ルイズと動く図書館   作:アウトウォーズ

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ようやく、ようやく……悪ふざけなしで一話書く事に成功しました。
味つけをするつもりで、フーケが最早別人と化してしまいました。余りにも酷過ぎる場合には、ご指摘頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願いします。



第22話 単独行

 

杖を捜し歩いてヘトヘトになったルイズが、パチュリーと一緒に部屋へ戻ったとき。

扉とドア枠の間に、一枚の封書が挟まっていた。その足元にはご丁寧にも、色彩豊かな油紙で覆われた包みまで置かれている。

 

「何よコレ、ラブレター?パチュリー、貴女モテるわね。」

 

「こういうとき普通は、自分宛だと思うんじゃないの?」

 

「私の美しさはこの国1番だから、畏れ多くて誰も声を掛けられないのよ。」

 

どーせ不幸の手紙かなんかの類だろうと思って封を開いたルイズは、まるで予想だにしない最悪な文面に吐き気を覚えた。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

ヴァリエール家三女へ

 

ロングビルという女の命が惜しければ、旧金貨で100エキュー揃えて持って来い。

教師陣に知らせたら、女を殺す。

支払いを拒否しても、女を殺す。

 

猶予は1時間だ。

女の身体を綺麗なまま返して欲しければ、使い魔を頼ろうとするな。

召喚ゲートが現れたりすれば、プレゼントが増える事になる。

 

包装の中身を確認されたし、脅しでない事が分かるだろう。

地図を同封しているので、破かない様に。

 

フーケより

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

ルイズは弾かれる様にして足元に置かれた包みを開こうとして、パチュリーに制された。

その目が一瞬だけ魔力を発したかと思うと、七曜の魔女は首を横に振ったのである。包みを浮き上がらせて、ルイズから遠ざけていた。

 

「見るだけ無駄よ。」

 

「見縊らないで。」

 

ルイズは念力魔法で奪い取ってそれを開き、視界に飛び込んで来たものに声を失った。

血塗れの左腕。

余りにも現実的で説得力のある物体が、そこに鎮座していた。この重た過ぎる事実に対して、ルイズは否定の言葉を呟かずにはいられなかった。

 

「……こんなチャチな代物が何よ。錬金生成なんて、お手の物でしょうに。」

 

「それにしては、魔力の残り香が少な過ぎるわ。この残滓は、左手の持ち主がメイジだったと解釈すべきでしょう。骨密度と手首の太さからは、20代女性のものだと推察できるけど。」

 

「ミス・ロングビルの特徴に当て嵌まるわね……ところでコレ、冗談よね?」

 

「いいえ。」

 

そう、と呟くとルイズは項垂れて部屋の中に入り、洗面用の手桶に駆け寄った。その真後ろではパチュリーが結界を張って、取り急ぎの傍聴対策を仕上げている。ベソをかきながら胃の中を空にしようとする小さな貴族を、水魔法で綺麗にしてあげながら。

 

そうしてようやく人心地ついた頃には、ルイズの顔つきは一変していた。

 

奥歯を噛み砕いてしまいそうな表情で杖を握りしめると、すっくと立ち上がったのである。余りの豹変ぶりに、パチュリーが気を遣ってしまう程であった。

 

「一応聞くけど、何するつもり?」

 

「今すぐこの鬼畜外道を、粉砕してやるのよ!将来的な脅威だと思った私は、大バカ者だったわ!こんなヤツ現時点で即刻、排除すべきじゃない!」

 

「落ち着いて頂戴。」

 

「落ち着け?!落ち着けですって?!何を落ち着けってのよ?!大人しく有り金全部もっていけば、ミス・ロングビルを返して貰えるの?!私はそこまでバカじゃないわよ!オマケにコイツは決定的に勘違いしてるけど、私にとってコレは、渡りに舟な話なのよ!向こうが待ち構えているっていうんなら返り討ちにして、写本ごと爆破してやるわ!」

 

ルイズはこの時敢えて強い言葉を使う事で、なけなしの気力を振り絞っていた。余りにもショックが大き過ぎて、こうでもしないと骨抜きにされてしまいそうだったのである。

 

しかし最後まで言い切って、流石に違和感を覚えた。

 

……余りにも不自然だろう。そもそも100エキュートなんて端金に一体、何の旨味があるというのか。オマケに誘拐し易くて人質としての価値も高い貴族子女でひしめく学院の中から、どうしてミス・ロングビルが攫われるのだ?

 

ルイズはトドメとばかりに雄叫びを上げると、手桶を替えていま一度洗顔をやり直し、予備の制服に着替えた。

そうしてどっかりと、ソファーに座り込んだ。

 

「これは一体、どういう事なのよ。何だか、ミス・ロングビルがクロに思えて来たんだけど。少なくとも内通者よね、この人。望みのものを手に入れたフーケに、裏切られたの?」

 

「もはやここまで怪しさ満点だと、同一人物なんじゃないの?」

 

「………それだと自分の片腕切り落とした事になるのよ?私一人誘き出すために、そこまでするかしら。」

 

「『アリスの魔導書』を読んで捨食をモノにすれば、本質的には肉体なんて用済みなのよ。実際に貴女さっき吐こうとして、殆ど何も吐けなかったじゃない。綺麗なものだったわ。」

 

「……お願いだからもう二度と、そういう意味不明な褒め方しないでね。」

 

ルイズは杖をクルクルと、掌の上で回し始めた。悩む時の癖が出始めたのである。

やる事はただ一つで、はじめっから決まっている。とにかくこの手紙の差出人を取っ捕まえる、これに尽きるだろう。しかし相手の狙いが全く読めない上に、全ての可能性をいちいち議論している暇はない。

 

この時パチュリーは、にべもなく次の一言で全てを切り捨て、書物に視線を落としてしまった。今度読もうとしているのは………風の系統魔法に関するミスタ・ギトーの授業での指定教科書である。何だか変わり者同士、惹かれ合うものがありそうで末恐ろしい。

 

「分かっているとは思うけれど、この手紙には応じるだけ無駄よ。この場にいる保証なんて全くないのだから。関わるのは止して、教師に丸投げしましょう。」

 

ルイズもこの意見には、全面賛成だ。

しかし………全ては推測を語っているに過ぎず、これらが誤りである僅かな可能性は否定できない。おまけにミス・ロングビルは未だ容疑者であり、犯罪者と決まった訳ではないのだ。

よってルイズは、フル装備で出動する決意を固めた。

何も、推定無罪の論理に殉じようというつもりはない。ただただ単純に、この場で何もしないのは逃げだと思ったのである。

 

ヴァリエール家の末席を汚す者として、敵前逃亡は赦されない。

 

ルイズはそうした思いに駆られて、部屋を出て行こうとした。

王都へ向かった時に乗ったあの馬なら、早駆けして相手の予想よりも早く現地へ辿り着けると思ったのである。

しかしふと後ろ髪を引かれて、足を止めた。

 

「ちなみに私はフーケに致命傷を負わせること、全く躊躇わないから。最悪でも、相討ちには持ち込むわ。フーケを野放しにしたい貴女の計画は、絶対に潰えるのよ。ご愁傷様!」

 

「先程から妙に強気ね。どちらかが危うくなった時点で、貴女をこの場に召喚するわ。安心して頂戴。」

 

「……そ、その前にケリつけてやるわよ!」

 

「?貴女も頑固よね、こうまで言っても無駄なことがしたいなんて。」

 

「……バーカ。」

 

ルイズは小声ながらも思わず本気で、悪口を言っていた。

『仕方がないからついて行ってあげましょう』という言葉を期待していたのに、見事に予測通りの結果となってしまった訳である。下手な援軍よりも頼りになる命綱を用意してくれたが……そんな事より、心細いから一緒について来て欲しかったのに!

 

そうしてルイズは次こそ本当に、この部屋を出ようとした。

すると今度は、今まで興味なさげに黙っていたデルフリンガーから声がかかった。

 

「ちょっと待てって。気軽に言ってるけど、勝算あんのかよ?」

 

「バレないように接近して、ミス・ロングビルの正体を確かめて、直後にフーケを爆破するわ。」

 

「……さっきの木偶人形とは、ワケが違うんだぜ?」

 

デルフリンガーは静かに一言だけ、ルイズを叱咤した。

彼には分かっていた。今のルイズみたいに内心の怯えを隠す為に強い言葉を吐いて、出たとこ勝負を挑んでも、パチュリーにこの場に呼び戻されるのがオチだと。

 

「相手は盗賊なんだ。オマエサンのコソコソ歩きに気付かないと、本気で思ってんのかよ?おまけに待ち伏せされてんだぞ。そんな状況で万事都合よく立ち回るなんて、熟練の兵士にも無理だ。ましてやオマエさん、碌に訓練すら受けた事ないと来ている。」

 

「だったらどうしろって言うのよ?まさかこの場で大人しく、全てが終わるのを待てとでも?私は別に、パチュリーの思い通りに事が運ぶのを嫌がって、こうする訳じゃないのよ。」

 

「わーってるよ………要するにさ、用心棒が要るんじゃないのかと聞いているんだよ。」

 

ルイズはこの時、捨てる神あれば拾う神あり、という言葉を思い出していた。

パチュリーの行動原理は分かっているが、それでも一抹の寂しさを覚えずにはいられなかったのだ。

しかし。

 

「申し出は有難いけど、それは無理よ。杖を使いながら貴方もなんて、器用なこと……」

 

「そうじゃねーって。杖じゃなくて、オレを持って行けと言ってるんだ。」

 

この申し出に対して、ルイズの目は点になった。

まさかこんな話を切り出されるとは。

 

「貴方自分が何を言ってるか、分かっているの?」

 

「オマエさんが爆発魔法を頼みの綱とする事は、確実に読まれてるよ。まずは、そっから離れようぜ。フーケもまさか、杖を持たずに剣担いで来るとは思っちゃいまい。そうやって少しずつ、相手の目論見を崩して行こうや。」

 

「………そんなことしたら、私がフーケを一瞬で倒す手段がなくなっちゃうじゃない……」

 

「パジャマが後詰に控えている以上、そりゃ無理だ。倒すことは一旦忘れて、頭を切り替えんだよ。オマエサンがフーケに会ってやる事は、交渉だ。とどのつまりこれは、ロングビルがシロなら助け出すって事だけなんだから。違うか?」

 

ルイズのなけなしの覚悟はこの時、一気に萎んでいってしまった。

改めてこうして言われると、途轍もなく低い可能性の為に無謀な覚悟と行動を起こそうとしているだけな気がしてしまう。いや、実際にこれはそういう事だろう。

……だが、無駄ではない筈だ。

 

「どしたい、怖気づいたか?やっぱやめとくか?」

 

「…………バカなこと言わないで。ここで逃げ出してしまっては、家名を名乗れなくなるじゃない。」

 

このときルイズはパンと両頬を叩き、決意を新たにした。

そうだ。賭けに等しい話ではあるが、これは立派な人命救助なんだ。貴族にとっては、大切な仕事なのである。

 

デルフリンガーはその言葉を耳にすると、満足そうにカシャンと鍔口を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

そういえばシエスタ達は、ミス・ロングビルが白の国アルビオンの出身だと騒いでいた。

思えばフーケが指定してきた地点も、彼の国への玄関口となるラ・ロシェールへの途上にある。するとやはりそっち方面に逃げたフーケは、同一人物にあたるのだろう。

 

指定場所へと向かう馬上で、ルイズはそんな事を考えていた。

それから程なくして、馬を降りた。

 

フーケの書いた地図によるとここから先の獣道みたいなのを通って行くと小屋があり、そこで待つと書かれている。

ご丁寧にも、説明書きまで加えられていた。

 

「…………マズイな、森が濃過ぎる。分かっちゃいたけどこりゃ、厳しい事になるぜ。視界が全然効かねーじゃんか。」

 

「大丈夫よ、私は相手を魔力で捉えられるから。」

 

「スゲーな……。でもそれは、相手が魔法を使い始めてからの話だろ?不意打ちとか、ブービートラップには気をつけろよ。それとオレの事は、常に手元に置いておけ。戦いになったらまず、防御に集中するんだ。反撃はオレの合図を待ってくれ。」

 

こういった会話を済ませてから、ルイズはデルフリンガーを浮かべて獣道を進んで行った。

こうして木立ちに包まれてみると、年老いた剣の言葉が正鵠であると実感できた。

 

ここはもう完全に、フーケのテリトリーだった。

 

こんな場所で相手より先に姿を捉えるのは、絶対に不可能だ。フーケがその気なら今この瞬間にも、伏撃を仕掛けられてしまうだろう。たとえ先制を許しても後の先を取る自信があったが………地の利を度外視し過ぎていたと思い知らされた。

 

いっそのこともう歌でも唄い始めて、早いところこちらを見つけて欲しいくらいだった。

そんな事を思ったとき、一軒の人工物が視界に入った。非常に古びた………とっくの昔に誰も使わなくなった漁師小屋か何か。

 

そして一体コレは、どういう事だろうか?

 

真っ黒なローブに、同色のフード。

あからさまにコイツだという風体の輩が、こちらに背中を向けて地面に膝をついていた。

 

「フハハハハ、油断したなバカめ!その首貰ったわ!」

 

と、叫び出したいくらいの気分に駆られたが、ルイズには実際のところそうは出来なかった。

 

それ程に相手の仕草は神聖じみており、その場を侵す事を躊躇わせる雰囲気に包まれていた。

後になってからこの出来事を振り返ったルイズは、何て甘い性格をしていたのかと呆れ返る事になる。しかし結果論的にこれは、間違いではなかったと支持されるのであった。

 

何故ならば………土塊のフーケことマチルダ・オブ・サウスゴータはとっくの昔に、ルイズを攻撃圏内に捉えていたから。

 

そもそもルイズ達がこの森林に足を踏み入れた段階から、彼女はこの地に異物が紛れ込んだ事を察知していた。それを敢えてここまでの接近を許した理由は、一つしかない。

近づいて貰えないと、会話できないからである。

 

更に理由を重ねるならば彼女は……別れを惜しんでいた。

……思えばあの空中大陸から逃れてきてもう、十年以上経つ。嫌な思い出ばかりだがそれは、人との関わりに目を向けるからだった。

この地上は……彼女の全てを受け容れ、その人生を長きに渡って支え続けてくれた。

ならばせめてもの感謝と、惜別を。

 

マチルダは掌についた土をその長い指で優しく包み込むと、ルイズ達に向き直るのだった。

 

 

 

 

 

 

「何をしていた……んですか?」

 

ルイズは間違いなくロングビルの顔をした人間に対して、思わず敬語で話しかけていた。ここら辺が彼女の割り切れない弱さであり、美徳でもあろう。

 

「土の香り。」

 

フーケは……いやこの場合は、ロングビルと言った方が良いのか?とにかく彼女は、そう答えた。

まるでそれで全て分かり合えるかのように。しかしさすがに困惑げなルイズを見ると、苦笑しながら言葉を重ねてきた。

 

「私の趣味なんだ、こうやって味わうの。一口に土と言っても場所と日によって、全然違うんだよ。ここみたいな森が豊かだと、雨が降る前にはもっといい匂がする筈さ。まぁ……そんときゃ私はもう、この国には居ないんだけどね。」

 

このセリフの間にも彼女は、掬い取った少量の土を鼻元に翳していた。

言葉の通りにこれは、彼女にとっては欠かせない習慣だった。この香りに包まれている瞬間だけは、穢れた身体が浄化された気分を味わえるから。

 

ルイズは余りにも拍子抜けする言動を目の前にして、ググっと右手を握り締めた。

確かにこの人はミス・ロングビルと同じ顔・同じ声をしているが、決定的に言葉遣いが異なった。学院に居るときの彼女はこんな喋り方をしなったし、意味不明とは程遠かった。

 

そして何よりも決定的な事に……左手がちゃんとあった。

 

「何を言ってるんですか?その手はどういう事ですか?」

 

「この期に及んで、職員扱いは必要ないよ。私は平民で、不潔な犯罪者だろ?もっと貴族らしく振舞いなよ。」

 

「それじゃあお言葉に甘えさせて貰いますけど……盗賊風情が私を語るんじゃないわよ!そんな暇があるなら、質問にちゃんと答えなさい!」

 

「落ち着けって、ピンク。コイツの妙な言動に振り回されるなよ。」

 

放って置いたらそのまま激昂しそうなルイズを、デルフリンガーが諌めた。

この光景を見たマチルダは、大笑いし始めた。

 

「まっさか杖のかわりに、インテリジェンス・ソードを持って来るとはね!アンタそれちゃんと、振れるのかい?どう見たって無茶あるでしょ!」

 

「そもそもアンタがこんな手紙出すから………ってか、これは一体、どういうつもりなのよ?!こんな所に私をおびき出して、くっちゃべるのが目的なの?!」

 

「そうだよ。」

 

マチルダは何でもない事かの様に頷くと、目を細めた。

 

「推定無罪の平民救おうとする酔狂な貴族がいるんなら、どんな奴か確かめてみたくてね。この左手はまぁ……アンタも使い魔から聞いているんじゃないのかい?もはや生身ではないよ。」

 

ルイズは眉を顰めた。

捨食を完成させれば確かに、魔力で身体を維持する事になる。パチュリーが言った様に血と肉はこの時点で、不要となろう。しかしそれをこうも短期間で完成させるとは、どういうカラクリがあるのか。

 

ルイズ自身ですらまだその領域には、至れていないというのに。

 

「アンタが捨食の術を知ったのは、ついさっきの事でしょう?何でそんな短時間で急速に、極められるのよ。それほど安い技術じゃないわよ。」

 

マチルダはニヤリと唇を歪めた。

 

「犯罪者ですと自白した私を攻撃せず、質問するのかい。自分じゃ気づいちゃいないのかもしれないけどアンタ、相当にあの使い魔の影響を受けてるね。1年前の方が貴族としては、立派な心構えしてたんじゃないか?」

 

「………取り消しなさい、不愉快よ。」

 

「否定できないかい………まあいいや、話が逸れたね。私にとってこれは、別段難しくも何ともなかったよ。アンタは単に飢えた経験がないから、なかなか出来ないんじゃない?後はそうさね……もっと根本的なとこで言えば、この点に尽きると思うな。」

 

マチルダはそうして、空模様でも伝えるかの様に言い切った。

 

《あの臭くて不潔な身体が、大嫌いだった》、と。

 

これを聞いたルイズは、歯軋りが止まらなかった。

何だその結論は?

前者はまあ、貴族への誹りとして甘んじて受け入れる余地がある。しかし、後者はダメだ。そもそもそんな感情は間違いだと、ルイズは直感したのである。

 

「何を勘違いしているの?人と違くなったからって、偉くなったつもりにならないでよ。アンタも人の子なら、お母さんがお腹を痛めて産んだ筈でしょう?その身体を嫌うって何よ、挙げ句の果てにはご両親への感謝を忘れて片腕切り落とすなんて、どうかしているわ!」

 

「ちょっと?……いやいや、ちょっとどころかこれは、凄い事じゃないか。何しろ餓えずに済むんだ、万事これで解決されるよ。」

 

この瞬間に、マチルダが纏う雰囲気は一気に変わった。

思い出したくもないことを語ろうとしているのだろう。実際にその内容は、ルイズにとっては及びもつかない酷な話であった。

 

「飢えってのはもう本当に、度し難くってね。そりゃあもう、それを凌ぐ為なら何でもしちまうんだ。……私がそうだった。」

 

「だから盗んだっていうの?悪いけどそれ、理由になってないからね。お腹が減ったからって、パンを盗んだら罪よ。」

 

「パン?………蟲を喰ったことはあるかい、お嬢ちゃん。道端の残飯を拾って、祖霊の加護に咽び泣いた事は?」

 

マチルダの目付きはこうして喋っている間にも、どんどん暗くなっていった。

 

「そこまで消耗し切るともう、魔法すら使えなくなるんだ。それでも生きる事を願うなら、他人から奪うか、他人の好意に縋るかしかなくなる。私もはじめは、後者を選んだんだ。『汝奪う事なかれ』……当然の掟に従おうとした筈だったのさ。」

 

ルイズはこの時、相手が隙だらけな事に気がついていた。

今、魔法を使って喉元を締め上げて身体ごと木に叩きつけてやれば、一瞬でカタがつくだろう。恐らくデルフリンガーも同じ思いでいると、その気配で何となく分かった。

しかし何故かこの時、そうしようという気にはなれなかった。

 

恐らくは、マチルダの醸し出す雰囲気に呑まれているのだ。彼女はケチな盗賊には似つかわしくない、威厳とでも言うべきものを身に纏っていた。願わくばそれがここまで煤け切る前に、正道に立ち戻ってくれていれば……その事だけが、切に惜しまれた。

 

「……そうは言っても、今更な気はしていた。見苦しくも生に縋ろうとした時点で、私は先祖と一緒の墓に入る資格を失っていたんだ。だけど……それでも最低限、人から奪う事だけはするまいと思ったんだ。最低の選択肢だけど、最悪ではないものを選んだつもりだった。」

 

ルイズはとても静かに、マチルダを凝視した。

ここまでの話し振りから察するに、彼女は元貴族なのだろう。言葉の節々に、始祖よりも先祖を重んじるアルビオン貴族ならではの誇りが伺える。それが物乞いを良しとするとは、余程の事があったに違いない。

 

しかしマチルダは今、とても澄んだ瞳をしていた。その胸中がまるで想像できず、ルイズは耳を傾け続けた。

 

「だけど、甘かった。タダほど高いものはないって事を、スッカリ忘れちまっててさ。食事と睡眠を与えてくれた貴族はその晩、対価を要求して来たんだ。まっさか今のアンタの年端にもいかない小娘に、色目使いやがるとは思わなんだ……」

 

「対価?」

 

「男が女に求めるものなんざ、一つしかないだろう?考えてみりゃ当たり前の話なもんで、嗤いが止まらなくなったさ。私は気づかぬうちに、両親から受け継いだ身体を安売りしちまったらしい。……そんとき漸く分かったのさ。私は飢えるまで追い詰められた時点で、潔く死ぬべきだったと。最早一線を越えた身で、何を高尚ぶってんのかってね。そう思った後はもう……堕ちるのは簡単だったさ。」

 

この時デルフリンガーは、カシャンと大きな音を立てた。

ルイズが慌ててそちらに目を向けると、とても厳しい顔つきをしている様に見えた。それが彼の身に纏った雰囲気だと気がつくのには、一拍を必要とした。

 

「前言撤回だピンク、攻撃しよう。こんな泣き言、聞くだけ時間の無駄だったな。酒宴の肴にもなりゃしねー、胸糞悪くなるだけだぜ。」

 

「剣のクセに、横槍入れんじゃないよ。私は今、このお嬢ちゃんと話してるんだ。」

 

「黙るのはテメーだ、小娘!さっきから大人しく聞いてりゃ、単なる不幸自慢を偉そうにペラペラと!そんなモンを聞かせて年端もいかぬガキを黙らせて、満足か?!随分しみったれた倫理観だな!陰惨な過去言いふらしたって、テメーの正しさの証しにゃならねーぞ!笑わせんじゃねーよ。アンタにゃ悪いけどこんな話、どこにでも転がってるんだ。自分一人だけ不幸を気取るんじゃねー、反吐が出るぜ。」

 

「吐きそうなのはこっちさ……これだから男は嫌なんだよ。話を一般化すりゃ、高みに立てると勘違いしてやがる。おまけにその傲慢さに気づきもせず、したり顏で自分に酔って……その事を恥じもしない。私が同情を引く為に、こんな長話をしているとでも?……そう聞こえた時点で、決定的な事を見落としているよ。」

 

ルイズはこの時、一つの予感に包まれた。

捨食の術に関してマチルダは、自分とは全く異なる視点を持っているかもしれない。

そしてこの直感は、即座に明らかになった。

 

「分からないの?メイジだろうが何だろうが、この世の女は所詮、食うに困ったら究極身を売るしかない……けれどもこの捨食さえ身につければ、そのリスクが消滅する。食事や睡眠を取らずに云々なんてのは、如何にも魔法バカなノーレッジやマーガトロイドらしい着眼点でしかない。そうじゃない、現実に生きる私達女にとっては……生きる為に自らを差し出す必要がなくなる、この点こそが最大の恩恵なのさ。」

 

恐らくこの術は、女としての防衛本能が無ければ、極められない。

『アリスの魔導書』を所持していたオールド・オスマンが身につけられなかったのは、下品で薄汚い男だったから。

 

マチルダはその様に断じると、固く唇を噛み締めていた。ルイズの目にそれは、空虚だが身を切る様な仮定……この術にもっと早くに出会っていればという空想に苛まれている様に見えた。

 

「アンタ……何でそんな、男性を毛嫌いしてるのよ?私は父様みたいな人になら、喜んでこの身を任せたいと思うわ。何もそんな、一方的に切り捨てるみたいな……」

 

「そういう余剰部分に関しては、何も言うつもりは無いよ。だけど私は、基礎部分でそれを強要されるのは動物以下だと思う。食う為に異性と交わって、体力を回復する為だけに眠る……一歩間違えれば、私もそうなってた。……まぁ、食う為に奪う道を選んだ私はそれ以下さね。……だけど私はこんな事する為に、生まれて来た筈じゃないんだ。だからこれからは、もっと違う道を歩もうと思う。」

 

マチルダは今、何か憑き物が落ちた様な顔をしていた。悟った様な表情とは、まさにこれを指すのだろう。

 

ルイズはこの女性を完全に見誤っていたと、思わず身震いした。

それが如何にマチルダ自身の陰惨な経験から帰納された命題に過ぎぬとはいえ、否定すべき言葉が見つからない。

ルイズは不安を抱えたまま、疑問を口にした。

 

「それで……アンタはこれから、どうするつもりよ?」

 

「……もう、この国を去るよ。数年来離れ離れになってる義妹がいてさ、その子にこの術を教えてあげるんだ。一緒に暮らしてる小さな子が沢山いるから、ソイツラにも教えてあげようと思う。そうすれば皆、ひもじい思いをせずに済むだろう?」

 

マチルダが身近な者に言及したのを聞いて、ルイズは思わず安堵していた。

彼女がもしも本当に見ず知らずの女性のためにこれから捨食を広めようとしているならば、ルイズよりも遥かに高い目線で活動している事になる。しかし……漸く話が理解できる次元に降りて来た。

 

そしてこれこそがマチルダの本心なのだろうと、直感出来た。

彼女にとってはその妹さんを同じ目に合わせない事が、何よりも大切なのだ。こうした事が、言及した瞬間の眼差しから想像できた。

 

「そりゃ、大変結構な話で何よりね。でも、この国で仕出かした事はどうすんのよ?私がハイサヨウナラと手を振って、見送るとでも思ったの?」

 

「ダメかい?是非ともお願いしたいんだけど。私は金輪際、この国には立ち入らないよ。だからアンタは私を見逃すかわりに、フーケを討伐した事にすりゃいい。私は平穏を、アンタは名誉を、これで手打ちにしようよ?」

 

「ダメに決まってるじゃない。せめて、やった事の償いをしなさいよ。」

 

呆れ返ってしまうほどに、マチルダはあっけらかんとしていた。

そしてルイズの言葉に対して、思いも寄らぬ事を言い出してきた。その余りの一言に、返す言葉を失ってしまう程である。

 

「償うのはアンタの方だろう?」

 

「………は?」

 

「この術を知った以上、アンタのやる事は一つしか無かった筈だ。遅滞なく速やかにコレを広めて、飢えた民を一人でも救う。それが為政者としての、貴族の務めだろう?それが何だい、自分の魔法の腕を磨くのに夢中になっちまってさ……視野が狭いにも程があるよ。……アンタはその剣を買ったとき、チクトンネ街を訪れたそうだね。そこで何を見て来たんだ?どうせ、自分の都合の良い物しか目に入らなかったんだろ?」

 

ルイズはこの瞬間、頬が真っ赤になった。

完全に言い負かされているのが悔しくて、怒りで視界までが真紅に染め上げられそうになった。

 

確かに、あの時。孤児院云々に関する話を耳にした。けれどもそういった場所にこの捨食の術を齎そうとは、今の瞬間にまで思い至らなかったのである。

それをまさか傲慢の証として、あげつらわれるとは。

 

しかしマチルダはこのルイズの様子を見て悦に入るどころか、肩を竦めて大袈裟に溜息をついてみせた。

 

「……どうにもアンタは、他人の言葉に馬鹿正直に耳を貸し過ぎだね。何をクソ真面目に聞き入っているのさ?私は所詮、犯罪者なんだ。いちいち落ち込まないで欲しいな。これじゃあ、虐めてるみたいじゃないか。」

 

「オレからすりゃ、それ以外の何物にも見えないけどね。小娘を詰って、憂さ晴らししてるだけだろ。」

 

「……うるっさい剣だね。地中深くに埋められたくなきゃ、すっ込んでなよ。私は下品で下劣な男以外にも、もう一匹大嫌いな生き物がいてね。アンタみたいに無駄に長く生きてるだけの老害が、正しくそれだ。とっととクタバッて欲しいな。」

 

「100年以下の人生経験で、何を偉そうに語ってやがる……俺様に説教しようなんざ、5,970年早いわ!要するにテメーは、ピンクの慈悲に甘えてんだよ。この場に居るのがコイツじゃなきゃ、テメーの言い分なんざ一瞬で笑い飛ばされるさ。自分の話聞いて貰えるからって、ツケ上がってんじゃねーよ。」

 

「悔しかったら、これぞ貴族という在り方を、片鱗でもいいから示してみなよ。この子にゃ結構期待してるんだから、失望させないでおくれ。……ちなみに私は30超えてないよ、訂正しな。」

 

ルイズはこうした会話を、無力感に包まれてボンヤリと聞いていた。

……無理だ。

マチルダを目の前にして、何もかもが違い過ぎると感じていた。捨食に対する理解だけではない、貴族としての心構えについても負けている気がした。

これまでの話振りから察するに彼女は、盗賊に身を窶した後も、貴族というものに相当な拘りを持ち続けて来たと分かる。トリステインでその階層ばかり狙い続けて来たのは、憂さ晴らしもあると同時に……陰からずっと観察し続けて来たという事を意味している。

 

恐らく彼女の中ではボンヤリと、こうあるべきという規範が象られているのだろう。

 

そして今のルイズが一足跳びにその境地に辿り着こうなんてのは、どだい無茶な話だった。最早、現実的な話で妥協するしかない。

 

「もういいわ。嘆願書を書いてあげるから、大人しく司法に身を委ねなさい。」

 

諦めた様に呟いたルイズの一言に、マチルダは肩を竦めた。

 

「そう言われて、私が頷く訳ないでしょうが。現実的な提案をしなよ。」

 

「頷かせるわ………ただし2年後の話だけど。」

 

「アンタ馬鹿かい。何だいそりゃ、執行猶予ってやつ?先送りしただけじゃないか、何が変わるってのさ?」

 

「嘆願書の文面。アンタこれまで、奪うだけだったんでしょう?だったらこれからは、与え続けなさい。貴女の故郷で………それが終わったら、この国で。」

 

「そんな無茶振りに、大人しく従う義理ないだろ。バカな事言わないで欲しいね。」

 

「従うのよ。何故なら貴女は今日この場で、自分の本名を言うから。それはつまり、パチュリーならいつでも貴女を召喚出来るって事を意味するわ。貴女に選択の余地はない。」

 

……ゴメンね。

ルイズは勝手に彼女の名前を使った事に、心の中でそっと謝った。まさか本当に、こんなつまらない事で魔法を使って貰いたい訳じゃない。本当に必要ならやり方を教えて貰って、自分でやるつもりだ。この場合はもっと単純に、この言葉にマチルダが脅威を感じてくれればいい、それだけの事だった。

 

「……アンタやっぱ何も考えてないよね。そこまで言われてオメオメと、自分の姓名を明かす訳ないだろう?」

 

「今からその事を条件として貴女に、決闘を申し込むわ。」

 

ルイズはこの瞬間、真っ直ぐにマチルダを見つめていた。

結果として一戦交える事は、はじめから分かりきっていた事だ。今更固める覚悟なんて、何処にもない。そんなものは自室を飛び出して来た時から、とっくに出来上がっている。

 

これに対してマチルダは、皮肉げな笑みを浮かべた。

 

「今更何だよ、そりゃ?勝った奴が正しいのかい?私はそもそも……」

 

やるのかやらないのか、どっちなのよ!

 

ルイズは吠えた。

 

最早、下手な言葉は不要だと思っていた。

そりゃ、応じない理屈の方が多くある。そもそも平民と貴族の間では決闘が成立しないとか、メリットがないとか、時間の無駄だとか。

けれども一つだけ、相手が応じるとすれば。その根拠はまさしく、彼女がこれ程までに拘り続けて来た古式ゆかしい名誉という概念に他ならない筈である。

 

恐らく両者が顔を合わせてからこの時初めて、マチルダは意表をつかれた。

 

「……言うじゃないか、小娘。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3分後。

周囲に最早、人の気配はなく。

ルイズは大の字になって、地面に横たわっていた。

 

「……土の中って、温かいのね。」

 

「今のオマエさんがそう言うと、ゾンビみたいだぞ。」

 

ヴァリエール家三女は今、首から下を埋められて大空を見上げていた。

サウスゴータ地方の風物詩である、砂風呂というものを体験している訳である。側から見れば、横向きの生首が喋っている様で気味が悪い。

おまけにその枕元には、デルフリンガーが墓標の様に突き立てられていた。

 

「……負けちまったな。」

 

「正直、侮っていたわ。」

 

「まぁ、レフェリーにタオル投げ込ませなかっただけでも、良しとしようぜ。」

 

「やっぱり、そういう甘えがあったからよね?イザとなったら、パチュリーが判定負けとして安全地帯に引き上げてくれるから……いつの間にか油断に繋がって、私の内に眠る潜在力をうまく引き出せなかったのよ!」

 

「……潜在力なんて口にした時点で、負けを認めてるじゃないか。もっと技術的な問題だって。精神論でどうにかなるもんじゃねーよ。年季が違いすぎた、そういうこったろ。」

 

既に御察しの通り、ボロ負けもボロ負け、大敗だった。

この日ルイズは、生まれて初めてどうしようもない壁というものに直面し、完勝したマチルダに好き放題されてしまった。

パチュリー・ノーレッジを側に見ているため、いかに系統メイジが凄かろうとも……という驕りが、確かにあったのだろう。

しかし本当に、完膚無きまでに色々とヘシ折られて終わってしまった。

 

だが……去り際にマチルダ・オブ・サウスゴータが本名を名乗っていったところを見ると、勝負に負けてなんだか良くわからないものに勝ったと言うべきなのだろうか。

ご丁寧にも、置き土産が沢山あった。

 

フーケとして使っていた杖に、顔を隠すためのフード付きローブ。後者はルイズにあげるとの事である。呆気なく本名を告げた事と言い、完全に舐められていた。

 

こうしてルイズは、犯罪者との繋がりが出来た不良少女になってしまうのだった。

しかしそれが後のアルビオン戦役においては重要な役割を果たす事になるのだから、良くわからないものである。

 

 




原作では、このフーケ編はルイズが貴族に関して大切な考え方を述べる展開でした。
本作ではルイズがハッキリとそれを口にする場面はもう少し後回しにして、今の段階では色々と悩んで貰いたいと思っています。

フーケが何したいのかサッパリ分からない感じになってしまいましたが、本当にルイズと会話して貰いたかっただけです。やたら品格に拘った発言が多いのは、パチュリーがそういうのについて熱く語る姿が想像出来ないからですね。
……そもそも話の流れ的に、捨食の術に拘り過ぎでしょうか。

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