6/20 タバサに関して私は、描く才能ないなと思いましたが……『タバサの誕生』を読んで、いてもたってもいられなくなってしまいました。
こちらも、三度目の正直を目指しております。
王族か、と問われ。
タバサは首を横に振った。
そこには逡巡も憤りも、何もなかった。ただ単に、聞かれた事に事実を答えただけ。
それだけである。
歩くペースも、何も変わらなかった。それに対してパチュリー・ノーレッジはいつもの通りフヨフヨと浮きながら、少し上下していた。
「ルイズの杖も業物だったけど……貴女のそれは別次元よね?年季が二桁違うもの。個人というよりは、王家の所有物であってもおかしくないと思ったけど……どうやらハズレだったみたいね。」
この言葉に対してタバサは杖をギュッと抱きしめると、またもや首を振った。
それは、最後の一言に対する否定であった。
パチュリーの推測は、限りなく事実に近かった。本来なら、青髪という目印を頼らずに王家との繋がりを看破してのけたことに、賛辞を贈りたいところである。
しかしその資格が、今のタバサにはない。
失ったからではない。
奪われたのだ。
パチュリーはタバサの様子を見て取ると……何かを察した様だった。
唐突に、全く脈絡のない話を始めたのである。
「私の居た世界では、過去に魔女狩りというものがあってね。殆どの魔法使いがその際に一掃されたの。何故だかわかるかしら。」
タバサは反応を示さなかった。
答えずとも、この話は先に進むと分かっていたからだ。
「未熟だったからよ、その上お人好しだったの。人助けだからと容易に力を晒して、何の警戒もしなかった。挙句に当時の彼等は、一目でそれと分かるものを持ち歩いていたわ。」
タバサは自身の持つ杖に、その視線を落とした。
その動作に、パチュリー・ノーレッジはコクリと頷いた。
「他にも色々と、水晶とか大鍋とか。どうぞ狙って下さいと言わんばかりだったの。おまけにそれに頼りきっていたから、奪われると何も出来なかった。まぁ……こんな体たらくでは、当然の帰結よね。」
タバサは再度、首を横に振った。
確かにその通りにも聞こえるが……その顛末を平然と語るとは、ただ事ではない。
「……復讐は?」
渇きを訴える喉を黙殺し、タバサは問いを重ねた。
「縁はなくとも、貴女にとって先代にあたる筈。仇は討った?」
これに何故、と問い返され。
タバサは自分の目が凍り付き、相手をひたと見据えるのを感じた。
タバサの視線は、鋭い。彼女はこれまで散々騙され、裏をかかれて来たが、そのおかげで一つの特技を身につけた。
相手が本気かどうか。
それだけは、一瞬で見破れる様になったのだ。
パチュリー・ノーレッジの瞳は……静けさを湛えていた。怒りや憎しみといった負の感情とは、無縁だった。
「魔女狩りが無ければ、生き残りの魔法使いも深耕を遂げられなかったのよ?彼らにしてみれば、有難い話だったでしょうね。」
その様に言い切った紫の瞳は、純粋なものだった。自分の先祖にあたる者達が虐殺された事に、何の痛痒も抱いていない。寧ろその事で、杖を用いない魔法が発展を遂げた事に、心の底から感謝していた。
コレはもう……人間ではない。
「……貴女は魔女。」
「それはひょっとして、悪口というもの?」
タバサは否定も肯定もせず、一言だけ告げた。
「褒めた。」
「正直に言ってくれて構わないのよ?私も何だかんだ言って、本に頼り切りな魔法使いだから。五十歩百歩な話よね。」
タバサはゆっくりと、首を振った。論点は、そこではない。
パチュリー・ノーレッジは、確かに知識を名乗るだけあった。この世の”掟”を完全に理解しており、従いも抗いもしていない。これが恐らく、本物の理解なのだろう。
これに対してタバサは、自分も含めた人間の大部分が、その反対側に属すると考えていた。
"掟"を受け入れられる者と、そうでない者。
タバサは間違いなく、後者だ。
『弱いものは食われる。それが森の掟だって父さんはいつも言ってたけど……。そんなのは森の理屈だ。あたしの理屈じゃない。』
幼かったあの日、ファンガスの森で。未だシャルロットと名乗っていたタバサはこの様に説かれ、弱肉強食を知った。
教えてくれたのは、若き狩人だった。
本来その掟を理解し、従う側の女性だった筈だ。
しかし彼女は、自らの意思で違う道を選んだ。
森の掟に、命を賭して抗ってみせたのだ。
その末路を看取ったシャルロットは、掟に抗う事の儚さを知った。
だが。
それでも尚、自分もそうありたいと願った。
命の限り抗い続け、宿願を果たしたいと願った。
だから、タバサになったのだ。
そして、今。
この世の掟から解き放たれた様な、パチュリー・ノーレッジという存在と出会い。
タバサの思いは、更なる深みへ到達しようとしていた。
「まぁ……そうは言ってもやっぱり、この世界に来てから、杖に対する見方が変わったの。こちらの魔法使いは、単なる魔道具としては見ていないのでしょう?ロクに魔法を使えなかった頃のルイズも、妙に拘っていたしね。」
パチュリー・ノーレッジは、タバサを興味深げに見つめながら語りかけて来た。
「恐らく貴女も……その同類よね?その杖に対する思いの深さで言えば、ルイズの比ではないのでしょう。恐らくこう聞けば、よりハッキリと自覚出来る筈。」
タバサは思わず、唾を飲み込んだ。
「私の知識を提供するかわりに、その杖を譲ってくれない?」
タバサは杖を抱きしめた腕に、震えを覚えた。
かつてシャルロットだった自分が、それだけはダメだと叫んだ様な気がしたのである。
タバサとしては、この逡巡は不要なものだった。現状の延長線上でスクエアに至ったところで、勝算は薄いのだ。だったら躊躇うことなくこの取引に応じ、新たな力を得るべきだ。
しかし。
タバサの身体は杖を抱き締めたまま、微動だにしなかった。
「……やっぱり、否定も肯定もしないのね。貴女自身も根拠を見つけられず、不思議に思っているでしょう?」
タバサはコクリと頷いた。自分でもよく分からないこの反応は、一体何なのかと。
そうしてパチュリー・ノーレッジは、楽しげに全く別な事を話し始めた。
「始祖ブリミルと4人の使い魔達の話は、ルイズから聞いたわ。一見、何処にでもありそうな話よね。でも……仮にこの言い伝えがどの地方、どこの国でも同一の内容だとすると、口伝では不可能な正確さとなるわ。これに関して、貴女はどう思う?」
タバサはフムと頷いた。
こういう謎かけの類は、得意なのだ。
「国どころか身分すら超えて、同一の内容が伝わっている。記録を改竄・統一した者がいる筈。ロマリアがやったと考えるべき。」
「だとすると、正史を知る派閥が乱立したり、地下工作を始める筈よね?まあ、そういうのは一旦置いておいて……始祖周辺に関しては真実が伝わっていたと仮定すると、その方法が気にならない?」
「本なら、正確な記録を伝えられる。」
「こちらよりも魔法以外の技術が進んでいた私の故郷でも、紙の歴史は4,000年くらいしか遡れないの。始祖は更に2,000年も前の人間だから、本はおろか紙すらない時代だったと考えても、無理はないでしょう。本に替わる程の記録を残す手段とは、一体何なのでしょうね?まあ……結論ありきで話しているから、穴だらけになるのは勘弁してね。所詮は思いつきよ。そう思うキッカケをくれたのは、貴女の杖だった。それだけの話。」
この時タバサは、頭を殴られた様な衝撃と共に、自ら抱え込んだ杖を見つめた。
「そう。その杖は、文字すらない時代から受け継がれてきた、魔道書のご先祖様よ。その表面に走る筋、穿たれた溝の全てが、魔力的な痕跡よ。当然、歴代の使用者により刻まれてきた筈。それらを余す所なく読み解けば、先達の叡智を全て手にする事になるでしょう。貴女の直感は、この事実を敏感に探り当てていたと思うわ、見事よ。」
この時タバサは深く目を閉じ、頭を揺さぶる衝撃に必死で耐えていた。
そうだ。
そもそもが、この杖は。
ガリア王家が先祖より受け継いで来た、オルレアンの家宝なのだ。歴史的価値以上に、今言われた様な神秘が秘められていて、何ら不思議はない。
父シャルルが、12の若さでスクエアに登り詰めた時。
握っていたのは、この杖だった。
その幼い娘が、曲に合わせて人形に振り付けを踊らせた時。
今のルイズよりも余程巧みに念力を扱えたのは、この杖のお陰だった。
タバサは突如として今、自身にとって掛け替えのない記憶を思い出し始めていた。
鬼の様な努力を重ねる父シャルルに、可愛い娘とはいえ面倒を見て貰える暇がある筈も無かった。
だから、シャルロットにとっては。
この杖こそが、揺籃の師に他ならなかった。
この杖には、この杖ならではの振り方が、扱い方があった。
他の杖にはない独特な、魔力の通わせ方があった。
そうした全てを、長い時間を掛けて。じっくりコツコツと、理解を積み上げていく必要があった。
父シャルルは恐らくそれらを、遠回りだと感じたのだろう。その焦りが彼を、この杖の深みから遠ざけた。
その娘のシャルロットもまた、タバサとなった時に。同じ轍を踏んだ。
何しろタバサには、時間が無かった。
早急に、実力をつけたかった。
だから……本に甘えた。
杖は語り掛けてくれない。
だから言葉で、易しく語り掛けてくれる本に、縋ってしまった。
杖が齎す難解で遠大な知識よりも、万人に向けて分かり易く説かれた本の知識に、走ってしまった。
……その結果、物言わぬ杖の教えから遠ざかってしまったのだ。
それだけではない。
メイジが、杖を疎かにするという事は。
狩人にしてみれば、弓をぞんざいに扱うに等しい。
こんな姿を、ヴァルハラに居るあの人が見たら何と言うだろうか。
あの人は、狩人だった。
弓と矢と人。
その三位一体が織り成す、超絶の技術。
彼女はそれを自在に操る、技の体現者だった。
タバサはそれ程の存在に嘗て、一人の狩人として認めて貰った筈だった。
それなのに。
杖という弓を放ったらかし、ひたすらに魔法という鏃だけを研いでしまった。
今や、メイジとしても、狩人としても。中途半端な存在に成り下がっている。
……タバサの視野は今、急速に開けて来た。
思い出そう。
あの人の全てを。
あの人が……ジルが何をどう考え、どう動いたのか。
シャルロットはその全てを、余すところなく見ていた筈だ。
既にジルはこの世に亡くとも、タバサの記憶の中にはしかと刻まれている。
足音を立てずに、森を歩き。
靴裏の感触だけで、闇を渡り。
風の流れだけで、獲物を見つける。
今のタバサには、魔法を使えば同じ事が出来る。
しかしそのせいで、全てが雑になっていやしないか。
いや……魔法に甘えているのだ。
そもそも何故、これ程までにジルを崇めながら、その技術を素直に身につけようとしなかったのだ。
ジルがどれだけ弓矢を大切にしていたかを知りながら、何故、杖との対話を怠ったのだ。
一体何を、こんな所で足踏みしている。
全ての答えは、初めから示されていたではないか。
父たるシャルルが、メイジとして。
師たるジルが、狩人として。
辿り着いた筈の、その。
"さらに先へ"
タバサでも、シャルロットでもない。
他ならぬエレーヌ・オルレアンが、オルレアン家の長女として辿り着くのだ。
技でも。
魔法でも。
全てを、超えてみせる。
タバサはそうして、フウと溜息をついた。
こんな気分は、久しぶりの事だった。彼女の心は未だに深い森の中で獲物を求めていたが、少しだけ陽が差した気分だった。
「ありがとう。」
タバサはこの、新たな目標に気付かせてくれた風変わりなメイジに対して、滅多に言わない事を言った。
これに対してパチュリーは漸く、これまで通りにフヨフヨし始めた。
「貴女がその杖に飽きたら、少し貸して頂戴?興味があるもの。」
「私が死んだら、そうして。でもその前に、お礼をしたい。」
パチュリーはこの提案に、迷う事なく告げた。
「その杖を、使ってみせて。」
タバサはフムと頷いた。
パチュリーにとってこれは、ロストテクノロジーの一つなのだろう。全てが魔法で済んでしまうぶん、タバサ程には使いこなせまい。
「私は全てを本から学んできたの。杖から学ぶとどういう事が出来るのか、貴女が教えてくれると助かるわ。」
成る程。タバサはこの時、漸く首肯した。
そうして2人は漸く、ルイズ達を視界に捉えた。
そこではパチュリーの作ったゴーレムを巡って、未だにてんやわんやしていた。
パチュリーはその様子に溜息をつくと、もう一つの頼み事を口にした。
「ついでにルイズにも、発破を掛けてくれない?あの子は呑気だから、無防備だという自覚すら無いのよ。……よくよく考えれば、こちらの方をこそお願いしたいわね。」
これに対してタバサは、首を横に振った。
「……ジルも私も、全てを失うまでは呑気だった。」
今度はパチュリーが黙る番だろう。いきなり人名を挙げられても、何のことか分からなくて当然だ。
そして聞き返されない以上、タバサもそれ以上は何も言うつもりはなかった。
「失って学んだ事があるなら、ルイズにも伝えてあげればいいじゃない。明け透けなのもアレだけど、出し渋り過ぎても意地悪なんじゃない?」
尚もそう言われたが、タバサは再度首を振った。
その学んだ内容が、ヤクザな世界での流儀だと自覚しているからだ。
知らずに済むなら、知らなくていい類のものだ。
狩る狩られるの理屈は、こちら側に来てから学べばいい。強引に一線を越えさせる権利など、誰にもないだろう。本人が求めてもいないのに向こう側にまで届けようと思うほど、タバサは自惚れてはいない。
成る程確かに……ルイズは甘い。
あのゴーレムを破壊するのに、爆発を使わないなんて論外だ。
危機感がない。
これは……比喩でも何でもない。
タバサは明日にでも、ヴァリエール家三女の拉致・監禁・洗脳・拷問・殺害を命じられておかしくない立場にある。
トリステイン王国を切り盛りしている要人を、裏から操ってしまおう。その様に画策した者の指示で、ガリア北花壇騎士がこの国の要人周辺を相手に総掛かりで動く事になるかもしれないのだ。
まぁ、流石にそんな事になったらパチュリー・ノーレッジが黙ってはいないだろうが……幾らでもやりようはある。ヴァリエール家には、長女も次女も居るのだから。
そもそもこの平穏は、あと数ヶ月保てばいい方だ。
夏休みに入って、帰郷した子供達から噂話を聞いて……危機感を抱けない貴族は、禄を喰む資格がない。
現時点でパチュリー・ノーレッジは、各国の機密文書を召喚し放題なのだ。充分に目立ち過ぎている。この主従の情報は、必ずや各国に伝搬するだろう。ガリアなら、もう掴んでいると見ていい。タバサが報告を上げなければ済むとか、そういう甘い相手ではないのだ。そうであってくれたら、どれほど楽な事か。
こうした危惧が、現実のものになった時。
ルイズは嫌が応なく、戦いの道を歩まされる。何しろ彼女は現段階で、杖なし魔法という充分に脅威となる実力を身につけている。今後の伸び具合によっては、下手すれば夏休みを迎える前に、一国が本気になって彼女をこそ、どうこうする為に動き始めるかもしれない。
そうなった時、心構えが出来ておりません、は通用しないのだ。今のルイズの様に自分の持つ力にビクビクしながら、ヘッピリ腰で何とかなるものではない。
それでも、彼女は退かないだろう。そしてこのままでは……ジルの妹と同じ最期を迎える事になる。
それならいっそのことパチュリーと連れ立ってサハラへ旅立ってしまえば済むとか、その他諸々の斜め上を行く楽観論は、タバサには馴染まない。そのような楽しげな話が通用する優しい世界では、生きては来れなかったからだ。
今やこうした陰謀論ともとれるものが……タバサの理屈になってしまっている。
そしてこれは、一般的な理屈ではない。
少なくとも、ルイズの理屈ではないだろう。
それにもう、ウンザリなのだ。
華美に装飾した言葉で、オマエは正しいとか正しくないとか、不毛に過ぎる。
タバサはそうした世界とは距離を置き、常に行動で示してきた。
しかし。
「何も、言葉で教える必要はないのよ?元よりそういうの、私よりも苦手そうだから期待していないもの。貴女はどちらかというと、背中で語るタイプでしょう?」
その様に言われてしまったタバサは、ジトリとした目でパチュリーを見つめた。
こうも見縊って貰うと……話は変わってくる。
タバサはメイジであり、狩人であることを目指す者だ。
狩人なメイジでも。
メイジな狩人でも。
どちらでもない。
両者を極めた頂に到らんとする者、それがタバサなのだ。
狩人としての技術。
メイジとしての魔法。
その両輪を自在に操る、真の匠。
狩人は無言で弓を引き、メイジは呪文と共に杖を振る。
両者を極めようとするタバサに、得手不得手などない。
やれば出来るのだ。
タバサはフンスとばかりに胸をそらして、宣言した。
「私は言葉も杖も、全てを操ってみせる。」
「……あまり、張り切り過ぎないでね?」
パチュリー・ノーレッジにそう言われて……タバサはふと、この国の王都へとオツカイに出した使い魔のシルフィードの事が気になった。
今のところは万事滞りなく行っている様なので、さしたる心配はないと判断した。
ならばこの後はルイズに……戦いの心構えだけでも解いてみせよう。
最低限の覚悟くらいは、持っておいて損はない筈だ。
タバサは本当に、心象の描写が難しい子ですね……
ヴァガボンドの宮本武蔵みたいになってしまいましたが……こうしたタバサは、如何だったでしょうか。