名探偵コナン〜新一の妹〜   作:桂ヒナギク

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55.五重塔殺人事件 前編

 静岡県伊豆。

 幻塊寺山門(げんかいじさんもん)。

 見晴らしのいいスポットで、蘭と聡美、コナンが並んでいる。

「素敵。たまにはこんなのもいいわね」

 と、言う闌にコナンが口を開く。

「蘭姉ちゃんが雑誌の懸賞を当ててくれたからだよ」

「でも問題のパズル解いたの私よ?」

 そう言うのは聡美だった。

 コナンは。

(死ぬほど簡単だったよな)

 山門の前で小五郎があくびをしている。

 そんな小五郎に向かって、蘭が声をかける。

「お父さん! 行くよ!」

「ああ? 嫌だね。こんな辛気臭いとこ。どうせ懸賞旅行なんて碌なもんじゃねえと思ったがよ」

「何よ。最初はただで旅行に行けると喜んでたくせに」

「お前らだけで見てこい」

 と、小五郎が虫を払うように手を振る。

「俺はホテルにでも戻って風呂にでも浸かるよ」

 そう言ってタバコを吸おうとする小五郎にメガネをかけた中年の寺男、岡部(おかべ) 重吉(しげきち)が注意する。

「境内は禁煙になってるんですが」

「ああ、そうか」

 蘭がやってきて、「すみません」と、頭を下げる。

 岡部は笑顔で答える。

「いえ。でも、確かに旅行で来た方々には退屈なところかもしれませんね」

「そんなことないですよ。こういうところって、都会に住んでると滅多に見られないし、心が洗われるような気がします」

「それはそれは! 若いのに奇特なことで。よろしければ、私が寺を案内しましょうか?」

「え、いいんですか?」

 しかし、小五郎は「俺はパス」と、乗り気ではない様子だった。

「失礼よ、お父さん。ほら!」

 蘭は小五郎の腕を掴んで無理矢理連れ出す。

 四人は寺の中を歩き始めた。

「この寺の建立(こんりゅう)は400年前になります」

「400年も! 古いんですね」

 驚嘆する蘭。

「古いだけに、時代ごとの旧跡は色々ありましてな。例えば、五重塔の横の藪の中には、江戸時代中頃まで使われていた古井戸なんかもありますし」

 その言葉にコナンは訊いた。

「どうして使わなくなったの?」

 岡部は。

「突然、水が枯れてしまったんだよ。なんでも、恋に敗れた女性が、井戸の前で三日三晩泣き続け、足りなくなった涙の代わりに、井戸の水を全部使ってしまったんです」

 小五郎が「くだらねえ」と呟いた。

 臙脂色(えんじいろ)の五重塔の前。

「この五重塔には恐ろしい言い伝えがあるんです」

「どんな言い伝えなんですか?」

 と、蘭が訊ねる。

 岡部が振り向いて答える。

「江戸時代の初め頃、住職に目をかけられ、次の住職に嘱望されていた若い修行僧がいたんですが、麓の村の娘と恋に落ち、戒律を破り寺を抜け出して駆け落ちをしました」

 ところが、神仏の祟りにでもあったのか、その修行僧は大鷲に連れ去られ、五重塔の先端に遺体が吊るされたのである。

 それを聞いて蘭は恐怖に戦慄した。

 さらに、江戸時代の中頃、不心得者の住職が寺の調度品を売り払って、非職に溺れたと言うが、しかし、ある日突然姿を消し、いく日かの後(のち)、五重塔の先端で首をくくって亡くなっていたのだ。

 話を聞いて青ざめる蘭。

 そして、五重塔の先端を見上げた。

「それ以来、寺の戒律を破ると、五重塔の祟りがあると言われています」

 蘭が小五郎にしがみつく。

「こら、怖い顔はやめなさい」

 そこへ、背後から住職がやってくる。

 小五郎と蘭が驚いた。

「淡海様!」

 と、岡部。

「ご心配なく。この寺の住職です」

「今度は親子連れを装って何を調べに来たんじゃ!?」

「待ってください! この人は観光に来られただけですよ」

 岡部が淡海を宥(なだ)める、

「ふん。怪しいもんじゃ。信用できるか! みだりによそ者を境内に入れるな!」

 淡海はそう言いながら奥の方へと歩いていく。

「しかし、観光は寺の……」

 立ち止まって振り返る淡海。

「たわけ! そのために寺を荒らす輩を忘れたか!?」

「それは……」

「だがいずれ不信心の輩に天罰が降(くだ)るじゃろう。祟り、という天罰がな」

 淡海はそう言い残して立ち去った。

「何かあったんですか?」

「実はこの寺、観光会社の所有物になってしまいまして、この辺りにテーマパークを建設することになっているんです」

 五重塔の向かい側に立入禁止の立札と資材が置いてある。

「じゃあ、変わっちゃうんですか? この辺」

「ええ。住職は騙されたと言って反対してましてね。今じゃ観光客にもああなんです」

「ふざけんな! 人を驚かせやがって! 帰るぞこんなとこ!」

 小五郎は怒りを露わにして立ち去ろうとする。

「すみません。怒りっぽい父で」

 蘭は岡部に頭を下げた。

「いえ。元はと言えばこちらが悪いんです。それより、お父様はもしかして、毛利 小五郎さんではありませんか?」

「ええ。まあ、探偵をしております」

「ああ! やはり、あの有名な名探偵の!? いやあ、これは孫にいい自慢話ができます!」

 蘭とコナンが苦笑いを浮かべる。

 

 

 その夜。

 ホテルの食堂。

「わざわざディナーにご招待いただくなんて光栄です」

 小五郎の言葉に、支配人の梶村(かじむら) 洋介(ようすけ)は応える。

「いえ、光栄なのはこちらですよ。このホテルは開業したばかりですから、毛利さんのような有名人に来ていただくと、いい宣伝になります」

 小五郎はワインを左手に、右手を頭に当てた。

「私ごときでお役に立つことならどんどん協力いたしますよ!」

 小五郎は周囲を見渡した。

「それにしても立派なホテルですなあ!」

 その言葉に社長の小田(おだ) 英明(ひであき)が言う。

「気に入っていただけましたか! 来年になれば、私が推進しているテーマパークが完成しますから、さらに楽しいところになりますよ!」

「それにはさぞ費用がかかるでしょう!」

「まあ、軽く80億ですかなあ! 完成すれば年間数百億の売り上げが期待できますからねえ」

「そんりゃすごいや」

 梶村が背広の内側に手を突っ込んだ。

「申し遅れましたが、私、ホテルの支配人で……」

 出したケースから名刺を取ろうとする。

 しかし、小田が怒鳴る。

「差し出がましいぞ梶村!」

 食事に夢中になっていた聡美が二人を見た。

「大体、名探偵の毛利 小五郎さんがお泊まりになっていることを、岡部に言われるまで気づかないなど、お前のミスだ! 少し分をわきまえろ!」

「はい、申し訳ありません」

 梶村が申し訳なさそうな顔で言った。

「それにお前、今夜、東京に出張だろ。のんびりしていていいのか?」

 梶村は腕時計を確認する。

「そ、それでは毛利様。ゆっくりとお楽しみください」

 梶村は慌てた様子でそう言い、去っていった。

 小田は「役立たずめ」などと文句を言っている。

「ん? いやあ、失礼。つい、いつもの調子で……」

「流石にお厳しい……」

「いえ。仕事に関してはどうしても容赦なくなってしまうんでね」

 聡美が小田のネクタイピンが光ったことに気づく。

「そのネクタイピン、ダイヤですか?」

「大したものじゃありませんよ。ほんの5カラットです」

「5カラット!?」

 そこへ男性が現れ、葉巻の入った箱を小田に差し出した。

「社長、葉巻をお持ちしました」

「おう」

 小田が葉巻の箱を受け取る。

「レシートは?」

「ああ、すいません」

 男性が小田にレシートを渡した。

 小田はレシートを大量のお札が入った財布にしまう。

「必要経費で落とせないだろうが」

「そんなに持ち歩いてらっしゃるんですか?」

 と、小五郎。

「なあに。こんなのはした金ですよ。私はカード類が嫌いでね」

 葉巻に火をつける小田の前にガタイのいい坊主の男がやってきた。

 春海という淡海の息子だ。

「いい歳こいてこんなところで優雅に食事か。いい気なものだな」

「おや、幻塊寺の御曹司じゃないか。総本山での修行はもう終わったのかね?」

「せいじに疎い親父を騙して、このままで済むと思うな!? そのために私は寺へ戻ってきたんだ!」

「こらこら。失礼なことを言うもんじゃない。あれはお父さんとしっかり話し——」

「黙れ! 寺の環境を保全する費用を捻出するにも、いったん寺の権利を小田観光のものにした方がいいと、そんな口車に父は乗ってしまったんだ! だが、これからは法律的な手段に訴えて対抗してやる!」

 小田は鼻で笑って言う。

「言いたいことはそれだけか?」

「なに?」

 小田の取り巻きが春海を拘束する。

「今はお客様を供応中でね、込み入った要件なら明日、事務所で聞こう」

 春海は悔しそうに言う。

「このまま黙ってると思ったら大間違いだぞ……!」

 放せ、と去っていく春海。

「度々すみませんな、騒々しくて」

「お寺の人とトラブルでも?」

「つまらんことです。せっかくの観光開発を変に邪推して、あの寂れた寺の景観を壊すなとか喚いている連中がおりましてなあ。観光収入であの寺も潤うのに、全く馬鹿な連中ですよ」

 コナンは言う。

「あのお寺に変なことすると、祟りがあるんだよね?」

 その言葉に蘭は注意する。

「ダメよ。今そんなこと言っちゃ」

「あの寺の伝説なら知ってますよ。そのことで私に色々言ってくる輩もいます。だがそれも、私は利用の仕方次第で客寄せに使えると思ってるんですよ」

(えらい神経ね……)

 聡美は心の中で思った。

 

 

 翌朝。

 聡美の宿泊部屋に電話の音が響く。

「はい、毛利探偵事務……」

 小五郎が眠そうにしながら応答する。

「岡部です! 昨日寺に案内した! 大変です! 祟りが起きました!」

 小五郎は驚いて目を見開いた。

「なにい!? 祟りだあ!?」

 小五郎の叫びに目を覚ます聡美。

「すぐに寺へ来てください!」

 電話が切れた。

「お、おい! ちょっと待てえ!」

 四人は寺へ急いだ。

「毛利先生!」

 岡部が出迎えた。

 四人は階段を駆け上り、中へと入っていく。

 五重塔の前でお経を上げている淡海。

 その上部の先端を見上げると、小田が首を吊って亡くなっていた。

「小田さん!?」

 一同は吊るされた小田を見て驚いた。

「蘭、警察に電話!」

「わかったわ!」

 聡美の指示で蘭が警察を呼んだ。

 臨場する捜査員たち。

 鑑識作業の結果報告を聞く刑事の横溝(よこみぞ) 参悟(さんご)。

 小田の遺体は五重塔五階の欄干にロープを結びつけて、屋根の先端に引っ掛けて首を吊っていた。

「今、居合わせた探偵さんが上で確認しています」

「探偵? 誰だい、それは?」

 横溝の問いに聡美が五重塔から出てきて答える。

「初めまして、工藤 聡美です」

「工藤!? もしかして、君があの有名な女子高生探偵の!」

 そこに小五郎も現れる。

「状況から見て他殺の線は薄いですな、横溝刑事」

「毛利さんまでいらっしゃってたんですね! と、おっしゃると?」

「まず、小田さんは100キロほどの巨体」

 五階まで担いで上がるのは至難の業で、普通の人には無理だというのが小五郎の見解だった。

 もしも担ぐことができたとしても、階段通路は非常に狭く、大人一人が通るのがやっとだ。

 引っ張り上げるのは可能だとしても、服が擦れたり体に傷がつくなどして、痕跡が残ってしまう。

「今見てきた限り、そんな後はなかった……」

「なるほど! もうそこまで調べを! それしても、どうしてあんなところへ……」

 小五郎と横溝が話している傍らで、聡美は欄干についていた新しめの傷のことを思い出した。

 そしてロープは新品のはずだったが、所々ほつれていた。

 鑑識の報告では、五重塔の内部には埃があまり溜まっておらず、小田の足跡は確認できなかった。

 医者の検死では、遺体に外傷はなく、頸部圧迫による窒息死だった。

「つまり、首を吊ったことが直接の死因ってことか」

 と、横溝は言う。

 死亡推定時刻は午前3時から4時の間。

 小田はホテルのスイートルームを事務所兼住まいに使っていたが、午前2時半ごろに外出したのをフロントの従業員が確認していた。

「時間的に見て、まっすぐにこの現場に向かった。そう考えられるな。遺書は?」

「まだ、見つかっていません」

 そこに、梶村が走ってやってくる。

「社長! どうしてこんな!?」

「失礼ですが、あなたは?」

 横溝の問いに梶村は名乗った。

「あなたは昨夜、こちらにいらっしゃらなかったようですが……」

「はい。急な出張で」

「何か自殺の動機で思い当たることはありますか?」

「実は出張というのは資金繰りのためでして、これが失敗すると当社は今月の締めに不渡りを出してしまうことになりまして、私もですが、社長も相当に悩んでいたようです」

 ところが小五郎が言った。

「昨夜はあんな大金を持ち歩いていたのに」

「社長はプライドが高く、人に弱みを絶対見せない人なんです」

 逆に虚勢を張るところもあったという。

 しかし、昨夜の寺とのトラブルで法的な手段で訴えると言われ、随分と気にしていたとのことだった。

 聡美は遺体を確認するが、財布が見つからなかった。

「財布がないな……」

「財布?」

 捜査員は所持品の中に財布がなかったと告げた。

「それはおかしいですよ。小田さん、服も着替えていないのに、昨夜持ってた財布がなくなるんですか?」

 聡美の問いに小五郎が答える。

「バーロー。自殺するのに大金を持ち歩くわけねえだろ」

「そういえば、ネクタイピンもなくなってるね」

 と、コナンが言った。

「毛利さん、ネクタイピンとは?」

「小田さんが昨夜つけていたんですよ。派手な5カラットのネクタイピンを。まあ、確かになくなってはいる」

 横溝が顎に手を当てた。

「ということは、強盗に遭ったという可能性もありますね」

「まあ、強盗に遭ったとしても、自分は死にゆく身。金目のものを素直に渡してしまったんでしょう。したがって、自殺説を覆す根拠にはならんですな」

 何者かに絞殺されたのだとすると、苦しさのあまり逃れようと自分の爪で引っ掻いて吉川線が残るはずだが、その傷も見当たらない。

 もしもこれが殺人事件だとしても、五重塔の先端にどうやって被害者を吊るすのか。

 自殺ではない限り、人間業では不可能ということである。

 犯人がいるとすれば、神仏の祟りか。

 聡美は横溝と小五郎が、淡海たちと揉めている様子を見ていた。

(確かに、小田さんの財布やネクタイピンがなくなってはいるが、今のところ状況から見て自殺以外に考えられない。しかし、何かが引っかかる)

 聡美は小田の肘の汚れに気づいた。

 汚れを手で触り匂いを嗅ぐ。

(草の汁? 転んで肘をついたのか?)

 聡美は遺体を調べ直した。

(両足の踵に泥がどうして。待てよ?)

 聡美はロープを見た。

(焦げてる?)

 聡美が草むらに走ると、小田がつけていたダイヤのネクタイピンが落ちているのを見つけた。

(間違いない。殺害現場はここね)

 聡美は現場にいる一同を見た。

(小田さんは自殺なんかじゃない。他殺だ。犯人は恐らく、あの時あんなことを言ったあの人だ)

 

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