第六十六話『開催!ポケモンリーグ・フィリア・ドルスック大会』
機関車が戻ってきてオリニア急行は再び走り出した。フリーの残党たちは、その身柄をノボリがいる一号車と中央の二階建て戦闘車に分散させ、拘留していたため二度目の襲撃は起きなかった。
そして、自らフリーの一味だと騒動が収まって早々にポルックとヘレネはクダリに告げた。二人の身柄は、他の団員とは異なり食堂車に預けられた。二人は今までぶつくさぼやく姿はひそめ、静かに目を閉じ膝の上で手を組んで椅子に座っていた。まるで実物大の美麗な人形が椅子の上に置いてあるかのようだった。
その佇む姿をセルピルが食堂車に入ってきたとき、今まで一番大人びて見えていた。誰かに話しかけられても――たとえセルピルでも二人は口を開かなかった。
オリニア急行は予定より一時間遅れた九時四十分に中央都市駅に停車した。
列車が到着したあと、食堂車に護衛の警官を引き連れたアザミ総帥が前に垂れた一房の髪をかき上げて入ってきた。すでにほかの警官はフリーの残党がいる一号車と戦闘車に突入して逮捕しに乗車していた。
「また君たちが救ってくれたのか」
アザミの目の下のクマは綿の城の時よりは薄くなっていた。セルピルとセロが椅子から立ち上がる前に、後ろに座っていたヘレネたちが先に動きアザミの前に出た。二人は項垂れたまま手を小さく握り前に出す。
「自首しに来ました」
「お世話になるのです」
自首なんてさせないと、セルピルとセロは体の後ろでモンスターボールを取り出し、ボールの開閉スイッチが半分押す。
「おお、ポルックとヘレネ。まさかこっそりとオリニア急行に乗り込んでいるとは……いや~
アザミの後ろから、えらの張ったスーツをかっちりと着た男が手を後ろにやって頭を下げながら乗り込んできた。よく見ると男はヘルメスで、コンヤストリートでは身だしなみが整ってなくて一目ではセルピルとセロはそれが同じ人物だとはわからなかった。
だが、もう一組は別の意味で驚いていた。
「キセルをして堂々と自首するとは、なかなか面白いお子をお持ちだヘルメス社長。しかし、オリニア急行は本来ならばジムバッジを持ったトレーナーしか乗ってはいけない規則ではあるのだが……窮地のオリニア急行を救ったことを考慮して、保護者に罰金を課すぐらいが妥当でしょう」
「「違うのです!我々はフリーに――」」
双子がその後の言葉を言う前にセルピルとセロがその口を塞いだ。ヘレネが口を塞いでいる指を噛んだり、体を肘で撃ってきたりとしているが、セルピルは歯を食いしばってその手を離さなかった。
そしてアザミが「まもなく大会の開会式が始まるから、送迎用のバスを用意しているので急いで乗るように」と言うと長い茶の髪を翻して警官と共に食堂車を出ていった。
「よく黙らせてくれた」
ヘルメスが他のトレーナーがいないことを確認してハンドサインで双子の手を退けるように指示を出すと、二人はそれに従い歯形がついた手を離した。
だが、口が解放されるやないやヘレネとポルックは「なんで親戚設定なのですか!」「我々がいても損害を被るだけなはずでしょうに!」と今まで黙っていたのが嘘のように次々に文句や逮捕させてくれなかった不満をダムが決壊したかのように吐き出した。すると、ヘルメスが二人の頭をガシッとつかむと、ヘルメスの頭が双子の耳の間に割り込む。
「こんなことで大事な部下を失うわけにはいかないのだよ。それに、罪を悔い改めるというなら……仕事をして取り返せ。お前たちにはポケモンリーグ開催中には私の警護、終わったら重要任務とやらせる仕事が山ほどあるんだ。檻の中で黙って反省するなどナマケロだってできる!ヤルキモノになってあくせく働け!」
ヘレネとポルックはポカンと口を開けたまま、ヘルメスの手によって連れていかれた。自動に閉まる三人の後姿はどう見ても親族がいたずらした子供を引き取る姿にしか見えなかった。
食堂車には調理器具の片付けをして金属同士がこすれ合う音だけが聞こえている。
「なんだかんだあったけど、二人は逮捕されず」
「フリーも捕まって、一件落着ってことかな」
セロが手を後ろに回してセルピルの気持ちを代弁するかのように破顔した。
プラットフォームから降りると、日をまたいで九月に入ったのにまだ夏だということを思い出させてくる熱気と湿気が二人を歓迎した。誘導してくれる人に従い、エスカレーターを下って駅の目の前に停めてあるリムジンバスに乗車する。
バスに揺られて窓の景色を望むと、ファトゥラシティに匹敵するほどの大小のビル群が肩をひしめき合っている。そしてバスが吊りかけ橋が掛かる鉄橋の下にさしかかると先ほどのビル群とは景色が異なった。キャモメやペリッパーが飛び交う大河の沿岸に赤や白に青とカラフルな帽子をかぶっている家の屋根がお上品な白のドレスのような壁と太陽の光を反射させるほどきれいに掃除されている窓を飾っている。
そしてその家々の奥には、女王様のように四つの塔といくつものドームが連なり重なっている大聖堂が佇んでいた。淡い紫の屋根がその気品さを現していて、その巨大さも相まって城のようでありファトゥラジムが矮小に見える。バスは、橋を渡りその大聖堂に向かっていた
大聖堂に入ると、中も外観に負けないほどの言葉に表せないほどの巨大さと絢爛豪華さにセルピルは今までにないほど感嘆した。意匠を凝らし年季の入ったタイルを踏みながら列車に乗っていたトレーナーとともに進んでいくと、すでに到着していたトレーナーたちが整列し、周りをぐるっと囲むように観衆がセルピルたちを一点に見つめていた。
きっとこのなかにアレクサンダーやテオドールもいるのだと思うとセルピルは観衆よりもそっちの方に緊張し始めた。そしてカッターシャツに首元に赤い蝶ネクタイをつけたMCが奥の壇上に上がりマイクを手に声を張り上げる。
『これより、第十一回ポケモンリーグフィリヤ・ドスルック大会の開催を宣言します!』
ドドドと津波が起きたかのように観衆の割れるような拍手が沸き起こり、会場内にこだまする。MCはそれに負けない声を一層張り上げた。
『本選は四つのステージで争います。第一ステージはトーナメント方式で行います!それでは皆様、モニターをご覧ください!』
MCの奥にあるモニターは、高さ三メートルほどと壇上にすっぽりと収まるほどの大きさしかなくセルピルたちトレーナーはまだしも観衆はかなり見づらく、遠くの席の人は目を細めても見えないほどだ。
組み合わせはアニヤ・オリントともに同じ構成であった。本選組は二回戦い、最終戦ではシード枠か敗者復活で勝ち上がったトレーナーのどちらかで勝敗が決する。だが、初戦の相手は――
「……スレイマンさん」
「君とは初めて戦うことになるね」
スレイマンが緑の帽子の間から、柔らかな目を送ると、セルピルも同じように唇をキュッと食いしばった。
「私、この大会では負けなられないんです。スレイマンさんを倒します」
「僕も負けないよ。はるばるアローラ地方から来たんだ、僕と虫ポケモンたちのゼンリョクを出すから」
MCが『本日午後より第一回戦を中央競馬場にて行います!』とアナウンスがあり、先にスレイマンはふらっと人ごみの中に消えていった。
改めて対戦表を確認すると、セルピルの組はセロとは別の組でこのステージでは争いにならないようだ。一方、セルピルのいる組の敗者復活枠にはハリカの名前があり、もしかしたら彼女がシード枠を下し最終戦で戦う可能性もなくはない。
「セルピル。お前は本選を抜けてこれたんだな」
背後からセルピルの名前を呼びかけられて振り向くとテオドールが以前と異なり頭にバンダナを巻いて、後ろで一つに縛った青い髪がしっぽのようにちょろりと出ていた。背の高いテオドールの陰に隠れてアレクサンダーが半分顔を出して、二人が本選に出場できたことを確認できた。
「うん。二人とも本選に出れたのね」
「当然だろ。俺は本選を四年連続で……いや今回で五年連続か。まぁチャンピオンは今年もシード枠だけどな」
「そうなんだ。やっぱり前回チャンピオンね」
アレクサンダーはテオドールの後ろに隠れていっこうに前に出ようとせずぼそぼそとセルピルに聞こえないような小さい声を小さく呼吸するように吐いている。その様子にテオドールがしびれを切らし、アレクサンダーに前に出るように急き立てた。
「チャンピオン、いつまで俺の後ろに隠れているんだ。ひと月ぶりの出会いなんだから。俺に聞こえるように言え」
「え~と、『頑張れテオちゃん!!』って書いてあるね」
明らかにアレクサンダーとは異なる明るい調子の声がテオドールから発せられた。それと同時にテオドールの顔が今までの余裕ぶった表情が消えて完熟したマトマの実のように真っ赤に変化した。
「誰が俺のバンダナ読み上げろって言った!!つか誰だお前は!!」
「セルピルの友達のセロだよ。だって君、聞こえるように言えって言ってたよ」
「お前……母さんがくれたバンダナ、恥ずかしくて裏返して使ってたのに……」
「なんで?そのバンダナきれいでいいじゃない。文字も手製で縫っていて可愛いし」
「それが問題だっての!!」
二人がバンダナ一つで揉めあっている間、アレクサンダーが図らずもセルピルと顔を合わせる結果になった。アレクサンダーは目を左右にきょろきょろさせている。
「ひ、久しぶりだねセルピル」
「うん。私の手紙ちゃんと届いたみたいね」
えっ!とアレクサンダーはポッポが豆鉄砲を喰らったような顔をしたが、セルピルは「新聞でオリント山が動いた記事を見た」ことを伝え、それで推測できたと言った。アレクサンダーはまだセルピルにまっすぐに目を向けずもじもじと言葉を紡いだ。
「……あのね、セルピル。僕」
すると、会場内にさっきのMCとは異なる女性のアナウンスの声が反響して聞こえてくる。
『皆さま、中央競馬場にてAブロック第一回戦と二回戦を行います。選手の方はお早めに移動をお願いいたします』
セロのポケナビツーの画面を覗くと時刻はまもなく正午になろうとしていた。
「私の試合だわ。ごめんね続きはまたあとで」
「僕も試合があるんだった。待ってー!」
セルピルとセロが半円状の門へ駆け抜けていくと後ろからテオドールの暗くこもった声が流れてくる。
「覚えてろよセロ……」