一応2017/5/5に上げた中では一番シリアスな予定です。
独自解釈なんかも結構出てきます。
物語の中核が時代劇になるので、作者は現在、及び腰です。
先日、長谷川率いる相模大野鎮守府に、川内型軽巡洋艦のニ番艦、神通が着任した。
「……軽巡洋艦、神通です。どうかよろしくお願いいたします」
同じく川内型一番艦の川内に連れられ、執務室に挨拶にやってきた神通の姿を見た時、提督の長谷川は、その神通の姿に違和感しか感じなかった。
「……」
「……?」
「提督? どうしたの?」
「……あ、いや。……確認するが、お前は神通なんだよな?」
「……はい」
間抜けな確認だと思いながらも、長谷川はこう問い正さずにはいられなかった。今、川内と共に目の前に立つ『神通』と名乗る少女は、艦娘というには、どうにもおかしな格好をしていたからだ。
まず、艦娘であるはずの目の前の『神通』は、艤装を装備していなかった。魚雷や単装砲、探照灯といった、およそ艤装と思しき一式をまったく装備していない状況で、川内たちの前でドロップしたと聞いた。
「いや、ドロップしたってよりは、合流したって感じだったんだけどね」
「ドロップじゃなかったのか?」
「今回の作戦行動が終わった時にさ。少し離れたところから私たちのところに近づいてきて、『私もみなさんと一緒に戦わせて下さい』って言われて」
「そんな報告聞いてないぞ?」
「だって、通信は簡潔かつ明瞭にでしょ? だったらとりあえず神通が仲間になったことを伝えて、あとでじっくり腰を据えて話そうかなって思って」
「んー……まぁ間違いではないけれど……」
そしてさらに異彩を放っているのが、魚雷発射管の代わりに身に着けている、一振りの日本刀だった。
「神通、それは?」
「これですか?」
「ああ」
「……刀です」
『神通』は、腰の刀の柄に左手を置いた。その顔には、自慢の装備に注目されたことによる喜びはなく、かといって、触れられたくないものに触れられた憤りもない。ただ、静かに澄んだ瞳で、長谷川をジッと見つめていた。
否応無しに、長谷川の目を奪う日本刀。パッと見ではよくわからなかったが、長谷川が知る日本刀とは、どうにも様相が異なるようだ。長谷川がよく知る日本刀は、柄の部分に紐が巻きつけられ、下地がひし形の模様になって見えている物が多かった。だから、日本刀の柄には、ひし形の模様がついているということは、長谷川にとっては至極当たり前のことだった。
だが、目の前の『神通』が言うところの日本刀には、そのような模様はなかった。使い込まれたこげ茶色の汚れは少々あるが、純白の、凸凹した模様のある地肌が剥き出しで、柄と刀身を固定してあると思われる、くすんだ金色の装飾具が打ち込まれている柄だ。およそ長谷川が、日本刀の類のものとしては見たことのないものだった。
「……」
「……ん」
自分がジッと凝視されていることに居心地の悪さを感じたのか、『神通』はバツの悪い表情を浮かべ、頬を少しだけ紅潮させて、長谷川から視線をそらす。その『神通』の様子に気が付かない長谷川ではないが、それも気にせず、神通の日本刀を凝視しつづけた。
長谷川が感じた違和感は他にもある。長谷川が知っている日本刀の身につけ方は、刀の反りを上に向け、着物の帯に直接差すやり方だ。歴史にはとんと疎い長谷川だったが、幼いころは、祖父の付き合いでよく時代劇を見ていた。劇中の侍たちは、みんなそんな風に刀を身に着けていた。
だが、目の前の『神通』は違う。『神通』は、日本刀の反りを下方向にし、鞘に取り付けられたベルトのような部分に紐を通して、それで腰に刀をぶら下げている。全体的に見ると、どうということのない見た目なのだが、細かい部分に違和感を感じずにはいられなかった。
「……」
「……あの」
「ねー提督!」
「……ぁあ、なんだ川内?」
「そろそろいいかな? 神通をみんなに紹介したいし、鎮守府を案内したいし」
しびれを切らした川内にそう言い寄られ、ハッと我に返った長谷川は、それ以上の追求をやめることにした。確かに『川内型軽巡洋艦二番艦・神通』としては疑問を感じずにはいられない『神通』だが、それでも新しい仲間であることに変わりはないはずだ。
「……すまない。ようこそ我が鎮守府へ。我々は貴君の合流を歓迎する」
「ありがとうございます」
そういい、長谷川は神通に右手を差し出し、『神通』もその手を取って握手した。『神通』の手は、年頃の女の子の例に漏れず、温かく、小さな手だった。
「んじゃいこっか神通! まずはみんなに紹介するねー!!」
「は、はい……」
「そのあとは鎮守府を案内するから! お姉さんにまかせてー!!」
「はい……姉さん」
長谷川と『神通』の手が離れた途端、いつものようにフラッシュライトのような眩しい笑顔で『神通』の肩を抱き、川内は『神通』を強引に執務室から強引に連れ出していった。『神通』もとまどいながらではあるが、楽しそうに振り回されつつ、執務室を後にしていった。
2人の背中を見送りながら、長谷川は自分の中の『神通』への疑念を、今は無視するべきだと考えた。あの子は『神通』だ。川内が待ち焦がれた同型艦の妹にして、自分たちの新しい仲間だ。そんな仲間のことを疑ってしまうなんて悲しすぎる。今は、あの『神通』のことを、『神通』として信じ、迎え入れよう。長谷川はそう決心し、自分の席に戻って再び執務についた。
長谷川は、あの『神通』が何も問題を起こさない限り、彼女のことを疑うのはやめようと決心した。しかし、共に過ごせば過ごすほど……艦娘として受け入れ、信じれば信じるほど、『神通』の違和感は膨らんでいくばかりだった。
「はい神通! 単装砲と魚雷発射管!!」
「……それは、何でしょうか?」
「へ? 単装砲と魚雷だけど。戦いには必須だよ?」
「いりません」
「なんで?」
「私には、これがありますから」
「でも……」
「だからそれらは、姉さんが活用してください」
まず『神通』は、単装砲や魚雷発射管といった武器の数々を、一切装備しなかった。『自分には刀がある』と言い放ち、こちらが支給した装備は、主機以外はまったく装備せず、作戦行動に従事していた。
「みんな! 射程圏内に入ったら砲撃するよ!!」
「……姉さん」
「神通ははじめての戦闘だから、今回は私達に……」
「行きます」
「え……神通ちょっとまっ……!!」
そして本人の宣言通り、『神通』は、自身の日本刀一本で戦場を駆け巡り、相対した深海棲艦を、恐るべき速さで斬り捨てていった。その突撃スピードは、艦隊の中でもっとも速さに秀でた島風をして、『ついていけなかった』と言わしめる程だった。
そして何より、『通常兵器では傷つけることは出来ない』と報告されていた深海棲艦を、『神通』は日本刀一本で、安々と殺傷していたことに長谷川は驚いた。遠征任務に出る度、近海の警護に出る度、深海棲艦の艦隊と遭遇する度、『神通』は、その日本刀で、深海棲艦をことごとく惨殺した。駆逐イ級を斬り、雷巡チ級を斬り、輸送ワ級を刺殺していた。
長谷川の『神通』への疑念を再び決定づけた戦闘がある。先日、川内率いる第一艦隊が、予期せずに空母ヲ級率いる航空艦隊に遭遇したときだった。報告によると、その時第一艦隊は、こちらのレンジ外からの航空爆撃を受けていた。
「ック! 航空爆撃!?」
「……姉さん」
「対空戦闘用意! 輪形陣でここを離脱するよ!!」
「あの、円陣の中心にいる敵を斬れば、これは収まりますか」
「確かにそうだけど……でも、対空機銃がない神通は隠れてて!!」
「収まるのなら……行きます」
「!? ダメ神通! 無理しちゃダメ!!」
その戦闘で、『神通』は旗艦の川内の指示を無視し、敵輪形陣に単艦突撃。旗艦のヲ級を含む六隻全員を、瞬く間に惨殺した。
「神通! 神通!! ……じ……」
「……終わりました」
「神……通……?」
沈みゆく深海棲艦の躯の中で佇む、どす黒い返り血に塗れた神通の姿は、自分の妹ながらに、言い知れない恐怖を感じたと、川内の報告は締めくくられていた。
川内からの報告書を読み終えた長谷川は、それを右手に持ったまま、自身の机に視線を落とした。机の上には、つい先程司令部より届いた、リコリス棲姫の変異体に関する報告書が無造作に置かれている。その報告書に目を通した時、長谷川の頭の中に浮かんだものは、他ならぬあの『神通』であった。砲雷撃と航空戦で戦う艦娘と深海棲艦とは、およそ似ても似つかぬ異質な存在。砲も魚雷も使わず、刀で敵を殲滅するという共通点を持つ2人。その2人の関係を示すものは何もない。だが、関係を否定する材料もない。その事実が、『神通』への疑念をさらに高めた。
『神通』の正体を突き止めなければならない……川内の報告書に目を通した長谷川は、意を決し、鎮守府内に放送を入れ、川内と、自称『神通』を呼び出した。あの『神通』は、決して『川内型軽巡洋艦・神通』ではない。他の誰かが、神通になりすましている。ならば、その正体と目的を突き止めなければならない。
深海棲艦を容赦なく惨殺するあたり、『神通』は深海棲艦側の人物ではないだろう。ならば、神通になりすまし、この鎮守府に潜り込んだ目的は何だ。何が狙いで我々に合流した? そしてその正体は? 突き止めなければならない。そして必要な場合は、彼女を処分、解体しなければならない。長谷川は提督の職について以来はじめての、恐怖にも似た緊張を感じながら、2人の到着を待った。
放送で2人を呼び出して十数分後、執務室のドアをガンガンとノックする音が聞こえ、続いて、ドアの向こう側にいるであろう、川内の声が聞こえた。
「ていとくー。川内と神通、きたよー」
口から心臓が飛び出るかと思うほどの、激しい鼓動が一拍だけ、長谷川の胸を襲った。そんなに自分は緊張しているのかと長谷川は自嘲し、苦笑いがこみ上げる。
「ん。入ってくれー」
「りょうかーい」
ガチャリという音を立ててドアが開き、川内と『神通』が姿を見せた。『神通』の腰にには、今日も日本刀がある。『神通』はその刀の柄に左手を添えていた。まるで、スキあらばいつでも抜き放ち、目の前の相手を切り捨てることが出来るよう、備えているかのように。
2人は、長谷川の机の前まで歩を進める。『神通』は、澄んだ眼差しでまっすぐに、長谷川を見つめていた。
「提督、どうしたの?」
「うん。とりあえず、ドアを閉めてくれるか?」
「はーい」
長谷川の指示に従い、川内は長谷川に背を向けてドアを閉じに向かった。一方の『神通』は相変わらず長谷川から目を離さない。それがまるで、こちらを斬り伏せるタイミングを計っているかのように、長谷川には感じられた。
不意に、『バタン』という大きな音が鳴った。
「!?」
「あーごめんごめん。乱暴に閉じるつもりはなかったんだけど」
ドアを閉じる時、意図せずして大きな音を鳴らしてしまう時がある。今の川内がそんな感じだ。川内は苦笑いを浮かべながら長谷川を振り返り、そして気恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いている。
大きな音にハッとした長谷川の視界で、『神通』は川内を振り返っていた。
「姉さん……もう少し静かに」
「ごめんごめん」
「まったく……姉さん、いつも賑やかなんだから……」
「いいじゃんいいじゃん!」
「夜になったらさらに賑やかになるし……」
「えー! だって夜っていいじゃん! 夜戦だよ? 夜戦できるよ!?」
川内に声をかける『神通』は、眉をハの字型にして、川内のやんちゃさに対して、困ったような表情を浮かべていた。
「ぷっ……」
「?」
「提督、笑った? なんで?」
「すまん……2人の言い合い見てたら、ついな」
「えー……」
「いや、姉妹だなぁと思ってな」
一連の光景を見た長谷川の胸に、少しの安堵が訪れていた。確かにこの自称『神通』の素性は掴めないが、今の光景を見る限り、2人は姉妹以外の何者でもない。二人の間には、気の置けない者同士の、温かな空気が広がっている。その事実は、長谷川に『彼女は敵ではない』という確信をもたらしていた。
ならば、かしこまった空気の中で問い詰めるより、リラックスして談笑しながらのほうがいいかもしれない。今は午後。そろそろ甘いものが欲しくなる。だから、3人で甘いものでも食べながら、ゆっくりと話をしよう。長谷川はそう思い、目の前の電話の受話器を取って右耳のそばに持ってきた。
「お前たちに聞きたいことがあるけど……その前に間宮から何か甘いものでも持ってきてもらうか」
「やった!!」
「ありがとうございます」
「二人とも何頼む? 俺はどら焼きでも……」
「おはぎっ!」
「中々渋いとこついてくるな川内は……神通は?」
「私は……」
『神通』は刀の柄を左手でもじもじと落ち着かなく触り、紅潮した顔を下に向け、長谷川から目をそらしていた。こんな神通の姿を見るのは始めてだ。何か、よほど言うのが恥ずかしいものでも頼みたいのか……ただのスイーツなのだから、好きなものを言えばいいのに。
「えと……」
「うん。好きなの頼んでいいよ?」
「では……えっと……」
「ふん?」
みるみる顔が赤くなってくる『神通』。やがて彼女は、言いづらそうに、うつむいたまま目だけを長谷川からそむけ、ぽそぽそと恥ずかしそうに口ずさんだ。
「えっと……か、かき……氷を」
「……分かった。味は何がいい?」
「……味が選べるんですか?」
「お、おう。イチゴとかメロンとか。アイス乗っけてもいいし」
「では、甘葛はありますか?」
『何のかき氷にする?』と聞かれて『甘葛』と答えられたことに、長谷川の頭は無数のはてなで埋め尽くされていった。甘葛といえば、確か平安時代に貴族たちがかき氷にかけていたもののはず。少なくとも現在はお目にかかれない代物のはずだが……中学生の頃に、そんな話を聞いた気がする長谷川だった。
「えーと……それは多分ないと思う」
「そうですか……えっと、じゃあ……」
「……わからないなら、とりあえず一番シンプルそうな“みぞれ”にでもする?」
「“みぞれ”って何ですか?」
「んーと……単純に甘いだけのシロップをかけたやつ……て言えばいいかな?」
「ではそれをお願いします」
間宮への注文を済ませた長谷川は、2人を執務室のソファに座らせ、間宮から注文の品が届くのを待つ。数分待ったところで注文のスイーツ3つと熱いお茶3人前が届き、長谷川と川内、そして『神通』の目の前に配膳された。
「……では、いただきます」
「提督ありがと! お礼に今度夜戦に付き合ってあげるね!!」
「そういういかがわしいセリフを眩しい笑顔で言うのはやめなさい。さて……」
ウキウキを隠しきれない様子で川内は大きく口を開き、2つあるおはぎの一つをほおり込んで、実に美味しそうにもぐもぐと咀嚼している。対して、その隣の『神通』は、スプーンで丁寧にかき氷の底を突き崩し、上品に口に運んで味わっている。ほっぺたが少し赤くなり、顔がほころんでいるところをみると、どうやらお気に召したようだ。
長谷川は『神通』を見た。彼女の背後の腰辺りには、腰から外した日本刀が置かれている。
「……神通」
「んー……甘くて……はい?」
「堪能してるところごめん。食べながらでいいから、俺の質問に答えてほしい」
「なんですか?」
「君は……誰だ?」
執務室の空気が一気に下がったことを、長谷川の皮膚が感じ取った。川内の咀嚼が止まり、その目は、隣の自分の妹に向けられていた。
「……どういうことですか?」
「文字通りの意味だ。少なくとも君は、『神通』ではないはずだ」
スプーンを持つ『神通』の右手が、それをテーブルの上に静かに置いた。そのまま右手は彼女の太ももの上に、左手と共に置かれる。彼女の瞳は、まっすぐに長谷川を見据えていた。
「……私は、『神通』です。それではダメですか?」
「ダメだ。君は『神通』ではない。何者かは分からないが、それだけは確信している」
「……」
自身を見据える『神通』の眼差しを、長谷川もまっすぐに、真正面から受け止めていた。その瞳から、長谷川は『神通』のメンタルの動きを観察するが、彼女の眼差しからは、動揺や緊張、そう言ったものは一切感じられない。
「ちょっと提督!!」
妹が問い詰められていることに納得がいかないのか……はたまた隣の女性を自分の妹だと信じたいのか……さっきまでおはぎを黙って食べていた川内が、大きな口を開けて長谷川に食って掛かった。
「川内……ツバが飛んでる……」
「神通は神通だよ!! 私の妹で、川内型二番艦で、私たちの仲間だよ!?」
「分かってる」
「じゃあなんでそんなこと言うの!? 神通は神通じゃん!」
「確かに彼女は敵ではないし、仲良く出来るいい子だ」
「だったらさー!!」
「だが『神通』ではない。残念だが、お前の妹ではないんだ」
「……ッ!」
「お前もわかってるはずだ。心あたりがあるはずだ」
彼女が敵ではないことは、長谷川も、そして川内も分かっている。もし深海棲艦側の人物だというのなら、度重なる作戦行動中に、ためらいもせず仲間を惨殺などしないだろう。その時点で、目の前の『神通』が敵ではないことはよく分かる。それに彼女は、川内をはじめ、鎮守府のみんなととても仲良くなっている。戦力的にも、人物的にも、今やこの鎮守府になくてはならない人物。それが、この『神通』だ。
だからこそ、その素性を明かして欲しいと長谷川は考える。『神通』というウソの身分ではなく、彼女自身の名前で、彼女を呼び、彼女を仲間として迎え入れたかった。司令部から報告の上がっている、リコリス棲姫変異体との繋がりを確認したいという理由もあったが、それが一番の理由だった。
「君が、我々にとって敵ではないことはわかってる」
「……」
「だからこそ、本当のことを教えてほしい。俺達は、君を『神通』としてではない、嘘偽りのない、本来の君として受け入れたい」
「いいじゃん今のままで! 何も困ってないんだからさー!」
「お前は黙ってくれ。……どうだろうか。話してくれないだろうか」
「……」
「俺達を、信じてはくれないだろうか」
『神通』の目の前の、かき氷の山が少し崩れた。川内が長谷川と『神通』の顔を交互に見比べている。『神通』は長谷川の顔をジッと見つめ、長谷川も『神通』の視線を受け止めていた。そうして数分の間、執務室から、時計の針以外の、一切の音が消えた。
長谷川の体感で3分ほど経過しただろうか。『神通』は、視線を下げてうつむき、自身の足元を見つめていた。そんな彼女の微笑みは、ほんの少しだけ、寂しそうだった。
「もし、私が敵であれば、どうなさるおつもりですか?」
「さっきも言ったが、君が敵ではないことは確信している」
「あなたたちを騙しているのかもしれませんよ?」
「それはない。君の隣にいる川内は、夜戦バカだけどバカじゃない。裏で何かを企んでる人間を、『妹』だと受け入れたりはしない」
「なんだとこのー!!」
長谷川の言葉を受け、『神通』の隣の川内は、両手を上げて立ち上がり、口から火を吹き出さんばかりに叫び出す。確かに長谷川が言うとおり、川内は夜戦バカだがバカではない。バカではないから、今の長谷川の失礼な物言いに反応したのだろう。
「ほらな? バカじゃない」
「ですね。クスッ……」
「神通までッ!?」
その様子を隣で見ていた『神通』の顔に、朗らかな笑顔が浮かんだ。ひとしきりクスクスと可笑しそうに笑った後……
「……提督」
「ん」
『神通』は、再び長谷川をまっすぐと見据えた。もう何度も長谷川に向けられた、まっすぐに澄んだ『神通』の眼差しは、ある決意を長谷川に届けていた。
「お察しのとおりです。私は、『神通』ではありません」
「……」
「……神通」
「姉さん、ごめんなさい……今までウソをついていて」
『神通』の告白を受けても、川内はさしてショックを受けた様子はなかった。告白をする自身の妹を見守るように、ジッと『神通』を見据えていた。
「……では、君は誰だ。まず、名前を教えてくれ」
「私は……私の名は、『鵜坂』といいます」
「ウサカ?」
「私を作った人の生まれ故郷に由来していると聞きました」
「作った?」
「はい。私は、ソウジン様という方によって、作られました」
「……」
「……つまり私は、艦娘ではありません」
「艦娘でないなら……君は何者だ?」
「ソウジン様がおっしゃるには、私は『船娘』とのことです」
「その“ソウジン”という人は?」
「西行様に師事した呪術師です。もうずいぶんと昔に亡くなられましたが……」
自称『神通』の口から語られる事実の数々。本当の名は『鵜坂』といい、艦娘ではなく『船娘』……彼女を生んだのは『ソウジン』という呪術師で、その人は西行の弟子……
「西行って確か……平安時代の歌人だよね?」
「そうだな」
口をとがらせた川内が、眉間にしわを寄せてそう口を挟む。西行法師といえば、百人一首にも歌が残る、平安時代後期を代表する歌人として有名だ。それは長谷川も承知している。
もし、彼女の言う『西行様』というのが、長谷川たちの知っている西行法師だとすれば、彼女と……彼女を作った『ソウジン』という人物は、平安時代から鎌倉時代にかけての時代を生きた人物ということになる。長谷川は次第に頭が混乱してきた。彼女の言葉は、長谷川の頭の理解の範疇をゆうに超えている。
「……すまない。えっと……鵜坂……?」
「はい」
「正直、頭が混乱してる。失礼だけど、今の君の話がすべて本当のことだとして」
「はい」
「君は、平安時代の人ということ……か?」
「平安時代というのが何のことを指しているのかはよく分かりませんが……私はもう、何百年も昔に作られました」
「……」
執務室に再び沈黙が訪れた。彼女の言葉は、長谷川と川内から言葉を奪うには充分すぎる効果があったようだ。長谷川はテーブルの上にある、鵜坂のかき氷に視線を落とした。かき氷の山は解け始めていて、その皿は汗をかいている。そのかき氷を見ながら、長谷川は、鵜坂がかき氷を望んだときのことを思い出していた。
鵜坂は、『甘葛』を求めた。平安時代、貴族たちは氷室に保存していた氷でかき氷を作り、それに『甘葛』という甘いシロップをかけて食べることが流行っていたという話を、長谷川は若い頃に小耳に挟んだ記憶がある。
ということは、やはり、今自分を澄んだ瞳でまっすぐに見つめてくるこの少女は……自身を『船娘』と名乗るこの鵜坂は、その時代に生まれ、生きてきた人物なのだろうか。
「……えっと……鵜坂」
「はい」
「すまない。最初から、順を追って話してくれるか?」
理解が出来ない。知った事実の整理ができない……ならば、本人に順を追って話してもらえばいい。整理ができないのなら、時系列で追えばいい。理解が出来ないのなら、彼女の話をすべて信じればいい。彼女のことを知らなければならない。提督・長谷川の胸に今、彼女のことを理解するという大きな使命感が芽生えた。
「……」
「……」
「……長くなりますが、よろしいですか?」
鵜坂は、再び視線を落とし、自身の足元を見つめながら、少しだけ微笑んでいた。その微笑みからは、やはり先程と同じように、秋風のような、涼しい寂しさが吹いていた。