心が許せなかった。
「でもどっちにしてもボルケニオンを見殺しにできないよ!」
「なら分割して救出だ。一方はボルケニオンを、もう一方はヒードランをだ。それとここを守る守備隊もいる」
アザミがそう言うと、隊を三つに分けた。一つはアザミ・モミ・セルピルとトレーナー四人のヒードラン救援班。もう一つはポピー・リヌム・セロと同じくトレーナー四人のボルケニオン救出班。スレイマンら残りが神殿で一般の人の守備班だ。さすがにヘレネが熱を出している以上ポルックたちも出ることができず守備班に回っていた。
「我々も、手伝いたかったのです」
「ですが、任務は任務です。命令は絶対なのですよヘレネ、安静にするのです」
ボルケニオンのいる氷は未だヒードランの熱で溶けていない。一方でヒードランもアレスのマンムーに押されている。どちらが伝説であろうともなかろうとも身をもってアレスの野望を阻止しようとしているポケモンを見捨てられない。
「僕はボルケニオンを助ける。セルピル、気を付けてね。これが終わったら絶対に」
「わかってる。ポケモンリーグ、絶対に行くわ」
二人は手を広げ、ハイタッチをして約束を新たにする。必ずポケモンリーグに行くんだという決意をもって。