最終話『終わらない旅』
ポケモンリーグが閉幕してセルピルたちが自分の家に帰って半月が経ったころ。アニヤ地方もオリント地方もあの夏に起きた騒動が過去の物になり平穏で静かな日常を取り戻していた。
ラーレタウンもそれに漏れず平和を謳歌していた。相も変わらず港ではキャモメがヨワシを追いかけ、ラーレタウンの市場では商人たちの活気あふれる声が飛び交い、海の男たちが大量の魚を持って漁から帰ってくる。
そしてレイの家に来ていたセルピルはそこで……
「あ~もう夏休みの宿題終わる気がしないよ~」
レイに手伝ってもらいながら、机の上に広げられた夏休みの宿題に取り組んでいた。
「ポケモンリーグのチャンピオン様の弱点が夏休みの宿題だって知られたら笑いものだよセピ」
「弱点じゃないもん。いつもなら完璧に仕上げて提出できたのに、旅に宿題を持っていくのを忘れただけだもん」
学校登校日に朝礼で優勝の報告と同時に夏休みの宿題の提出を先生から求められてしまった。旅に宿題を持っていくのを忘れてしまったセルピルはみんなの前で大恥をかいたまま夏休みの宿題をする羽目になったが、十月になっても終わりそうになかった。
特に夏休みの日記が一番の敵だった。あまりにも出来事が多く、しかも途中には日記には書けそうにもないことや意識を失っていた期間もありどうやって誤魔化すか頭を悩ましていた。
「せっかく優勝してクラスのみんなのヒーローじゃなくてヒロインになったのに、こんな落ちじゃねぇ。一方のセロが出しているからさらにね」
「言わないでよ……でも、お母さんからサッカーチームに入ることは許されたし、昔の友達と出会えたし、変わり映えしない生活から抜け出す……にしては刺激が強すぎる旅もできたし」
あの旅の後セルピルはサッカーに入りたいとお願いした。自分がしたこと、自分が自分であることをするためにはその口で行動を起こさなければならないと母親に頼み込んだ。それを伝えると母親はそれまでのことが嘘のようにあっさりと認めてくれたのだ。
母親はミノアから子供は今のうちに好きなことをやった方が良いと説得されセルピルのサッカーチーム加入を認めたのだ。
「まさか瓶の中身が昔の友達からの手紙だったからだなんてね。おとぎ話も吃驚の結末よ。最も私は、セピがまさかセロ君と結構いい仲になっているとは思わなかったけど」
「私も最初はそう思わなかったわ。けど、セロってなんか勇気づけられるというかグイグイくるというか。傍にいると安心するのよね」
セルピルがあの時の旅のことを振り返りながらセロのことを話し始めた。最初の旅の始めは、人と多く出会ったためで寂しくなかったが、最初のスヨルの森の時はやはり一人では心細かった。だが、途中からセロが旅に加入してきてそういうことがなくなってきた。
セロに勇気づけられ、支えてくれる人がいた。だから旅を続けれたとセルピルは後述するが、レイはなぜかぶぅ~っと膨れて、あごを抱いていたアチャモの頭の上に乗せた。
「そういう意味じゃないんだけど……まだセルピルには早いかこういう話は、ねぇ~アチャモ」
「チャモ?」
「ん?」
セルピルはレイの意図が何を意味しているのかさっぱりつかめず、再び鉛筆を走らせた。社会の問題文に『オリント地方』という文字を見つけると手を止めてしまい、鉛筆の頭を咥えてぼんやりとアレクサンダーとテオドールのことを思い出した。
あの二人今は何をしているのだろうか。テオドールはきっとポケモントレーナースクールの再建を、アレクサンダーはきっと来年のポケモンリーグに向けて修行しているのかな。自分は来年ポケモンリーグに出られているのだろうかと夢想した。
「また会えるかなアレクサンダーにテオドール……」
「はいはい、オリント地方の人に会いたいならさっさと宿題を終わらす。まずここの計算は――」
トントンとレイの部屋の窓が叩かれる音が聞こえた。ムックルが窓を叩いているのかなと思った。だが、外から聞こえてきたのはあのマイペースであっけらかんとした人間の声だった。
「セ・ル・ピ・ル~!!いるんでしょ!顔出して!」
セルピルがその声の主に呼ばれるまま窓を開けると、セロがナライの背中に乗って空を飛んでいた。
「セロ!?なんでナライに乗っているの!?レイの牧場に預けていたのに」
「え?普通に乗せてって言ったら乗せてくれたよ。やっぱりフライゴンってカッコイイよね。こうやって乗せてもらうのは初めてだよ。こんなにすべすべだし」
「おやまぁ。噂の第三位君じゃない。私のセピに何か用?」
ナライの背中にほほを擦り付けて生のフライゴンの感触を楽しんでいたセロが、はたっと思い出したように飛び上がった。
「そうそう、テオドールとアレクサンダーがもうすぐファトゥラ中央駅に到着するって電話があったんだよ!」
「なんで!?というかなんでセロが電話番号知っているの!?」
「大会の後に、二人に僕の番号を教えていたんだ。もし二人がアニヤに来ることがあったら」
一足先に抜け駆けしていたセロにちょっと嫉妬を感じたが、そうも言う暇もなかった。セルピルの足はもう、窓の縁に足を引っかけてナライに飛び乗る用意をしていた。
「ごめんレイ、私友達を迎えに行かなきゃ!」
「また宿題が遅れるわよ。教える私の身にもなってよぉ」
「ごめんなさいね。ニチャモたち出てきて!アレクサンダーとテオドールを迎えにいくわよ!」
セルピルがレイの牧場で遊んでいたポケモンたちを呼ぶと、みんな一斉にレイの家の前に集まり皆セルピルのボールの中に入っていった。
ナライが翼を羽ばたかせて高度を上げると十三番道路の丘を、ブッスシティのモールをあっという間に超えていった。
「なんかセルピル、そらをとぶになれてきたよね」
「うん。というかナライの飛び方が丁寧だからかな」
「ラーイ!」
散々荒い飛び方をするポケモンに乗りまわされてきたせいか、ナライのそらをとぶは比較的に優しいのだった。しかし、やはり褒められてうれしいのかナライは喜びの声を上げた。
「やっぱりそらをとぶを使うとあっという間だね。ほら、もうスヨルタウンを超えちゃった」
セロが後ろからそう言いってセルピルが下を覗くと、スヨルタウン名物の花畑の一帯が見えてきた。もうフリーに破壊された後はさっぱりなく平和を謳歌している様子が遠くの上空からでも見て取れていた。
「なんか僕たちの旅ってほんとあちこち行ったよね。ラーレタウンから中央都市まで南から北へ」
「帰りは北から南。けど私の場合は東から西もだったけど」
二人が談笑しているうちに、先に飛んでいたマメパトたちを追い越すほどナライの速度が上昇していた。速度が上がった分受ける風も強くなり、十月の冷たい風がセルピルの体や顔に受け止められていく。やはりそらをとぶのはまだ慣れないから、今度旅する時は自分の足で行こうと考えた。
ナライの高度がだんだんと下がり、ファトゥラシティの象徴である高層ビルの建物が見えてきた。そしてだんだんとファトゥラ中央駅の半円形の屋根が見えると、改札口に滑るようにナライが降り立つ。そこには既に列車から降りていたアレクサンダーとテオドールが手を振って、券売機の前に自分たちがいると場所を教えていた。
「セルピル、セロ君」
「さっそくパスポートを使ってこっちに来てやったぜ」
ナライをボールに戻し、再会した二人にセルピルは喜びの感情を爆発させたかったが、抑え込んだ。自分はたったひと月も経っていないのに、六年も待っていた人に向けて涙を流すのはおかしいと思ったからだ。
遅れてセロが二人の前にやってくる。
「よく来た!君たちはアニヤ地方の第一歩を踏み出した!」
「なにそれ?」
「もうとっくに何歩か歩いているんだけどな」
アレクサンダーとテオドールの疑問にセロはえへへと笑いながら頭を掻いて誤魔化す。
「いや、隣の地方から来たのならこれを言わないとダメかなって」
「まったく、セロは相変わらずね。じゃあ、相手と出会ったらポケモンバトルはお決まりよね」
「再会したばかりなのにポケモンバトルかぁ……やろうじゃないか。チャンピオン」
「おいおいアレクサンダーがもうバトルモードかよ。まぁいいけど、前の戦いの借り返しきれてないからな。ちょうどいい機会だ」
テオドールが手を広げてやれやれと呆れるが、その顔は心底嫌そうなものではなかった。
四人がファトゥラ中央駅にあるバトル室に入り、それぞれがセルピルとセロチームとテオドールとアレクサンダーチームで別れてダブルバトルをする形を取る。
「オリント組とアニヤ組だね。ポケモンリーグじゃ実現できなかったけど。……いけメタグロス」
「いくぜ前チャンピオン、いやアレクサンダー。オリント地方のトレーナーの実力の高さ見せてやろうぜ。ラグラージ!」
オリント組の二人がどちらもポケモンリーグで戦ったポケモンたちだ。セルピルもセロもそれに合わせて出すポケモンを選出した。
「僕たちだって負けないよ。そっちは即席だけど、僕らは何度も組んでいるからね。もし僕とセルピルが組めてたら、決勝は僕が出ていたはずだよ。ラっち!」
「さあ、行くわよニチャモ!ポケモンバトル開始よ!」
人とポケモンは様々な絆を結び、この世界の中で暮らしている。セルピルたちはバトルで人とポケモンとの絆を結んでいく。
少年少女たち、そしてポケモンと歩む道はまだまだ続くのである。
ポケットモンスター ノース・サウス ――完――
「やれやれ、なのです」
「相変わらず平和そうでなによりです」
バトル室をガラス越しに、今激しいバトルを繰り広げているセルピルたちを見届けるポルックとヘレネ。二人の服は、おそろいのショートパンツとポロシャツという私服姿だ。おそらく誰が見ても普通の姉弟のように見えるだろう。
「しかし、ヘルメス社長もまた人使いの荒い。前のボスが持っていたキュレムを支配下に置いたくさびとドカリモの入手経路を調べろだなんて無茶な注文なのです」
「ポケモン協会が、見逃してやるから捜査に協力という司法取引です。汚いですが、大人なので仕方ないですよ。でも目星は着いているのですよねヘレネ」
「ええ、もちろんですポルック。その場所は――」
ポルックがポケットから一枚の地図を取り出す。その場所は、ここ
バトルに夢中になっているセルピルをしり目に二人はその地方へと赴くために列車に乗り込む。
ふとヘレネがため息を吐いて、あの四人がいるバトル室がある方を見据えた。
「あの四人が羨ましいです。この仕事がなかったら、セルピルたちとホットケーキを食べに行きたかったのです」
「ヘレネ、大丈夫ですよ。今は無理でも、いつかまた行けるのです」
ポルックの手が優しく肩に乗せられ、励まされる。それで気合が入ったのかヘレネはしゃんとなりポルックに向き直る。
「いつかまたなのですよね。……さあ行きますよポルック、とっとと仕事を終わらせるのができる大人なのです」
――列車は動き出す。銀の流線型の列車が走り始めると線路に居座っていたポッポやムックルたちが一斉に羽ばたき駅舎から飛び立っていく。
ポケモンの数だけの夢があり、ポケモンの数だけの冒険が待っている。新たに旅立った二人もまた新たな旅へと進んでいくのであった。
終わりました。
この作品がもう終わるんだなという、ホッとしたようで、どこかけだるげです。
このポケモンオリジナル地方の更新が再開したのもこの十一月でした。あれから一年経ちついに終わりを迎えました。
最初にノースサウスを七月に投稿したときは、お気に入りもしおりもゼロの状態でした。
そして前の仕事でうまくいかず、鬱になりと今では考えられないほど執筆をするのも本を読むのもできない状態でほぼエタってました。
しかしもういちど、出発するんだ。この作品を完結させることこそが自分の再スタートなんだって。セルピルたちの旅を最後までさせようと歩み続けました。
例えゼロでもきっと人は来てくれる。それを信じて書いて書いて書き続けました。
願いは届きました。
推薦をいただいたり、評価バーに色がつく、感想が来るとうれしいことだらけでした。
読者の皆さまには感謝の言葉しかありません。
ハーメルンでのポケモンオリジナル地方は未だマイナージャンルです。いや、私が投稿したときはもっとマイナーでした。
オリジナル地方のほとんどがエター作品で埋め尽くされ、マイナーだから人も来ないという素人には手が出にくいジャンルです。その素人の中に自分も混じってました。
それでも諦めずに最後まで書ききろうと、もっとオリジナル地方が増えるようにといろんな人と交流して書き上げて「完結」という二字を刻むことができました。
オリジナル地方も一からキャラをつくる作品やクロスオーバー作品も増えて、2017年の時とは様相が異なりにぎやかになってきました。今後もオリジナル地方が増えて、いつの日か完結という文字を刻んでほしいと祈っています。
さて、セルピルたちとアニヤ地方・オリント地方・中央都市とはここで終わりです。
が、次回作の予定はあります。
セルピルたちのいるオリジナル地方と同じ世界観で新たなオリジナル地方を執筆・作成中です。いつになるかはわかりませんがいつの日かまたお会いできるように頑張ります。
では、今は一旦さようならです。