ルイズと動く図書館   作:アウトウォーズ

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失敗

「冷やかしならやめて欲しいんだけど。」

 

ルイズはちょっと、パチュリーを見損なってしまった。悪気のない人だと思っていたのに、裏切られた気分である。

普段の半分以下の朝食しか食べれなかったから、少々気が立っているのもあるが……それにしたってパチュリーの言い出した事は酷い。

 

「そんな事をするほど暇ではないわよ。」

 

「そうでしょう、そうでしょう?それならこの部屋で、ゆっくりコモン・マジックの本を読んでいて頂戴よ。せっかくあげたのに、もう飽きちゃったの?」

 

ルイズはため息をつきたくなった。

ここでハイと言われたら、嫌いになってしまいそうだ。この状況ではあり得そうな話だから、余計に怖かった。

 

そうでもなければ、ルイズがこれから受ける2年生レベルの授業に出たいとは言い出さないだろう。

 

だが。

 

「そうではないのよ。あの本の著者は、存命なんでしょう?私の読んできたものは古いものばかりだから、こんな事は初めてなのよ。」

 

ルイズは良い意味での溜め息を吐けた事に、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「そうならそうと、はじめから言ってよ。ミセス・シュブルーズに会ってみたかっただけなのね?今更な授業を受けたいなんて言うから、妙に勘ぐっちゃったじゃない。」

 

「だけって事はないでしょうに。私の読んできた魔道書は基本的に、知識をひけらかす形式のものばかりだったのよ。言わば書き手主体の本ね。けれども貴女から貰った本は読み手主体の魔導書だった。これは私にとっては、画期的な事だったわ。とても分かりやすくて、心が温かくなったもの。」

 

「………何てことなの、貴女いま、めちゃくちゃ立派なこと言ってるじゃない。すごい模範生よ!……何だか、人格的にも敗北した様で複雑な気分だわ。」

 

ようしそれなら、とルイズは気持ちを切り替えた。

色々と注意しなければならない事があるからだ。

 

杖のこと。

精霊魔法のこと。

先住の民のこと。

ブリミル教のこと。

 

生徒とはいえ貴族と接する以上は、こうした注意事項は頭に入れて貰わなければならない。そしてこうした知識の披露に関しては、ルイズは流石に優等生である。何とか短時間で、最低限のことをレクチャーし終えた。

 

「まぁ、とはいえミセス・シュブルーズに対する礼儀さえ忘れなければ、何とかなるでしょう!貴女も流石に、敬う人は敬うでしょうから。」

 

こうして二人して、フヨフヨしながら教室へと向かうのだった。

因みにルイズは、何も横着や練習で念力を使っている訳では無かった。爆発魔だった去年、教室に入ろうとしたら内側からロックを掛けられてしまい、締め出しを喰らった事があるのだ。こうした憂き目にあわない様に、窓から登校する事にしたのである。

 

「こういうのは何て言うのかしら、重役登校?」

 

「遅刻してるみたいだから、やめて頂戴。」

 

こうして二人が軽口を飛ばし合いながら窓から教室に入ると、早速キュルケが盛大に笑い始めた。

他の生徒達がザワザワ言っていたが、彼女の豪快な笑い声で何を言っているかまでは聞こえて来なかった。どうせロクな事言ってないのだろうが。

 

「アハハハ、さっすが斜め上の事しかしないわね、貴女は。そんなに魔法を自慢したかったの?」

 

「うるっさいわね、違うわよ!去年……」

 

「ああ、意地悪されたのね。私がいる限りそんなツマンナイ事させないから、安心して扉から入って来なさいよ。……というよりも、アンロックはまだまだこれからなの?私が教えてあげましょうか。」

 

「いいの!自分でちゃんと覚えるから!それに私、知ってるんだからね、アンタ去年それ使い過ぎて反省文書かされてたでしょうが?……って、アッチに座ってなさいよ?!何でコッチに来るの?!」

 

ルイズはイソイソと此方へ寄って来るキュルケに対して、シッシッと手を振った。

しかし何を勘違いしているのか、キュルケに加えてもう一人、青髪の女の子まで此方に来てしまう。

 

「手招きされた。」

 

「どう見たってコレは……そういや同じ動作ね?!って、パチュリーみたいな屁理屈言わないでよ。一体何者なのアンタは?」

 

「タバサ。」

 

「……ああ、そういや去年も一緒だったっけ……悪かったわね、余裕なくて。確か昨日は、風竜を召喚してたわよね。スゴイのね、貴女。」

 

ルイズの言葉に、タバサとキュルケは顔を見合わせて一瞬硬直していた。ルイズは顔を顰めた。

 

「何よ、二人揃って?」

 

「べっつに〜〜?」

 

キュルケは何が可笑しいのか再びケラケラと笑い声を上げると、パチュリーにズズいと詰め寄った。

 

「ねえねぇ、この人が貴女の使い魔なんでしょう?紹介してよ。貴女を一晩でここまで仕上げるなんて、すごいじゃない!」

 

「ダーメ!パチュリーが自己紹介する相手は、もう決まっているの!」

 

 

 

 

 

 

ミセス・シュブルーズは、ルイズもこの目で見るのは初めてだった。パチュリーにあげたコモンマジックの教科書も、この授業で使う事になる土の系統魔法の教科書も、この人の名前が著者として記されている。

 

4世紀以上前に書かれた魔導書で勉強して来たパチュリーにしてみれば、著者と生きて話を出来るというのは凄い事なのだろう。

だが………ルイズにそこまでの感動は無かった。普通のオバさんにしか見えない。あの教科書に関してもパチュリーは状態が良いと褒めてくれたが、ルイズは自分の持ち物は全て大切にしている。あの本や、ましてその著者にだけ、特別な思い入れがある訳ではない。

 

だがまぁ、人の良い先生なのだという事は分かった。

 

「おやおや、随分と変わった………失礼、メイジの方ですか?」

 

「ルイズの使い魔の、パチュリー・ノーレッジです。ミセス・シュブルーズ、お会い出来て光栄です。コモンマジックに関する貴女の著書は、大変興味深く読ませて貰いました。私の出身地には、入門書の類がありませんでしたので。どうもありがとうございました。」

 

よしよし、ちゃんと出来た!エライ!

ルイズはパチュリーの言葉遣いや内容に間違いが無いことに、少し感動してしまった。何だか、掴まり立ちする子供を眺める気分である。自分にも妹がいたらきっとこんな気分に…………

 

そこまで考えて、ルイズは彼女の年齢を知らないことに気がついた。一体、何歳なんだ?

 

「これはまあ、どうもご丁寧に。こちらこそ、ありがとうございます。先ほど申し上げた通り、毎年この授業はとても楽しみにしているのですが……今年は例年以上の喜びとなりました。貴女のおかげです。」

 

「早速で申し訳ないのですが……こちらでは属性つきの魔法は、四大説を元に運用するのですか?」

 

ルイズは早速フライングしてくれたパチュリーに両手でバッテンを作ったが、完全に無視された。

仕方が無いので、ミセス・シュブルーズに断りを入れようと立ち上がったのだが……

 

「大変結構な事ですよ、ミス・ヴァリエール。無属性魔法の本を読み、属性付きの魔法……系統魔法の質問へ繋げるとは、大変素晴らしいことです。更にはその背後にまで目を向けられるとは、満点に近いですね。このような質問は、いつでも大歓迎ですよ?」

 

そうしてミセス・シュブルーズは四大系統魔法について、メイジのランクと交えて解説を始めた。この教室のみんなが、既に常識として知っている事であるが……時系列順に語られたのは初めてのことだった。

 

ミセス・シュブルーズはどうやら、系統魔法を伝えられた大昔のメイジ達は全員ドットだったと信じているらしい。それが長い年月をかけ、世代を重ねて、今日のスクエアに到達したそうな。始祖ブリミル様だけではなく、こうした名も無き先人達が、現在の私たちを支えてくれている。その様に締め括ったミセス・シュブルーズは、聞き手の心を捉える、なかなかの語り手だった。

 

毎年やる事ではないらしいが、ここまでの話は気が向いた時に語ってきたそうだ。

今年はそれに加えて、四大元素の世界観まで披露してくれた。

 

火、土、水、風。

系統魔法の象徴がこの世を作り上げているなんて、ルイズにはとても素敵な話に聞こえた。

本当に正しいのかどうかは別として、このハルケギニアはそれでいいと思えた。

 

だって、始祖の没後6,000年以上に渡って人間社会を支えて来たのは、間違いなくこの系統魔法だから。この事実はどうあっても否定しようがない。

伝説の虚無魔法がどれだけ凄いのかは知らないが、これまで立派にやって来れたのだ。それだけで充分ではないか。これまでも、これから先も。ずっとそうして行けばいい……ちょっとスローペースなのが、玉に瑕だが。そこはルイズがケツを蹴り上げてやればいいだろう。

 

ルイズは思わず、異端じみた考えを持ち始めてしまった事に焦ったが……嫌な気分では無かった。

 

ところでパチュリーの口振りからすると、彼女はこれだけの世界観を知りながら、それとは異なる思想で魔法を用いているようだ。そもそもコモンマジックの教科書から系統魔法に想像を巡らせるとか、一体どういう思考回路をしているのか?

 

粗方の話が終わると、ミセス・シュブルーズもそのことに言及した。

 

「あの教科書では、【ライト】のイメージとして【発火】を紹介しただけだと記憶していますが……よくそれだけで、四大説にまで気づけましたね?」

 

「私の使う属性つき魔法では、属性同士の組み合わせ方が非常に重要になりますから……仮に入門書があれば、属性については下手な先入観を持たせない為に一切説明しないか、完全に説明し切るかのどちからになる筈です。ですから、そもそも組み合わせに囚われない、思想の異なる体系が築かれているのだろうと思ったのです。」

 

「……これは大変興味深いですね、貴女は四大系統魔法とは異なる属性の魔法を操れるのですか?いやいや……ここでのめり込んではミスタ・コルベールと一緒になってしまいます……そうですね……その、属性の組み合わせ方についてだけ、教えて貰えませんか?」

 

「例えば火と金を混ぜたり、土と水を混ぜると、私が使う魔法では効果が減衰、下手すれば相殺されます。ですが……あの教科書の書き方から察するに、こちらの四大系統魔法ではこうした事は無さそうですね。」

 

「土と金を分けて考えるのですね?益々これは……コホンコホン!現在まで、四大系統魔法の間で相反又は相殺する組み合わせは確認されていません。もっとも、アカデミーでは発見されているのかもしれませんが……少なくとも私の知り得る限りにおいては、皆無です。」

 

「大変参考になりました。どうもありがとうございます。」

 

「いえいえ、こちらこそ。後でゆっくりと、貴女の魔法のことを教えて下さいね?」

 

何だかもう、この二人だけの授業になってしまっていた。訳がわからない。両人が満足していそうなので、それならそれで良いのかもしれないが。完全に、置いてけぼりを食った気分である。

 

ルイズにはこの様にチンプンカンプンな事が多かったが、パチュリーの使う精霊魔法には、随分と制約が多い事が分かった。これは、こちらの先住魔法にも当て嵌まる事なのだろうか?だとしたら、聖地奪還の際には大きな武器となる情報だが……

 

ルイズは自らの誇大妄想に、ブンブンと首を振った。今は、四大系統魔法の、土の授業の時間である。目の前のことに集中すべきである。

 

パチュリーですら、珍しく空気を読んで……など全くいなかった。

怖いくらい集中して、何かを考えている。アルヴィーと見つめあっていた時とは、真逆の反応である。

 

「……セントエルモの火……とうとう目処が立ったわ……コッチに来て良かった…」

 

ルイズは呆然と呟くパチュリーの頭を、思いっ切りド突き回してやりたくなった。

 

その言葉は、私が真っ先に受け取らなきゃダメでしょう?!なに、シュブルーズ先生に言っちゃってるの?!

これは、アレ?ミスタ・コルベールの事といい、オジンやオバンに弱いってこと?!

何で、こんなに見目麗しいこの私がアレコレと世話をしてあげているのに、この子は、こうなのかしら?!

 

ルイズが授業中にも関わらずカンカンになっていると、何と指名されてしまった。

 

「それでは、ミス・ヴァリエール。どうぞこの小石に、錬金の魔法をかけてみて下さい。金属なら何でも構いませんので、物質変換をおこなってみましょう。」

 

ルイズは思わず、パチュリーの顔色を伺った。これまで、ルイズは彼女のアドバイスに従って念力の魔法しかやって来なかった。ここでいきなり、方向転換してしまって良いのだろうか?

ルイズが少し戸惑っていると、パチュリーから助け舟が出た。

 

「折角だから、やってみたら?」

 

……私を実験台にする気だな?

 

ルイズには、お見通しだった。さっきの聖人エルモ云々は、パチュリーの精霊魔法では不可能な組合せなのだろう。名前から察するに、火と金の複数属性魔法。ソレを、こちらの四大系統魔法で実現するつもりなのだ。まずはそれが可能かどうか、魔力の波長が近いルイズを観察するつもりなのだ。

 

これから先の事を予想して本気で反吐が出そうになったルイズは、ハンカチで口元を抑えながら黒板の前に出た。

 

「それじゃあ、やってみますね。……錬金!」

 

ひょっとしてゴールドにでも変化するんじゃないだろうかと期待していたが、そんな大袈裟な事にはならなかった。

 

何と、普通に失敗した。

小石はホンワリと輝くだけで、何にも変化しなかったのである。

 

「おお……普通に出来ないのね。」

 

ルイズはちょっと、感動してしまった。これまた生まれて初めて経験する、いわゆる普通の魔法的失敗だからである。

 

昨日までの様に爆発されたら悲しくなってしまうところだが、これはこれで納得出来る結果だ。

正直、念力の習熟度が異常な速さである事は自覚していたので、妙に釣り合いが取れた気がした。系統魔法の素晴らしさを知った直後なので、失望感は拭えないのだが……安心感が先に立った。

 

そしてこの時、ルイズの爆発に備えて戦々恐々としていたクラスメイト達も、ひと安心という点でルイズと心を一つにしていた。

 

「ああ、良かった……普通に失敗してくれた……」

 

「何だか拍子抜けね。爆発に備えて、お姉様のお古を貰って着てたのに……あら、モンモランシー、貴女もそうなんだ。」

 

「??これは、去年のを自分で仕立て直したのよ。綺麗に出来てるでしょう?…………な、何よその目は‼︎う、ウチが貧乏な訳じゃないからね‼︎貴女と同じよ、ルイズ対策よ、ルイズ対策!」

 

「……貴女が自爆してどうするのよ……」

 

こうして、教室中にホッとした感覚が蔓延する中で。

ルイズは一つの失敗にはめげずに、やり方を変える事にした。あと何か、キッカケさえあれば使える様な気がしたのである。パチュリーなら今のを見ただけで、おそらくは成功に辿り着けるのだろうが……ルイズには、まだ何かが足りない気がした。

 

「ミセス・シュブルーズ。出来れば小石ではなく、粘土に対して錬金を試してみたいのですが。」

 

「大変よろしいです、ミス・ヴァリエール。私はそういう目が好きですから。」

 

妙な褒められ方をされて一瞬キョトンとしてしまったが……ルイズは再チャレンジした。

しかし、これも失敗である。

流石に嫌なものだ。

 

そこで、とある事を思いついた。

 

「今度は成功させるわよ〜〜〜、錬金!」

 

ルイズは元気良く言い放った後に、コッソリと念力の魔法を使った。粘土だったら、集中すれば何とかうまい具合に変形させられる自信があるのだ。咄嗟に浮かんだ試みは、今のルイズのレベルならば可能な筈だった。

 

そして……。

 

「出来ました!ゴーレムの完成です!」

 

ミセス・シュブルーズがひと塊りの粘土にしてくれたものは、ちんまりとした人型となっていた。両手両脚を広げた、ノッペラ坊の出来上がりである。

 

……何ともシラけた雰囲気になってしまった。

明らかに錬金を使っていないのに、結果としてはそれっぽい事が出来てしまっているからだ。

 

ミセス・シュブルーズも呆れていた。

 

「これは土の系統魔法を学ぶ授業なのですが……まぁ、応用力の高さは認めましょう。加点しておきますね。」

 

その瞬間に、ルイズに激震が走った。

何と!コレは。

この学院に来てから初めて貰う実技点である。

 

「流石に他の方の様に大きな点数を差し上げる訳にはいきません。その理由は貴女がよくお分かりでしょう。2度目はありませんよ?コレは、貴女のこれまでの努力と工夫に対して、差し上げた訳ですから。私も長いことこの職におりますが、こんな低い点数をつけるのは初めてです。ですからこの事をお互い忘れずに、これから頑張っていきましょうね?」

 

ルイズはちょっと、涙ぐんでしまいそうだった。

何だか、今日は本当に、色々ある一日だ。

こんな調子で毎日を過ごしたら、胸が張り裂けてしまいそうだ。

 

そうか、ようやく、認めて貰えた訳か。

 

マルトーさん、早速ルールを破っちゃたけど、やっぱりメイジは凄かったよ。だって、その事で褒められてしまったんだよ?

このオバサンメイジは、違反すら織り込む包容力があるみたいだ。

 

「さて……大変喜ばしい事が続きましたが、敢えて慣れない事をせねばなりません。是非とも皆さんには、教えておきたい事があるからです。」

 

ルイズは突然空気の変わったミセス・シュブルーズを、唖然として見つめた。相変わらずナイスミドルな微笑みを浮かべているのに、空気が違いすぎる。

彼女は悠然と一人の生徒に目を向けると、頬を綻ばせた。

 

「ご協力頂けませんか、ミス・ノーレッジ。」

 

「喜んで。」

 

……ヤバイなあ。

ルイズは全く予測できない事になりそうな流れに、思わず冷や汗をかいた。

 

「折角ですから……そうですね、条件つきの魔法などを披露して貰うのはどうでしょう?」

 

「発動に時差を設ける技術には、いくつか心当たりがあります。」

 

ミセス・シュブルーズは微笑んだ。

 

「そんなに高等なものではなく、例えばそうですね……私の家の、裏庭の土を錬金する魔法とかはどうですか?」

 

「それなら可能です。」

 

パチュリーはそう言うと、驚きを隠せないミセス・シュブルーズの目の前でそれを実践してみせた。

それは、ルイズにはとても聞き覚えのある、生まれて初めて成功させた魔法の詠唱だった。

 

「我が名はパチュリー・ノーレッジ。七つの力を司るヘプタゴン。我が思考に従いし、土塊を召喚せよ。」

 

ルイズは目眩を覚えた。

 

さしものパチュリー・ノーレッジも、コレにはそれなりの時間が掛かると思っていたのである。

しかしよくよく考えれば、パチュリーはこれまで、ミスタ・コルベールの研究ノートみたいな魔導書を読破して来た、プロの読者なのである。ひたすら仮説を立てては思考実験を繰り返して、行間を読み解くという行為の極みに達していると言っていいだろう。

 

そんなツワモノが、ミセス・シュブルーズの書いた『ゼロのルイズでも出来るコモンマジック』を読んだらどうなるのか。

 

結果はご覧の通りである。

 

「コレが貴女の家の土で……間違い無さそうですね。ならば後はコレを……錬金します。」

 

パチュリーは何でも無い事の様に、言われた通りのものを作り出してしまった。

造作もなく。

 

ルイズにはもう、何を考えたらいいのか分からずに、思わず声を上げてしまった。

 

「あ、貴女、召喚魔法の改造には時間かかるって……」

 

「アペンディックス25」

 

「……何を言ってるの?」

 

「読み方が浅いわよ。これからは、魔導書は隅々まで暗記するようにしなさい。」

 

新手の呪文の様な事を言い出されたルイズが面食らっていると、ミセス・シュブルーズが溜息をつきながら解説してくれた。

 

「私のテキストの脚注頁のことです。初学者は読み飛ばすように記していますので、ミス・ヴァリエールには何の落ち度もありませんよ。確かその辺りには、サモン・サーヴァントの術式を書いたと思いますが……まさかそれを書き換えて使ったのですか?」

 

「その通りです。私がルイズの使い魔となった一番の理由は、この召喚魔法を理解する為でした。ミセス・シュブルーズ、貴女のおかげで、私は当初の予定よりも早い段階で目的を達する事が出来ました。どうもありがとうございます。」

 

成る程。

ルイズにも漸く、全てが分かった。何故、パチュリーが今朝方から食堂を燃やそうとしたり、ワザワザこの授業に出たりしたのか。

とっくの昔に、召喚魔法の改造に成功していたからである。

 

成る程それだったら、ミセス・シュブルーズに対して敬語を崩さないのも頷ける。本気で感謝しているからだ。

 

「貴女には、驚かされてばかりですね……しかしだからこそ、これだけは教えておきたいと思います。そうですね……、次は、ヴェストリの広場の土を、錬金だけでやってみて下さい。サンプルは取り寄せずに。」

 

ルイズはカチンときた。こんなバカな授業があるか。こんなのは、魔法でも何でもない、トンチの類である。

 

「ミセス・シュブルーズ!無理難題を吹っかけて、私の客人をバカにするのは止めて貰えませんか?こんなの、成功出来る訳ないですよ!」

 

「いいえ?ミス・ヴァリエール、よく考えてみて下さい。十分に達成可能な話です。私も適宜アドバイスをするつもりですので、そんなに時間はかからない筈ですよ?」

 

ルイズには、ミセス・シュブルーズの言わんとしている事にピンと来た。

 

総当たり攻撃だ。

この世のあらゆる土を錬金し尽くすつもりでやれば、いずれは条件に合致するものが錬金できる筈だ。10,000回失敗したとしても、10,001回目で成功すればいい。何よりもルイズは、そういう気持ちでこれまでの人生を過ごして来たのである。

 

気の遠くなるような話だが、パチュリーならいくらでも短縮する術を知っていることだろう。

 

全く……ミセス・シュブルーズは柔和な見た目に反して、とんだ食わせ物である。

何て意地悪なんだ!

 

ルイズは、やってしまえ、とばかりにパチュリーを振り返った。

 

だが……。

 

パチュリーは真っ青な顔をしていた。誰がどう見たって、動揺しているのが分かる。

 

「どうしたのよ?こんなの、手当たり次第に錬金しまくれば、いずれは成功するじゃない。」

 

「ミス・ヴァリエール、それは貴女だから言える事です。彼女には無理な話ですよ。」

 

ルイズはミセス・シュブルーズを睨みつけると、思わず立ち上がった。今のパチュリーは相当に気分が良くないのだろう。どう見たって普通じゃない。

これ以上、こんな不快な場に居させるのは、我慢ならなかった。

 

「これ以上、無体な言葉を投げつけないで貰えませんか?正直、嫌な気分です。この場は失礼します。パチュリー、こんなとこさっさと出て行きましょうよ。」

 

「退室は却下です、ミス・ヴァリエール。貴女こそ、彼女の一体何を見ているのですか?技術の高さに驚いてばかりで、こんな事にも気付いてあげられないとは……失礼、私こそ慣れないことはするものではありませんでした。」

 

そうしてミセス・シュブルーズはゆっくりと、青ざめたパチュリーの目の前に歩みよった。

 

「意地悪が過ぎたのは、謝ります。ところで貴女は魔法を、どなたから学びましたか?」

 

「直接の師はおりません。魔道書からです。」

 

「……貴女のその仰天の技術は、全て読書からの独習によるものだと?」

 

「その通りです。」

 

ルイズにとっては最早当たり前の様に思っていたが、改めて言われるとこれは凄いことだった。

というよりも、読んだだけで魔法が使えるようになるというのだから恐ろしいものである。パチュリーには絶対、禁書とかそういう類のものは渡してはダメだと思えた。

 

「……あの子、冗談で言ってるのよね?」

 

キュルケが呆れ顔で尋ねて来たが、ルイズはゆっくりと首を横に振った。

 

「そんなに器用な性格していないわよ。それに、あの子に御師様がいるなら、私が黙ってはいないわよ。苦情を叩きつけてやるんだから。」

 

「逆に手玉に取られそうだけどね。」

 

「……嫌なこと想像させないでよ。」

 

そこで、此度の自体を引き起こしたミセス・シュブルーズがようやく纏めに入ったようである。

 

「それなら納得です。やはり睨んだ通りでしたね。ミス・ノーレッジ、貴女は魔法を失敗した事がありませんね?これまで、ただの一度も。」

 

「それは、無理解の証です。私とは最も遠い存在だと言えるでしょう。」

 

再び、教室は重苦しい沈黙に包まれた。

ルイズもさすがにこれは、予測していなかった。なるほど、道理で。ルイズが簡単に思いつく手段に、臆する訳である。

 

「いいえ。失敗を克服してこそ、新たな理解が生まれるのです。ドットでの失敗の積み重ねが、ラインの魔法へと扉を開いた。私はそのように信じています。ですから、貴女が考えているような無駄なものではありません。」

 

「失礼ですが、それは貴女の持論に過ぎないでしょう。」

 

「……その通りです。ですが、信じる価値があると思っています。実際に、貴女自身がそれを認めているではありませんか。」

 

ルイズは、パチュリーがムッとした様な気がした。揚げ足を取られる様なことは言った覚えがないのだから、当然の反応だろう。

 

「……お気づきになれませんか?貴女にお褒め頂いたコモンマジックの教科書は、ミス・ヴァリエールの様になかなか成功に至れない生徒さん達が在ってこそ、あの形に至れたのです。悔し涙を浮かべる彼等の苦悩が、私達教師陣をより深い洞察へと導いてくれたのです。理解していないから失敗するのではなく、失敗を理解するのです。私はこれまで、ずっとそうしてきました。貴女にも同じことができるはずです。」

 

ルイズはもうこの、度を越した話し合いにはついて行きたくなかった。

要するに、大袈裟なのだ。失敗を1回するしないで、人生が変わる筈もない。そういうものもあるだろうが、この場合は所詮、この場限りのものだ。

 

「そんな大層なもんじゃないでしょうに。私を見なさいよ、つい昨日まで失敗しかしたことしかなかったのに、ピンピンしているじゃない。貴女は色々と深く考えすぎなのよ。」

 

「ミス・ヴァリエール、先ほども言いましたがそれは、貴女だから言える事です。失敗は普通、怖いものなのですよ。嫌な思いしかしませんしね。特にミス・ノーレッジの様に高みに登りつめてしまうと、そこから転落するのは文字通りの恐怖となりましょう。ですが……何事も経験です。ここは騙されたと思って、清々しく失敗してみてはどうですか?実際、騙しているようなものですし。」

 

ルイズは溜息をついた。

 

「そうですよ、全く…意地が悪いんだから……ワザと失敗させるなんて。この学校の先生は、本当にどうかしてますよ。」

 

「……耳が痛いですね。元より私がこの授業で教えているのは、失敗を恐れるなという事だけですよ。魔法や技術など、一人きりでいくらでも身につけられるではないですか。ミス・ノーレッジなどはその最たる例でしょうに。それよりも、大切なことがあるのです。」

 

ルイズは、これまでの自分を振り返った。よくよく思い返せば、自分が爆発をさせてショゲていた傍には、両親やミスタ・コルベールの姿があった。

 

ひょっとすると、ミセス・シュブルーズの言う通りに成功など一人でいくらでも出来るのかもしれない。

けれど、初めて失敗する時こそは、誰かがついていてあげないと。それを一人で迎えるなんてのは、悲し過ぎる。

 

………結局、パチュリーはたった1回の失敗でこの無理難題を乗り切ってしまった。

ミセス・シュブルーズが当初言った通りに、的確なアドバイスを与えたからである。さすがは赤土と名乗るだけあって、それは的確なものだった。

 

「さて、皆さん。仰天の魔法を見せてくれたミス・ノーレッジに改めて拍手を。そして皆さんも、彼女の失敗を温かく見守って下さって、どうもありがとうございます。」

 

その様に締め括ったミセス・シュブルーズに対して、ルイズは呆れかえってしまった。

 

ルイズは、パチュリーの失敗を言いふらす不届き者が出る事を心配しているのである。まぁ、その時は決闘でもしてルイズがパチュリーを守ってあげれば……と考えて、その前に相手を灰にしてしまわない様に注意しなければと思い至った。

 

「ねぇ、今ので変なこと言って来る相手がいたらね、私に任せなさいよ?」

 

「ム…」

 

「む?」

 

「ムキュー…」

 

パチュリーは、クルリと目を回して倒れ込んでしまった。

 

ルイズは、そこまでショックだったのかよ、と思い自分も気絶してしまいたくなった。

全く、何て贅沢な苦悩だろうか。これまで、ルイズがどれほどの辛酸を舐めて来たのか、百分の一でいいから味わわせてあげたいくらいだ。

 

だが……まぁ、パチュリーが魔法のエキスパートであるならば、ルイズは失敗のエキスパートである。どうにもシマラナイ自慢だが、これは厳然たる事実だ。

完全無欠に思えたパチュリーにもカワイイ部分があると思えば、これはこれで良いのかと思えた。

 

……これで失敗に対して耐性をつけたパチュリーを想像すると、薄ら寒い思いしかしないのだが。ひょっとすると、ミセス・シュブルーズは、ミスタ・コルベール以上に厄介な事をしてくれたかもしれなかった。

 

だが……今はとりあえず、その不安は傍に退けておくことにした。




いかがでしたでしょうか。

本当は後半だけで良かったのですが、ウンチクが長くなってしまい申し訳ございません。
パチュリーの使う精霊魔法は、陰陽五行思想で運用されています。ですので本来、火金符セントエルモピラーや土水符ノエキアンデリュージュといった一部の持ち技は、相克する組み合わせで上手く扱えない筈です。ゼロの使い魔の四大系統魔法にはこうした設定が無さそうなので、こうすればイケるかなと思い、書いてみた迄です。爆炎とかウィディ・アイシクルとか、よくよく見ると相生の組み合わせなので、ひょっとすると勘違いかもしれませんが……詳しくご存知の方いらっしゃいましたら、教えて頂けると助かります。
魔法を科学するつもりはないのですが、魔法を魔法する分には、世界観の掘り下げになるかなと思った迄です。私の認識不足でしたらすぐに改めます。

パチュリーが38回と2回と答えているのも、無理矢理過ぎたらご指摘ください。ニヤリとして頂ければと思った迄で、他意はありません。

追記
5/19、回数の点で無理があり過ぎましたので、訂正させて頂きました。Soglesさん、どうもありがとうございました。Amfさん、どうもすみませんでした、これからも頑張ります。
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