中央競馬場には、競馬場のほかにオベリスクという天まで貫く五十メートルはある石碑が建てられている。そのオベリスクには、勝者の頂点と天の頂点の言葉を合わしていることから勝利の縁起物としてこの競馬場にある。
この競馬場で走っている騎馬のポニータやギャロップ、シママにゼブライカも競馬場にて一着という勝利を勝ち取るために日々走り続けているのだが、この日ポケモンたちの視線はゴールでも、出馬する門でも、天を穿つオベリスクでもない。競馬場の隣に併設されている芝のバトルフィールドに向けられていた。
『第二回戦、ラーレタウン出身セルピル選手対アローラ地方のアーカラ島出身スレイマン選手です!』
柵で囲まれた会場席から本会場ほど響かないが拍手と声援が芝を揺らすほどに湧き上がる。
セルピルはじんわりと頬や額に汗を浮かべて試合開始前の握手をする。手の中はお互いじめっとしている。それは残暑のせいでないことはセルピルはわかっていた。
「この暑さ、故郷を思い出させるよ。アローラ地方は常に暑いところだから、僕の虫ポケモンたちが動きやすい」
「……けどここはアローラ地方ではありませんよ。アニヤでもオリントでもない中央都市、大都会です」
スレイマンの汗一つかかない余裕さにセルピルは生意気に挑発したが、相手は涼し気に口角を上げるだけだった。お互いがトレーナーポジションに立つと審判が試合開始のフラッグを上げる。
「一番手は、ゴトラよ」
「アローラ、グソクムシャ!」
両者一斉にボールが開く。スレイマンのグソクムシャは甲殻類を思わせる鎧で体を包み、手から伸びる二本の黒の爪が伸びる見た目からして重量級のポケモンだ。ズシンとゆっくりと芝を踏むというより打ち付ける仕草がその重さと遅さを伝えた。アローラ地方のポケモンはアニヤにもオリントにも生息していないため図鑑でしか見かけず、観客たちもグソクムシャに注目している。事前に知識を入れていたセルピルもイワン以外のアローラのポケモンを見るのは初めて、しかし特性や重量そしてタイプ相性ではゴトラには負けてはいない。
「虫は岩に弱い、相手が技を出す前にやるのよ!」
「ドラ!」
ゴトラが地面をつかみいわなだれを繰り出す……そのゴトラの前にグソクムシャが二本の爪でゴトラの腹を突き刺して先制攻撃を与える。
「先を越された!?」
「であいがしら。相手より先に技を出すグソクムシャ固有の技だよ。望んだとおりだね」
意趣返しかと相手の先制攻撃技を出され額にしわがより、汗がしわに留まる。だが、ゴトラはそこまで大きなダメージを受けていないようだった。あのであいがしらは虫技、先制攻撃を受けたとはいえ、虫タイプに抵抗力がありしかも防御が固い鋼タイプでは効果が薄いのだ。
しかも技を受けたとはいえグソクムシャはゴトラの目の前にいる。技が当たりやすく好都合だ。ゴトラはお返しとばかりに、つかみ取った岩をグソクムシャに叩きつける。
するとグソクムシャは手で顔を隠し体を丸めると、先ほどの威勢の良い攻撃性があったとは思えないほどの即座に防御を魅せた。けれども防御しても弱点の岩タイプにはたまらず、手がずれ落ちて塞いでいた片眼が現れるとその眼から大ダメージが受けているのがわかった。途端に、グソクムシャは体を丸めたまま後ろに転がりボールの中に戻り、芝は倒れたまま地面が重量でへこんだ跡がグソクムシャがいたことを現していた。
突然グソクムシャがトレーナーの命令でもないのにボールに戻っていったことに会場がざわついていたが、セルピルはその理由を知っていた。
「……!ききかいひ」
「良く知っているね。危うくなったら逃げるのがコソクムシの時から変わらない戦法でね。これがバトルではなかなか難しくてね。では次はこのポケモンで」
スレイマンが二体目のポケモンを繰り出すと現れたのはカイロスとは異なるクワガタポケモンクワガノンだ。虫・電気の複合タイプで加えて特性ふゆうで空をも飛びと厄介な相手である。
「けど虫タイプ、岩の技は弱点。ゴトラ、いわなだれ!」
再び岩を持ち上げ、岩の流星がクワガノンに降り注ぐ。
電気の直線がその塊を次々と打ち消す。クワガノンはチャージビームでいわなだれを次々と砕き、小粒の岩ほどにまでさせて攻撃を最小化させていた。
「十万ボルト!」
頭の二本の顎の先端から電気の塊が集まり発射、ゴトラの腹に命中する。
「ゴトラ!まだいける?」
「ドラ」
だが、ゴトラのやる気のある声とは裏腹に、鉄の体は焦げがついていて、クワガノンの十万ボルトが強力であることを如実に表している。
「中々しぶとい。では僕とクワガノンのゼンリョクを見せてやろうか」
スレイマンが裾をまくり、腕からリングのようなものが見えた。メガ進化かと身構えたセルピルであるが、様子が違う。
スレイマンが腕を大きく開き、腕と手の指で大きなZをつくるとリングが輝き、クワガノンの体が黄色く光り、電気を纏う。
「これがゼンリョクZ技、スパーキングギガボルト!!」
「ガノーン!!」
十万ボルトとは明らかに大きすぎる電気の塊がクワガノンの体に集まる。
「ゴトラまもる!」
「まもるでクワガノンのゼンリョクを防げないよ!」
ゴトラがまもるをしたというのにいつになく張り切るスレイマン。そしてクワガノンを包むほどの電撃がスパークを放ちながら放電される。塊は真っすぐゴトラに突っ込み黄色い塊に包み込まれた。その眩しさに目を腕で隠さねばならないほどだ。
ようやく光が収まりセルピルが腕から手を離すと、ゴトラの体はさっきよりもひどく黒コゲになりその巨体が地響きを立てて横倒しになり審判がゴトラの戦闘不能を宣言した。
「うそ。まもるをしたのに戦闘不能だなんて……」
「言っただろ、僕たちのゼンリョクはまもるでは防げないのさ」
セルピルは焦げた鉄板のようになったゴトラの背中を呆然と眺めていた。気を落ち着かせようと、アロマをしみ込ませたハンカチを取り出し気持ちを落ち着かせる。
焦っていた気持ちが静まると、セルピルは別のことを考えていた。あの強力な技が二度も出てくるかということだ。明らかにかみなりを超えるほどの威力のあの技が発動した直前リングが光っていた。スレイマンがわざわざ裾を引いたのもあのリングを使うためであろう。ならばメガ進化と同じように二度目はできないのではないか?
ハンカチを覆いながら上半分ずらしてスレイマンの様子を見ると、緑の帽子を脱いで団扇代わりにパタパタと扇ぎながら汗を飛ばし、涼みながら交代を待っていた。二度目は来ないとセルピルはにらんだ。
そしてゴトラを戻し、次に出すポケモンが入ったボールを力を込めて握り締める。
「ニチャモ!」
「シャモ!」
ポケモンが交代したところで試合が再開された。
「ニチャモ、ニトロチャージで接近するのよ」
「チャージビームと十万ボルトを乱れ撃て!」
互いが技を指示し、技がそれぞれ打ち合う。クワガノンのチャージビームがマシンガンのように打ち放たれ、時に放たれる小規模の十万ボルトの砲弾が降り注ぐ。それでもニチャモはニトロチャージによる炎の鎧で電気の砲弾を弾き進んでいく。
「……っ、攻めるねセルピルちゃん」
ニチャモとクワガノンの距離が一メートルを切ったところでニチャモは跳び上がりセルピルのメガ進化デバイスが光る。
「今よ、メガ進化!ブレイズキック!!」
ニトロチャージの炎の鎧に包まれながらメガ進化を遂げ、足にブレイズキックの炎を纏う。体を覆うニトロチャージの赤い火と温度が高いブレイズキックの黄色い火が二重に燃え盛り揺れめく。
クワガノンは宙に飛んだニチャモに向けて十万ボルトを放射するが、スレイマンはあのZ技を放たない。いよいよ距離が縮まりニチャモが倒れないと判断してクワガノンは躱そうと動こうとするが動きが遅くニチャモのブレイズキックを受けてしまった。
「シャーモ!」
技を決めたニチャモがガッツポーズを取ると、審判がクワガノンの戦闘不能を宣言した。強敵のクワガノンを倒せたことに、メガ進化による体の疲労感で膝に手をついて呼吸を整えて、全身から噴き出る汗を服を扇いで乾かしていたセルピルはホッとした。
スレイマンは焦る様子もなく、帽子を扇いだままクワガノンを戻す。そして次に繰り出したのは、グソクムシャではなくテッカニンであった。
前のイワンのいわなだれによるダメージが大きくて体力が残っていないからかとセルピルは考えたが、いずれにしろ目の前のテッカニンを倒さなければならない。
「テッカニン、つるぎのまいをしてきりさくだよ」
テッカニンがビーとうるさく鳴き声を鳴らして二本の爪を研ぎながら演舞をする。つるぎのまいは攻撃力をグーンとあげる強力な補助技だ。虫タイプにあまり効果がないニチャモを速度だけでは不足で火力も上げて倒す算段かとセルピルはにらんだ。
テッカニンが、「ニンニン」と声を鳴らしながら 地面すれすれまで飛んで接近すると次の時にはニチャモは膝をついていた。それはさながら辻斬りのようで一瞬消えたかのように見えるほどの速度でニチャモにきりさく攻撃をしたのだ。テッカニンが空中で旋回すると、またも消えニチャモがダメージを受けるのだけが残る。明らかに先ほどよりも遠くでそして素早く攻撃を仕掛けていた。
「テッカニンはもともとの速い上に特性のかそくもある。このままだと一方的になぶられるわ。見えない相手には……回転しながらかえんほうしゃよ」
ニチャモの嘴に炎がたまり、片足を軸にしてダンスを踊るように回転しながら炎を噴き上げる。さながら疑似ほのおのうずでニチャモに接近していたテッカニンが炎の柱にひるんで動きを止めるほどであった。そして動きが止まったテッカニンにニチャモの炎が飛んできて体や羽に焦げ目をつくる。
「ニン!」
炎に弱いテッカニンは、火も悶えて動きを完全に止めてしまう。これ以上は危険と判断したのか、スレイマンがボールを取り出す。
「バトンタッチだ」
スレイマンの命令を受けてボールに接触しようと退却するテッカニン。だが、ニチャモの炎はテッカニンを逃がさない。かえんほうしゃの追撃がテッカニンが飛んでいたところの芝を焼け焦がし距離を詰めていく。そしてテッカニンの背中に火の塊が刺さり断末魔を上げる、テッカニンがボールの頭に触れたにも虚しく審判は戦闘不能の審判を下した。
「よくやったわニチャモ。これで後は手負いのグソクムシャだけよ」
「……よくやったテッカニン。君はちゃんと役割を果たしてくれたよ」
スレイマンが団扇代わりにしていた帽子を被りなおすと、手に持っていたボールとは別のを取り出してテッカニンを戻した。そしてそのボールをフィールドに投げつける。
再び現れたグソクムシャ、手の二本の爪が今度はニチャモに向けられる。
「後一体しかも相手は手負い。スピードもこちらが上。先制技を出させないように距離を置くのよ」
ニチャモは言われたとおりに一歩ずつ前へファイティングポーズをとりながら歩み寄る。先ほどのであいがしら対策だ。
また一歩ニチャモが歩み寄ると、目の前にグソクムシャの黒い目がニチャモの視界に入っていた。途端に、グソクムシャがシェルブレードでニチャモを切り捨てる。
「ど、どういうこと?明らかに重量級なはずなのに……」
ニチャモは肩で息をしながら立ち上がるとブレイズキックをグソクムシャにかかと回しをする。だが、グソクムシャの身のこなしは早く避けられてしまい、身を屈めたまま二度目のシェルブレードで切られてしまいノックアウトされた。
ニチャモをボールに戻しながらセルピルはグソクムシャの急な速度の上昇の理由を考えていた。すると、スレイマンがテッカニンを戻す前に伝えた技を思い出した。
「……
「その通り、テッカニンのつるぎのまいと特性かそくで上げた攻撃と速さをグソクムシャに受け継いだんだよ」
重さによるスピードの遅さをバトンタッチで引き継いでデメリットを克服しただけでなく、つるぎのまいで攻撃も上げた。テッカニンがわざわざつるぎのまいをした理由が今になって読めた。
新たに繰り出したポケモンはイワンだった。スレイマンは「なるほど」と手を顎に添えて戦術を読み取る。
「ルガルガンのカウンターで起死回生を狙う気だね。けどその前に倒されてしまえばそれも意味ないけどね」
スレイマンが袖口を引いてリングをちらつかせた。察しの良い観衆たちはそれがあの強力な技、Z技を放った道具だとわかった。もう一度発動されてしまえば敗北は必至。だが、セルピルに焦りの色は見えない。
「いいえ、あなたはその技は出せません。イワンが耐えきれば勝ちます」
「本当かな?」
グソクムシャが爪を研いで飛び掛かる構えを見せると、イワンがそれまで二足で立っていたのを解いて四つ足になって身を屈める。
スレイマンの言う通り、攻撃・スピード共に向上しているグソクムシャでは体力が減っているとはいえあの技がなくても、真っ正面で戦ってはどちらにしてもイワンの不利には変わらない。セルピルの考えでは、グソクムシャはイワンの弱点を突けるシェルブレードで攻撃をするだろうと踏んでいる。一撃で倒せる技ならカウンター攻撃も意味がない。
今のグソクムシャの速度ならどの道相手が先手を取る。高速で動く重戦車が突撃してくるようなものだ。しかもここでイワンの特性ノーガードが足かせとなってくるためかわすことができない。いかに相手よりも先に一撃を叩き込むかが要となる。
審判の試合再開のフラグがこの時だけゆっくりと流れるようにセルピルは感じた。グソクムシャの黒い目とイワンの赤い目、互いの目線の高さは異なるが真っすぐ相手を見ていた。相手を一撃で倒すそう目で倒しにかかっている。
フラグが上がり切り、「試合再開!」が宣言された。
「イワン、ストーンエッジ!」
「シェルブレード!」
戦車が突進してなだれ込んでくる。だがイワンはひるまず動かない。そして主砲たるグソクムシャの手が振り下ろされてくる。
刹那、イワンの手の中に握られたストーンエッジがグソクムシャの手の甲を叩き、もう一方の手も振り下ろされる前にイワンの片方の手でストーンエッジのパンチで防ぐと、がら空きの胴体に向けて飛び掛かる。
ゴロンと、イワンがグソクムシャの股の下から転がり出てくると、グソクムシャの体が轟音を上げて芝の上に倒れた。
審判がセルピル側の勝利を宣言する。イワンのストーンエッジが決めたのだ。
勝利が決まり、観衆が大歓声を上げて会場を包み込み、それにつられたギャロップたちも声を上げる。セルピルも大金星を挙げたイワンに抱き着いたが、逆にイワンがセルピルを抱き上げて勝利を祝う形になった。敗北したスレイマンがセルピルに近づき、試合終了の握手を交わす。
「ゼンリョクを出したんだけど、君の方が勝ったようだね。ここの地方の人たちはZ技を見たことがないから二度目があるんじゃないかって惑わせたんだけどな」
「あの技が二度も出すことはないとゴトラが倒された後に踏んでいました」
「どうして?」
セルピルがスレイマンの顔を指して理由を述べた。
「スレイマンさん試合開始まで一つも汗をかかなかったのに、あの技を出した後汗をずっとかいてましたよね。私もメガ進化をする時、疲れが出たり汗をいっぱいかくので、スレイマンさんのあの技もそうじゃないかなって」
「なるほど完敗だ」
セルピルの読みにスレイマンは称賛の拍手を送ると、観客もつられて拍手が送られた。
「敗退しても選手はここから出られない。だから僕は残りの時間を君を応援する時間に使うよ。それが相手への礼儀だからね」
第一ステージの初戦を見事に勝利したセルピル。だがポケモンリーグの熱気の渦はまだ回り始めたばかりだ。