これは、この星の大異変が終わって、戦争が少しだけ休んでいた頃の話です。
共和国と帝国の二つの大国は力をたくわえ、おたがいに相手の様子をうかがっていました。まだ本気で戦うには準備は足りないけれど、動けるゾイドが少しずつ増えて、その中には人の手を離れた野良ゾイドもたくさんいました。野良ゾイドの中には、人里に下りてきて時々悪さをするのもいましたが、自然の中で思いっきり自由に生きていたゾイドもいました。
季節を取り戻した北の大地に、粉雪が舞い降ります。そして雪がやむと、あたり一面白銀の世界になりました。空気がキラキラとダイヤモンドのように輝きます。風がいたずらをして、
雪原の上を、何かが駆けて来ます。雪の色に溶け込むような真っ白いゾイド。ひたいと背中の
白いゾイドはダイヤモンドの輝きをまとい、雪原をひとりぼっちで走っていきます。
ゾイドがふと立ち止まりました。ぴんっと立てた両耳がぴくぴく動いて、何かをさがしています。
……仲間だ……
白い影が軽く飛び跳ねると、雪原の先のこんもりと茂った森に向かって一直線に走って行きました。
※
「またやられた」
ゴジュラスの背たけよりも高く茂った森の中、粉雪の
人気の絶えた道の途中、いくつもの荷台をつなげたグスタフが停まっています。右の触角と背中のレーダーが曲がって、伸び縮みする殻の間から白い煙を噴き上がっています。兵士はとても困った顔をして、煙の出ているところを見つめていました。
木の枝にふりつもった雪が、時々どさり、と音をたてて落ちていきます。
そのとき兵士は、遠くで誰かが鼻歌を歌いながら近づいて来るのに気付きました。
森の中を、小枝を振って若者が歩ってきます。若者のわきには紫色のワニ型ゾイド。つもった雪をかきわけかきわけ、若者もゾイドも全身雪まみれになりながら、それでも一人と一匹は歩いてきました。
道で停まっているグスタフを見て、若者は声をかけました。
「どうかしましたか」
「あなたこそ。こんな場所をひとりきりで歩いているなんて」
若者は少し驚いたようですが、白い息を吐きながら笑って答えました。
「ひとりきりじゃあありませんよ。ほら、僕にはネプチューンがいる。そうか、知らないうちに緩衝地帯にまで入り込んでいたのですね。
僕は研究が好きで、あちこちを旅しています。どうしたのですかこのグスタフは」
兵士ははずしたサーボモーターに腰かけ、大きなため息をつきました。
「野良ゾイドにやられたのです」
「野良ゾイド? 盗賊とかではなくて」
「盗賊だったら荷物を奪っていくはず。奴はただゾイドを壊したり、コンテナをひっくり返したりして逃げて行くだけなのです」
兵士はそれまでの出来事を話し出しました。
「三か月ばかり前からのことです。どこから来たのかは知りませんが、この森に一匹の野良ゾイドが住みつきました。
最初はコンテナを追い掛けるくらいでしたが、しばらくたつとだんだん大胆になってきました。コンテナをひっくり返すどころか、中身を口にくわえて放り投げ、そのまま森の中に消えて行きます。哨戒中のコマンドウルフに出くわすと、いきなり跳びかかって来て突き飛ばしたり、地下に埋設されたケーブルを掘り起こして食い千切ったりとやりたい放題です」
若者はちょっと面白そうな顔をしました。
「そのゾイドは、どんな奴なのですか」
「今まで見たこともない白いキツネ型で、大きさはウルフと同じぐらい。ひたいと武器だけが金色です。
山狩りをしたいのですが、不用意に帝国軍を刺激できないので捕獲できません。奴はなかなか正体を現さないので“ミラージュフォックス”と呼んでいます」
「
若者はますます嬉しそうな顔をして、森の奥を見つめます。
その時、森の奥からかん高いゾイドの鳴き声が響いていました。
※
森の奥深く、大きな岩の前に白いゾイドが立っていました。
岩の下からちょろちょろと湧きだす赤い水をなんども飲み込み、満足すると首をふってしずくを払います。雪の上に点々と赤い模様が飛び散り、赤い模様の下から、エサをさがして小さな虫型ゾイドがほんの少し顔を出しました。
白いゾイドは、すかさず鋭い前あしのレーザークローで雪のつもった地面ごとすくいあげ、空中でジタバタともがく虫型ゾイドをぱくりっと呑み込みます。バイトファングでバリバリ噛みくだくと、ごくりとのどを鳴らして呑み込みました。
……“ミラージュフォックス”……
空っぽの操縦席のまん中の画面で、誰も見ない文字が画面に映っています。
……幻狐、それがわたしの名……
食事をしながら、白いゾイドは同じことを何度も何度も考えていました。
……さっきの〝グスタフ〟も、わたしから逃げようとした。遊んで欲しくて追いかけたのに、まちがって傷つけてしまった。
中に乗っていた人も怒っていた。手にした銃で、むちゃくちゃにわたしを撃ちまくっていたから。
わたしは戦うこころを持っている。でも何と、何のために戦えばいい……
問いかけに答えてくれる人はいません。幻狐はひとりぼっちでした。
機獣化といって、戦闘用に改造されたゾイドは、人が操縦をしやすいように記憶も書き換えられます。でも幻狐には、なぜかその記憶が抜け落ちていたのです。
誰もいない森に迷い込み、何をしていいのかわからず、幻狐は空を見上げて鳴いていました。
※
ネプチューンがトレーラーにくくりつけられています。コンテナに積もった雪が、荷台がゆれるたびにこぼれていきました。
「助かりました。あなたが修理してくれなければ、あの森の中で凍えるところだった」
運転席で、兵士と若者が話をしています。進む方向が同じだったので、若者は修理のお礼にゾイドごと乗せてもらったのです。
「ところでさっきのキツネ型ゾイドの話なのですが、どんな奴なのですか」
「すばしっこい奴で、動きはコマンドウルフより俊敏。瞬発力もシールドライガーも上回るかもしれません」
「白いゾイドだと、雪の上以外では逆にめだってしまうと思うのですが」
「光学迷彩もできるらしい。ですが不思議なことに、襲撃をした後勝ち誇ったように、わざと自分の姿を晒のです」
「まるで遊んで欲しいみたいですね」
兵士は少し怒っていいました。
「とんでもない。奴のために今まで何度輸送が邪魔されたことか。そのうち必ずやっつけてやります」
兵士は本当に不機嫌そうに言うと、それきり黙ってしまいました。
しばらくして森をぬけると、開けた雪原に囲まれたあまり大きくはない基地が見えてきました。中にはコマンドウルフやシールドライガーがいそがしそうに動いています。若者は、ここが大きさの割にとても大切な基地だということがわかりました。
「運んでくれてありがとうございます」
「あなたも気をつけて」
若者の前を通り過ぎ、グスタフが基地の正門から中に入って行きます。
ひとしきり手を振ると、若者は隣りにいるネプチューンに声をかけました。
「さあ、いま来た道を戻るぞ。幻狐の足あとをさがしてみよう」
若者はすぐ、森の中に戻って行きました。
※
人のいない操縦席のまん中の画面に、幾つものゾイドの絵が映って探し出し、それが〝グスタフ〟という輸送用ゾイドだと知りました。
……仲間だと思ったのに……
森の中で出会ったゾイド目掛け、喜びのあまりとっさに飛びかった時のことです。
グスタフは見たこともない白いキツネ型ゾイドに驚いて急停車。勢い余ってコンテナをひっくり返した幻狐におびえ、機能を停止してしまいました。乗っていた人間は憎しみに満ちた眼で睨み付け、手にした銃で幻狐を撃ってきたのです。
幻狐は悲しくなりました。人間の小さな銃で撃たれても傷ついたりしません。でも、自分はひとりぼっちだということをはっきりと知ってしまったのです。
その時はグスタフを置いて走り去り、森の奥に身を潜めました。雪のように白いからだは、自分でも知らないうちに森の景色にとけこんでいます。するとすぐ近くを、幻狐と同じくらいの大きさの、白と青の犬型ゾイドが探しに来ました。
……“ハウンドソルジャー”……
操縦席の検索画面に、青と白のゾイドの名前が示されました。
……今度こそ、仲間になってくれるかな……
幻狐はからだを起し、その犬型ゾイドに向かって走って行きます。でもその時、幻狐は光学迷彩を切る事を忘れていました。
※
「――掃討に出撃したハウンドソルジャーは、高性能のステルス機能を備えたミラージュフォックスの体当たりによって中破。グスタフに併せ同日中2機目の損害を被る、ですか」
基地で一番大きな建物にある部屋の中、立派な椅子に座った難しそうな顔をした兵士と、たくさんの書類を目の前に積んで読んでいるあの若者が、話していました。
「今我々が持っている資料はこれが全部です。参考になりましたか」
若者は書類を見続けています。「とても参考になります。ありがとうございます」と、顔も上げずに言うと、椅子に座った隊長らしい兵士は、ますます難しそうな顔をしました。
「帝国もここと対峙する前線基地に、再生産された帝国製ゾイドと大量の物資を運びこんでいるとの情報があります。表立って移送できないので、グスタフ便で細々と運んでいるのに、こう毎回の様に襲われてはどうしようもありません。博士は現地を調査してみて何かわかったのですか」
「いいえ、なんにも」
若者はすぐに返事をします。
「ミラージュフォックスが誰の手によって作られたかは、まだわかりません。頭部装甲式コクピットに帝国系の技術も覗えますが、機体フレームはコマンドウルフに準じています。残された足あとを調べて判断すると、ヘルキャットの機能を応用した光学迷彩処理能力はそれを遥かに越え、ステルス性は帝国の24ゾイド以上。これは今までの技術をまとめた、まさに新世代のゾイドなのです」
「それがもし、帝国が開発したゾイドであるとしたら」
隊長は腕組みをしながら言いました。
「確証が無いので追究はできないのだが、これが野良ゾイドの仕業に見せた帝国の戦闘実験だとしたらやっかいだ。その資料の通り、この基地の戦闘ゾイドはやつに全然歯が立たないのだから」
「それもそうですね」
資料から顔を上げた若者が、やっと隊長を見ました。
「でも、僕はどうも違うような気がします。
根拠はありません、直観です。あのゾイドは仲間を求めている、そう、寂しいから、友だちをさがしているように」
「相変わらずのようですな、博士は」
「僕にとってとても興味があるし、軍にとっても正体を見極めたいはず。
そんなわけで、隊長さんにはこの部品を用意して欲しいのです」
若者が広げた設計図の下には、いくつかの部品の名前が書かれています。二人は設計図を見つめると、隊長の案内で部屋から部品を捜すために出て行きました。
※
幻狐は、いつもそうしてきたように、森のふちで光学迷彩で姿を消してうずくまり、基地の様子を見ていました。そして今日こそは、森の中の基地に行って仲間にしてもらおうと考えていました。なぜなら、お腹が空いてどうしようもなくなってしまったからです。
それまでは、森の中にはゾイドのエネルギー源になるもの、つまりゾイドの食料が湧きだしていて、なんとか命をつないでいましたが、あまり効率は良くありません。美味しくないのです。
いたずらをして落としたグスタフのコンテナの中には、時々ゾイド用のエネルギーパックがあって、何度か補給しました。
それは森の中に湧いているエネルギー源とは比べ物にならないくらい美味しいものでした。
でもこの前、森のふちに隠れ、身を潜めて基地の様子をうかがっていたとき、幻狐の高感度マルチイヤーセンサーに、基地で働く整備兵の声が聞こえてきたのです。
「コマンドウルフやシールドライガーの補給がなくなってしまった。どうするんだ、あいつら腹を空かせて動けないぞ」
それは、基地にいる兵士が冗談で言った言葉でした。もちろん幻狐に人の話す言葉を全部はわかりません。でも他のゾイドが空腹で困っているということだけはうっすらとわかりました。
戦闘ゾイドはエネルギーが無くなれば、ゾイドコアを休眠状態にしておけば空腹を覚えることはありません。ただし戦うことはできなくなるので、整備兵たちはそのことを言ったつもりでした。
幻狐は、基地にいる他のゾイドがお腹を空かせてしまってはかわいそうだなと思い、これからはなるべくグスタフを襲わないようにことにしました。そしてどうしてもお腹が空いて仕方がないときは、前に残しておいたエネルギーパックを少しずつ摂取しながらがまんしてきました。
でも、残しておいたエネルギーもほとんど無くなって、コアの熱も弱々しくなっている気がします。
……あの基地に入れば、たらふく美味しいエネルギーが食べられる。そして犬型や狼型のゾイドと仲間になれる。そうすれば、こんなさみしい森の中で生きて行かなくてもいい。ちょっとこわいけど、仲間にしてもらおう……
今まで何度近づいても見つかる事はありませんでした。
……今度もきっと大丈夫。基地のギリギリ近くまで行って、そこで姿を現してうずくまろう。戦う気持ちがないことを示せば、きっと仲間にしてくれるはずだ……
幻狐は勇気をふりしぼって、基地に近づいていきました。
※
「嗅覚探知装置、なにやら怪しげなシステムなのですが」
見上げるコマンドウルフやハウンドソルジャーの鼻先に、不格好なマスクのような機械が取り付けられています。いくつものコードがむき出しになった機械の箱を前に座り込む若者の後ろから、基地の隊長がのぞき込んでいました。
カタカタとせわしくボタンやスイッチを押しながら、若者は説明を始めました。
「レーダー波を拡散させたり、光学迷彩で姿を消したりしても、ゾイドにはそれぞれ独自の匂いがあります。幸い、この基地には嗅覚に優れたハウンドソルジャーも配備されています。ゾイド本来の特性を生かし、その機能を増幅してあのキツネ型ゾイドの匂いを追わせれば、どんなに上手く姿を隠せても匂いまではごまかせません。ここから離れた場所に僕のネプチューンがいて、これから散開していくハウンドソルジャー達の情報を整理しています。もしミラージュフォックスが現れればネプチューンから反応があるはずです」
「都合よく捕まりますかね」
「都合よく捕まらないでしょうね」
若者は口調をそのまま繰り返します。
「ただ、僕はあのゾイドが敵の新型ではないことを証明してやりたいのです。まだうまくいくとは思えませんが、とにかくスイッチを入れてみます」
若者が赤い四角いスイッチを押すと、機械が動き出しました。次々とハウンドソルジャー達が出撃して数分後。たちまち受信機のブザーが鳴り響きました。
「そんな、反応している。この近くにいる、基地のすぐそば、もう森を抜けている」
「基地守備隊は第一種戦闘配置!」
けたたましくサイレンが鳴り響き、基地は緊迫した空気に包まれました。