神殿から降りていくセルピルたち。その反対側からボルケニオンを救出しに出ていくセロを一瞥した後、ニチャモに呼びかける。
「ニチャモ、先にマンムーを倒してアレスを倒すよ」
「シャモ!」
事前に説明されたアレスとキュレム戦の作戦は、まず現状唯一キュレムに対抗できるヒードランを助けその後キュレムを操っていアレスを取り押さえて、キュレムの動きを止めるという算段だった。アザミ曰く、キュレムの攻撃はアレスの指示によるものでキュレム自身は自ら行動を起こす気配がないというつまり、アレスを抑えれば攻撃が止みアニヤを氷河期にすることは絶たれるというのだ。
憶測の域であるというのはアザミ自身もわかっていたが、この方法が現状最善だということだという。
さて、そのヒードランであるが先ほどよりも真っ赤な体が色黒く変色して明らかに先ほどのマンムーのじしんのダメージが大きいことが分る。加えて、アレスの指示によってキュレムのこごえるせかいの追撃もありドンドンヒードランを追い詰めていく。
マンムーまであと百メートルを切ったところで、雪の中からエウリュアレーと先度よりも数を減らしてはいるがフリーの団員が道を阻む。
「王を阻むものたちを打ち倒すのです!」
エウリュアレーのポケモンであろうニョロボンとニョロトノが同じように雪の下から現れて二匹が一斉にニチャモに向けて水流を流す。だがその前をシビルドンが二匹分の水流を受け止めた。
「バシャーモ避けなさい。シビルドン、ほうでん開始!」
アザミの言葉に従いシビルドンの背びれから電気が溜まり始めるとニチャモはセルピルを抱えて高く跳ぶ。シビルドンの尻尾が雪の中に入れるとほうでんが雪を伝ってニョロボンとニョロトノを感電させる。
「ニョロボンとニョロトノもこの雪の中では動きが鈍るのは必然。なのにそれを出すとはよほど追い込まれているということか」
エウリュアレーは舌打ちすると、次のポケモンを繰り出そうとボールを握る。
「セルピル、先に行きなさい!」
「はいっ!」
ニチャモに抱えられたセルピルが空中を降りながら返事をすると、ニチャモが雪の上に降り立ちマンムーに向かって走っていく。
ようやくマンムーに攻撃が届くぐらいの射程範囲に来るとセルピルはニチャモから降りて命令する。
「ニチャモ、ブレイズキック!」
脚に炎が纏うと、とびひざげりのように膝を曲げて跳びマンムーに炎のキックが炸裂する。体の大きいマンムーが横から攻撃が加えられて前足が膝をつくとニチャモは攻撃の手を緩めずもう一撃今度は反対の足でブレイズキックを喰わらす。
氷タイプであるはずのマンムーに十分なダメージを与えていると思ったセルピルだが、マンムーは体をブルリと震わせるとすぐに起き上がった。メガシンカをして能力が向上したにもかかわらず、これほど立ち直りが早いとまだ体力が残っているのは明らかだった。
「ブモゥ」
「弱点を狙ったつもりだろうが、私のマンムーは
氷でできた鬼の仮面のようなポケモンがセルピルに向かって噛みつこうとする。危うくも体を前回りして躱すと、イワンをボールから出してオニゴーリを食い止める。イワンが赤い目にオニゴーリの牙から出ている冷気からこおりのきばの攻撃を察知して、イワンはオニゴーリの顎を両手で受け止める。しかし、オニゴーリの顎の力は強くイワンの腕の力を抑えてだんだんと牙がイワンの体に食い込んでくる。
さらにアレスはもう一体先ほど双子を落としたフリージオを出撃させる。フリージオの体が一瞬煌めくと、体から冷気が纏わりついた群青の光線がセルピルに向かって放たれる。さすがに今度はかわし切れず、セルピルの左脚と左腕が凍らされてしまう。
左腕と左足から冷たいという感覚が一気に襲い身を崩すセルピル。しかし、今ここには自分しかたどり着いていなくなによりここで倒れたらセロとの約束が果たせないと奮起し、ゴトラを出してフリージオから身を隠す。
「ゴトラ、アイアンヘッド!」
ゴトラが頭部に力を集中させて、雪の地面をしっかりとつかむと勢いよくフリージオに突撃する。その勢いは鉄球の玉が振り子で返ってくるような衝撃でフリージオは押し倒される。
アレスがもう一体出そうとボールを出したとき、キュレムの悲鳴がこだまする。マンムーからの攻撃がなくなったヒードランがマグマのように熱い火球を次々とキュレムに打ち出して悲鳴を上げていた。ヒードランの救援が成功しつつあった。
アレスが渋い顔をしながらパルシェンを繰り出すと、セルピルはワマっちを出す。
「君はいつも邪魔ばかりする。どうしてそんなに頑張るのかね?」
「それはこっちの言葉よ!どうして、どうしてポケモンバトルを否定して、ポケモンを支配しようとするの!?」
パルシェンの頭の先にある一本の角かられいとうビームを放つとワマっちも手からシャドーボールを射出してお互いの技がぶつかり爆炎が上がる。
「王の下にこそポケモンの未来があるのだ!ポケモンにも生まれながらにして強いも弱いもある。弱いポケモンはバトルにも出してもらわずボールの中で待つしかなくなる。タイプの相性でもそうだろう、その場のバトルの判断で弱いポケモンはそうして見せ場がなくなる」
ワマっちがあやしひかりをパルシェンに当てようとするが、パルシェンは殻を閉じてあやしいひかりを見ずに済む。だがシャドーパンチの連続突きがパルシェンの殻を打ち叩く。
「だが、ポケモンコンテストはどうだ。ただ一体のポケモンに磨きをかけてその場の判断で交代させられることもない。美しさはどのポケモンにも平等にあるのだよ。事実、オリント地方はそうなりつつあった。全て私、王たる私の政策で成しえたことだ!ポケモンは個人でなく、王の支配のもとに王が管理されたポケモンを持つのだ。君もそうした経験があるのではないかセルピルちゃん?」
セルピルは唇をかみしめた。確かに今までのバトルでも相性や経験の差で出せずにいたことがある。今もむーんとナライだけボールの中に入ったままで出番がない状態だ。活躍したいと思うポケモンがその時になって出番がないと考えると悲しいことではないのか?それも自分が弱いから、相性が悪いからという理由で。
その辛さは自分自身も身に染みている。外に出たいのに、出してもらえない鬱憤、女の子が外で遊ぶのは危ないからという理由で、その反動が旅に出るという行動につながった。セルピルは自分と出番がないポケモンとの境遇が似通っていると感じた。
心が揺らぎ始めたセルピル、その時、動かせる右手だけを器用に使ってハンカチにアロマオイルをしみ込ませてそれを嗅ぐ。柑橘系の匂いが冷たい冷気と一緒に入ってくるが精神を落ち着かせて頭を冴えわたらせる。
本当に自分はそんな気持ちだけでポケモンを出させなかったのだろうかと今までの旅のことを振り返り自問自答する。自分は本当ポケモンの気持ちを考えないでバトルをしてきたのだろうかと。いや違う、
精神が研ぎ澄まされて周りをよく見る。未だに殻にこもったっきりのパルシェンにワマっちはシャドーパンチで殴っていた。一見ダメージを受けてなさそうに見えるが、よく見るとパルシェンの殻に小さな割れ目ができていた。ポーチに残っていたボールを取り出してそれを投げる。
「むーん!やどりぎのタネ!」
むーんはボールから出てボーっと明後日の方向を見ていつもののんびり屋ぶりを見せるが、ふと我に返ってパルシェンの方を向いてやどりぎのタネを放つ。殻の割れ目にタネが刺さるとそこから出た蔓がパルシェンの体の中に侵入して
堪え切れなくなったパルシェンがようやく殻を開くとすかさずワマっちのシャドーパンチがパルシェンの身の中に入ると、パルシェンはそのまま横倒しになって動かなくなった。
「確かに、私もそうしたことはあります。けど、それはポケモンをむやみに傷つけないためです!勝つためにトレーナーも一丸となって戦う、ポケモンたちにふがいない負けをつくらないためです!けど、あなたのやっていることはポケモンバトルが好きな人たちを虐めて締め出している。やりたいことをさせないあなたの行動のほうが明らかに間違っています!!」
「子供が減らず口を」
すると、上空からアレスに向かって放たれる火球が雪の上に落ちてくる。ニチャモもヒードランもアレスから離れているのにと思ったセルピルが上を見上げると、ファイアローに乗ったモミが飛び降りてきた。
「よく言ったじゃないかセルピル。そうだ、あんたの言っていることには理解はできるが、その行動に全く同意できないさね!」
モミのファイアローが次々とアレスの周りに火球を放ち身動きを取れないようにさせる。
そしてモミが手に持っているなんでもなおしでセルピルの凍った手足を治療していると、ポケットに入れていたポケナビツーがブルブルとバイブレーションしていて電話を取る。
『セルピル?セルピル!?生きてる!?ミュケーナ博士よ!』
「は、はいセルピルです。なんとか生きてます」
『良かった~、こっちもフリーをようやく大学から追い出したところだから研究室がぐちゃぐちゃで、ああごめん要件を言うわ。キュレムを操るくさび、多分向こうのボスがそれを持っているはずよそれを破壊し――』
「ドラララン!!」
大慌てで話しかけていたミュケーナ博士の声がヒードランの咆哮でかき消されていく。見ると先ほどまで黒ずんでいたヒードランの体がまた赤く染まり始め、口から焔の塊が渦を巻き始めた。
「ま、まずいさね!」
モミはマグマストームがこちらに向かって発射されると気づきすぐさまセルピルを押し倒してそこから離れる。
マグマストームが敵味方関係なくその焔の塊を一直線上に放出させる。マグマストームに巻き込まれたゴドラとフリージオは動きが鈍いこともあって共に倒され、パルシェンを倒したばかりのむーんもその犠牲になるところだったが、ワマっちがつかみ取ってヒードランの攻撃を代わりに受けた。
ようやくマグマストームが収まり、セルピルが起き上がると、そこには雪が真っ二つに裂かれたかのように雪が解けて焼け焦げた石灰の地面が見え、その中にポケモンたちが倒れていた。
倒れた自分のポケモンをボールに戻していき、ふと足元を見ると、先ほどのマグマストームで雪が解けて石灰の地肌が見えているところに表面が融解しているセルピルのポケナビツーが落ちていた。ポケナビツーは起動ボタンが完全に溶けきっていて明らかにもう使い物にならなくなっていた。だが、セルピルは落胆せずにモミに先ほどの内容を伝える。
「モミさん、ファイアローにアレスさんがくさびを持っていないか伝えてくれませんか?」
「くさび?いいけどなんだいそれは?」
「さっき博士から電話がありまして、くさびを壊せばキュレムはアレスさんの手から離れると思います」
「そうかい、ファイアロー!アレスがくさびを持っているか探すんだ。見つけたら壊すんだよ!」
ファイアローに命令すると、急降下しながらアレスに接近する。すると、胸のポケットにきらりと光るくさびがファイアローの目に留まった。だが、アレスもファイアローの目的に気づきくさびをポケットの奥にしまうとボールを取り出す。
「近づくな!クレベー」
アレスが新たにポケモンを出そうとした時ドドドという轟音が後ろから近づいてくるのが聞こえてきた。セルピルとモミが振り返るとなんとボルケニオンが二本のアームから大量の水流を放出して飛んできていた。
「ボルケニオン!?」
ボルケニオンがアームからの水流を止めて、地響きと共に降り立つとアレスに向けて熱湯が混じったスチームバーストが放出される。息もできないほどの熱湯がアレスに打ち付けられて、アレスは地面に引きずられながら水流に押し流されていく。
ようやくアームからの放水が止まると、ヒードランのマグマストームとは異なり雪が解けて熱を持った大きな水たまりがあちこちにできていた。アレスはその熱湯の水たまりから出てくるが酸素を取り入れようとするので精いっぱいの様子だった。
すると石灰の地面の上に落ちていたくさびがボルケニオンの目に留まると、四本の脚の一つでくさびをで押しつぶした。
「ヒュララララ」
ヒードランと対峙していたキュレムの動きが止まると、あたりは一瞬静寂に包まれた。キュレムの左右非対称の翼が大きく羽ばたくとヒードランを目の前にしながら飛び去っていく。
「逃げていく、伝説のポケモンが、私の野望が、夢が!」
空を切りながら届くはずのない手でキュレムをつかもうとするアレス、モミがアレスに近づくと背中を押し倒して石灰と雪の混じる地面に押し付ける。
「もうとっくの昔に終わりさね、伝説も夢もとっくに過去の物にな」
「ドラララン!!」
すでにキュレムがいなくなったというのにヒードランが再びマグマストームを上空に向かって放つ。その方向はキュレムに当てようというものでなかった。
主が倒されて自由になったニチャモとイワンがヒードランを止めに入る。だが、やはり伝説のポケモンは伊達ではないのか、イワンのいわなだれにびくともせず逆にアイアンヘッドでイワンが押し倒されてしまった。
「イワン!?も、戻って!」
イワンをボールに戻すとボルケニオンのアームがヒードランに向けられて大量の水流が流れ出す。ヒ―ドランに水流がかかると痛みで悶え体の色が黒く変色し始める。だが、ヒードランは動きを止めようとせず四本の脚をシャカシャカと動かして火を吐きながら積もっている雪に穴をあけてその中へと逃げ込んでいく。
ボルケニオンもヒードランが開けた雪の穴の中に入り込み追いかけていく。セルピルもモミもアレスを逃がさないようにしながら、二匹のポケモンを見失わないように後を追う。
雪の洞窟は周りが雪で出来ているにもかかわらず炎が噴射する際に発せられた熱量とボルケニオンが放水した水の湿気で覆われて雪の中にいるはずなのにかなり蒸し暑苦しかった。ようやく外にでられると、ヒードランがセロを追いかけまわしていた。
「な、なんで僕を追いかけてくるの!?僕ヒードランに何もしていないよ!」
ボルケニオンの姿が見えなくなっていたが、連続して水の塊がヒードランの前に降り注いできた。一つ上に上がったところにボルケニオンがヒードランに向けて放水をしていたのだ。だがヒードランはそれに構わずふんえんをセロに浴びせようとする。
リヌムのグランブルとポピーのダストダスがヒードランの顎を抑えて火を吐くのを抑える。その隙を見てリヌムに抱えられてセロがセルピルの元へと運ばれていく。
「大丈夫かいセロ坊や?」
「大丈夫じゃないよ、ヒードランの火の粉で髪の毛が燃えちゃったよ」
自分は手足が凍らされたりポケナビツーが壊されたりとしているのに比べたらほとんど被害がないじゃないと言いたかったが、そんな余裕もなさそうだった。なにせ、ボルケニオンのねっとうを浴びせられているにも関わらずヒードランは二匹のポケモンを引きはがす勢いだったからだ。
「どうしてヒードランに追いかけられたの?何かヒードランを怒らせるようなことをした?」
「わからないよ。ここでしたことって、フっちで雪を掘ったりとか、ボルケニオンを助けるためにダっちとラっちで氷を割ろうとしたり。まあ氷はすっごい勢いのある炎で溶かされちゃって僕たちがやった意味がなかったことになったけど。ああ、あとセルピルを温めるために温かい石を持たせたりとか」
「石って?」
セロが以前ヴァディタウンの駅でヘレネからもらった石のことを話すと、その現物を見せた。すると、リヌムがわなわなと冷や汗を垂らしながらセロの持っている石を指をさして震えだした。
「そ、それって
「ヒードランにとって大事なものなんですか?」
「いや大問題ですよ!ヒードランの機嫌を損ねないように夕日の洞窟内に祀っていた大切な石なんですよ。どおりで夕日の洞窟の噴火がここしばらく収まらないわけですよ」
セルピルがなんでそんな大事な石をヘレネが持ってしかもセロに渡したんだという憤怒が起きそうだった。だがもう時間がなかった。グランブルがアイアンヘッドで倒され、口を塞ぎ切れずダストダスもヒードランのふんえんで火に包まれて倒されてしまったのだ。
そしてヒードランの赤い目がセルピルの方に向きドスドスと音を大きく立てて這いずるように迫ってくる。しかもその口にはあのマグマストームを放つ前兆の焔の塊が渦を巻き始めていた。
「セロ!早くそれをヒードランに返して!今度は髪の毛だけじゃ済まされないわ!」
「わ、わかってる!」
セロが立ち上がってかざんのおきいしを砲丸投げのようにヒードランに向けて放り投げる。ちょうど石がヒードランの口の中に入り込む。だがそれでも止まらず、顎が大きく開き焔の塊が見えてくると全員頭を下げて被害を少しでも防ごうとする。
……だがマグマストームは来なかった。セルピルはおずおずと顔を上げると、ヒードランの口がゆっくりと締まり始め体の赤いマグマも色が薄まっていく。そしてヒードランが左右に顔を振ると洞窟を見つけたようでその中にへと姿を消していく。
さらに上を見上げると、あのボルケニオンもヒードランが去っていったのを見届けると、二本のアームを下に向けて大量の水を放出して飛び立っていく。
「ボルケニオンも何もせずにどこかへ行ってしまった。フリーの団員も捕まえたし、襲われている他の町も全部優勢に傾いている。これでフリーの野望も終わりだ」
どこからともなく現れたアザミが乱れた長い茶髪の髪を手櫛で整えながらモミが捕まえたアレスに縄をかける。アレスはぐったりとした表情のまま微動だに動かない。
「終わったんだ。これでポケモンリーグに行け――」
セルピルは言い終える前に一気に体の力が抜け落ち倒れていく。そのまま意識もぷつんと切れて暗闇の中で眠ってしまう。