……見えないはずなのに、なぜ気が付かれたのだろう……
幻狐は、自分が見つかったことを知りました。
足もとにいくつもの鉄砲が撃ち込まれます。でも、直接命中することはありません。そのときはまだ、はっきりと幻狐は見つかっていなかったのです。
……今日はあきらめよう……
幻狐は消音システムで足音を響かせないようにしながら、基地を走り去って行きました。
走りながら考えました。なぜ自分は仲間にいれてもらえないのだろう、いつもひとりぼっちなのだろう、と。
そのとき、森の奥から近づく自分とは違う足音を、幻狐のマルチイヤーセンサーが聞き取りました。基地のゾイドとは違う、もっと小柄で、自分と同じように光学迷彩で姿を消したゾイドを。
……“ヘルキャット”……
幻狐の操縦席の画面に、小型の豹型ゾイドの名前が示されました。
※
帝国の基地では、にらみ合いを続ける森の奥の基地に、野良ゾイドによる襲撃事件が続いていることを知りました。その頃帝国軍では、再生産されたゼネバス帝国製ゾイドを次々とあちこちの基地に送っていました。ヘルキャットもその中の一つで、森の向こうの帝国軍基地に8機も送られてきていました。
ヘルキャットの得意な能力は、敵に気付かれず、そっと襲いかかったり、敵の基地を偵察したりすることです。帝国では、また戦争をはじめる準備をするため、少しでも共和国軍のことを調べておきたかったのと、もしチャンスがあったら少しでも敵のゾイドをやっつけておこうとして、出来上がったばかりのゾイドで出撃したのでした。
もし帝国が共和国のゾイドをやっつけたとわかってしまうと大変なのですが、今は野良ゾイドが暴れていると聞きました。少しでも共和国軍のことを知りたい帝国軍は「絶対にやっつけられると思ったら、戦ってもよい」という命令を受けて、野良ゾイドの騒動に紛れて敵基地を偵察に来たのです。
姿を隠したヘルキャットの前に共和国軍のゾイドが現れます。それは、幻狐を捜しに森に入ってきたコマンドウルフやハウンドソルジャーでした。森の木々の中なら、からだの小さいヘルキャットの方が戦うのに便利です。1機のコマンドウルフがやってきて、ヘルキャットのちょうど正面で止まります。コマンドウルフは追ってきた幻狐とは別のゾイドがいることに気付いたからでした。
ヘルキャットの操縦席では、初めての出撃に興奮した兵士が、照準器のまん中に入ったコマンドウルフを前にして息を荒くしていました。
――これなら絶対にやっつけられる――
命令を思い出した帝国の兵士は、無心に引き金を引きました。
※
幻狐は、自分が隠れていた場所の近くで、大きな爆発が起こるのを聞きました。
……わたしを攻撃した? でも、全然ちがう場所……
気になって、爆発の起こった方向に駆けて行きます。幻狐が駆けつけた時、そこにはお腹を撃ち抜かれて死んでいるコマンドウルフが横たわっていました。
……敵に攻撃された。敵?……
幻狐は、近くの木のうしろから逃げていく小さなゾイドの気配を感じました。
……ヘルキャット、あれが敵……
光学迷彩を解くと、幻狐は、コアが撃ち抜かれてもまだ少し息のあるコマンドウルフに、自分の顔を近づけました。
……大丈夫?……
「見つけたぞ!」
顔を近づけたとき、別のコマンドウルフが幻狐を見つけました。
コマンドウルフはとても怒って、背中の二連装ビームをめちゃくちゃに撃って来ます。
……違う、これはわたしがやったんじゃない……
でも、そんな気持ちが伝わるはずもありません。コマンドウルフが仲間を呼んで、幻狐を追いかけてきます。その中には、大きな青いライオン型ゾイド“シールドライガー”までいました。
……“ストライクレーザークロー”、あれにやられたらひとたまりもない……
幻狐は6本のスモークディスチャージャーを全部使って、命からがらシールドライガーたちから逃げて行きました。
※
「できれば、自分の考えがはずれて、博士の考えが当たって欲しいと思ったのですが、残念です」
隊長は、あまり残念そうな顔をしないで言いました。
「コマンドウルフは完全に破壊されました。その上乗っていた兵士も大けがを負って意識を失い、ここから少し離れた場所の病院で絶対安静の治療中です。もはや一刻の猶予もありません。全軍を上げてミラージュフォックスを包囲し撃破します。博士の作ってくれた嗅覚探知装置が役に立ちます。感謝します」
若者はあいかわらず隊長の顔も見ないで、壊されたコマンドウルフの写真を見つめていました。
「変じゃないですか、この壊され方。何度か撮影されたミラージュフォックスの機体には、切断タイプの武器が映っていましたが、ビーム砲のような光学兵器は装備されていませんでした。このコマンドウルフの焼け焦げ方は、ビーム砲によるものです。それも焼け跡が大きいから、一度に何発も命中したはず。これはミラージュフォックスの仕業ではありません」
「武器を隠し持っていただけだ。得体の知れないゾイドなのだから、あたりまえだろう。心配はない、できることなら捕まえて、博士に研究してもらおう。できることならな」
そう言って、隊長は大きな音を立ててドアを閉めて出て行ってしまいました。
「幻狐、お前は今どこにいるんだ。なんとかお前が攻撃したのではない証拠をさがさないと」
若者はさっきの隊長の言葉を思い出しました。
「今コマンドウルフの操縦者は病院と言っていた。その人なら何かわかるかもしれない。行ってみよう」
若者は写真を置くとすぐさま外に出て行きました。
外にはたくさんのゾイドが殺気立っていました。どのゾイドも、ミラージュフォックスをやっつけようとして準備をしているのです。
若者は余計な荷物を投げ捨て、ネプチューンにまたがりました。
「待っていろよ幻狐」
ネプチューンは全速力で森を抜け、病院へと向かって行きました。
※
……まだ敵がいる。それも何匹も……
森の中、姿を隠した幻狐は身構えます。3Dレーダーには、ぼんやりといくつもの小型ゾイドの影をみつけていました。
……ヘルキャットをやっつければ、コマンドウルフやハウンドソルジャーやシールドライガーが仲間にしてくれるかもしれない。そうだ、それが戦う理由かもしれない。戦おう、仲間になるために……
幻狐は、敵をやっつける狩人に変わったのでした。
何もない場所から突然金属の塊が飛び出します。それはまっぷたつに切り裂かれたヘルキャットの残骸でした。
……一匹目……
幻狐のステルス性能は、ヘルキャットのそれより優秀です。自分以上に姿を隠すのが得意なゾイドの襲撃に、最初ヘルキャットたちは何が起きたかわかりませんでした。
もう1機が、頭を切られて姿を現します。兵士が操縦席から慌てて逃げ出すと、そのすぐあと爆発してしまいました。
……二匹目……
ようやくヘルキャットたちは、自分たちよりも上手く姿を隠せるゾイドが襲ってきたことがわかりました。3Dレーダーアンテナの能力をめいっぱい上げて、耳をひそめるようにもの音をさぐります。でも、仲間がいるのでどれが幻狐の音かさがしにくくなっていました。
……三匹目……
また1機、今度は右うしろ足を喰いちぎられて倒れました。それまで幻狐は背中のウィングブレードで戦っていたのですが、初めてエレクトロンバイトファングを使って倒したのです。
……こんな武器を持っていたのか。いろいろ試して、仲間になった時自慢しよう……
続いてまた1機、ヘルキャットが倒れました。網の様なものに絡まっています。幻狐のしっぽから発射された、AZ70mm内蔵型電磁ネット砲が、ヘルキャットの動きを止めたのです。
……四匹目……
2機のヘルキャットが姿を現します。センサーをたよって走っていたので、姿を消したままの味方同士でぶつかってしまったのです。幻狐は見逃しませんでした。
……五匹目、六匹目……
2機のヘルキャットが、ウィングブレードでいっしょに切られてやられてしまいました。
幻狐は、森の中を走って行くヘルキャットを見つけました。姿を消していません。とてもかなわないと思い、光学迷彩をやめて逃げようとしたのです。
……逃がさない……
幻狐も姿を現しました。白いからだは、森の中で宝石の様に輝きます。木漏れ日をキラキラと反射しながら、幻狐はたちまちヘルキャットに追いつきました。
……絶対逃がさない……
右前足の光る爪が振り下ろされた瞬間、ヘルキャットはからだのまん中からへし折られ、空中に飛び散って行きました。
姿を現した幻狐は、周りをセンサーでさぐりました。
……七匹目。あれ、もう一匹いたと思ったけれど気のせい? それとも逃げたの……
でもこれで、あのコマンドウルフの仕返しをすることができました。きっと、仲間にいれてくれる。幻狐はヘルキャットの残骸が落ちていることを知らせようと、基地に向かって走って行きました。
基地の前には、大きな大きな大砲を背負ったコマンドウルフ、ハウンドソルジャー、そしてシールドライガーが待っていました。
……コマンドウルフAC、ハイパービームガン装備ハウンドソルジャー、シールドライガーDCS……
幻狐は、最初自分のことを仲間として歓迎するために、そんな重そうな大砲を積んでいるのかと思いました。でも、大砲は幻狐のいる方に向かって撃ち込まれてきました。
……まだ、仲間に入れてもらえないの……
幻狐は光学迷彩で姿を消し、森の中に逃げようとします。でも、砲弾の嵐は正確に幻狐を狙って飛んできました。
……痛い……
みると、右のマルチイヤーセンサーが吹き飛んでいました。右耳を失った幻狐に、今度はシールドライガーDCSのダブルキャノンが命中します。
……痛い!……
左後ろ足が吹き飛んで、光学迷彩が解けてしまいました。右の後ろ足を引き摺りながら、幻狐はそれでも森に逃げ込もうとします。
……痛くて走りづらい……
基地の中から、ひときわ大きな大砲を背負った、小さな亀形ゾイドが現れました。対城塞720㎜ビームキャノンを背負ったバスタートータスです。後ろを振り返る事もできない幻狐の背中を、バスタートータスの照準がしっかりと狙いをつけていました。
※
「攻撃を待ってください! コマンドウルフを操縦していた兵士が意識を取り戻しました。そしてはっきりと言いました、『ウルフを撃ったのはミラージュフォックスではない。あいつは助けようと近づいてきただけだ』と」
隊長がいる基地の司令部に、息を切らせて若者が跳びこんできました。
「それにこの基地に戻る途中、鋭い刃物のような武器で切断された、何機ものヘルキャットの残骸を見つけました。この基地を守るため、ミラージュフォックスがあの背中の武器で戦ってくれたのです。あいつは敵ではありません」
隊長は立ち上がり、目の前のマイクに叫びました。
「攻撃を中止しろ、ミラージュフォックスを殺すな!」
※
いましも森の中に入り込もうとしている幻狐のセンサーが、森の中で光学迷彩で身を隠し、四つの銃を構えているヘルキャットを見つけました。その先には、重々しく大砲を背負って動くカノントータスがいます。
……このままでは、あのゾイドがやられてしまう……
幻狐は向きを変え、背中のウェポンラックのウィングブレードを展開し、攻撃寸前のヘルキャットを切断しました。そしてその時、幻狐の横っ腹は、バスタートータスの照準のどまん中に入っていました。
太い光の弾丸が、幻狐のゾイドコアをつらぬきました。
幻狐はばたりと倒れました。何機ものゾイドがかけより、ぐったりとしている幻狐に目を落としました。
「これは……」
ゾイドに乗った兵士達は、森の中でまっぷたつになってやられたヘルキャットの残骸に気が付きました。
少し遅れて、紫色の小さなゾイドがかけより、乗っていた若者が幻狐の顔に近づいて言いました。
「幻狐、お前だったんだよな、敵をやっつけてくれたのは」
幻狐は、頭を小さくゆらしてうなずきました。
青い煙が、バスタートータスのビームキャノンから細く出ていました。
※
数日後、髪飾りで髪を束ねた女の人が、オルディオスという珍しいゾイドに乗って基地を訪ねて来ました。オルディオスは翼が壊れていて空を飛ぶことができないようでした。コクピットから降りると、女の人は基地の兵士に聞きました。
「この基地に、ネプチューンを連れた人が来ませんでしたか」
「その人だったら少し前に旅立ちました」
兵士たちは教えてあげました。
「ヘルキャットの襲撃は、旧ゼネバス帝国の生き残りの事件として処理されました。共和国軍でも、ミラージュフォックスのテクノロジーを調べたいので、おたがいにうやむやにしたほうが都合がよかったからです。でも博士はとても不機嫌そうでしたよ」
「そうですか。それでどこへ行くと言っていましたか」
兵士たちは少しの間話し合っていました。
「確か、破壊されたミラージュフォックスを調べて、なんとか別の方法で蘇らせたいと言っていました。きっと研究の為にヘリックシティーに戻ったのではないでしょうか」
女の人は大きなため息をつきました。
「わかりました。噂を聞いてヘリックシティーからやって来たのに、また行き違いになってしまいました。あの人はいつも自由に旅をしているから、なかなか会えません。困ったものです」
女の人は行先を教えてもらったお礼を言うと、オルディオスに乗って若者を追いかけて行きました。
おわり