ポケットモンスター ノース・サウス   作:wisterina

68 / 75
第六十八話『ポケモンリーグトーナメント最終戦 女同士の戦い』

 ポケモンリーグ開催から三日目の夜。

セルピルはポケモンたちをボールに戻すことなく引き連れて、選手用の宿泊ホテルに帰ってエアコンをつけずベッドの上に倒れた。倒れたと同時に頭の上に乗っていたむーんがコロコロと転がって枕に体が埋もれる。

 

「疲れた。でもこれで明日の第一ステージ最終戦に進めれる」

 

 セルピルは先ほど午後六時からの第二回戦の試合に勝利した。二回戦の相手もスレイマンに負けず劣らずの強敵で一体倒すのに三十分もかかり、試合が終わったのは午後の八時過ぎと長期戦になってしまった。

 ベッドに倒れたままのセルピルを見かねてか、レイレイがエアコンをつけて蒸し暑い部屋を冷却させ、イワンがセルピルを抱き上げてちゃんと仰向けにして枕元に頭を置いて寝かせると先ほどよりも姿勢が楽になったセルピルはだんだんとまぶたがトロンと落ちてきて眠気が誘われて眠りに入ろうとした。

 すると、ドンドンとセルピルの部屋のドアを叩く音が聞こえてぼんやりと眠りに落ちかけていたセルピルの目を覚まさせた。いったい誰だろうと、目の焦点が合わさっていないままベッドから起き上がってドアについているのぞき窓を覗くとハリカが腕を組んで扉の前で待っていた。足をパタパタしている具合からして早く来なさいと催促しているようであった。

 セルピルがドアを開けるとハリカは開口一番の突然の訪問の非礼も言わなかった。

 

「ようやくあなたと戦える舞台が整ったわ」

 

 頭がぼんやりとして、どういう意味か把握できず首をかしげると、ハリカは口をへの字に曲げた。

 

「さっきの夜の部の試合結果見ていないの?」

「うぅん。さっきまで試合をしていまぁした」

 

 語尾が伸びるほどまだセルピルの目が覚めていない。するとハリカはやれやれと部屋に上がり込み、テレビをつけてポケモンリーグの試合結果を伝えているニュースを流す。ニュースキャスターが後ろの画面を見ながら明日の試合の組み合わせを伝えるとセルピルの目が開き始めた。

 

『明日の昼からの試合はセルピル選手とハリカ選手ですね。セルピル選手は十二歳でセロ選手と同じラーレタウン出身にして初出場、一方のハリカ選手は今回敗者復活枠からのスタートでありながらシード枠の選手を下すという六年連続本選出場の貫録を見せつけました』

「……!ハリカさんが私と当たる!」

「そうよ。オリニア急行ではバトルができなかったけどこれで正々堂々と私を倒せるでしょ」

 

 セルピルは食い入るように先ほどのハリカの試合のリプレイを見ていた。六度の出場経験者ともあらば、その実力は生半可なものではないのは間違いない、明日の試合のためにハリカの戦法を分析してやろうと一挙手一投足を凝らして見ていた。

 しかし、当の本人がまだ部屋の中にいるのにテレビの中にいるハリカを見るばかりで本人には見向きもしていない。ハリカが「もしも~し、本人がここにいるんだけど」と呼びかけたり手を顔の前でひらひらとさせるが全く反応がなく、セルピルがまだ寝ぼけているようであるとハリカは察し、こりゃだめだと諦めるとベッドに座り込み遠目から自分の試合のリプレイを見ていた。

 すると、イワンが冷蔵庫からサイコソーダの缶を取り出してそれをハリカに手渡した。

 

「あらありがと。気が利くわね」

 

 イワンから受け取ったサイコソーダのプルタブを引いてプシュッと炭酸が吹き出す音と共に中の泡が飲み口に噴き出ると、そのままゴクゴクと喉を鳴らして飲み始める。ひと呼吸を置いて缶を口から離し、イワンの顎の下をハリカが指先でなでると、イワンはこそばゆいのか顎をハリカの腕に乗せる。

 

「これがルガルガンね。アローラ地方にしかいないポケモンか、初めて見るわ。どうやって手に入れたの?……って聞いてないか」

 

 未だにテレビのハリカにくぎ付けになっているセルピルに呆れ、頭を掻くハリカ。すると、レイレイが尻尾を電気の差込口に入れ始める。

 

「エッブー!!」

 

 鳴き声を上げたとたん、部屋の電気が一斉に消えて部屋の中が真っ暗になりハリカとセルピルは驚きの声を上げた。

 

「ちょっと、なにこれ!? きゃっ!?」

 

 突然暗くなって周りが見えずハリカは手を滑らせてしまった。

 

「わっ、電気が!ちょっとレイレイ、電気全部食べちゃダメでしょ!」

 

 ようやく目が覚めたセルピルが暗闇の中慣れた手つきでブレーカーを上げると、部屋の電気が再びついた。照明が照らされると、ベッドの上でハリカがエルフーンの上に覆いかぶさっていたのをセルピルが目撃した。

 

「吃驚したわ。いきなり電気が落ちるなんて……ごめんなさいねエルフーンちゃん痛くなかった?」

「フーン」

「あれ?ハリカさんなんで私の部屋にいるんですか?」

 

 はぁ~とハリカがため息をつくと、エルフーンを人形を置くように枕元に置くとセルピルの方に向き直った。

 

「やっと起きたみたいね。私が部屋にノックしたのも、テレビをつけて試合結果を見させてあげたのも覚えていないみたいね」

「そ、そうだったんですか!?ごめんなさいさっきまで寝ていたもので」

「まあいいけど。それより、よくあんな暗闇の中ブレーカーを上げられたわね」

「レイレイがここに来てから夜な夜な電気を食べて部屋の電気を落とすんですよ。夜中にトイレの電気がつかなかったりとかしょっちゅうで、元々オリントにいたころからいたずら好きな性格で」

 

 セルピルが愚痴をこぼすとしまったと口を覆った。どうして自分がオリント地方にいた理由をハリカに問われてしまうかもしれない。まさか誘拐にトラウマでバトルができなくなったとかの事実を根ほり葉ほり聞いて明日の試合に有利にさせようとするかもしれない。

 

「オリント地方?なんで?」

「まぁ、まあいろいろあって」

 

 予想通りハリカがそのことについて下手にはぐらかした。だがハリカはそれ以上詮索しようとしなかった。

 

「ふ~ん。まぁ深く詮索しないわ。試合に関係ないことでいざこざを起こしたくないもの」

「どんな手を使っても勝つって言いませんでした?」

「手段にも限度はあるのよ。何でもありで相手に勝つならポケモンを奪ったり、相手を出場させないとかあるけどそれをやっちゃ相手に失礼でしょ。程度と限度を考えて勝つそれを忘れちゃトレーナー失格でしょ」

 

 性格悪い人と思っていたが、考えを改めためなければならなかった。三等車のことでちょっと印象悪く感じたが、二等車での発言も今振り返れば自信を喪失していた自分を叱咤激励したんだろう。今も自分のアキレス腱となる話を口を滑らしてもあえて言及しなかった。

 この人はずる賢いけど限度をわきまえて勝ちに行く人なんだと。

 

「……ハリカさんって優しいですよね。わざわざ私の部屋に来て知らせてくれたり、」

「そ、そんなんじゃないわよ!それじゃ明日、絶対に勝つから。ルガルガン、サイコソーダご馳走様」

 

 サイコソーダをあおり、テーブルの上に置くと セルピルが飲み終えた缶を手に取ってみると、かなり軽くさっきので全部飲み終えたことがうかがい知れた。

 

 

 

 

「早く早く!ヨっち急いで!」

「ああんもう!なんで私っていつも寝坊するんだろう!」

 

 太陽がてっぺんに登りかけようとした時刻に、セロのヨっちの背中にまたがって歩行者用道路を上っていく。目覚ましをかけ忘れ、イワンが何度も起こしても起きず。イワンがセルピルを布団から引きずり出され、ようやく目覚めた時には試合開始ニ十分前を切っていた。

 跳ねまくった髪を結ぶ時間がないほど慌てて試合会場に向かおうとした時に、たまたまセロが同じくセルピルの試合を見に部屋から出てきたのと同時だったのが幸運だった。

 中央都市では、そらをとぶを許可なくするのは禁止され、会場へ行くバスも道路が渋滞を起こしていて通常の手段では間に合わなかった。そこでセロのヨっちに乗って会場までかけていっているのだ。

 ヨっちが歩行者用道路の三分の一を塞いでしまう図体にもかかわらず、看板やカフェテラスのテーブルをうまく車道に移動して避けて進んでいた。しばらくすると試合会場の中央ドームの特徴である銀の上部半円が見えてきた。

 

「ヨっち、あとは右行って、左行って、そのまま横断歩道を渡ったらすぐだよ」

「ごめんねヨっちあともう少しだから」

「バゥ!」

 

 試合まであと十分を切っていた。ヨっちはラストスパートをかけるため速度を増し、右へ左へと曲がりドーム前の横断歩道にさしかかろうとしていた。だが、信号の青が点滅して赤に変わってしまった。

 道路は片側三車線でひっきりなしに車が目の前を過ぎ去っていく。信号は時間を表示するタイプであったが、見ると残り時間が百二十とLEDで表示されていて、二分も待たないといけない。

 

「ど、どうしよう」

「大丈夫、セルピル捕まってて。ヨっち、飛び越えて!」

 

――ドンッ

 ヨっちが助走すると、走り幅跳びのように車が来ていない合間を縫って道路を渡り始める。信号無視もいいところであるが四の五の言ってられる状態ではないのはわかっていた。

 そして最後の車線を飛び越えて無事向こう側に到達して、ヨっちはドームの中へと入っていく。

 

 

 

「まったく、昨日あなたに勝つ宣言をしておいたのに、危うく遅刻による不戦勝で勝つ珍事になりかけたわ」

「うぅ、ごめんなさい」

 

 試合会場の中央ドームのバトルフィールドにて、ハリカが両手を腰に当ててぷりぷりと怒っているのを見て何も言えなかった。ドームの大型画面にはぼさぼさの頭のままのセルピルの顔がアップで写されていて、穴があったら入りたい気持ちで顔が赤くなった。しかもこの試合、大観衆だけでなくテレビにも映っていて全国に自分が遅刻とヘアセットもしていない醜態をさらされていると思うとさらに顔が熱くなってしまった。

 

『えー、皆様お待たせいたしました。両選手がそろいましたのでAブロック最終戦、セルピル選手対ハリカ選手のバトルを開始いたします!』

 

 すでに握手も終えてバトルポジションに二人が立つと、ボールを投げつけフィールドにポケモンを解き放つ。

 

「ヌメルゴン行って!」

「ナライ」

 

 セルピルが弱々しくボールを投げてフィールドにナライを出すと、試合開始の笛がドームに鳴り響く。

 今回のフィールドは、ナライの脚の付け根ほどまである高い草が生い茂っている草のフィールド。今は双方とも体格が大きくあまり恩恵は受けられないが、背の低いポケモンならば優位になるフィールドだ。

 

「先手必勝。りゅうのはどう」

 

 ヌメルゴンの光線が地面の草を焼き払いながらナライの足元向けてられる。

 

「飛んでナライ!」

「ラーイ!」

 

 翼を羽ばたかせて上昇すると、光線がナライの脚をかすめる。ナライは浮遊しながらヌメルゴンに向かってドラゴンクローでひっかく。

――ぬるん。とナライの手に攻撃した感触がない。もう一度片方の手でひっかくがまたも攻撃した感触がなくヌメルゴンは平気そうな顔だ。見ると、ナライの手には粘り気のある液体が手からこぼれている。

 

「全然効かないわ。ヌメルゴンのぬめぬめボディーには単純な物理攻撃なんかびくともしないのよ」

 

 ハリカが自信をもってヌメルゴンの固さを告げて、髪をふさぁっとかき上げる。ヌメルゴンの垂れ下がった目がつり上がるとナライにのしかかりをして跳び上がった。

 ナライは回避しようと羽を動かそうとするが上にいるヌメルゴンの体液が滴り落ちて羽に付着すると動きが鈍くなって逃げられない。そのままヌメルゴンののしかかられる。

 

「確かあれは」

「さっき言ったわよ。ぬめぬめボディーだって」

 

 ぬめぬめ。それはヌメルゴンの粘着性のある体液から生かされる特性で、相手の素早さを下げて動きを止める。ナライはその体液で動きが鈍くなってしまった。

 

「一旦交代!」

 

 状況が不利と踏んでナライをボールに戻す。交代にむーんを出して試合再開する。

 

「むーん、ムーンフォース放出!」

「ルルゥ」

 

 背中の綿からムーンフォースを発射して、ヌメルゴンの腹部に打ち込む。フェアリー技を喰らって、苦い顔を浮かべるヌメルゴンであるがハリカは続投を続ける。

 

「ヌメルゴン、りゅうのはどうで薙ぎ払って」

 

 ヌメルゴンはむーんに向けてりゅうのはどうを放つが、体の小さいむーんは草むらに隠れてやり過ごした。りゅうのはどうはむーんに当たらず草だけを焼き払い火の残滓だけを残した。ヌメルゴンはまだりゅうのはどうを放ち続けていて、草むらを燃やしてむーんをあぶりだそうとする算段だと睨み、ここで止めを刺そうとむーんに言い放つ。

 

「もういっちょ、ムーンフォース!」

 

 今度こそ止めを刺そうと、むーんに命令を下す。だが……

 

「よし、戻って」

 

 寸での所でヌメルゴンをボールに戻しギリギリ攻撃を不発にされてセルピルは思わず舌打ちをした。

 クソッ、物理攻撃が効かないドラゴンタイプなんて厄介でしかないのに、これが後に引かなければいいけど。

 セルピルが悔しがる姿を見てハリカは余裕そうな表情を浮かべる。

 

「遅刻して、厄介な相手を倒すことができず余裕がなくなっているわね。好都合だわ」

「何ですって?」

「さあ、ニドクイン出てらっしゃい。王に上るのは私たちよ!」

 

 交代に出てきたポケモンが地響きを上げてニドクインが現れる。ニドラン系統の特徴である頭の短い角、水色の表皮と肌色のおなかと大きな口から会場に響くほどの咆哮を響き渡らせる。

 ニドクインの咆哮は観客席の一番奥にいる観客にまで耳を塞ぐほど響き、いかに遠くにまで聞こえることが垣間見える。そんな咆哮が鳴り響いているにも関わらずむーんはいつものように上の空だ。

 

「ニドクイン、どくづきよ!」

「草むらの中に身を隠して!」

 

 むーんが再び高い草むらの中に身を隠してニドクインのどくづきをかわす。ニドクインは草むらに向かってどくづきの鉄拳を両腕で振り下ろすが、草がドロドロに溶けるだけでむーんの姿はなかった。

 この草のフィールドは、むーんにとっては間違いなく有利に働いている。むーんが潜んでいる草むらは一メートルはあろう、それに対してむーんは七十センチほど。モンメンのときよりは身長は高くなっているが大した問題ではない。ここでうまくかわしながらやどりぎのタネをばら撒けば……

 だがニドクインの口から火の粉が噴き出ているのを目撃して、セルピルは冷や汗が出た。

 

「焼き払え!」

 

 ハリカの号令と共にニドクインはむーんがいる草むらを口を左右に動かして草を炭の山に変える。

 

「むーん、逃げて逃げて」

 

 草むらがガサッと揺れると、ニドクインは口の向きを動いた方に向ける。幸いにもそこにむーんの姿はなかったが、ついさっきまで生い茂っていた草が一瞬で炭に変り果てた。むーんの後を目で追うとセルピルは大変なことに気付いた。むーんの行く先の草が途中で谷間のようになくなっていた。そこは、さきほどヌメルゴンが()()()()()()()()()()()()()()()だった。よく見ると、ヌメルゴンが放ったりゅうのはどうは、むーんのいた草を陸の孤島のように草を円を描いて燃やしていた。草との谷間の幅は、むーんの脚ではどうあがいても全身が姿を現してしまう。

 風の一つでもあれば逃げ切れるかもしれなかったが、ここはドーム。風など空調から噴き出るわずかな風しかない。

 そうこうしているうちに、むーんが草むらから出てしまった。自分の姿が丸裸であることに気付いていないのか、とたとたと一目散に隣の草むらへと駆けている。

 

「むーん戻って!」

「遅い、どくづき!」

 

 ニドクインのどくを含んだ拳がむーんのボディに入り、体重の軽さも相まって吹き飛ばされた。そのまま地面に叩きつけられると、バラバラと仕掛けるはずだったむーんのやどりぎのタネが綿から転がり落ちた。

 むーんの戦闘不能を審判が告げる。さすがに四倍弱点の毒技を受けるとなるとひとたまりもなかった。セルピルは悔しさを顔ににじませながら次のポケモンが入っているボールを手に取る。

 ボールを地面に投げつけると、現れたのは相性の悪いニチャモであった。

 

「ニチャモ、遠慮はいらないわ!」

「シャモ!!」

 

 ニチャモはセルピルの期待に応えるため手首から火を噴きだしてやる気を見せるが、セルピルは内心そんな余裕がないのである。初手でヌメルゴンを倒せずにナライに傷を負わせて痛み分けに終わってしまい、むーんを戦術的ミスでニドクインに倒されてしまい、残りの手持ちはいづれも地面タイプと相性が悪く一度でも大ダメージを受けたら跡がないため、ニチャモにニドクインを相手しなければならない。バトルの政局はハリカの方に傾いている。ここでニドクインを倒さないとますますハリカに勝利の女神が微笑んでしまいかねない。

 試合が再開するとニドクインが地面を片足で地鳴りをするかのように踏みつけると、だいちのちからで地面がめくれ矢のようにニチャモに降ってくる。

 ニチャモは蹴りでだいちのちからを蹴り落とすが、完全には防ぎきれずいくつかニチャモに被弾する。

 

「ほらほら、焦っているわよ。相性も覚えてないの? まだ寝ぼけているんじゃない?」

 

 ハリカの挑発にセルピルは癇に障った。

 

「手段にも限度って言いませんでしたか? 明らかにトレーナーに対しての挑発行為ですけど」

「試合とは関係ないのはね。けど相手の落ち目をみすみす逃すわけにはいかないのよね」

 

 やっぱり根性が悪い。

 しかし実際に遅刻してしまい大観衆の前で髪も整えていない姿が画面に映し出されると思うと集中できないのもあるため何も言えない。

 

「もう一度だいちの」

「ニチャモ!地面に向けてかわらわり!」

 

 ニチャモが地面をたたき割って、飛び出てきた土くれがニドクインに飛来し、ボロボロとニドクインの体に崩れ落ちる。

 ニドクインは大したことなしと無防備にその土を受け止めた。それが油断を招いたとは知らずに――

 

 にょきにょきとニドクインの体が足が口がツタに絡みつかれてあっと言う間に身動きが取れなくなった。

 

「な、なんで!?なんでやどりぎのタネが……!」

 

 それはむーんの置き土産であった。むーんがニドクインに倒されたとき、仕掛ける予定だったやどりぎのタネが地面にこぼれてそのまま地面に落ちていたのだ。それをニチャモがやどりぎのタネが埋めっている地面ごと叩き割ってニドクインにぶつけたのだ。相手が動けないこの時をセルピルはみすみす逃すはずはないと意趣返しを行う。

 

「みすみす逃さないわ。やどりぎのタネを燃やしちゃだめよ。メガ進化!!ブレイズキック!!」

 

 メガストーンが光り、ニチャモがメガ進化を遂げると赤い体を炎でより濃く、紅に変わる。

 

「シャアァァモ!!」

 

 脚から放出された炎がニチャモの全身を包み、焔となる。

 鬨の声とともに右足のブレイズキックをぶつけては、反対の足で蹴り、また反対の足で蹴ると容赦しない。次第にやどりぎのタネのツタにニチャモの火が燃え移り始める。

 このままではニドクインを逃がしてしまう。メガ進化の反動で、疲労感がたまっているセルピルが声も枯れ枯れながらもガラガラ声を張り上げる。

 

「早く! 燃え移っているわ!」

「シャアァァモ!!」

 

 雄たけびを上げて、ニチャモはニドクインのボディーにもう一発蹴りを入れる。それがちょうどニドクインの脚に絡んでいたツタを燃やして自由になってしまった。ニドクインは急に自由になった足に体がついてこれず、ヨタヨタと足を崩してしまい後ろから倒れてしまった。

 審判がニドクインの様子を見て近づくと、セルピル側の旗を上げた。

 

「やった」

 

 小さく勝利を喜んだセルピル。しかしそれが未だ大いに喜べないことを現している。まだ相手は二体――しかもこっちはいづれも手負いだ。

 

「スワンナ」

「シューワー!」

 

 ドームのライトを反射するほどの美しい純白な翼をもつスワンナがフィールドに現れる。水・飛行タイプと相性は悪い。

 交代させるか? けどナライは今手負いで、もしスワンナに倒されてしまうとニチャモのみになって絶対的に不利。仮にスワンナを倒しても、ヌメルゴンのボディーではニチャモの物理技を受け流してしまう。ならば、このままニチャモを継投させてスワンナを相手したほうがまだ最悪は免れるかも……

 セルピルは最悪のシナリオを回避する方針で固めた。

 

「続投? ふぅ~ん。私のスワンナをメガ進化したから倒せると考えて? ……舐めないで!」

 

 ハリカがギッと歯をきしませてスワンナに上昇するように命じる。

 来るのは飛行技、そうと読んだセルピルは

 

「ニチャモギリギリまで待って。相性が不利な以上、力でぶつかるしかない」

 

 力技で打ち倒す。最悪の状況下を避けるために下策を講じるというのは今までほとんどない。しかし、やるしかない。それはニチャモも同じで、スワンナが降りてきたときに備えて拳にスカイアッパーの用意をする。

 バサンと上空に飛んでいたスワンナが急降下する。だが、そこ見えていたのは、水をまとう白鳥であった。

 

「なにあれ!?」

「エアスラッシュと空中と言う波にのる合わせ技、エアなみのり!」

 

 両翼に水をまといながら弾丸のように一直線に落下するスワンナ。それでもニチャモは引かず、スカイアッパーで迎え撃つ。

 スワンナは胴体を地面を引きずって不時着した。さすがにスカイアッパーを喰らったため無傷では済まなかったが、苦手な技を喰らった方はもっとひどいありさまだった。飛行と水、相性最悪の技が組み合わさり四倍ダメージを受けてニチャモは起き上がれずに膝をついたままだった。

 そして膝をついた状態で審判がニチャモの戦闘不能を宣告させた。

 ついに、追い込まれてしまった。最悪の状況を回避するためが、より悪い状態に陥ってしまった。不運か、準備不足か、両方か、それでももうセルピルの手持ちにはナライ一匹しか残っていない。

 

「ナライ」

 

 静かに最後のポケモンの名前を呼んでボールを開くと、鳴き声と共に現れた緑の龍。その声には疲労は感じさせてないが、当のトレーナーはメガ進化の反動と追い込まれていた状況を直視できずポケモンに声をかけることがなかった。

 すると、カプリとナライがセルピルの頭にかぶりついた。突然のナライの行動にセルピルは痛いよりも「ひゃん」と可愛らしい声を上げて心臓が跳びはねた。しかもナライが口から温かくてざらざらと凹凸のある舌が頬をなでてくすぐったくもあった。

 

「ちょ、ちょっとナライ!?いまそれどころじゃないのよ!今追い詰められて」 

 

 ナライの口を無理やり外して、その緑の瞳を見ると手負いなはずなのに、目がキラキラ光っている。まるでナックラーのころのような星のような目だ。負けないよといかにも言いたげな目であった。

 一体何をやってたんだろう私、ポケモンを信頼してバトルしなきゃいけないのに、自分のこととか最悪の状況とかそんなことばっかり考えていた。

 

「……ナライ、二体倒さないといけないけど……やってくれる?」

「ラーイ!」

「さあこれで最後よ。スワンナもう一度エアなみのり!」

 

 再び上昇するスワンナ。それを逃さず追撃するナライであったが、先手を取ったのはスワンナ。弾丸のように水を纏って水流の緒と共に急降下を始める。

 

「かわして、ドラゴンクロー!」

 

 スワンナの水が紙一重で当たる寸前でくるんと一回転して躱すとナライの爪が光り、スワンナの頭部目がけて切り裂く。運悪く頭にダメージを喰らい、スワンナはバランスが崩れて体のコントロールが効かなくなってしまった。そして態勢を元に戻す暇もなく草むらに激突してしまった。

 ナライがゆっくりと羽ばたいて降りてくると、スワンナの傍には審判の姿があった。

 

「スワンナ、戦闘不能!」

 

 セルピルの視界が一気に明るく、広がるように感じた。ニチャモのスカイアッパーのダメージもあったのか、ナライのドラゴンクローが急所に当たったのかあっという間に一対一にへと持って行ってしまった。

 しかし面白くないのは相手だ。せっかくの優位をあっという間にひっくり返えされてたのだから眉間にしわがより、握りこぶしを爪が食い込むほどきつく握っている。しかもヌメルゴンは、むーんのムーンフォースで体力を削られている。次に出すポケモンはほぼイーブンイーブンの戦いと言うわけだ。

 

「ここで負けるわけには、絶対に優勝トロフィーを家に持って帰るんだから。ヌメルゴン!」

 

 再び現れたヌメルゴン。そしてヌメルゴンが自分の相手が最初に戦ったナライだとわかると、その目を険しくナライに向けさせる。

 

「りゅうのはどう!」

「そらをとぶ!」

 

 りゅうのはどうがナライに向かって放射されると、瞬時に空を飛んだナライの三枚羽の尻尾に被弾した。ナライは痛みを引きずりながらバランスを保ち、空を舞う。

 そらをとぶナライを対空砲火のようにりゅうのはどうの砲撃が飛びまくる。空を飛んでいる以上は当たることはまずないが、遠距離攻撃の手段を持たないナライでは地面に降りることができない。すると、外れた技の一部がドームのライトを破損させてガラスが地表に落ちる。キラキラと他のライトがガラスを反射させて目が眩しく、一瞬セルピルは目を覆い隠してしまう。

 

「そうだ。ナライ、ヌメルゴンの真上にあるライトを壊して!」

 

 ナライが、尻尾でライトを叩き壊して大小のガラスが地表の降り注ぐ。

 

「何を!?」

「急降下よ!」

 

 ナライがガラスの破片と共に降下を始めると、ヌメルゴンが狙いを定める。だが、落ちてくるガラスの破片がライトの光に乱反射されて、ヌメルゴンの目にはナライを目視することができなかった。それをついて、ナライがヌメルゴンを落下の衝撃で叩き伏せると続けざまにじしんで地表を揺らし、ヌメルゴンを地割れに引きずり込む。足を地面に持っていかれたヌメルゴンはそのままズルズルと足を滑らせて地面に挟まれた。地面がしっかりとヌメルゴンを逃さないようにつかみ取っているかのようであった。

 そしてこの機会を逃さずナライはヌメルゴンの前に降り立ち、同じタイプの同じ弱点をぶつける。

 

「ドラゴンクロー!!」

「ラーーイ!!」

 

 一回、二回、三回とドラゴンタイプには同じドラゴン技をぶつけてヌメルゴンを引き裂く。まったく身動きの取れないヌメルゴンはナライの攻撃を受け続けるほかなく、ダメージを受けるほかなかった。そしてヌメルゴンはついに目を回して審判が勝利者の宣言をする。

 

「セルピル選手の勝利!!」

 

 

 

『さて、第一ステージを突破しました十名のトレーナーの皆さん。おめでとうございます!次は第二ステージ、四天王戦となります!!』

 

 万雷の拍手の中、セルピルたち第一ステージを超えてきたトレーナーたちは開会式が行われた大聖堂内に直立不動で立っていた。会場の左側にはオリント側五名、右側がアニヤ側の五名とそれぞれのブロックを勝ち抜いたトレーナーが並び立っている。その中にはセルピルだけでなくセロ、テオドール、そしてアレクサンダーの姿もあった。

 

「次のステージってポッピーさんやアザミと戦うってことだよね」

「そうよね。けど、一人一人に相手する方式なのかな?」

 

 セロがひそひそとセルピルに話しかける。ポケモンリーグの四天王と戦うというだけで対戦相手のレベルが上がった――それも一段や二段の具合ではない。四天王は二つの地方のジムリーダーを管理する真の実力者だ。実際にその実力のほどを二人は目の当たりにしている。

 壇上に上がってきた四天王たち、その中にワイスの姿もあった。だがワイスの服装は調理師の服にコック帽と明らかに目立っていた。だが、アザミだけで名はない綿の城でフリーと戦っていたポッピーも白衣を着ていて、どこかコスチューム感があふれていた。もう一人の名前の知らない三十代ぐらいの男は、夏用スーツにカッターシャツおまけに丸眼鏡とどこかサラリーマン風で無精ひげも生えて威厳のようなものは皆無だ。

 すると、アザミがMCからマイクを受け取り前に出る。

 

『諸君、第一ステージ突破を心からお祝い申し上げる。さて私がオリニア鉄道の総帥にして四天王筆頭のアザミだ。後ろに控えているのは、四天王オレア。見ての通りサラリーマンでオリニア鉄道に勤めている!』

 

 アザミから紹介されたオレアは、軽く一礼すると簡単な挨拶を済ませる。続いてアザミが残りの二人の紹介をする。

 

『続いて、中央都市の研究所に勤めているポッピー、そしてシェフのワイスだ!』

 

 ほかの二人も礼と挨拶を終えて後ろに下がる。すると、ワイスの顔がセルピルがいることに気付き、小さく手を振るとセルピルもそれに応えて手を振って返した。ワイスの実力はセルピルがフリーにつかまったときにその片鱗を見せつけられた。いまだ脳裏にワイスのリザードンの炎が船の甲板を熱で溶け落ちたのが記憶に新しい。そんな実力と威力を持ったポケモンたちを相手にしないとならない。

 

『さて、第二ステージは二人一組によるリーグ制で、勝利点数が多い二チームが準決勝へと進める』

 

 チーム戦?誰と組むのだろうかとセルピルは辺りを見回した。セルピルを除いた九人のうち、知り合いは三人。できれば知り合いと組みたい、そうだったら全く知らない相手よりは抵抗なく組むことができる。

 

『ペアとなる相手であるが、アニヤとオリントのトレーナー二人で四天王に挑んでいただきたい。組み合わせは後ろの画面より発表する』

『それでは発表します。一組目のペアは――』

 

 MCがアザミからマイクを返され、ペアとなる選手が画面に表示され、MCがそれを読み上げていく。

 

『三つ組目は――セロ選手とテオドール選手ペア』

 

 セロの名前が呼ばれた途端、ぴょんとコイキングのように飛び跳ねてテオドールを探し始める。先にテオドールの方がセロを見つけたようで合流するや否やすぐに手をつないでセロが跳びはねるのを止めた。

 

「よく見つけられたね」

「呼ばれた直後に飛び跳ねてたら誰だってお前だって分かるだろ」

 

――残りはあと二人。

 

『四組目は――セルピル選手とアレクサンダー選手ペア。そして五組目が――』

 

 セルピルは名前を呼ばれたと同時に彼の下へと歩み寄った。アレクサンダーは、未だにセルピルのこと直視せず視点を合わせずにいた。どうしてアレクサンダーがこんなに挙動不審なのか、どうして目を合わさないのか。でもかける言葉は一つだ。

 

「よろしくねアレクサンダー」

「こ、こちらこそ。よろしくセルピル」

 

 たどたどしいながらも、セルピル・アレクサンダーのコンビが結成された。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。