スレイン法国は混乱の最中へと叩き込まれていた。
始まりは土の神殿から起こった大爆発。轟音が響き、荒れ狂う熱と衝撃波が神殿のみにとどまらず周囲数十メートルを更地へと変貌させた。
その直後、
全長はおよそ二十メートル。翼や鱗は見当たらず、闇の塊のような光沢の無い漆黒の体躯に爛々と不吉な赤い双眸が輝くその黒竜は一切の異能を使わずに、強靭な四肢や短剣の刃と見紛うほど鋭利な牙の覗く顎門、体躯の三分の一を占める尾を用いた原始的な暴力による蹂躙を開始した。
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「まずは、民の保護を優先しろ!火滅聖典は漆黒聖典の準備が整うまで黒竜を抑えよ!」
六色聖典のまとめ役である土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンの声が響く。何の前触れも無く、突如爆発と共に現れた黒竜へ対処すべく声を張り上げて指示を出す。
叡者の額冠を奪って逃走した裏切り者の捜索と王国への工作によって、六色聖典の内二つが不在という状況の中に出現した脅威は短時間で周囲を瓦礫の山へと変えていた。
黒竜が現れた土の神殿は一般市民の居住地域とは離れた場所に建てられているが、雷鳴のごとく轟く咆哮だけでもパニックに陥った市民の間で既に怪我人が続出している。その為、魔法で壁を創り出して神殿のあった区画を隔離し、神官を何人か説明と治療の為に市民の下へ派遣した。
現在黒竜は火滅聖典にやって抑えられているが、魔法のかかった鎧さえ容易く破壊する力に第三位階魔法すら通じない頑強さによって、既に何人もの死亡者が発生している。もはや何時全滅してもおかしく無いほど
「ええい、漆黒聖典はまだなのか⁉︎」
指示を出し終えて元漆黒聖典第三席次として火滅聖典の援護に入ったレイモンの口から思わずそんな悪態が溢れる。六大神が遺した装備は、普段厳重に保管されている為、漆黒聖典が装備を整えるには時間が必要なのだ。
「漆黒聖典、只今到着致しました!」
と、その悪態を神が聞き届けたかのように救いの声が戦いの喧騒の中で耳に滑り込む。
レイモンは再び声を張り上げて指示を飛ばす。
「我々は撤退だ!漆黒聖典へと交代しろ!」
指示と共に黒竜へと最大限の攻撃魔法を放ち、足止めとする。火滅聖典も同じように離れたところで、第五席次“一人師団”クアイエッセ・ハゼイア・クインティアが呼び出した二体のギガントバジリスクに無数のクリムゾンオウルを使役して包囲する。完了するやいなや漆黒聖典第一席次が鎧に見合わぬ見すぼらしい槍でもって黒竜へと斬りかかる。
「ハァッ!」
『GuuuuUUUUU !⁉︎』
目で追えぬ神速の一撃を受けた黒竜が呻く。反撃に咆哮を響かせて火滅聖典の隊員を、纏う鎧の上から不揃いに輪切りにする程に鋭利な爪の生えた豪腕を振るう。しかし、その豪腕は虚しく空を切り、石畳を粉砕するに留まる。
直後、二撃、三撃と続けて叩き込まれた槍のダメージに先程よりも大きな咆哮をあげる。
『GuoooOOOO!!!!』
「ぐぅっ!」
苛立つように滅茶苦茶に振り回された両腕を躱して、一旦下がる。
一見すれば第一席次が優勢であり、事実そうなのだが、状況は少々厳しいと言えるだろう。
振るわれた腕が至近距離を通る度に体勢を崩しかねない程の風圧が発生する膂力に、宙を飛ぶクリムゾンオウルを回避を許さず数羽まとめて引き裂く巨体に反した速度。そして第一席次が最も厄介と捉えるのは、その防御力。
今も、人類の限界を超えた第六位階魔法が複数直撃したというのに、その漆黒の体には傷一つ無い。さらに当然、モンスターらしい底無しの体力まで持ち合わせているとなれば、第一席次であっても長引けば
そこまで考えた第一席次は、念には念とこの戦場へ来ていたカイレに視線を向ける。意図を察したカイレが頷いて至宝を使う準備を始めたことを確認して、再び黒竜に攻撃を開始する。
第一席次の攻撃により生じた隙をついて鎖が襲う。放ったのは第七席次“神領縛鎖”エドガール・ククフ・ボーマルシェ。意思を持つかのように蠢いて黒竜を縛り上げた鎖はしかし、常識外の膂力により儚い金属音を奏でて砕け散り、地面へぶち撒けられる。
『GuOOOOO !!』
不気味に光る赤い眼球が鎖を放った下手人へ向けられる。その圧倒的な迫力と威圧感に思わず臆して後ずさるエドガールに黒竜が巨躯と尋常ならざる身体能力でもって僅か三歩で距離を詰め、巨大な顎門で食い千切らんと飛びかかる。
「くっ⁉︎」
虚を突かれた第一席次が走り出すも既に遅く、クアイエッセがギガントバジリスクを差し向けるも容易くグロテスクなオブジェへと変えられる。
手を伸ばせば届くほどの距離にまで近づいた黒竜に、せめて手傷でも、と短剣を構えたエドガールの前に一つの影が躍り出る。
「ヌゥゥッ!!」
第ハ席次“巨盾万壁”セドランが異名の由来となった鏡のような大盾を構えて黒竜の突進に立ち塞がる。見開かれた眼球は真っ赤に充血し、屈強な腕には太い血管が浮かび上がる。凄まじいまでの衝撃に血を吐きながらも地面を踏み砕くほどに踏ん張るが、しかし黒竜相手では渾身の力を込めてさえ、今にも突破されてしまいそうなほど押し込まれていく。それでも、黒竜の動きを一時的でも止めることに成功した。
「カイレ様ァ!」
第一席次が声を張り上げる。その声を受け、法国の至宝ケイ・セケ・コゥクの力が解放される。その力により、暴風の如く暴れまわった黒竜は沈黙して、凪へと落ち着いた。
その様子に支配が成功したことを確認し、場に安堵の空気が流れる。
「……なんとも、恐ろしい相手であったな」
「はい。これほどの力の竜となると───」
「ああ、まず間違いなく
レイモンと第一席次が言葉を交わす。今回の黒竜は力こそ第一席次に及ばない様子だったが強力なモンスターということには変わりなく、討伐するまでに少なくない被害が出たことが予想される。本来破滅の竜王に使う予定だったケイ・セケ・コゥクをその配下に使うことになったが、支配された者が死ねば再び使うことが出来るため、それ自体は問題無い。
しかし、竜王直属の配下を戦力として手に入れることが出来たことは僥倖だったが、その強さから竜王自身の力が相当なものだと分かり、二人は今後のことに頭を悩ませた。
人類の為に弱味を人ならざる者達──特にエルフの王国や、竜王国を襲うビーストマン、そして竜王のいるアーグランド評議国──に悟らせる訳にはいかない。
政治にも関わる神官長のレイモンは想像される激務に覚悟を決めるのだった。
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「コレは……厄介なことになった」
ナザリック地下大墳墓第九階層の一室。部屋の主の格を表すかのように煌びやかな装飾が実用性と調和したその部屋で、眷属と共有した視界を右眼で確認しつつ、残る左眼で上がってきた報告の記された書類を整理していたザッハークが起伏の無い平坦な声音でポツリと呟く。
『漆黒聖典』というらしい部隊の中に混じっていた一人の老婆が力を行使した直後、眷属との繋がりが強制的に断たれた。ザッハークの知識においてそれが意味するところは、精神支配によって命令権が奪われたということ。
ザッハークが眷属に付与した耐性には精神干渉無効があり、眷属自体も同じ耐性を持つ〈
そしてそれが出来るものをザッハークは一つだけ知っている。
「
ユグドラシルにおいて、
その中の一つ、世界級アイテムの持つ完全耐性すら突破し、同じ世界級アイテムを持つか、
更に、漆黒聖典の中で抜きん出た実力の男が持っていた見すぼらしい槍。
モデルとなったものが一兵卒の所持品であるためか、見すぼらしい外見をしたその槍の名は
ナザリックの現状として、デミウルゴス、アルベド、パンドラズ・アクターの三人を中心として回している。逆に言えば、この三人がいなくなるだけでナザリックは活動を大幅に抑制される。ザッハークも不眠不休で働けば三人分の働きを補うことは出来るが、能率の大幅な低下はどう足掻いても避けられない。
もしもの場合に備えて外に出るNPCには世界級アイテムを持たせる必要が出てくるが、奪われる危険性を考慮に入れて高レベルに限られてくる。それらだけであればまだ良い。精神支配の方は不明だが、
しかも、ナザリック地下大墳墓はザッハークがサービス終了の知らせにより手放されたもの等を集めたことで六割の世界級アイテムを保有する。それ故、只
問題は世界級アイテムの存在と漆黒聖典のとても機能的には見えない外見をした装備から導き出される他プレイヤーの存在。
漆黒聖典自体は間違いなくプレイヤーではない。使用した魔法が第六位階で、しかも通じなかったことに驚愕していたり、60Lvの中位眷属程度に槍の男以外ダメージが与えられなかったりと、レベルは低い。直に見た訳ではないとは言え、明らかに装備に対して所有者が釣り合っていない。
プレイヤーの存在自体は、ユグドラシルのサービス終了時にログインしていたことで転移した以上その可能性は高いと踏んでいたが、実際に転移していたという証明が出てくれば、面倒にも程があると軽く嘆息してしまう。
アインズ・ウール・ゴウンというギルドは敵が多い。
鉱山の独占や
ザッハークとてそれを承知しているからこそ、個人的に恨まれる要因を作らないよう常に気を払っていた。例えば、ザッハークが取得した七つの隠し職業。相当な性能を誇るそれらは、プログラマーであったザッハークが、ユグドラシルの制作に関わった際に余ったリソースを使って暇つぶしで入れて運営に採用されたという経緯を持つ。取得条件を隠して存在をネットで示唆し、暫く経っても発見されなかったために『早く見つけなければ私が取る』と焦らせた。
結局、誰も見つけられなかった為に有言実行と自分で取得したザッハークだが、『見つけられなかった方が悪い』という理屈のみでは納得出来ないのが人間だと理解している為、隠し職業については最低限必要な物のみを条件は分からないが気づいたら取得していた、とギルメンに教えてそれ以外は誰にも明かさなかった上、能力を一部隠してもいた。
しかしユグドラシルのサービス終了前の数日、手放される物以外の世界級アイテムを集める為に、所持しているプレイヤーを法には触れないが人に言えない方法で探して奪い取り、サービスが終了するまでの時間で取り戻せない程度にレベルダウンさせるということを何度となく行なっていた。もちろん通常時の鎧姿ではなく、魔法詠唱者の格好で行った為ナザリックとの関係は悟られていない筈だが、敵が出来たことには変わらない。
他にも、転移したのはユグドラシルのプレイヤーに限るのか、漆黒聖典の装備やこの世界の伝承から導き出される転移時間のズレは何なのか、等と疑問は尽きないが、それらは一旦置いておく。
まずは情報の共有を行うべき、と優先順位をまとめたザッハークは、右手首に巻いた腕時計に表示されている時間から、モモンガ達が既に村での騒動が終わって帰還していると判断し、《
漆黒聖典の描写の薄さは許してください。情報が殆ど出ていないので書けなかったんです。
レイヴナント【Ravenant】
異形種
異名:麗しき亡霊姫
属性:邪悪(カルマ値:−300)
役職:ナザリック地下大墳墓領域守護者
住居:ナザリック地下大墳墓第六階層亡霊の
身長:160cm(※膝から下が無く、浮いているため推定値)
種族
職業
フジュツシ───10Lv
フゲキシ───10Lv
天仙───5Lv、など
種族レベル30+職業レベル70=100
キャラクター設定
ゴースト系魔法詠唱者。精神系魔法の使い手。直接攻撃より搦め手が得意。
容姿は首から上と手以外肌の露出が無い巫女服に似たシルエットの和風ドレスを着用した20代ほどの美しい女性。黒髪を姫カットにしており、後ろ髪は膝下までの長さ。ゴーストなので膝から下が無く、半透明で浮遊状態。
名前の由来は幽霊という意味の言葉『レヴナント』。
清楚な見た目と丁寧な言葉遣いに反して悪霊のため、普通に邪悪。しかし、人間は道端のアリ程度の認識なので敵対しなければ危険度は低め。
『亡霊の社』
レイヴナントの守護領域。生温い霧に包まれた古びた神社の様相を呈している。ゴースト系のモンスターが配置されており、1500人侵攻の際はタブラと共に考えた演出で足を踏み入れた者にトラウマを与えた。
長くなるので切りましたが、次で一章のエピローグです。
感想や誤字報告お待ちしています。