ただただベタベタの戦時中青春モノです。
潮の他には、木曾さんが出る予定です。
小さい頃の記憶を辿ってみることはないだろうか。自分が覚えている一番古い記憶ってのは、きっと人それぞれ違う。幼稚園に入る前の自分がどこに旅行に行ったのかを覚えているやつもいれば、すでに小学校に入学したあとの記憶しかないヤツもいるはずだ。
俺は、古い記憶を辿って行くと、必ず最後に、幼馴染との会話に行き着く。
それが何歳の頃のことなのかはよく覚えてない。その時の俺と幼馴染は一緒におやつのショートケーキを食っていて、二人とも口周りをホイップクリームで真っ白に汚しながら、笑顔で話をしていた。
『ねえねえせーちゃん』
『んー? うしおちゃんどうしたの?』
『せーちゃんは、おおきくなったらなにになりたいの?』
俺は甘いモノが好きだった。特にいちごショートが大好きだった。甘酸っぱいいちごと甘いホイップクリーム、そしてふかふかで柔らかいスポンジが大好きだった。だからあの時の俺の夢は、ケーキ屋さんだった。
『おれはね! おおきくなったらケーキやさんになる!!』
『そっか。せーちゃんはケーキだいすきだもんね』
『うしおちゃんは?』
『わたしはね……』
あの時、幼馴染がどう答えたのかはよく覚えていない。きっとその時の俺は、そいつとの会話よりも、目の前のいちごショートを堪能することの方に、一生懸命だったんだろう。
これが、俺が覚えている一番古い記憶だ。何歳だったのかは分からないが、その時にケーキやさんになりたいと言っていたクソガキも、今はもう立派な高校1年生だ。
「なー、うしおー」
「ん?」
あの時、俺に将来の夢を聞いてきた幼馴染のうしおは、今も俺と共にいる。あのまま一緒の学校に通い、同じ高校を受験して、今もこうして一緒に登校することが多い。
「一緒にいちごショート食ったときのこと、覚えてる?」
「え……でもせーちゃんと一緒にケーキ食べたのって何回もあるよ……?」
「確かにそうだなぁ……」
言われてみれば……俺とうしおは幼馴染なんだから、そらぁ一緒におやつを食べた回数なんてそれこそ数えきれないほどあるよなぁ……と言われてはじめて気付いた。うしおは俺の隣で伏し目がちにこちらの様子を伺っている。なんだか怒られるのを怖がってる子犬みたいな、こいつ特有のちょっと怯えたようにこっちを見る目だ。
「……んじゃさ」
「う、うん?」
「お前さ、おっきくなったら何になりたいかーって話をしたの覚えてる?」
「ひゃい!?」
なんだ? そんなに驚くような質問だったか?
「な、なんで突然そんなこと聞くの!?」
「いや大した理由はないんだけどさ。なんかそんなこと言い合った記憶があるなーって思って」
さて、あの時のうしおは何と答えたのか。それが思い出せない俺は、どうも先日から気持ちが悪い。ここは直接本人に聞いてみるのが一番だ。その張本人は、俺の隣でガタガタ震えてはいるが……。
「んでさ」
「な、なに?」
「その時お前、何て言ってたんだっけ?」
「へ!?」
俺の他愛ない質問に対し、今度は大げさにビクッと身体を波打たせ、手に持つバッグを地面に落とすという相当大げさな反応をしたうしお。なんか分からんけど、顔が真っ赤っかだ。こいつは些細なことでいちいち赤面するから見慣れてるっちゃー見慣れてるんだけど、流石に気になるな……。
「あの……俺、なんか変なこと聞いたか?」
「え!? いや、あの……そんなことない……けど……!?」
質問内容は決して物騒なものではないはずなんだけど……なんだかすごく卑猥なことを聞いて幼馴染にセクハラを働いている気がする……。
きっとそれは、うしおが今にも号泣しそうな涙目で、顔を真っ赤っかにし、地面に落ちたバッグを拾うのも忘れて、俺から後ずさりしてるからだろう。しかも自分の二の腕を掴んでるから、自分の胸を俺から守っているようにも見える。
「せ……せーちゃん……」
涙目で真っ赤っかな顔の女の子が、俺から後ずさりするこの光景。かなりまずいのではないだろうか……俺の深層心理が、この光景はヤバいとアラートを鳴らし始めた。事情を知らないヤツが見たら、きっと俺がいたいけな少女に無理矢理言い寄っているように見えるだろう。
「と、とりあえずさ……」
「ガクガクブルブル……」
「そういう反応はやめてくれるか……誤解を招きかねん……」
「え……だって……だってせーちゃんが……ッ!!」
失礼なっ……それじゃまるで俺がうしおに粗相を働いたみたいじゃないかっ! と怒鳴り散らしたい気持ちをグッとこらえる。こいつは気が弱い。俺が大声を出してしまえばそれだけでこいつは萎縮してしまうだろう。そうなったら、傍から見た時のヤバさに拍車がかかってしまう。自分の身を守るためにも、なんとかうしおを落ち着かせないと……!!
「分かったよ! 分かった聞かない! 聞かないから機嫌なおしてくれ!」
「ほ、ホントに? ガクガクブルブル……」
相変わらずうしおの足元に放置されたままの不憫なかばんをひろってやり、それをうしおに差し出してやる。そんな俺の手を、疑り深そうにじーっと見つめるうしおの目は、怯えきっていた。
「聞かない。聞かないから」
「ホントに? ホントに聞かない?」
小さい頃の夢を聞いただけでこんなに怯えられるってどうなのよ……。無駄に俺の心に罪悪感が広がっていく。
うしおは何か文句を言いだけな涙目で俺の顔をジッと見た後、俺の手から自分のかばんをサッと取り返していた。
「ほら行くぞ。遅刻しちゃう」
「……うん」
少しは機嫌を直してくれたようで一安心だ。俺はポケットからハンカチを取り出し、それをうしおに渡した。
「……ほら」
「ん……ありがと」
俺からハンカチを受け取ったうしおは、それで目に溜まった涙を拭いているようだ。これで大丈夫だろう。俺はそのままうしおに背中を向け、学校に向けて歩き始める。不思議とこいつはおれより先を歩かない。逆に言えば、俺が先に歩けば、うしおは勝手に付いてくる。
俺の背後から、とことこという小走りの足音が聞こえてきた。うしおがついてきたようだ。うしおはそのまま俺の左隣にやってきた。その手に、かばんと俺のハンカチを持って。
「えっと……ありがと。洗って返すね」
「いいよそこまでしなくても」
小さい頃からの習慣だからな。いつも一緒にいるどっかの幼馴染がいつ泣き出してもいいように。
「……うん。あ、でも、もうちょっと借りる」
「あいよ」
まだ涙が止まらないのか、うしおは俺のハンカチで時々自分の涙を拭きとっているようだ。そんなにショックだったのか俺の質問は……。
俺の左隣のうしおを見る。いつの間にかうしおも成長した。小さい頃は俺とそう変わらない背格好だったはずだが、今となっては背は俺の肩ぐらいに小さくなっている。いつの間にか胸だって大きくなって、クラスじゃ『地味だけどおっぱい大きい』とか陰で言われてる。こいつの耳には届いてないみたいで一安心だが。
「確かせーちゃんはあの時、ケーキ屋さんになりたいって言ってたよね」
「よく覚えてんな」
「えへへ」
その話をむし返すか……とは思ったものの、うしお本人から振ってくるなら特に問題はないはずだ。そのまま話を続けることにする。
自分が何を言ったのかは覚えていても、相手が何を言ったのかを覚えてない俺に比べて、うしおは俺の答えをしっかり覚えてたってのはちょっとびっくりだった。
まぁあれだ。こいつは割と暗記物の勉強も得意だったりするし、小さい頃から俺とは脳の構造が違ってるんだろう。俺は素直に、今俺の隣で恥ずかしそうにはにかみながら、自分のほっぺたをポリポリとかく、うしおのことをすごいと思った。
「……せーちゃん」
「んー?」
うしおが俺の顔を覗き込んで俺を呼んだ。今となっては、俺を『聖ちゃん』と呼ぶのはうしおだけだ。親も親戚もこいつの親もじいちゃんばあちゃんも、今では俺のことを『聖一』と呼び捨てにする。
「ホントに覚えてない?」
何だと思ったらその話か……
「んー……うしおと一緒にケーキ食べてるのは覚えてるんだけど……」
「そっか……」
俺の答えはちょっと残念な結果だったようだ。涙目は変わらないが、残念そうに下唇を少し噛んだうしおは、そのまま俺から視線を外して前を向いた。……いやそれだと語弊がある。少しだけ俯いていた。
「せーちゃんの夢は変わってないよね」
「少しだけ軌道修正したけどな」
俺の将来の夢は、ケーキ屋さんから料理人に変わった。高校を卒業したら、俺は調理師学校に行くつもりだ。すぐにどこかの店に修行に入ってもいいんだが、それよりは基礎を身につけてから店に入ったほうがいいと担任に言われ、俺は進路を就職から調理師学校への進学に変更した。そのことはうしおもよく知っている。一時期その話をよくしたからな。
「……私の夢も、変わってないよ?」
「そっか」
「うん」
うーん……こいつが何を考えているのかよくわかんないなぁ……思い出して欲しいのかそうじゃないのか……。
なんだか微妙な気持ちを抱えたまま登校する。もう一度、思い出してみようかな。このままだと、うしおにも悪い気がするし……。
ちなみにハンカチを返してくれたのは、次の日の朝のことだった。やらなくていいって言ったのに、きちんと洗濯して、アイロンまでかけてくれていた。