ルイズと動く図書館   作:アウトウォーズ

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この作品こそは完結させたいと思います。どうぞよろしくお願いします。


動き始めた魔女

 

「動いた事が無い?!貴女は何を言ってるの?!恥を知りなさいよ、恥を!!」

 

トリステイン魔法学院の一画に、凡そ魔法とは結びつかないセリフが響き渡った。

ピンクブランドの綺麗な髪を波打たせている、一人の女子生徒の仕業である。彼女はその名を、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールと言った。

 

「いい?!力を持つ者は須らく、義務を負うの!自分だけ良ければなんて生き方は、許されないのよ!」

 

彼女の声は、気高さに満ちていた。人として大切な事を説く者としての威厳に、満ち満ちていた。

しかし…その気迫には僅かな揺らぎが生じていた。

 

「…バ、バッカじゃないの?!何が独立国よ、内政干渉よ?!アンタはただの、一人ぼっちな怠け者じゃない!!そんな所に閉じこもってるから、オカシなこと言い始めちゃうのよ!サッサと出てきなさい!」

 

彼女は現在、自らが出現させた召喚ゲートをゲシゲシと蹴りつけていた。その口ぶりこそ、引き篭もり娘に手を焼くオカンであるが…扉を容赦なく足蹴にする剣幕は、債権回収の尖兵に他ならない。金融大臣でも目指しているのだろうか。

…金融違いだが。クルデンホルフ大公国にでも行けば、大成するだろう。

 

しかし元より小さくて体力の無い少女である為か、早々に疲れてしまった様だ。彼女は半歩引き下がると、一旦声のトーンを落とした。

 

「…あのね。そもそもこの魔法はね、召喚魔法なの。呼び寄せ専門なの!だから私がそっちへは、行きたくても行ってあげられないの!」

 

ところでこの少女は一体さっきから、誰を相手に喚き散らしているのだろうか?

同級生の誰もがそう思いつつも、彼女の迫真の一人芝居に圧倒されていた。最早、ぐうの音も出ないのである。

 

彼らの目の前には、空想上の相手と見事な会話を繰り広げる女優がいた。

舞台設定としては、「物臭(ものぐさ)な使い魔が召喚に応じてくれず、困っている」といったところか。常識的に考えてそんな事はあり得ないのだが、だからこそ想像力を掻き立てる名演だった。

 

そして。

次の瞬間には、どこの誰とも知れぬ者までが、合いの手を入れ始めた。

何と、召喚用のゲートがもう一つ現れたのである。

 

「ちょっと、何のマネよコレは!……何ですって?!」

 

彼女はこの突然の事態にも、見事なアドリブを見せた。

何かしらに耳を傾け……やがて烈火の如く怒り始めたのである。

 

「ダメよ?!絶対ダメ!貴女がコッチに来るの!私を召喚しちゃダメなの!……どうしてってそりゃ……そういう決まりごとなの!召喚は、先に仕掛けた方の勝ちなの!後出しはズルなの!」

 

しかし彼女の演技力をもってしても、ちょっと苦しい事は隠せない。召喚が早い者勝ちなど、一体誰が決めたというのか。一人二役で満足しておけば良いものを、欲をかきすぎている。

 

それでも尚、有無を言わさず観客の目を惹きつけるのは、彼女の生来の魅力あっての事だろう。元より見目麗しい令嬢が、小さな身体を目一杯使って演技の続投を図っているのである。応援したくもなるのが、人情というものである。

 

しかし、手に汗握る聴衆達の前でとうとう、ルイズ劇場へ検閲の手が入った。

 

「ミス・ヴァリエール。貴女の演技力はわかりましたから…勿体ぶらずに使い魔を召喚して下さい。」

 

ジャン・コルベールという名の教師が、とうとう見兼ねたのである。残念ながらここは俳優学校ではなく、魔法学院なのである。課外活動は放課後にやって欲しいという事だろう。

 

 

しかし…彼女は一切、演技などしていなかった。

彼女は、自身にしか聞こえて来ない声の主を、必死になって説得していたのである。

余りにも未知な現象である為に、傍目には一人芝居にしか見えなかったというだけであった。

 

 

 

 

 

 

この少女のフルネームは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと言った。

紛う事無き、公爵家の令嬢である。

 

彼女にとって、今日は厄日だった。

 

全ては、サモン・サーヴァントの呪文を唱えた所から始まった。何しろ、全く成功しなかったのである。何度も何度も諦めずに挑戦するのだが、召喚したい使い魔はおろか、いつもの様に爆発する気配すら無かった。

 

とうとうゼロですらない、完全な無能者になってしまったのか、と真っ青になった時の事である。彼女の耳に、気怠げな声が届いた。

 

『便利ね、この魔法。』

 

突然のことに泡を喰ったルイズが落ち着く間も無く、その声はボソボソと続いた。

 

『設定した条件を、全自動で検索してくれるとは破格よね。術式に改良を加えれば、非生物を召喚することも可能でしょう?そうなったら、本が取り寄せ放題じゃない。』

 

こうまで言われてようやく、ルイズにも相手が何の話をしているのか分かった。特定の相手を見つけて、こちらへ取り寄せる。ルイズが今しがたやろうとしていた、サモン・サーヴァントの事である。

…後半のくだりは、何を言っているのか意味不明だったが。

 

サモン・サーヴァントのことをルイズに尋ねて来るという事は、この声の正体は呼び出そうとした使い魔と見て差し支えないだろう。しかし、召喚のゲートを潜る前に此方へ呼び掛けて来るなんて、前代未聞である。一体何をどうしたらそんな事が出来るのかは謎だが、そこも含めてこの使い魔の能力の高さを示しているではないか?

 

この事態をその様に分析したルイズは、喜び勇んで口を開いた。

 

「初めましてね。私はルイズ・フランソワーズ・ル…」

 

『ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでしょ。それはもう、聞いたわ。自分の名前を呪文に入れ込む魔法なんて、珍しいわよね。』

 

何て礼儀知らずなヤツ!

自己紹介を中断されたルイズは、思わずムッとなった。

初会話がこのザマとは、これから先が思いやられる。ここは一つ、貴族として…いや、人としてだ!礼節を説かねばならぬだろう。

 

ルイズは大きく息を吸って、怒りを抑えた。

 

「知ってるから良いってもんじゃないでしょう?相手が自己紹介する間は、言いたいことがあっても黙って聞くの。ソレが礼儀というものじゃない。そして、名乗られたら名乗り返す。これが常識よ。…私がもう済ませたと思うなら、次は貴女が自己紹介する番よ。」

 

『何を下らないことを。自分自身を定義するなんて、客観性に欠けるわ。』

 

くっそ、あー言えばこー言うタイプか。ガキめ!三歳児かお前は!

普段の素行を忘れ、ルイズはムカッ腹を立てた。

 

「あのね!私は哲学的なこと聞いてるんじゃないの!貴女の名前を教えてくれればいいの!」

 

『名前?…待ってて、今考えるから。』

 

「ちょっとやめて?!何で偽名を作ろうとしているの?!本名よ、本名!貴女のお父さんとお母さんがつけてくれた、大切な名前があるでしょう?そっちを教えてよ!」

 

『?残念だけど、そういうのは持ち合わせていないのよ。』

 

ルイズはウッ、と狼狽えた。

両親は持ちものじゃない、もっと大切なものだ。それを知らず、ましてや自分の名前すら持たぬとは、相当にディープで厄介な時間を過ごして来たのだろう。

少し優しくしてあげよう、と彼女は大らかな気持ちになれた。

 

「分かったわ。貴女の出自は、後でゆっくり聞かせて頂戴。ところでこの会話は、一体どうやっているの?普通は、コントラクト・サーヴァントをしないと感覚を共有出来ない筈なんだけど…」

 

『貴女と私は、魔力の相性が良い。これは、そういう相手を見つける魔法なんでしょう?似通った魔力を共鳴させれば、元より会話くらいは可能でしょうに。わざわざ別の魔法を使う必要性は、どこにも無いわ。…まぁ所謂、鶏と卵ね。』

 

ルイズは愕然とした。

これまで散々、悪口やら嫌味やらに晒されてきた彼女だからこそ、この相手に一切の害意や増長が無いことが分かったのである。そしてこんな、聞いた事もない魔法技術を平然と口にするとは…。

 

一体この女は、どれ程凄腕のメイジなのか。種族を問わず、こんな事が出来てしまうのは相当な高位者の証明に他ならない。

 

「ねぇ…貴女、魔法が使えるのよね。どのくらい凄い事が出来るの?」

 

『私が魔法を使えなかったら、生きてはいないでしょうね。それに…貴女に凄いと言われるのは、複雑な気分よ。してやられたばかりだしね。あの発想は無かったわ。』

 

ルイズは嫌な予感がしてならなかった。これまで彼女は、手放しは勿論のこと皮肉ですら魔法の腕を褒められた事は無い。

だからどうしても、身構えてしまうのである。

 

おまけにこのメイジは…常識知らずだ。これまでの会話からして、明らかに世間に疎い事が分かる。

奇想天外な勘違いをしている臭いが、プンプンするのである。

 

「…どういう事?」

 

『今更隠すことないじゃない。私に誘導爆撃を仕掛けて来たのは、貴女の仕業でしょう?召喚魔法と見せかけて暴発させるとは、一本取られたわ。貴女の発想の勝利よ。』

 

ルイズは完全に、泡を食った。

なんてこった!どうりでこちら側でウンともスンとも言わなかった訳だ。召喚する相手がいる側で、盛大に爆発していたのか!

 

魔力の相性の良い相手を探し当てて、召喚の扉を爆破。成る程確かに、凶悪な誘導兵器と化すことだろう。

これはもう、言い訳のしようもなかった。一方的にこちらが悪い。

 

更に言うならば、人生初の賞賛がこんなにも嬉しくないものとは思わなかった。皮肉じゃないことが伝わって来るため、尚のこと心が痛む。

 

「ご、ごめんなさい!怪我とかしなかった!?大丈夫?!」

 

『ええ、その事はもう気にしないで。知らない魔法を教えてくれたことには感謝こそすれ、何も言うつもりは無いわ。』

 

ルイズは余りにも素っ気ないこの言葉に、思わず血の気がひいた。

これは断じて、軽々しく流して良い問題では無い筈だった。実質無害とはいえ、それは偶々この相手が凄腕のメイジだったからの話である。ああそうですか、で済ませていい訳が無い。

 

いや…そもそも、だ。いきなり発破をかけられて、こうも淡々としていられるものだろうか?魔法技術の高さ以上に相手の考えが読めず、ルイズは身構えてしまった。

 

「気にしないで、じゃあないでしょう?駄目よ。私は貴族だから、情けを掛ける側なの。掛けられたとあっては、祖霊が泣くわよ。」

 

『そうね…。だったらこの、召喚魔法の完成形を見せてくれないかしら。』

 

ルイズは肩を落とした。

せっかくの機会を貰いながら、彼女には応えられそうにない話だったからだ。元よりそれが原因で、一方的な迷惑を掛けてしまったのである。相手が気にしていないとはいえ、軽々しく同じ振る舞いが出来る筈がない。

 

「ごめんなさい…私、どんな魔法でもすぐに爆発しちゃうから…」

 

『それなら心配要らないわよ。私が暴発を抑えるから。』

 

「…え?」

 

『この会話の応用よ。貴女と私の魔力は、極めて波長が近い。だから、貴女の制御が行き渡らない分は、私が抑えましょう。何も難しい事は無いわ。』

 

「そんな事…」

 

『信じられないなら、やらなくてもいいわ。現状でも研究は可能だから。これ以上を見せてくれと言ったのは、貴女の厚意に甘えただけよ。』

 

ルイズは背筋がゾクリとした。他意も何も無い。このメイジは、本当に知っているのだ。ルイズを散々悩ませて来た爆発が、こうすれば起きなくなると。

 

世界の広さを、垣間見た気分であった。

恐らく聖地の前に立ち塞がるエルフも、こんな感じなのではないか。いや…彼等はまだ、戦いの記録がある分だけ、この相手よりはマシなのだろう。コイツは、得体の知れなさではそれ以上の化物だ。

 

そして同時に今、初めて、このコントラクト・サーヴァントという魔法の素晴らしさに気づくことが出来た。

これまでは、どれだけ素晴らしい幻獣を呼び出す事が出来るのかと、その事ばかりに目を奪われていた。しかしそんなのは、この魔法の価値を理解していない証拠だった。

 

この魔法の真の凄さは、そんな表面的な所には無い。

たった一人…いや一匹かもしれないが、自分に寄り添ってくれる存在がいてくれるだけで、こんなにも心が温かくなるのだ。

この魔法の真骨頂は、そうした存在との邂逅にこそある。

 

クソッタレ!

そうと知れた以上、小さく纏まってたまるもんか!

やってやる、やってやるぞ!

 

ルイズはこの瞬間、本当にその事だけを考えていた。

それ故に彼女は染み付いた先入観を捨て、この上なく真っさらな気持ちで呪文を詠唱する事が出来た。それは、全ての魔法の根幹を成すイメージの構築に、この上ない貢献を果たす事になった。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!五つの力を司るペンタゴン!我が運命に従いし、使い魔を召喚せよ!」

 

この時ルイズの瞳には、涙が溢れそうになっていた。

聡い彼女には、分かってしまったのである。この相手がこの瞬間に魔法を補助してくれるなど、あり得ない事だったと。コイツはそんな、気の利いた存在ではない。そんな事をする暇があるならば、魔法の観察に時間を費やす。

 

だから始めから…恐らく最初の会話が成り立った時点で、補助は終わっていたのである。

それまでルイズから一方通行だった魔力の流れが、あの時から双方を行き来するようになったのだから。

 

だから、ホラ。

今はこんなにも。

魔力がよく通る。

 

ルイズには分かった。

…コレだ。コレが、魔法なんだ。

 

一方的な命令なんて、おこがましい。

魔法をかけるものと、かけられるもの。

双方の合意で成立する奇跡が、これ程までに心を震わせてくれるとは。

 

『…コロンブスの卵ね。まさか本当に、今の一言だけで成功させるとは。』

 

こうしてルイズの前には、夢にまで描いた召喚のゲートが出現したのである。

それはこれまで見てきた同級生達の、誰のものよりも洗練された、素晴らしい出来だった。

 

「うあ…」

 

この瞬間、ルイズは堪らずに、涙を流していた。無駄ではなかったのだ、と分かったのである。

恐らくこれまでの魔法の練習…そのどれもが爆発と消えたものであったが、そのうちのどれ一つを欠いていても、今の成功には至らなかったであろう。

恐らくこの相手の元へ辿り着く前に、途切れてしまっていたに違いない。

この相手とは、それ程迄に途轍もない距離を隔てていた事が分かったのである。

 

そして、それが今。

こうして繋がった。

 

こうして念願の魔法を叶えた以上、ルイズの言うべき言葉は一つだけだった。

 

「ようこそ、ハルケギニアへ。」

 

 

 

 

 

 

だが、ルイズのこの感動は、長続きしなかった。

 

『何を勘違いしているのか知らないけど……私はそっちへ行く気は無いわよ。』

 

「…えっ?」

 

『必要な知識を得た以上、もう用は無いもの。今の感覚で、別な物件と繋がりを作ることをお勧めするわ。それじゃあ、さようなら。』

 

「いやいや…ちょっと待ちなさいって。」

 

ルイズはこれ以上ない肩透かしをくらい、フツフツと湧き上がる怒りを感じた。

当然である。普通ここは、空気を読んで初対面となる流れだ。何でこうまで、常識がないのだろうか、この魔法バカは。

 

「少しは私の気持ちも考えなさいよ?それにアンタね、貴族にこれだけの恩を着せておいて、御礼一つさせないつもり?見くびんじゃないわよ!これからアンタには、嬉しさの悲鳴を上げさせてやるんだから!大人しくコッチに来なさい!」

 

『嫌よ。私が貴女にコンタクトをとったのも、全てはこの場から一歩も動かずに本を集めるためよ。その手段の確立に目処が立った以上、貴女との会話に意味は無くなったわ。』

 

ああ、そう言えばそんな事も言ってたわね…。

清らかになっていたルイズの心は、このとき一転して噴火口と化した。

 

バカじゃないのか、このメイジは。これだけ凄い事が出来て、そんなツマラナイ使い道にしか頭を働かせられないのか。何でそんな、つまらない考えに終始してしまうんだ。どれ程勿体無い事をしようとしているか、気づいてもいないのか?

 

「…始めっからそれだけの為に、こんな事を?」

 

『そうよ。だからもう、お互いのためにもこの会話はやめましょう。私は生まれてこのかた、この場を一歩も動いた事が無い。この場に居ながら全てを、魔力で成して来た。この生き方を変えるつもりは無いわ。』

 

こうまで言われて大人しくしていられる程、ルイズは殊勝ではない。彼女はカンカンになった。

 

こんな、救貧院にブチ込まれて当然の怠け者の弁が、恩人たるこのメイジの本音なのか。そんな事に誇りを持つなんて、賢くなり過ぎてオカシクなっているとしか思えなかった。

 

「動いた事が無い?貴女は何を言ってるの?!恥を知りなさいよ、恥を!!いい?!力を持つ者は須らく、義務を負うの!自分だけ良ければなんて生き方は、許されないのよ!」

 

ルイズは自らの信じる、人としての在り方を説いた。何より大事なものだと、信じて疑わない道を。メイジか平民か、貴族かそうじゃないかなど、関係無いのである。

しかしこのメイジは、どこまでも常識知らずで…ルイズの想像の及ばない存在だった。

 

『社会契約論かしら?それを言うなら私自身が、一つの独立国家だから。主権を犯さないで欲しいわね。この図書館が国土、蔵書が国民、私が政府。貴女のしている事は、内政干渉よ。大きなお世話だわ。』

 

「…バ、バッカじゃないの?!何が独立国よ、内政干渉よ?!アンタはただの、一人ぼっちな怠け者じゃない!!そんな所に閉じこもってるから、オカシなこと言い始めちゃうのよ!サッサと出てきなさい!」

 

ルイズは思わず、召喚の扉を蹴りつけていた。

バカだ、コイツは。本物のバカだ!私にこれ程の感動を与えられる素晴らしさを、一人で抱え込むつもりなんだ。

そんな事が、許される筈が無い。

 

使い魔とか主人とか、平民とか貴族とか、そういう以前の問題だ。人は、生命は、閉じてちゃいけないんだ。

そんなの、悲し過ぎるではないか。

 

『…どうにも納得してくれない様ね。貴女がこちらに来るのなら歓迎するわよ。別に鎖国したい訳じゃ無いから。』

 

「…あのね。この魔法はね、召喚魔法なの。呼び寄せ専門なの!だから私がそっちへは、行きたくても行ってあげられないの!」

 

ルイズは忸怩たる思いを抱えていた。

違う、こんな事が言いたい訳じゃない。アンタはもっと、開かれるべきなんだ。そうやって全てを自分の領域に引き込もうとするのは、閉じ切っている証拠でしょう?

やり方を変えてみなさいよ。そうすれば、今の私みたいに、新たな世界が開けるんだから。

アンタはその程度で、満足していい存在じゃないんだ。

 

しかし…相手はやはり、想像の斜め上を行く存在だった。ルイズの思いは、目の前に新たな召喚の扉が出現したことにより無為と化した。

 

「ちょっと、何のマネよコレは!」

 

『貴女の召喚魔法よ。』

 

「……何ですって?!」

 

『改良はまだまだこれからだから、とりあえず真似をしたのよ。これなら、こっちに来れるでしょう?』

 

ルイズは再び、愕然とさせられた。思わず、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。

まさか本当に、今見たばかりの魔法を忠実に再現してしまうとは。何で、どうして、こんな事が出来てしまうんだ。

 

こんなのは、何か間違っている。

こんなの、サモン・サーヴァントじゃない。技術的に同じだけの、全くの別物だ。

サモン・サーヴァントは、歓迎の扉だ。異世界からの客人を迎え入れるために、開かれた扉なんだ。

こんな、閉じるための扉が、拒絶するための門扉が、同じ筈が無いじゃないか。

 

歓迎すると言っておきながら、ちっとも嬉しそうじゃない癖に。

私を自分の世界に取り込むだけじゃ、何も変わらないわよ。これまでと同じ。自分だけの理解しか存在しない世界で生きていく事に、変化は訪れない。

 

私が我が身可愛さに、こっちへ来て欲しいとでも思ったの?

違うわよ?コントラクト・サーヴァントなんてどうでもいいの。

ただ、貴女に知って貰いたいだけなのよ。

 

私の故郷を。

私をこれまで守り、慈しんでくれた。

この、トリステイン王国を。ハルケギニアの世界を。

 

「ダメよ?!絶対ダメ!貴女がコッチに来るの!私を召喚しちゃダメなの!」

 

『どうしてよ?』

 

「……どうしてってそりゃ……そういう決まりごとなのよ!召喚は、先に仕掛けた方の勝ちなの!後出しはズルなの!」

 

このときルイズは、寮の隣人たるゲルマニアからの留学生とのやり取りを思い出していた。思えばあの女とも、万事が万事、こんな具合だった。

ダメだ。こんな言葉では届かない。もっと、このメイジの根幹へと届く言葉が必要だ。魔法ではなく、言葉が。

 

この時ルイズは、普段お世話になっているミスタ・コルベールが何かを言ってくるのが分かった。そしてその恩師の素行を思い浮かべる事で、素朴な疑問が浮かんだ。

 

「ねえ…貴女、どうしてそこまで一人に拘るの?私の先生は折に触れ、あっちこっちに情報を集めに行ってるわよ?」

 

『何故ってそんなの、私以外には魔法の研究が出来ないんだから当たり前じゃない。貴女も似た様な境遇でしょう?それにしても……随分と奇妙な本があるものね。俄然興味が湧いたわ。改良に成功したら、真っ先にその動き回る本を召喚したいわね。その頃迄には、読み終わっておいてよ。』

 

ルイズは二重の意味で驚き、もう少しで呼吸困難に陥る所であった。

 

「本?!何を勘違いしているの?!ミスタ・コルベールは人よ、人!生きてるの!いや、それよりアンタ……まさか、本当に一人っきりなの?!貴女以外のメイジは、一体何をやってるの?!」

 

『こっちでは300年以上前に、魔女狩りがあったわ。魔法使いはその時一掃されている。恐らくは、私が最後の一人ね。……どうやらそっちには、まだまだ生きた魔法使いが沢山居るようね。』

 

ルイズは突如として物騒なことを聞かされて、思わず背筋が寒くなった。

なんて事だ、そりゃ、閉鎖的にもなるというものだ。逆の立場になれば、ルイズとて排他的になるだろう。

メイジの滅ぼされた世界で、自分一人きり…。想像を絶する恐ろしさである。

 

そして、改めてコイツ人間じゃないと思った。そんな状況で、よくぞまあ知の研鑽だけに明け暮れていられるものだ。コイツはきっと、探究心の化物なんだ。

おまけにルイズという同胞の存在を知りながら、必要な知識だけ得てハイサヨナラとは。寂しさとかは、本当にこれっぽっちも感じていない証拠ではないか。

 

全く…どこまで世間知らずで、自己中心的なんだ。少し前までの自分自身を見せ付けられるようで、ルイズは少し嫌になり…そして自分が少しばかり大人になれた事を悟るのだった。

 

「ねえ、貴女…やっぱりこっちへ来るべきよ。そのままでも凄い事はたくさん出来ちゃうんでしょうけど、こっちに来ればそれ以上を得られるわ。」

 

「貴女みたいな未熟者だらけの世界なんて、寒気がするわね。しかも、妙な生き物が沢山いるし。」

 

ルイズはその瞬間、自慢の桃髪がザワリと波打ったのを感じた。

 

フザッケンな!こいつ、やっぱり可愛くない!大人しく黙ったかと思いきや、こんな失礼なことを考えていやがったのか!こっちこそ寒気がするわ!何だ、本当にこっちの気持ちにはお構いなしじゃないか!

 

「何よアンタは…一体何なのよ…アレだけ渋っておいて、いきなり掌返すなんて…。ちっとも、歓迎してあげられなかったじゃない…」

 

ルイズは図らずも、しゃくりあげてしまった。実際に目の前にしてみて、コイツだという事がすぐさま分かったのである。その感動に、心がついていけなかった。

 

思った通りだった。

この、気怠げな雰囲気。

やる気の無い瞳。

投げやりな美貌。

大事そうに抱えられた、一冊の書物。

 

よくよく見ると、それを保持していない事が分かる。

おおかた持つのが面倒で、レビテーションでも使っているのだろう。足元にも目を向ければ、こちらも明からさまに浮いている。

こちらは歩きたくないからだろう。

 

全く…どこまで物臭なんだ。話していた通りの面倒臭がり屋が、目の前にいた。

 

「名前は決まったの?。」

 

ルイズの問いかけに、生粋の魔女は僅かに頷いた。

 

「私の名は”知識”。貴女たちは理解される。抵抗は無駄よ。」

 

ルイズは思わず、唇が綻ばせてしまった。全く、どこまで世間知らずなんだ。

 

「それはファミリーネームでしょう?そんなの分かってるわよ、小さな知の巨人さん。それより、貴女だけの名前は考えて来なかったの?こちらでは、姓名を名乗るのが礼儀なのよ。」

 

知識と名乗ったメイジは、面倒くさそうにグルリと周囲を見渡すと…やがて足元の草を毟り取った。この際、手を一切汚さなかった。明からさまに魔法で行なっている。

杖も、詠唱も。呪文の名前すら唱えたか定かでない。

だが最早、ルイズはこのくらいでは驚く気にもならなかった。むしろこの、余りにも杜撰な性格に微笑みが止まらなかった。

 

「パチュリー。その草の名前よ。ねえ…本当にそんな決め方で良いの?」

 

「別にどうでも良いわよ、名前なんて。私は今から、パチュリー・ノーレッジよ。」

 

「全く…こんな酷い命名は聞いた事も無いわ。それに加えて、さっきの侵略者みたいな挨拶は何なのよ?こういう場合はね、こういうのよ。」

 

ルイズはそう言うと、ユックリとこの未確認生命体へと歩み寄った。

そうして、花が咲くような笑顔を浮かべ、遅くなり過ぎた自己紹介を終えるのだった。

 

「貴女の事はまだ何も知らないけど、これから宜しくお願いね、パチュリー・ノーレッジ。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。ようこそ、トリステイン魔法学院へ。」

 

 

 

 

この日。

アルビオン大陸の高度が、

ラグドリアン湖の水位が、

ロマリアの火竜山脈の活動が、

ガリアの金埋蔵量が、

僅かに増加した。

 

それは、このハルケギニアの精霊達からの歓迎の意としては、余りにも細やかに過ぎたものだった。

 

 




如何でしたでしょうか。
この後は日常生活で、パチュリーに振り回されるルイズを描いていきたいと思います。
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